2002年01月の記事


郵送と長崎ちゃんぽん
大阪の浜田さん、福島中央テレビの田部井さん、写真家連盟の山口さん、鴫原さん、県庁の小泉さん、ドゥ・コーポレーションの山崎さん、札幌の嶋宮さんたちにworks4を郵送。とりあえず。

急に長崎ちゃんぽんを食いたくなった。
皿うどんでもいい。

さてどこに行けば手に、いや口に入れることができるか。
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笛のひとは「菊の湯」をはじめた。
菊池さんからメール。
菊の湯という名のページをつくった、と。

さっそくのぞいてきた。

デジタルジャパネスクシリーズの音楽担当らしく、「菊の湯」。
春風に吹かれたようで嬉しかった。
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ウィルス騒動でML変更に一時間。あきた。
中山君からの指示で湯治部のメーリングリストを削除し、作り直すのに1時間以上かかった。

熊上さんから届いたファッションショーのストリーミングを見るためにウィンドウズメディアプレイヤーをダウンロードしたが、うまく作動せず。

それにしてもウィンドウズ系のアプリデザインは何とかならねえのかな。
四角四面で使う気力が起きない。
愛嬌がなさすぎる。
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《初恋のきた道》★★★★★とマキコの涙
年末に福田さんからすすめられて買っておいたDVD。

現在をモノローグ、過去をカラーというスタイルは想像以上に斬新。コロンブスの卵だ。
現在から過去へとつなげる一枚の写真のインパクトがとても良かった。

数十年前には、この国のどこの村にでもあり得たような風景と人の気配が、何よりも音として迫ってきたことにおどろいた。
モノローグの多用が想像以上の効果をあげていた。

静謐でまことに気高い作品だった。

ただ、慌ただしい日常を引きずって映画館に入ると、どうか。
一人でビデオで観るほうが似合う、そんな映画なのだと思う。


田中真紀子の更迭でコイズミの化けの皮もすっかりはがれ落ちたようだけど、
それにしても雪印といい内閣といい、
この国の「男」はほんとうに腐りきっているのだなと笑いだしたくなる。

なんとか言う失言つづきの農政大臣はどうして「更迭」されないのか。

雪印は、ほんとうに企業として存続させておいてもいいのか。
食品だけではなく、モノづくりを業とするすべての「メーカー」は、
あの一件で駄目押しをされたことにならないのか。
経営者が引責ではなく、組織自体が引責、つまり社会的に自らを抹消すべきではないのか。
路頭に迷うべきではないのか。
いまどき街のチンピラでも、あんな杜撰ないんちきはしないだろう。

田中真紀子の会見の時の涙をコイズミは「女は涙を流せば…」と切って捨てたが、
雪印の引責辞任発表で1粒の涙もなかったことは、
奇異ではないか。男なら、号泣し慟哭すべき切所ではなかったのか。

コイズミは田中真紀子を「抜擢」したのではなかったのか。
見る目が無かったということになったのなら、コイズミ自身が落涙すべきではないのか。
それが「男」ではないのか。

いまはもうこの国のどこにも見かけなくなってしまった、
そしてつい数十年前にはどこでも見かけた
空気、光、風の流れ、季節の移ろい、
なによりもストレートなまでの人の想いのやりとりを観ながら、
つまらない世情につい思いが向いた。


右翼でも左翼でも好いが
外務省のあんな木っ端役人が仮にも国会でぬけぬけと演じた猿芝居、
放っておいたら「男」がすたるぞ。


《初恋のきた道》で冒頭と最後に2度出てくるセリフがある。


  「人の世は、志がつくる」



ほんとかよ、と思うか
ほんとだな、とうなずくか。
ま、そこが器量だろうね。
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起きたら深夜の12時。幼稚園児のようだ。
おかしな時間に眠くなり眠ってしまい目覚めたら夜中。

渡辺が、山岡君の大分みやげのかぼすジュースと別府温泉・薬用湯の花を届けてくれた。

小深田、菊地の三人で行ったらしい。
考えてみれば、この十年来のおれの仕事の仕上げは彼ら。

ひと足早い春の気配の九州と花のエディター三人衆。いいじゃないの。


幼稚園児のような睡眠時間帯のせいで
いくつか待っていた連絡に返事しそこねた。
基本的にOKで、子猫を成猫にチェンジしたい、ということだけ。
美術もスタイリストもメイクにも伝わったという。
あとは1日の古河でのロケハンしだい。
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吹雪きせり、という歌があった。
ちよっと興奮を続けすぎたか。
バッハでは猛る気分が静まらず。

ハイになったまま、MLのメンバーの整理などをしたが、飽きた。

窓を開け放つと、冷たいが水分の濃い風が入ってくる。去年はいまごろ福島の山奥で猛吹雪地帯を探し歩いていた。

立春前だというのに、なんだか気の抜ける思いが強い。
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長い夜の無伴奏
BGMはヨー・ヨー・マの《無伴奏チェロ組曲全6曲2枚組》。結局、2回リピートし、さっきアップ。
こんな程度に、かけた時間は一昨夜からだから足かけ30数時間。あきれた。



夕べのメーリングがらみのウィルス騒動からケチがついたのか、ノートンをかけること4回。いくつかのアプリの再インストールを2回。プリンターのチェンジ1回。

書いている時間の5倍はかかったか。

疲れたというか、なんというか。


かきたてた熱がすーっと醒めていく、
そんな夜になってしまったな。
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イメージ/DINKSとファミリー
102号室 DINKSのイメージ

●キャラクター
30代前半のカップル。結婚して3年。子供なし。夫は証券アナリストで哲司35歳。
妻は恭子33歳。アパレル関係のプレス担当をしていたが、2年前に退職し、
現在は複数のアパレルメーカーのウエブデザイナー。
哲司は超ハード。恭子は打合せなどで外に出ることもあるが、大半は自宅で仕事して
いる。
二人は4年前の夏の休日、恭子の実家近くの公園で愛犬シロを遊ばせているときに出
会った。
大の犬好きだった二人は急速に親しくなり日を置かずに結婚することに。
結婚して2年目の春にシロに子供が産まれたのをきっかけに、
犬を飼うことに決め、現在の場所に転居。
シロの子をもらい、育てている。その犬の名は、ぽち。
2ヶ月前に、近所の犬好きの高校生の家で生まれたという子ネコを見せられ、
すっかり虜になった恭子はネコが苦手な哲司を得意のパスタ攻めで説得し、
一匹もらいうけた。子ネコの名は、ちび。ちなみに名付け親はどちらも哲司。
こだわりがあるらしいが、恭子はあまり納得できては、いない。
仕事の関係でパソコンに向かうことが多い恭子にとって、
ぽちとちびの存在が大いに気晴らしになっている。
哲司はそれがちょっと悔しい。だから休日の哲司は、ほとんど一日中ぽちをかまって
いる。
のんきで突拍子もないちびの仕草が目に入るにつれて、
いつのまにかネコ好きにもなりつつあるようだ。
そんなわけで、ペットと一緒に暮らせる現在の住まいを彼らはとても気に入っている。


●シチュエーション1《休みの日のブランチ-二人と二匹-》   谷川+鹿角
休日。専用庭のウッドデッキに置かれた鉢の花をちびがいたずらしている。窓は開い
ている。
風に揺れるカーテン越しの室内。手前のソファで哲司がぽちを「ねこ」可愛がりして
いる。
スライディングスクリーンは開いていて、恭子の仕事空間哲司の書斎が見えている。
キッチンから恭子が大皿に山盛りのサンドイッチを食卓に。
食卓の上には大きなガラスの器にミルク(実は豆乳)とフレッシュジュース。山盛りの
サラダ。
休日は週に2日のベジタリアンとなるらしい。
哲司、食卓につく。ぽちも嬉しそうについていき、足下でじゃれつく。
ちびは壁でツメを研いでいる(ペット対応クロス)。
・ドアのペット用小窓を出入りするぽち ・玄関のペット用トイレでがんばるちび
・玄関フェンスの前で呆然とするぽち…


●シチュエーション2《夕焼けに染まったペット用ふれあい広場》  谷川+鹿角+深
見+藤田+少年
休日の夕。哲司に連れられたぽちが散歩から帰ってくる。哲司はペットシャワーでぽ
ちの足を洗ってやる。
そのぽちに話しかける食料品を買い込んできたシングル女性。哲司もぽちも嬉しそう。
ベンチでは、恭子が2階に住む小学生の女の子に、ちびを抱かせている。
女の子はネコに慣れていないらしくちょっと不安げ。
バスケットボールで遊びながら近所の高校生が顔を出し、ちびを取り上げて女の子を
からかう。
昔、どこの町の町角でも見かけたなんでもない「ご近所づきあい」が、
ほんの少しモダンな感じで、このペット広場に再現される。そんな感じだろうか。
・撮影/照明部は赤い夕焼けシーンをよろしく。




