残れ
 不意に沸いた記憶。小学校の頃、学習ができないと先生に「残れ」といわれた。放課後、補習授業を受けることになる。
 
 あのころ「残れ」と言われるのは、屈辱のような思いだった。しかしそこには教える厳しさ、学習の厳しさもあった。なにしろ出来るようになるまで帰してもらえなかったのだから。

 いま「残れ」などということがあれば、差別だとされる惧れはないのだろうか。これは昭和10年代前半の話なのだから。

編集 ペン : 差別だと言われる可能性はあります。当時とは反対の意味です。残して個人授業をするのは贔屓だと怒るのです。変な時代です