2009年08月の記事


毒もつゆえの、美。
撮影部から提供されたHDV素材を
徹底的に再検証しているうちに、夏が逝く。
切り直したシチュエーションアーカイブ、88タイトル。
うち、おもしろがって遊んだ['09étude]が23本。
夏休みの補習授業を受けた中学生のように
ひたすらデスクトップMacに向かい続けた。


秋田田沢湖に行く道ばたにある秋扇湖をつなぎながら
毒のある水がなぜかくも美しいのか、不思議でならなかった。


倉持さんが切り取ったどの1カットも
時間を持った日本画のようだ…
と思いながら、気がついた。
鉱毒というのは別な見方をすれば[岩絵の具]なんだよな。


だから、玉川と秋扇湖の風景は
色も風情も、あんなにも美しい。


大地をキャンバスに鉱毒という[岩絵の具]が描き出した…
そう考えると渡良瀬遊水地がときに見せる
この世の果てのような凄絶な世界もまた
[鉱毒=岩絵の具]の結晶なのだ。


魅了させられる、それがもしかしたら
いちばんの理由なのかもしれない。
ま、深夜モードの思いつきだけど。


これだけだと身も蓋もないので
福島泰樹の短歌を一首借用。



   飛ぶ鳥も遠くの空へむかうゆえ
      一生一緒に居てくださいな
             「中也断唱」より


では、秋にむかって…ご一緒に。
2009.8.30未明  T.M拝
コメント (0)

上弦。
ひとつ勇気を授けられた。感謝。
コメント (0)

弓張り月も沈み
「太陰太陽暦」(旧暦)の七夕は晴れているように見えた。
コメント (0)

秋の虫
今年初めて虫の鳴き声を感じた。
コメント (0)

とりあえずup。
午前1時に起き、3時から9時間。12時過ぎたところで燃料切れ。ほぼ書けた。
コメント (0)

BDとDVDを比較テスト
パイオニア黒50インチ/パナソニックBDで
[étude01-15]のBDとDVDを比較。
使用素材はHD>HDV共通。
あきれるほどに違っていた。
唖然とするほど鮮明だった。
文字ぬけも圧倒的。

全シーン比較
1.[étude0910/夢と追憶]
2.[étude0909/慕情3遠くの空へ]
3.[étude0913/さよならっていえることは]
4.[étude0911/ぬばたまの]
5.[étude0915/抒情]

BDのみチェック
[étude0907/慕情]
[étude0901/Água de Beber]
コメント (0)

プランメモ8.20
【千住博。東海道五十三次。watersauce。モーガン・フィッシャー】
key wordは“変容””メタモルフォーゼ““変化”“進化”“深化”?
数点をAmazonに発注。
参考movieは“吐竜”“桧枝岐屏風岩”“不動滝”“袋田の滝”

+++++++++++++++++++++++
“美術の核心 (文春新書)”千住 博
“美は時を超える千住博の美術の授業 (光文社新書)”
“「美」を生きる”千住 博(光文社新書)
“千住博の滝”
“都市生活者のための音楽”モーガン・フィッシャー
“都市生活者のための音楽II”モーガン・フィッシャー
“都市生活者のための音楽III”モーガン・フィッシャー
コメント (0)

再起動。路上生活
再起動。はじめて小山のオフィスを訪ねた。えびす。敬意を表し黒のスーツ。帰りに六本木れんにと長岡を誘ったが都合がつかずUターン。公園脇の路上車中で渡辺とDVDピクチャーのデザインを決めた。【路上生活者】ですな、と笑ってオフに。夜の蝉が耳に残った。スーツを脱ぎ、シャワーを浴び、冷や麦。んまかった。ま、いい再起動となった。
コメント (0)

21summerworks
3週間弱で70タイトル近くをHDV素材としてチェック。
15日までのまとめとして21タイトルをDVDに、いま落とし終わった。
[月光]6タイトル
[抒情]4タイトル
[おいしい水]6タイトル
[ひかり]5タイトル
21世紀にちなんで、というわけでもないが
ざっくり拾ったら21タイトルに。縁起いい?
チェックした素材は
春の一部と初夏2と盛夏2。
これだけでもかなりの【世界】が見えてきた。
もろもろも出そろってきたことだし
もう【狼しょうねん】にはならずにすむだろう。きっと。
コメント (0)