202号室 ファミリーのイメージ



●キャラクター
結婚して10年。小学一年生の娘が一人。
夫婦とも中学校の教師。ただし妻は子育て中のため現在のところ時間講師として午前
中勤務。
夫は学校で茶道部の顧問を引き受けている。
見かけによらず母親の関係で学生時代に師範の免状をとった本格派。
妻は最近「日本茶」に興味を持つようになった。
娘と新宿で恐竜の立体映画を観た帰りに寄ったTea.PiOというお茶専門店で
柚子入りの緑茶を体験したことがきっかけだった。
10gずつ量り売りしてくれるというので、まとめて10種類くらい買ってきては、
自己流で愉しんでいる。学校から帰った娘をお茶菓子で誘っては、
畳の部屋を茶室に「見立て」て、お茶のお稽古ごっこを楽しんでいる。
娘は学芸会みたいだといってつきあってくれるが、
本人はかなりおもしろがっていて、本格的にお茶を始めようかな、などとも考えはじ
めている。
時間割の関係で夫がはやく帰ったときなど、三人でもう少し本格的なままごとになる、
らしい。
    (参考資料/週刊朝日2.8号「旬の女性が次々とハマっている!《日本茶》陶酔
の魔力」特集より
     おちゃりんくhttp://enmel.com/ochalink/
裏千家今日庵http://www.urasenke.or.jp/
Tea.PiO[新宿タカシマヤ03-5361-1111] 
うおがし銘茶築地新店[茶の実倶楽部03-3542-2336])



●シチュエーション1《日曜日の午後》
午後。ローポジでとらえた畳の部屋。カラフルな京菓子とお茶の道具。
神妙な顔で茶菓子を口にする娘の半身と茶を立てる妻の手元を見せながらLDへ。
奥のキッチンから夫がつまみの小皿と缶ビールを2本持って向かってくる。
キッチン側から窓辺のソファに座った夫と娘。和室から妻がお茶の道具を運んでくる。
夫が娘に何か話しかけたのを耳にした妻、立ち止まってくやしがる。



●シチュエーション2《娘の部屋/吹き抜け空間》
夕食前。吹き抜けのある娘の部屋で。
ロフトベッドからぬいぐるみを抱えて顔を出した娘に、
小さな娘のイスに座り小さな娘の机に向かった夫が本を読んでやっている。

・キッチンのフロア収納 
・玄関土間収納など、各ポイントの充実した収納
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イメージ/シングル30歳
シングル女性のイメージ/SOHO

●キャラクター
1971年11月18日生まれ 30歳
二つ違いの兄、年子の姉がいる末娘。両親は健在。地方都市の住宅地、たとえば「けやきが丘」と名付けられた区域で生まれ、高校まで地元の公立校に通学。五歳の頃からヴァイオリンを習い、親の消去的な反対はあったが芸大に進学。在学中に3ヶ月かけてイタリアから中近東を貧乏旅行。このときヴァイオリンで生きることを断念。卒業後は1年間アルバイトでオペラ公演のプロモートに携わる。その後大手出版社に入社し、6年間に渡りインテリア専門誌の編集者としてキャリアを積む。
仕事を通して広がったネットワークを活かし、輸入雑貨のアドバイザーとして3ヶ月前に独立。当面は住まい兼オフィスのSOHOスタイルで仕事を維持したいと考えている。安全で快適であることはもちろん、ウエブを使って海外の最新情報をいちはやくチェックするためにも、Bフレッツが使えることも条件に引っ越し先を決めた。
人の多い場所や騒音が苦手だったから、現在の仕事+生活スタイルには満足している。
輸入雑貨を扱っているにも関わらず、生活はシンプルさを好む。母親が好きだったエリス・レジーナの歌を気に入っていて、最近は60年代末にブラジルで大流行したTVドラマ「花嫁のヴェール」のレアものサントラ盤を手に入れて仕事中に流したりしている。
自宅で仕事をしているときは明るい色のパンツと明るくゆったりしたシャツ。外に出るときはモノトーンのパンツでグレイッシュにまとめている。外反母趾を避けるために足先をしめつけない靴を選び、家に帰るとすぐに素足になりたがる。そんなひと。

●シチュエーション1《姉と過ごすオフタイム》
休日の昼。1つ年上の姉と月に一度、二人だけのホームパーティ。年子の姉妹だから友達感覚のつきあいが続いている。今日は姉の夫が出張の土産に1ダース買い込んだというカリフォルニアの小さなワイナリーのハウスワインを肴に、アボガドと生ハムの手巻き寿司を愉しむ予定。コミュニケーションキッチンのカウンターには大きめの木桶に炊き上がった酢飯が湯気を立て、海苔、アボガド、生ハムなどが用意されている。彼女は窓辺のソファで音楽を聴きながらまどろんでいるように見える。
TVドアホンに、ワインボトルを掲げた姉の顔。
キッチンでワインを飲みながら、手巻き寿司をつくりながらばくついては笑い転げる姉妹。オフタイムの姉妹だけの親密な極上の時間が流れている。二人とも、ちょっとフェミニンな雰囲気。

●シチュエーション2《SOHO》
ウィークデイの夜。SOHO設定。窓越しの室内。部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの上の液晶ディスプレイを見ながら、大判のメモパッドに変わったカタチのサインペンでしきりにメモを取っている。
室内。画面にはミラノのファッションショーの映像が流れている。Bフレッツを使ってリアルタイムでストリーミングしているらしい。観客の一人がつけている髪飾りに注目しているらしく、メモパッドには殴り書きしたラフスケッチ。テーブルの上には小さな変わったカタチや色の髪飾りが散乱している。よく見ると彼女の頭にも2つほど。ディスプレイの隣に小さめだが機能的な鏡。その鏡に映して雰囲気を確かめているらしい。鏡に、彼女の後ろの壁収納の一部が映っている。壁収納。大判のインテリア関係のきれいな本と、音楽関係の専門書がぎっしりと並んでいる。何冊かは気に入っているらしく表紙を見せて飾られている。棚の数ヶ所にカラフルで機能的な小物入れ。ボーズの黒のミニコンポなど。それ以外のすき間は数百枚の音楽CD。CDも一部のお気に入りは表を見せてディスプレイしてある。手のひらに乗る大きさのクリスタル製の動物の置物が数点、さりげなく置かれている。部屋のどこかにヴァイオリン。
ベランダ。室内の明りは消えている。外部人感センサーのオンオフ(イメージ)。
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星月夜
古河のキャラクターを書きはじめたが、深入りしすぎてストップ。
外の空気を吸いに出たら、真上に十四夜の月と星。
雪の後のせいか、ひときわ輝いて見えた。
オフィスに寄り、「森のひと」の記録をまとめはじめた渡辺と少し話して戻る。

外気9℃。
なんだか肌寒い花冷えの夜のように空気が甘い。
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《砦なき者》★
野沢尚著/講談社刊

野沢はシナリオライターでありながら、どうして業界を書くと、いつも安手に終始するのか。
不思議でならない。

しみじみ、つくづく
くだらない業界小説を読まされた。

連載中の宮部みゆきの「模倣犯」に刺激されて、手がけはしたがみごとに失敗、
かどうかは知らぬが、そんな感想以外にない。

ドラマに戻るべきだろう。
小説へのチャレンジは才能のむだ遣い。
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《天使のくれた時間》★★★
「愛の時間」と「サクセスの時間」。
一昔前のハリウッドならまちがいなく「愛」。「ハッピー」エンド。

ブレット・ラトナーは、ここにほんの一ひねりを加える。
「リプレイ」。
しかしこのリプレイはリアルなリプレイであったのかどうか。
観客は、ふと迷う。
なぜなら、戻ったはずのリアルワールドで、展開していたはずの彼女の人生は、
はたしてリアルであり得たのかどうか。

ブレット・ラトナー、この解答を示さない。
正とも否ともとれるように、気づいてみればリアルワールドでの彼女の人生はまったく描かれていなかった。

ああ良かったと安堵させながら、
待てよ、という選択肢を投げ出してみるあたり、
アメリカが深くなったのかブレット・ラトナーの小技なのか…

ま、愉しめた。と書こう。
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18時間爆睡。
昨日は夕方からダウン。
というか寝てしまった。
本日昼直前まで、延々と眠ったことになる。腹が空いて目が覚めた。なんとも。

これからオフィスに寄り、新宿に。
古河のロケの撮影打ちあわせとβラボの構成プラン打ちあわせ。

予報では夜半にかけ、雪。
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1月25日。書き初め。
山岡君がmakiさん相手に書いた

「はじめた時から、完成してからも、ずっとポシティブな感覚が続いている。
なぜだか分からないけれど。
当初、益子さんが追加していた「これは終わりの記録ではなく、
始まりの記録である」と言う言葉が残っているのかもしれません。
すごく忙しくて緊張していたせいかもしれない。
よく分かりませんが、ずっとポジティブな感覚が続いているのです。
はじめた時にスタートして、終わってからもカウントが続いてる。
止まる気がしないのです。こんな感覚は初めてだ。
肉体は確実に死に向かっているはずなのに。
すごく緩やかな動きなんだけれど、先に進む力強さがある」

