冬囲い
 通常は「雪囲い」であろう。しかし当地ではどこかの公園のように、樹木の枝を縄で吊るす程度では、冬を越せない。

 庭木は厳重に縛り上げ、縁側から1階の窓を、総て落とし板でふさぎ、除雪用具を点検し、屋根融雪の調子を確認し、自宅前の道路除雪の手配をし、暖房設備と燃料とを買い置きし、漬物も確保する、などなど昔に比べれば楽なのであるが、それでも越冬態勢を取る必要がある。

 公共の世界でも、除雪車の出動式が行なわれ、道路の消雪パイプの点検整備、流雪溝水量の確認が続く。

 昭和40年代に入るころまでは、「雪地獄 父祖の地なれば住み継げり」という有様だった。その後も昭和56年の「56豪雪」をはじめ、交通途絶という状況もあった。

 父親が出稼ぎに出たあと、女子供だけで、泣きながら屋根の雪下ろしをしている状態など、つい先頃まであった話である。
北国生まれの人は、なぜこれほど厳重に庭木を囲うのかわからなかったが、ひと冬を越してみて、理解できたという。それほど大量の、湿った重い雪が降る。

 庭木をはじめ、越冬態勢を整えるためというので、いつか「冬囲い」というようになったのではあるまいか。昔の実感が、そのまま現在に言葉になっているような気がする。

編集 ペン : 母方が雪国なので何となく理解できます。春休みに遊びに行っても二階から出入りが出来ました。そちらの雪は水分を多く含むので重たくなるのですよね。お疲れ様です
編集 テラマチ : 関西に住んでいますと 雪が降るのを楽しみにしますが 雪深い地域の方々は 生活に影響するわけですから 大変なことだと思います 雪深い生活は想像がつきません 今年も冬の季節を元気に乗り越えてください