というくだりをまどろみながら思い返すうちに、眠れなくなった。
で、さっき起きだした。

どこからでもいい。
前に足を降ろしてみたい。そう思う。
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夜勤?夜の笑い話。
オフィス。夜9時前。こんな時間にオフィスに出勤?するということはなんというか、夜の商売のようでうれしい。

works4に添える手紙を打ち出していたら、いつのまにか夜になった。
もっとも目が覚めたのが午後3時。
とりあえず四十通ほど落款を押して名刺と一緒に封に入れる。
2年前に新宿南口の紀伊国屋でフェアをしていたときにまとめて買った夢二の便せんセットが大量に余ってたのでこいつを利用。寒椿と、小鳥のつがいの2タイプ。プリンターがすぐに目詰まりを起こすので、途中で飽きながらなんとかこなす。

しかし渡辺は今日もまだあちこちに配付に行っているようだから、おれのやっていることはすこし間抜けである。

いま電話があり、六本木の撮影部からrstudioにまわるとのこと。

ログに「事務所の女性」とかいうのがあったのでクリック。オフィスの同僚の女性のひと言集が載っていて、腹を抱えた。ほんとか作り話かしらぬが、よく感じが出ていて秀逸。ラジオの帯で「今日のひとこと」としてどうか。あるいはひとことプラス商品名なら10秒CMもいける。缶コーヒー、清涼飲料ならびったりだろう。


http://dreamcity.gaiax.com/home/powerup/main
ここに「事務所の女性」というショートコント集のメニューあり。
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BShiオンエアのはるかなる音楽の道
撮影部の書き込みで知ったが昨夜から三日連続で「はるかなる音楽の道」という垂涎モノをオンエアしているらしい。BShi。

2年前にBS朝日に出した企画と似てはいるが、リリース内容を読むと、NHKの方がこなれている。

地上派にはもう可能性がないが、
衛星系は規模の大きさがほどよい。
経済原則は正直だな。
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学習づかれ。もうダウン。
9時半。
一日、何もせず、場所を変えながら、繰り返し山岡の仕事を見続けた。
もう、百回は、見たか。
細胞のひとつひとつに、イメージをたたき込めたと思う。
染み渡らせることができたと、思う。

さすがにへとへとである。

帰って、くそして寝よう。
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夕空
眠れないまま、オフィスに。
夕暮れの雲のかたちと色がきれいだった。
しばらく公園のベンチに座って見とれていた。

暖かく、風がなく、光に満ちた
泣きたくなるようなやさしい冬の一日だった。
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まいった
眠れずに、月とコスモスを繰り返し見続ける。

二年にわたって福島の野と山を駆け巡ったのは、
なんだかこの八月の月光に出逢うためだった、
コスモスの群れに逢うためだった、
そんな気がしてきた。

11月18日の朝に、
オフィスでミックスを試したときには
まさかこまでの世界になるとは思わなかった。

このまま、
もう消えていってもいいんじゃねえか…

そんなふうに思えてならない。


まいったな。
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スタッフロールをアップ
works4のスタッフロールの出来がとてもいいので、《東京星菫派クレジット》としてアップ。山岡君のデザイン、渡辺が費やした情熱、そういうものが隙のない仕上げとなった。もったいないので、できるだけたくさんの人に見てもらおうとアップ。
想定しているデジタルジャパネスクは、works4のプロローグとこのスタッフロール、各タイトルのイメージで行く末がかいま見えるはず。

秋の仕事で、否定され、使わずにすんで、
ほんとうに良かった。
危ういところだったな。
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パッケージ
パッケージデザイン。あれこれ検討し、決定。一日遅れて、明日から渡辺が配付をスタート。
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ブラッシュアップ。
さらに5分ほどつめ、ラストの絶叫を短くした。これでいいたろう。けっきょく一晩かけたが、それたけのことはある。はず。
明日から配付を始める。

あらためて山岡君、ありがとう。
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反応。
さっそくこんなメールが届いた。
この人は《明かりや》の菱沼さん。
左のメニューの《Voices》に顔が出ている。

Date: Mon 21 Jan 2002 23:25:07 +0900
Subject: Re: 花も嵐も
To: TM
From: Y.Hishinuma <


http://homepage.mac.com/torum_3/r1118/
のトップにある《花も嵐も》を見てください。
本日、できたての作品集のプロローグ。うれしくて。

素敵ですね、見ながら、下記の詩(清水昶)を想い出しました。

夏のほとりで

明けるのか明けぬのか
この宵闇に
だれがいったいわたしを起こした
やさしくうねる髪を夢に垂らし
ひきしまる肢体まぶしく
胎児より無心に眠っている恋人よ
ここは暗い母胎なのかも知れぬ
そんななつかしい街の腹部で
どれほど刻がたったのか
だれかがわたしを揺すり
たち去っていく跫音を聞いたが
それは
耳鳴りとなってはるかな
滝のように流れた歳月であったかも知れぬ
、、、、、、、、、、
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仕上がった。
作品集vol4をS-VHSに落とす。
画質問題なし。vol3と比べても圧倒的な違いが明らかだった。デジベタの品質がそのまま出ている。加えて素材がD-HDとなったことも大きい。
さて、これからこいつを家庭用のビデオでチェック。

タヒチボラボラの楽園から水の惑星までの8タイトル。ラストの絶叫こみで35分。
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福島さんの絶叫をラストに。
エンドクレジットに《光の日本》の福島さんの絶叫を入れてみようと、ふと思った。
あれを録っているときにバカなプロデューサーに呆れた福島さんは帰りがけに「なぐっちまえよ、あんな奴。でもよく我慢したな」と笑った。苦笑を返した記憶がある。あそこを原点にしようと思う。
そして、こいつをデジタルジャパネスクで越えるのだ。
こんなworksをもらった相手が解釈に苦しみ、仕事の依頼は減るだろうが、ま、いいじゃねえか。
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《昼顔の朝》《夜霧のブルース》《しのび逢い》
レンダリング待ち。


山岡君がデザインした見出し、エンドクレジットを見ながら、この半年を思い浮かべていた。
六月二十四日の夜に、むじなの森の近くのおとぎ話の宿に向かう途中の空に浮かんだ鎌のように細い月を見てからのことを振り返る。
開幕直前の十三夜。
八月五日、湯の花でとらえた月の出と超満月。
閉幕式前夜に湖の前で眺めた十三夜。
解団式の深夜、東北道をひた走りながら見上げた中秋の満月。
そしてイブの夜に福島で見た雪夜の月。
夏から冬にかけて月ばかり眺めて暮らした感がある。

そんな年の記憶としてではなく
山岡の仕事によって
さらにその先へと向かう力が加わったのではないか。

vol4は、記録としてのツールではない。
この先へと踏み足すための、覚悟である。

映像の仕事に関わって、
はじめて自分の行きたい道を明らかにできた、
今夜はそんな気がする。

夏の初めに繰り返し聴いた宇崎竜童の
《昼顔の朝》
《夜霧のブルース》
《しのび逢い》
3曲をリピートしながら、極上の待ち時間を愉しんでいる。
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http://tea.gaiax.com/home/omegu/main
渡辺が月のカレンダーを入れるポスターフレームを買いに行ったので、待っている間ウエブをのぞいてたらhttp://tea.gaiax.com/home/omegu/mainというページに行った。
入院している小学校四年生の女の子のために、パパとお兄ちゃんが看護婦さんの協力を得て、立ち上げたばかりのページ。
まだスタートしたばかりのページの《日記》のところを読みながら、春風のような気分になった。
どうといことはないんだけど、な。
ま、よかったね、そんな感じ。
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春宵の星菫派。
エレベータを降りたら若い男が待っていたので、今日は、と声をかけたが返事がない。振り返って注意しようとしたらドアが閉まった。あきらめて外へ。ホールから通りに片足を下ろした瞬間に、セダンが猛スピードで通過。鼻先10センチあたりを風圧が掠める。大通りのところで一時停止しているので追いかける。動く。すぐ先の信号でひっかかった。追う。窓を叩き、道路端に止めるように言う。若い男。頭を後ろで束ね、あごひげをはやした業界風。巨漢。ちょっと迷ったが、紳士的に注意する。暗くて見えなかったと言うので、おまえはバカか、とねじ込むとひたすら米つきバッタになった。ばからしくなり、雨の日に多摩川越えてくるのはやめな、と教え諭す。はいわかりました、と言うので、ボンネットを軽くけ飛ばして放してやる。川崎ナンバーのニッサン。
しかし、走ったので息が切れた。

年だよな。

嵐が去って、春の宵のようだ。

今夜はしかし、気分がいい。
気の晴れる宵である。


おそくなったが、これから作品集をまとめる。
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[tojibu:00217] 檄 1.21
件名 : [tojibu:00217] 檄 1.21
送信日時 : 2002年 1月 21日 月曜日 6:26 PM
差出人 : Toru Mashiko
返信先 : tojibu@ml-c3.infoseek.co.jp
宛先 :湯治部 通信

湯治部内デジタルジャパネスク関係各位



檄。1.21

書き忘れたが、
山岡君がデザインしたデジタルジャパネスクの新フォーマット
《花も嵐も》の名で左のメニュー《東京星菫派》のトップにある。
ブロードバンドの方、ぜひご覧ください。
デジタルジャパネスクを進めていく上での
スタッフの志の拠り所は配付した《女鬼》の世界。
そして映像展開の拠り所がさっき公開した《花も嵐も》となる。
つまりさ、
左手に《女鬼》。右手に《花も嵐も》。
弓も矢も揃ったわけです。
さあ、あとは、誰が、どこが
スポンサーとしての名誉を担うかだ。
カネを出してくれるか、だ。
それはともかく、
明日から、書き始める。
ここから先は、
ひたすら突破あるのみ。
《女鬼》を手にし、《花も嵐も》を眼にしたひとは
ひとりも遅れることなく、ついてこいよ。
向こう十年の高笑いが始まるぞ。
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墓穴。
高橋さんから催促がありあわてる。
今日までにオーエン博士のコメントをリライトして送ることになっていた。
あわてながら、ウエブに保存しておいた決定稿をダウンロード。
ウエブにアップしてあるムービーを見ながら、タイム合わせをする。
メールに埋め込んで送信。

ちょっと前までは、テープを持ってきてもらったり
ファイルをZIPにコピーして届けてもらったりしていたのに、
今日は無料のウエブ倉庫に老いてある5MBのデータを1分もかけずにダウンロードし、
無料のホームページに置いてあるムービー約5分をリアルタイムで再生しながら確認。
ADSLのいちばん遅いレートを使っているだけで、このカンタンさ。

なんともあきれるばかりである。

10分でチェック、リライト、送信が終わった。
しかも5分のムービーを再生確認しての作業である。

どんなさぼり癖のついたディレクターでも
これじゃ言い訳できねえよな。

なんだか墓穴を掘ってる気もするが。
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花も嵐も。
たっぷり15時間熟睡。
雷の音で目が覚めた。
大寒過ぎたらいきなり冬の嵐。

渡辺から明るい声で電話。
「山岡さんからもらいました。す、すごいです!」と。

さっそく、プロローグだけウエブにアップしてもらう。
待てば海路、とはこのことだ。

深く感じ入った。
6月から半年間、
なぜ自分がとまどい混迷していたのか…
山岡の入魂のデザインを見て、
涙があふれた。

digital beingの東京星菫派的展開の
行くべき道筋が、真っすぐな航路が、
ここにある。

デジタルジャパネスクシリーズの映像デザインのハードルをここに設定すれば、
おれたちは《まだ誰も見たことのない》世界を提示できるはず。

1月21日。大寒明けの大嵐の夕。
腹を揺さぶる冬雷の響きに力を借りて、
デジタルジャパネスクの名刺をきる初日としたい。

これからオフィスに行き、
works.vol4を完成させる。

いい嵐じゃねえか。
胸が弾むぞ。


山岡君、あと十年は死ぬなよ。

ありがとう。


嵐の夕に、帆をあげる。いざ、出航。
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大寒の春雨
雨になった。
ぶじに過ぎたせいか、春雨のようでもある。
大寒の春雨。
そんなきぶん。
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撮影終了
中央高速にて。
撮影午後8時に無事終了。

府中と調布間で火災があったらしく、渋滞中。昨晩のように下を選べばよかった。

山岡君の作品集4のデザインができたようなので、いよいよ明日見られるらしい。

βラボは先行して2月中の仕上げとなりそう。
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チョコレートコスモス
国立のロケ現場。おそめの昼食タイム。

美術スタッフが用意した花の中にコスモスとカタチがよく似た黒にも見えるダークブラウンの一群れがあった。

逆光で見るとその黒い花びらを透過した明かりが不思議な色合いを出していた。

美チョコレートコスモスと言うらしい。とぎとき入荷するのだとか。

はじめて知った。


現場があまりに寒いので、パワーブックを外に出し、itunesに入れてあった
コンテンポラリー・ハワイアンを流した。

北風とハワイアン。
そういえば去年の2月は山口の宇部で
雪の中コーヒー・ルンバをかけながら撮影していた。

飯を食って、車の中で温風に包まれていると、眠気が襲う。
昨日はこうしていて2時間近く昼寝してしまった。

誰も起こしてくれず、撮影は無事に進んでいた。
役に立たぬディレクターではある。


それにつけても、ねむい。
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大寒の土方生活
風呂に入ってベッドにもぐり込んだところまでは覚えていた。
気がつけば午前5時30分。起きる。勤勉な土方のようである。
熱いコーヒーと固いフランスパンを咀嚼しているうちに
完全に目が覚めた。大寒。
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国立へ
興奮したか。1時間眠ったところで4時30分に目が覚めた。
そのまま起きた。コーヒーを淹れて卵をゆでる。固くなったフランスパンを齧っているうちに覚醒。
夜明け前。
気分は上々。
ことしの、いわば初陣。

国立へ。
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《満月から三日月へ》のムービーをアップ。
メニューの《月澄む空に》のトップに
《満月から三日月へ》のムービーをアップ。
昨秋、渡辺が撮りだめた月の記録を18日付けで公開した、そのトップページに、
《歳月》のイメージで満月から三日月への変化を。
撮影時から、編集を想定していて、ほぼ同じサイズでチャレンジしていた。
さらに三日月から満月へを完成させる予定らしい。
他のページは月齢ごとに三倍速のムービーをアップしていくとか。
2001年の月の記録としては、手前みそながら出色のライブラリーが揃った。

この夜、
渡辺は一年分の月を立体印刷した
一枚のポスターをもらった。


やれめでたや。
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オフィス、和寒町に。
渡辺は螢雪の人なのだろーか。
カゼをこらえてオフィスにたどり着くと、寒い。
和寒の町のように凍えている。
エアコンの設定を見ると20℃。
あわてて上げる。
寒くないのか、ときくと、別にと。
髭の濃い男は寒さに強いのか、単に鈍いのか。

会津若松の月狂いの人に送るため、館岩の光景や、彼が撮りだめた月などをまとめていたから、
会津の山奥気分でいれば、寒さを感じないのも、ま、ムリもない。

秋に三日月から満月までの満ち欠けを記録したものをあらためて見せてもらったが、
家庭用のSONYのDVCで撮ったものとは思えない、質感のよさである。

あまりきれいなので、ひまなときに眺められるようにホームページを一つ提供することにした。

それはいいけど暖房は、強くしていただきたいものだ。
そうじゃなくても心寂しい冬なのだから。

さて、明日のロケ。
どんな曲を選ぶか。気が乗らない。
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起きたとたんに眠る心配。
カゼのせいか、くだらない映画をみたせいか、起きられず夕方までベッドに。
明日、明後日とロケ。
渡辺の話では7時前に出発したいとのこと。

ということは6時前に起きることになる。
いまが午後5時30分。
熟睡から目覚めてまだ1時間しか過ぎていない。
今夜、眠れるのか、起きたばかりだというのに、もう寝る心配である。

これからオフィスへ。
撮影のチェックだけはしておきたい。

マンガのような週末になりそうだ。
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《トラフッィク》★
スティーブン・ソダーバーグがなぜこの映画であれだけの賞を獲れたのか、不思議。
こんなつまらねえ映画にアカデミーがどうして四つも賞を与えたのか。ボーナスDVD付きの6000円は詐欺だ。
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《サン・ピエールの未亡人》★★
日本での劇場公開の時のタイトルは《サン・ピエールの生命》。どっちかっつーと珍しいことに邦題の勝ち。
勝ったところでどんな意味もないのだが。

くだらなかった。
役者もスタッフもこんな寒そうな所でのロケは大変だったろうな、という感想のみ。
ルコントは振幅があり過ぎ。
この思わせぶりはどこから来るのか。
《橋の上の娘》と比べるのもどうかとは思うが、ダメなヨーロッパ映画の典型のような《生命力》の無さだった。
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おいしい水
寒い。
四月のように騙されて薄着になった報いで
鼻水、くしゃみ、微熱が続く。
またも間の抜けた展開になったというので
しかたなく夕方からオフィスに。
それはなんとか解決したが、やる気が40%は低下。
はやくも仕事モードに切り替わる。
深追いはやめることに決めたので、構わねえともいえるが、
なんだかあっちもこっちもアリバイ作りみたいな話ばかりだ。
できることなら、すべてを放り出して
全力をDJシリーズに注ぎ込みたい。

誰かおれを、買ってはくれぬか。

寒いがなんとなく「おいしい水」を繰り返しかけた。
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being digitalのムービーアップ
東京星菫派に作品集vol3のオープニングbeing digitalをアップ。
スタジオで何度か切れそうになりながらの仕事だった。あげく没。意趣返しののように、作品集に使った。それから2年、執拗にこのスタイルを多用。
作品集vol4をつくりながら、あらためて実感。
ここから離れるためにも、アップしておく。
digitalはさらに《情》に向かうのだから。

それが本来の、あるべき姿なのだから。
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Live1990 �|� 風と、走る。 のムービー2タイトル
Live1990 �|� 風と、走る。 のビンテージ2タイトルを東京星菫派にアップ。

Live1990 は舘岩村の五十嵐宅の出てくるエピローグ。
レガシーは、全編をアップしてみた。
1.5MBでもときどき飛ぶが、とりあえず確認まではOK。

舘岩村の水引には、しかしほんとうによく撮影に行っている。
いちばん最初に行ったのが「日本の食文化」紹介で。あのときに五十嵐と出会った。
ロケの終りに、倉持さんが、ここにはこれから何度も来ることになりますよ、と呟いていたのを覚えている。
ほんとうに、あれから、何度、訪ねたことか。
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ラストのやりとり
気になったので《橋の上の娘》をもう一度見なおした。
イスタンブールの橋の上のやりとりを再録してみる。

  女『寒いの?震えてるわ』
  男『まさか。夢でも見たのか?』
  女『二人で見てたわ いい夢を』 

  女『行きましょ』
  男『どこへ?』
  女『どこへでも
   あたしに投げるナイフがまだあるなら…』

  女『こうなる運命よ
    飛び込むのはやめて続けるのよ』
  男『なにを?』
  女『二人でいることを…』


カゼをひいたようだ。鼻水がとまらない。
一昨日の四月の陽気で狂ったか。
熱が出かかっているようだ。
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momoのムービーをアップ
東京星菫派に、
●dj.vol1資料[森の]ひと �
momo �
マルチメディアワールド
の3つをアップ。�
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16日のオーディション結果はgerbera daysに
1月16日のオーディションの結果、
1.19-20の国立ロケ
2.6-8の古河ロケに出演する方たちが決まりました。
最終決定はクライアントチェックの後、明日17日午前中に。
下のアドレスの[出演者]の項目にポートレイトあり。


http://homepage.mac.com/torum_3/Gerbera/

あるいは左のメニューからも。
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《擬態》★★
北方謙三著/文芸春秋刊

出足はかなり良かったが、途中から例によって「老練な」な刑事が登場し、ありきたりの北方風「ハードボイルド」に堕していった。
こんなものがほんとうに「時代の絶望」だと思い込んでいるのだろうか。水滸伝で持てるエネルギーをすべて蕩尽した、そんなところか。

夜になって冷え込む。
いろいろなものが、醒めていく。

閉店間際のヴァージンに駆け込み数枚のDVDを買う。
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パトリス・ルコントの《橋の上の娘》★★★★★!!
パトリス・ルコントの《橋の上の娘》をDVD版で。
無知は幸福である、としみじみ。

2年前に公開されたこの映画を、知らずに過ぎていた。
なんのついでか、夏の終りにただルコントの作品だからという
それだけの理由で買って、そのままだった。
封を切ったのは二時間余り前。

二度目のグリーン・デスティニーを見終り、
北方の《擬態》の続きでも読みながら夢を見ようと
パジャマに着替えたが、
タバコとコーヒーが欲しくなり、湯を沸かした。
春のような夜のせいだと思う。
コーヒーを淹れている間に眠気が消えた。

明日の夜にと考えていた《橋の上の娘》の封を切った。

引きずり込まれ、そのまま107分が過ぎた。
呆然としている。なんというモノクロームの美しさなのか。
なんという純愛の描き方なのか。


ラストのイスタンブールの橋の上。
このシーンの鮮烈さに戦慄した。
出逢い-別れ-彷徨-その後の再会という
なんのけれん味もない平凡なドラマツルギーの上に
究極の愛を描き出すルコントのマジック。

死ぬことを踏みとどまって何をするのかと問うナイフ投げに
女は「二人でいるだけでいい…」と答える。そこでジ・エンド。
この短いセリフ回しにこめられた深さと説得力には打ちのめされた。

モノクロームでこれだけ美しい映画を見たことがない。
ルイ・マルの《恋人たち》が最高傑作だと思っていたが
《橋の上の娘》の娘は、あの美しさを完璧に越えている。
内容のモダンさはさらに比類がない。

知らずに過ぎることはまことに幸運である。
こんな思いもよらない朝があるのだから。
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《信は真》未だ不明。二度目のグリーン・デスティニー。
「グリーン・デスティニー」のDVD版を例のヘッドホンで試す。
ヨーヨー・マのチェロがひときわ沁みた。

それにしてもアン・リーが投げた謎、
『信は真に通ず』を残して空に身を投じたイェンの行く末をどう解釈すればいいのか。
二度見ても、なお読み解けず。

アン・リーと彼のスタッフが金庸の世界を撮ったら、スターウォーズシリーズはぶっ飛ぶだろうな。

ちよっと見てみたい。
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春の宵
外気温まだ16℃。春の宵。
そぞろ歩きにはうってつけの夜となる。

部屋の窓を開け放つ。
零時を過ぎて、真冬というのに花の香りが漂うようだ。

ヘッドホンをSONYのデジタルサラウンドシステムに変更。
これがなかなかの出来である。

プレステ2の光でつなぎ5.1音場を試した。
耳にしか振動がないことがちと寂しいが、
みっけもんではある。

赤外線なので、あちこち移動してチェック。
音がしっかり修整されていくので、笑った。



明日から、DJに手を染めたい。
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今年はじめての、汗。
オフィス。

三ヶ月ぶりに病院に。汗ばむような陽気だった。

北方の「擬態」を読みはじめる。北方は確かに変わったのだな、と冒頭から納得。
今夜はのんびりこいつで過ごそう。
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垂涎。新imacは、文字通りcool!
新imac、ラオックスでガラスのショーケースごしにチェック。垂涎。
白のつや消し加減、白いキーボードとマウスの衝撃。ディスプレイ枠の透明の縁取りという発想。ケーブルの処理。imac初代もサイドとバックビューがみごとだったが、こんどのは、ほぼ、パーフェクト。
この新imacが似合わないのはグレイッシュなオフィス環境だけだ。滅ぶべき場所に似合わないデザイン。アップルの底力を見た気がする。

これでG4、800MHz、60GHD、スーパードライブである。パソコンがやっと生活道具にたどり着けたな、そんなふうに思えた。

欲を言うなら、ディスプレイが15インチではなく18インチ程度あってくれると申し分なかった。アームの剛直さを眺めていると、ムリではなさそうだが。
いずれにしてもデモ機の画面の見やすさは出色。

工業製品を見て、ずいぶん久しぶりに感動させられた。おそれいった。
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新imac見物に
寝過ぎて眼が開かず、あせる。
12時間は熟睡したか。

中山君の話しでラオックスに新imacが出ているというので、これから行ってみよう。
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《世界がもし100人の村だったら》★★★★★
夕方、紀伊国屋でマック雑誌と一緒に話題になった「世界がもし100人の村だったら」を見つけたので買った。飯を食いながら読む。脳天直撃。いぜん《パパラギ》を読んだときのショックに近い。もとは1000人の村だったという。どこの才能が手を入れたのか知らぬが、100人とした瞬間に単なるメッセージからきわめて強い詩的換喩力を備えたことになる。付録に掲載されている1000人パージョンと比較しながら、その才能に舌を巻いた。もし後書きにあるように、これがネットを巡っているうちに自然発生的にブラッシュアップを重ねられた結果だとしたら、ウエブの力をもう少しぼくたちは信じてもいい。
ま、誰か、独りの力、なのだと思う。いずれにしても、感動した。比喩という詩的言語の骨幹が、かくもパワフルであり得ることを、あらためて再認識させられた。
《世界がもし100人の村だったら》マガジンハウス刊 定価838円。

この美しい比喩に満ちた一冊は次のように閉じる。
書物の終章は、世界を開くために閉じられるべき、
という持論から言えば、これは満点である。



   ……
   だからあなたは、
   深ぶかと歌ってください
   のびやかに踊ってください
   心をこめて生きてください
   たとえあなたが、傷ついていても
   傷ついたことなどないかのように
   愛してください

   まずあなたが
   愛してください
   あなた自身と、人が
   この村に生きてある
   ということを

   もしもたくさんのわたし・たちが
   この村を愛することを知ったなら
   まだ間にあいます
   人びとを引き裂いている非道な力から
   この村を救えます
   きっと
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《涙と46億年》のムービーアップ
《むじなの森》のトップに《水の惑星ジ・アース》の中から「喜怒哀楽、水の起源の旅、46億年」のシーンをアップ。
この部分は作品集4でも使用。
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金庸の《飛狐外伝》★★★★★圧巻の無償の愛
《飛狐外伝》全三巻/金庸著/徳間書店
あの一風変わった番外傑作《雪山飛狐》の主人公・飛狐の生い立ちの物語。ここで金庸が描くのは義と侠を衣裳にまとった複数の無償の愛。最終巻の「風に散る花」の終章の孤影は、これまでの金庸の世界にはなかったもの。この頃を機に金庸の作風は静まっていくのではないか。そんな気がする。いよいよ《天龍八部》全八巻が刊行されるはず。数年前からはじまった金庸の旅もいよいよ佳境にさしかかった。
締め切り前に第三巻まで読んでいれば、2001年のベスト1は文句なしに《飛狐外伝》だった。
ま、今年の読み始めということで良しとする。
第三巻の表紙裏に一昨日の新庄駅で押したスタンプにはこんな句が彫られていた。

  《水のおく氷室尋ねる柳哉》

誰の作かは記されてなかったが、豪雪の駅にふさわしい、文字だけのスタンプが珍しかった。
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12時間の新庄《雪見》行。
7時過ぎに東京駅に着いた。
新庄まで3時間という「つばさ」があったので、選ぶ。宇都宮を過ぎると遠くの山に雪。福島で東北新幹線と分離。山形新幹線になってから山形方面に向かうのは初めてだった。米沢辺りから猛吹雪。吹雪の中を終点の新庄に。午前10時過ぎに着いた。夜明けに雪を、と思いついてから、4時間あまりで、雪の新庄駅前に立っていた。横手まで足を延ばそうかと思ったが、駅員に聞くとさらに1時間半かかると言われ、萎える。キオスクでるるぶを買い、そば屋を探す。タクシーの運転手に、うまいそば屋に連れていってくれと頼む。10分ほど走ったところに民家を移築したというそば屋があり評判がいい、というので案内してもらう。冷たいそばと、とろろ、精進揚げの盛り合わせを頼み、店内を見せてもらう。黒々とした太い梁と高い天井と囲炉裏のあるなかなかの趣。そばはきりりと冷えていて乾いたのどをいやしてくれた。山形は前に「山形ルネッサンス」の撮影でまわったときにも蕎麦がうまかったが、水が良いのか相変わらずのうまさだ。置いてあった民話集を読みながら2時間ほど過ごした。タクシーを読んでもらい駅に向かう。
待合室で3時過ぎの始発を待つ。それから東京まで寝ていた。東京駅でタクシーを待っていると肌に粘りつくような甘ったるい風。氷点下、吹雪の新庄は、寒かったが水の匂いに満ちて、呼吸がとてもラクだった。東京着、7時過ぎ。ほぼ12時間の雪見行、松明けということで。
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雪を求めて。
気のぬけた春のような日が続く。
ふいに、雪を見たくなった。
いまから新幹線に乗って、
北に向かおうと思う。
冬らしい景色を胸に入れてみたくなった。
行けるところまで北に行って、
疲れなければ帰ってくる。

去年はいまごろ、
雪を渇望していた。
だからどうだと言うわけでもないか。
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《むじなの森》にムービー1タイトルアップ
今日届いたFTVのビデオからジ・アース関連の分を《むじなの森》に《未来博からのメッセージ》のタイトルでアップ。

夕方からはせっせとムービーキャプチャーをしてもらい、バンバン動画をアップした。
やっとアップルの容量アップができたので。
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gerbera daysにムービー4タイトルアップ
ベルサ/プロローグ、クレッセ/プロローグと「花のラザニア」、マキシオ/プロローグとエピローグなど2001年の積水ハウスの仕上げから主な作品をアップ。
さらにBIENAのプロローグもアップ。
BIENAはメインテーマが「ヌーナ」のアメイジング・グレース版の方。
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Besame Mucho
気になってライナーノートを見た。
Besame Mucho/高場将美訳


キスして たくさんキスして
今夜が最後の時でもあるかのように
キスして たくさんキスして
わたしはこわい
あなたをこの後 失ってしまうのかと

わたしはあなたをすぐ近くに感じたい
あなたの眼にわたしを映したい
わたしといっしょのあなたを見ていたい
思ってください もしかしたら明日はわたしは
遠くに あなたのずっと遠くにいるかもしれないと

キスして たくさんキスして
今夜が最後の時でもあるかのように
キスして たくさんキスして
わたしはこわい
あなたをこの後 失ってしまうのかと
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《未来博からのメッセージ》オンエアテープ届く。
大晦日にFTVでオンエアされた「未来博からのメッセージ」のビデオが加藤さんから送られてきた。このテの番組にありがちな回顧に留まらず、意義の確認と継承をきちんと伝える、制作サイドのスタンスと思い入れがよく出ていた。

これから展開しようとしながら、突破口をつかみあぐねていた《森のひと》プロジェクトにとって、多くのヒントに満ちた30分でもあり、とても参考になった。

福島から援軍が来た、そんな気分にさせられた。
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いずこも、火宅である。
井口君と今年はじめて話す。電話。
あの夜に「近松心中物語」を観たと言っていた。
さらに大晦日の紅白歌合戦で森進一が「それは恋」を歌い、その後ろで平幹と関根恵子があの雪の心中シーンを演じたらしい。涙が出ちゃったよ、と笑ってた。
紅白を観ていない。
どこかで手に入れて、観てみるか。

しかし、井口君も、難儀なことだ。
お察し申し上げながら、笑みがこぼれた。

いずこも、火宅である。
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途中から新年会となった四谷[牛角]の夜。
髪を切ってもらい、マッサージをしてもらったら、停滞していた気脈がすーっと通っていくようで、ぐっと軽やかになった。

ピュアの前にあった「牛角」というカウンター式の焼き肉屋に入る。タン塩にみじん切りした大量のネギとレモン汁で食べたが、こいつがなかなかで食がすすんだ。値段の安いのにも驚いたが、ダウンライトを使ったカウンタースタイルというのも、なかなか新鮮だった。軽く食べるつもりが腹いっぱいになり、まだ苦しい。
渡辺と二人だったので、サーカス団の新年会にしようと、食べながら決定。あらためてウーロン茶で乾杯。石焼きビビンバを分かち合いながら、四谷の安食堂でオフィスの新年が明けた。

風がなく、春のような宵だった。
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前が見えずに生きていた
ふと目の前が暗くなっていることに気づいた。髪がのびて前髪が両目を覆っていた。あわてて四谷に予約を入れる。で、これからカットに。

唐突だがDジャパネスク、九州と四国を検討したい。とくに9月の九州。あの「ある秋の夏休み」のときの色彩をもういちどトライしたいと思った。
ついでに四国も攻めてみよう。まだ未踏の地だしな。
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その先の《夢》とムーラン・ルージュ
田中さんは、97年の冬ですと言明。あれから4年が経った。いくつかの家が消え、いくつかの新しい家が建ち、体験すべき館も片手を越えた。もう完成だね、と笑うと、ほぼ、と答えた。工場の敷地の片隅でスタートした作り手の《夢》がやっと町のカタチを整えた。シンボルツリーも《けやき》とし、1000足らずだった豆電球が万を数えて梢の先まできらめいていた。すべての棟に明りをともし、遊歩道や庭の部分に百人あまりの人間を配して、ほんとうの街の暮らしを再現することも、もう現実的になった。今年はこの《街》で、花見、蛍狩り、祭り、紅葉、クリスマス、雪合戦など、仕込んでみたい。一年後には、《人へ、街へ…》という企業精神そのものを象徴する《ライフ、モダン》集としてまとめることができるはず。
TV-CM、VP、DVD-ROM、ウエブコンテンツ、シック・シティ、納得工房などのウェルカム映像、各地のモデルルームでのウエルカム映像…と、使い道は限りないだろう。

たとえばDVD-ROM。
基本プランはインタラクティブ型の《ビデオカタログ》の共通トップページとする。ある休日の昼下がり。真俯瞰の《街》にはさまざまな家族たちが暮らしている。マッチ箱のような小さな家々の並ぶ《街》で、ある家族は庭で親子がガーデニング。別な家族は家の周りの道路を掃除。さらにキャッチボールをする親子。犬の散歩をする子供たち。サッカーに興じる子供たち。クルマで出かける家族。自転車で買い物に行く親子。宅配ピザを届ける青年。速達を届けるポストマン。訪ねてくる人、帰っていく人…
マッチ箱のような家の1つが強調されると、その家についてのメインストーリー画面、コンセプト画面、技術・構造画面、快適・居住性能画面などメニュー画面となる。
そんな導入部として、全製品のビデオカタログのトップ画面として用いることで、強力なブランドイメージを構築する。一軒の家をつくるということは、数十年にわたる家族の物語の舞台を提供することであり、その舞台は複数のセットが同時並行的に存在するさらに大いなる《舞台》のピースであること。家づくりとは同時に《街づくり》にほかならず、積水ハウスが40年を越える歴史の中で挑んできたものこそが、家=街=社会をつくり、守っていくことなのだ、という姿勢を1シーンで表現しきる、動くブランドマークのようなものとして用いていく。
企業CMとしてイメージを周知させつつ、いっせいに各媒体での展開に着手。

田中さん達が4年間でここまで膨らませた《夢工場》が、そんなことを夢想させた。

熱の塊になって話し続ける彼の背後で日が落ちていった。夕やみの中で、これを見せたかったと彼が言う1万個の豆電球が灯り、大きなけやきの裸木が、一瞬のうちに黄金の葉を繁らせたようにきらめいた。

工場の人たちとスタッフ総出で雪かきをしてつくりあげたパート1から4年。

彼らの《熱》が、どんな現実を結び、さらにこれから先どんな夢を描こうとしているのか、それだけを知りたくて出かけた。

暗闇の中で、深々と下げられた頭を前に、広告屋としての矜持がうずく。

南風に乗って東北道を北に向かいながら、須賀川や会津の人たちのことを思い浮かべた。
どこにもどんな所にも、熱い場所があり、熱い人たちがいる。
広告とは、こういう人たちの間を、過不足のないまっとうな橋で結ぶこと、そんな学生のようなことを考えながら、夜の東北道を東京に向かった。
帰りは、北風。窓を開けていると凍えるようだった。
道中のBGMは「ムーラン・ルージュ」のサントラ盤。あれやこれやのシーンを頭の中でリプレイしながら、仕事始めとしては上々じゃねえか、そう思った。

寒かったので銀座でホットチョコレートを飲み、六本木の時代屋で釜飯を食って帰った。
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ポッポイの汽車に乗って行きませんか
[ポッポイの汽車に乗って行きませんか]
    佐々木洋一詩集「未来ササヤンカ村」より


   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくのあんまり可愛ゆすぎてむずがゆい妹さん
   ポッポイの汽車は
   汽笛をピュウポオオイ 吹き吹き
   たらっぽすかんぽ坂を越え
   とんぼとんぼぎんやんま畑を通って
   クリーナの駅でひと休みして
   ササヤンカの村に行く汽車です

   行くんです
   本当に行くんです
   今
   ササヤンカの村の住民台帳には
   ぼくの名前がポツンとひとつ
   寂しがっているんです
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくの
   あんまり可愛ゆすぎてホクロを殺したくなる妹さん
   ポッポイの汽車が発車します
   ピュウポオオイ
   ピュウポオオイ
   ぼくといっしょに行こう
   ササヤンカの村へ

   ねえ
   ぼくの妹さん
   ササヤンカの村の住民台帳に
   あなたの名前を刻めば
   あなたとぼくは夫婦
   子だくさんの夫婦になるんです
   やがて
   ササヤンカの村の住民台帳には
   たくさんの住民が登録される

   ねえ
   ぼくの妹さん
   ササヤンカの村はササヤカという村
   野菜と土と風と水車がコットン揺れている村
   あなたとぼくの子供達は
   また美しい恋人達を
   ポッポイの汽車に乗せて連れてくる
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくの
   あんまり可愛ゆすぎてつねりたい妹さん
   ポッポイの汽車は
   汽笛をピュウポオオイ 吹き吹き
   あめんぼめだかっこ川を渡り
   どんぐりどんぐりどんぶりっこ林をくぐり
   クリーナの駅でひと休みして
   ササヤンカの村へ行く汽車です
   ピュウポオオイ
   ピュウポオオイ
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくといっしょに行こう






BGM/SLAVA「TRINITY」を聴きながら
  久しぶりに書き写した。
  これが今年の「仕事始め」。
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眠れない夜になる…
というのが今夜から始まるサンフランシスコのキャッチらしい。
スーパードライブが液晶imacにつくなら
しかも1800ドルだから日本円で20万の前半なら、即注文だろうな。
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《アメイジング・グレイス》★で疲れた。
小川竜生の《アメイジング・グレイス》徳間書店刊を寝る前に読み始め、けっきょく昼前まで。さらに四時過ぎに起きて飯を食いながらいま読み終わった。つまらねえ事件をベースにしたアウトローもので、出足はノワールなのに、途中から腰砕けの現実後追いに走る。しかも追いつめ方が甘いというか古くさく、情けない。どうしてこんな出来の悪い作家を茶木さんは持ち上げるのか。《アウトロー》とか《ヤクザ》というのにこの頃の評論家は弱すぎるのではないか。何か特別なものを視すぎているのではないのか。書評があてにならないことが多くなった。めんどーなことである。
一巻の途中でページを折った《飛狐外伝》を素直に続けていればよかったが、表紙にだまされた。
ま、今年は《飛狐外伝》で開けたことにしておく。

それはともかく、スタートさせる仕事の時間が、さぼったので半減。勢いつけるために、これからオフィスに行き2時間くらい集中しよう。弾みをつけないと、手が出ない。
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朗報があったので6日、仕事を開く。
山岡君から作品集のデザインを始めたと連絡あり。月のところからスタートしたようだ。これで今年の端緒を切ったことになる。


八月の酷熱の夜に湯の花で
満願成就させたあの満月をいよいよ世に出せる。
おれのデジタルジャパネスクの序章となるのが
この作品集99-01/vol.4。
その舳先にあの月を添えるのだ。
切り裂けぬ波などあるべくもない。



気持ちのいい仕事で一年を始められたのだから、
もうどんな仕事に手を出してもいいだろう。
だから起きたらmp企画にとりかかろう。
四日から六日にかけて、
蓄えるべきエネルギーは、まず充填できた。

風呂に入り汗を落としたら
小説の続きを読んでぐっすり熟睡し。
明日6日、開幕とする。
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まだまだ
オフィス。
ムーランルージュのサントラを聴きながら
作品集4のタイトル関係を山岡さんに送る。
すぐにやるつもりが年を越してしまった。

8日に出す予定のMP企画にかかろうと思ったが、
とてもそんな気分にはなれず放り出す。

今夜は小説でも読んで過ごすしかねえな。
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NHK教育「サイエンスアイ」vol.9★★★★
飯を食いながら何気なくつけたテレビで
「サイエンスアイ」というのをやっていた。
たまたま廣瀬教授が出ていたので後半の15分をそのまま見続ける。
インターフェイスわ切り口にした回で、
ソニー研究所の誰だったかが紹介していた
「ビックandペースト」?とかいう技術がおもしろかった。
無線でもイーサーネットでもなく、
走査線?ごと読み取れるペンで必要な部分に触れ、それを別な端末の画面の必要な場所に持っていってペーストする。
見ているとじつにスムーズで、
お題目だけだった「ヒューマンインターフェイス」のひとつの達成がここにあるのではないか、
そんな希望を感じさせる内容だった。

「サイエンスアイ」は今日のオンエアがvol.9とあった。NHK教育、たいへんなものである。後半の15分を見ただけで内容の濃さに舌を巻く。

これまでのオンエア分を入手し総チェックすること。次の26日のオンエアをチェックすること。

テレビを見なくなっていた。
すこし、反省。
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救われたicard。
午後3時にクシャミで起きた。
寒い。明日にかけてまた、寒波。
飯を食う気にもならず、メールチェック。
D2の西田さんからなんとも嬉しいicard。
FTVの記録を年末に届けたものを見てくれた
その感想が短く記されていた。

今年いただいた賀状の中で
いちばん嬉しいものとなった。

寒波のせいか怠け癖のためか
年の初めにも関わらずブルーな小寒5日に
なりそうだったが
西田さんのicardのに添えられた数行の言葉が
一掃してくれた。

水の惑星「アリーファンクラブ」の小平支部に深い感謝をしたい。
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しごとはじめ?
身内で新年会。
宮本さんに寄書き年賀状を出す。
その後、浅草寺に夜の参詣。
渡辺はなぜか明治神宮にこだわったが、
気分は雷門だった。
夜更けの浅草寺は、なかなかキッチュであった。
撮影を何度もしていながら観音堂があることを知らなかった。
そのあと下谷の福島さんのお寺も参ろうと探したが、
渡辺がうろ覚えで見つけられず、蒲田に戻る。

何をしたかというと賀状を十枚ほど書いて疲れ、
新年会と称して飯を食い、
浅草で夜のお参り。
こういうのを仕事始めと言っていいのかどうか。

サーカス団は今年、
どういうわけだか一気に信心深くなったようだ。
浅草寺では柏手を打って見とがめられた。
神と仏の区別がつかない、というのも
我ながら困ったものだ。

深夜なのにけっこう人がいたので恥ずかしかった。

浅草の住人達よ、すまんな。
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賀状十枚で打ち切り。
オフィス。
賀状を十枚書いたら、へとへと。
もうあきた。
人間、向き不向きがあるのではないだーか。
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いいじゃねえか。
何もしていいのにフレッツADSL開通。
何のために寒い中をオフィスまで行ったのか。
それにしてもノートブックを持ち帰らずに良かった。

渡辺は走水神社に絵馬を献じてきたそうだ。
彼の01から02年への年末年始は強い記憶として残るのだろうな。

人は、変わる。想いが変える。
いいじゃねえか。
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真冬のAVANTI!を結局4度聴いた
まだオフィス。
賀状を見ながら[AVANTI!]をけっきょく四回リピート。
腹も減ってきたことだし、引き上げよう。

ノートブックを持って帰ろうと思ったが
面倒くさくなったので断念。

今夜はどうして過ごすか。
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水滸伝第二十八回と《MY REVOLUTION》。
家のADSLがいきなり沈黙。
もともと何をどうすればよくわからないままに使っていたので、
正月三日でお手上げとなる。
めんどうくせえなとぼやきながらタバコ買うついでにオフィスへ。

オフィスのノートを持ってかえって、
とりあえずPHSカードでつなぐことに。

1.5MBからいきなり64Kに戻ることになる。とほほ。
しかもPHSを定額にしておかなかったので怖い。
六月から七月にかけての三週間たらずで10万オーバーしたことを
ふと思い出し、うんざり。

渡辺は走水で破魔矢を手に入れたのだろうか。

オフィスの空気がどこかいつもとは違っている。
周囲の密度が違うのか。正月も悪くない。が。

GIOVANNI MIRABASSIのピアノソロ[AVANTI!]をかけた。
夏の盛りに毎日くりかえし聴いていたが、
ピアノの音色は冬の方がよくしみるように感じる。
しかし、赤地に黒の文字だけというパッケージデザインは
いつみてもヨーロッパ。日本では逆立ちしても
こんな芸当はムリだろうな。

今日は午後の2時過ぎに起き、顔も洗わずに朝昼兼の飯を食う。
そのまま北方謙三の《水滸伝/第二十八回》/小説すばる新年号を読んだ。
[志]に焦点をしぼりこみ、水滸伝の世界を根底から構築し直そうとする
北方の筆勢はとどまることがない。
旅先で宗江ら5人が16000の官軍に攻められ山中の洞窟にこもって
死を覚悟したときに、梁山泊からの加勢がなんとか間に合うという
原典ではあっさり片づけられているエピソードも、
[志]を据えることで、じつに奥の深い章にまとめあけている。
後に振り返れば、この第二十八回が大きな山となるはず。
体制=大勢が圧倒的な兵力で少数=反体制を殲滅していくという
昨今の世界情勢の細部のリアリティが水滸伝の攻防を借りて
あざやかに描き出されている。これが作家のスゴミだな。
5W1Hの報道屋では絶対に到達できない世界。
つまらない小説ばかり書いてきた北方だが、[水滸伝]の
新解釈で名を残すことになるだろう。
夢想だが、原典から離れついでに、
梁山泊が官に勝つ、というユートピアにしてくれないものか。

どうせ物語。

行くとこまで行っちまうといい。

ここまで書いたところで
[AVANTI!]はラス前の《MY REVOLUTION》。

ま、うまい展開ではある。
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《LOCK STOCK TWO SMOKING BARRELS》1999★★★★をやっと観た。
ガイ・リッチーの《LOCK STOCK TWO SMOKING BARRELS》1999を
やっと観ることができた。DVDが手に入らず、レンタルビデオ版で。
ま、マンネリと言えばマンネリの極致のような仕事ぶりながら、
笑い転げながら108分に釘付け。
《スナッチ》2000との違いは唯1点、フィルムの感度と
出演者の知名度だけという超マンネリぶりに恐れ入る。
タランティーノを越えたかとと考えると、ま、五十歩百歩。
スタイリッシュな分だけ、愉しめる、というところか。

ビーフジャーキーと柿のタネで腹が苦しい。
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《バールハーバー》★★★★★なめちゃいかんな。
《バールハーバー》をDVDで観る。
なめてかかっていたが、ひっくり返った。
ILMの特撮もスターウォーズで鍛えぬいただけあり、ず抜けた出来。
映画的なテクニックとしては、特級の完成ぶり。
キャメラの陰影のつけ方も申し分なし。
大戦から60年経って、こんな映画をつくるところに、アメリカの底の深さを感じる。
日本で興業成績が悪かったというが、タイタニックに比べれば圧倒的に映画そのものではないのか。
劇場で観ておけば良かった。極上の一本。
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ジャンクフードナイト
《パールハーバー》に没頭しすぎて腹が空いたので表に出た。
耳が痛くなるような寒さに慌てる。
ほとんどの店が閉まっていたので吉野家に。
この間、井口君が入ったというのを思いだし、注文。
汚らしく、まずく、しかし安かった。
壁のポスターに「吉野家品質」と大文字のキャッチ。
こんなことマジで書いてて正気なのだろうか、
と不安になりながら、単品のけんちん汁120円に口をつけた。
あきれてやめた。カウンターには男だけ8人。
たしかに、うすら寂しい光景ではあった。
チーズと牛乳でもと思い途中のampmに寄ったら
雪印ブランドしか置いてないのであきらめる。
7イレブンに行き、別なブランドを見つける。
柿のタネとビーフジャーキーもついでに。
ジャンクフードで徹底したようで嬉しい。

これから《パールハーバー》の特典映像を観ることに。
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《ギター弾きの恋》★に見るW・アレンの老い
こねくりまわして歪んでいくそのあわいがW・アレンの真骨頂なのに、《ギター弾きの恋》にはその歪みが見られない。気の抜けた、作り手だけがたのしめると勘違いできる一昨日のサイダーのようなスノビズム。
ラストのギターを叩き壊すエピソードに、しみじみW・アレンの老いを感じた。くそつまらねえゴミのようなニューヨークスタイル。
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《シュリ》ラストのみ★★★★★
ビデオ屋で借りて一週間以上放っておいた《シュリ》を観た。
ラストぎりぎりまではありきたりの政治劇と
舌足らずなアクションシーンに、
何度もやめようかなと思いながらあくびをかみ殺していた。

向かい合った銃口を彼女が大統領のクルマに向けてそらした
その瞬間から、政治もアクションも吹っ飛んで、
純粋な愛の姿だけが浮かび上がってきた。
取り調べ。彼女の店に残された最後のメッセージ。
編み上がった真っ白いセーター。
名前を騙られた娘が聴かせてくれる死んだ女の愛した歌。
その歌をヘッドフォンで聴きながら海辺の断崖のベンチで
呆然とする男。そのゆるやかな鳥瞰ショット。
ヘッドフォンからこぼれた歌がそのまま
クレジットロールにかかっていくという幕の下ろし方。

テープに残されたメッセージには
「あなたと過ごした一年が私の人生のすべてでした…。
いま、あなたにとても逢いたい」と叫ぶようなモノローグ。

映画としてのドラマツルギーはさておいて、
ラストの数分間のメローさは特筆モノ。
同じことを日本でつくるとただのマンガで終わる。

この材料だと興業の制限で時間が決められる映画では難しい。
ラスト前の2時間余りをせめて10倍にふくらましてあれば、
あのラストはふるえるようなカタルシスが得られる。

メディアの選択肢が飛躍的に増えたにも関わらず
劇場というパイだけで勝負する《劇場用映画》は
すでに存在意義の過半が失われているのではないか。
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《恋人たち》vol.9
《恋人たち》のvol.9を観る。
この間の最終回の直前の分。
記憶よりずっと後で、病気のことが明らかになっていた。
vol.9のラストは死を予感した真奈美の
「あなたを置いていくのですから」という
モノローグが重なって終わる。
もつれあった愛の経緯はともかく、
野沢が書こうとした
「血のつながらない不思議な縁で結ばれた家族」
という隠れテーマが、
vol.9でその輪郭を明らかにしていることを思いだす。
元旦早々、涙が止まらず。
続けて最終回をもう一度と思ったがあきらめる。
ティッシュが足りそうもない。

すすめられていた《シュリ》を観ることにする。

それにしても渡辺が録画してあったのは
このvol.9と最終回の2話分のみ。
ここまでを何とかしてもう一度、確認しておきたいが…
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破魔矢と日の出と大言海
八幡神社で手に入れた破魔矢をオフィスに持っていったら、渡辺がいた。
家に帰らずに房総までクルマを飛ばしたらしい。
大晦の月を献じたら、こんどは初日の出を贈りたくなったようだ。

行き先は、千倉。
湯治部が《光と風の日本》の口火を切った
あの千倉の海である。
深夜に思い立ち、横須賀に帰るのをやめ
海ほたるを経て一気に房総へと走ったようだ。

日と月と。
照らすものと照らされるもの。
その二つを合わせることで
窓のない部屋の白いベッドに眠るその人に
この世にみなぎる力を味わってもらいたい…
とでも言いたげな思いつめた顔だった。

想いは、人を奔らせる。
想いこそが、人を常の日々を越えさせる。

元旦の夕。
少しやつれたような渡辺の顔を見ながら
そんなことを感じた。

破魔矢を渡辺に渡したら
本棚の大言海の前に立てた。


なるほど、そういうことかと、思った。
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《お年玉/初笑い》の奇妙な味わい
久しぶりに近くの八幡神社に参る。

何の信仰も持たないが、
今年はあれもこれも祈ってみたくなった。

こんな小さな街なのに、
ずいぶんたくさんの人が並んでいた。
面倒なのでショートカット。
本殿の斜めから手を合わせたら
町会の世話役ににらまれた。
いちばん大きい破魔矢を選び
甘酒をもらう。
うまかったのでおかわりをする。
賽銭をあげそこなったので
神輿の前に置いてきた。

部屋に戻り、ユズ湯に入る。

オースティン・パワーズの再放送を観る。
3回目なのに、
ほぼ同じシーンで笑っていることに気づく。
すっかり箍が外れてしまったようだ。

《沙羅源氏物語》のBBSに《お年玉/初笑い》というアイコンがあったので読む。

なんとも不思議な間とリズムで淡々と語られているだけなのに、
ゆったりとした笑いが染み出してくるような
奇妙で野放図なユーモアに腹を抱えた。


年明け早々、夜明け前から気が晴れた。
白いベッドで、あの不思議なユーモアを読みながら、
沙羅さんの2002年の元旦があるのだと思うと、
晴れた空を見上げたような気分になった。


今夜は、いい夢に遊べそうだ。
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