BDメモ8.16
秋だな、まるで。
以下はメモ;ミニシリーズ/ローカル/HD/+ムック(月,夕日)/BDパッケージ(コンテンツ別シリーズ)/
コメント (0)

死ぬまでに一度は行ってみたい【場所】?
ボリビア・ウユニ塩湖
撮ってみたいし、何よりも体感してみたい。
その塩湖のど真ん中に身を置いたら発狂してしまえような気もするが…

堂島リバービエンナーレ2009
http://www.dojimariver.com/topics/index.htmlの
["El naufragio de los hombres(The wreck of men)" by Charly Nijensohn]
コメント (0)

六郷で夏の終わりの花火を
夕寝を2時間。風が乾いていたので、東京で一番遅い六郷の花火大会を観に。ひさしぶりに【多摩川線】に一駅分乗った。駅から昔の記憶をたどり土手に向かう。【深夜の猫の集会】を目撃した家、仕事をしていなかった頃に辻とよく散歩した路地などを徘徊。川べりにマンションが林立しているのにおどろく。30分ほど土手の上から見物。遠目の花火だったが、川面への映りが素晴らしかった。矢口の渡。ヒモ暮らしをしていたアパートの名前がまだ【神庭】のままなことも確認。秋のような川風が夜の街をすっぽりと包んでいた。めずらしく長い時間を歩いた。帰りに駅ビルで崎陽軒のシュウマイ弁当とお茶を買った。んまかった。早起きして良かった。
コメント (0)

何も願わずなにも求めず我とわが貧しき夢ときみのほかには
ほぼ12時間、座りっ放し。蕩尽。5タイトル。
1.midsummer_ 三日月三態 時間: 1:23  若草山 
2.midsummer _野の花 時間: 1:12 小淵沢
3.étude0913_さよならって言えることは 時間: 2:16 小淵沢
4.étude0914_朧月 渡良瀬遊水地 時間: 4:17
5.étude0915_抒情 渡良瀬遊水地 時間: 4:58

   抒情じょじょう/ Wikiより
   大半の国語辞書では「感情を述べ表すこと」を指しているが、
   各分野に置いて若干意味合いが変わる。
   広義では非常に感慨深い様子、対象に対して
   情緒溢れるものを感じること、
   胸が締め付けられるような
   切なさを超えた深い感動を指すもの。  



【光】のオープニング&エンディング
【風】のオープニング&エンディング

それぞれを使い切った。
【月】シリーズは菊池さんとセッション
【sunset】シリーズはフルメンバー?
課題は完璧にクリアできたので
これから仕掛け*^_^*

   何も願わずなにも求めず我とわが貧しき夢ときみのほかには
                         福島泰樹

http://www.youtube.com/watch?v=Ai-Lfd9G684
【光の日本】エピローグの冒頭の一首。
福島さんの声が若いのにあらためて驚かされた。
コメント (0)

no.14は朧月
のってきたのでそのまま続行。今年春の満月をリアルタイムで4分16秒に。土手の草むらから顔を出し、姿を見せたところで別ポジションの赤い状態に。さらに引きの高空に上がったカットを。正中が23時。撮ったのが6時から7時の間。春の空気が陽炎状態をつくりだし撮影向きではないが、まぎれもなく【朧月夜】。黄から朱へと揺らめきながら変化。[天然の日本]の「光」から、やはり冒頭の曲前半を仮あて。菊池正志の笛が、月を呼んでいるようである。リアルタイムシリーズは、菊池正志の【笛】一本とコラボ、ありそう。あるいは一楽器シリーズ?セッション的に。
コメント (0)

ぼくのなつやすみ?
夕方、ちょっと横になろうとベッドにはいって目覚めたら深夜2時30分。10時間熟睡。館岩の満月をつないでいて興奮した状態をそのままに結局一睡もできず渡良瀬の初夏と十二夜、十三夜をつなぎ1日半が過ぎていたことになる。夢のようにとはいうが、ほんとうに浦島気分。HDVで見ることとDVで見ることのあまりの落差に、さまざまな既視感が重なって時間のふたしかな「なつやすみ」がつづいている。気分転換に若草山の三日月を整理。ここ数日、月ばかりながめていた。
コメント (0)

“永遠の宿題”return
『何かが終わっていくのは、さびしいしかなしい。
その哀切を感じる心は、人生歳(とし)を経るほどに増してくる
と考えられるが、じつはぼくはそうでもないのではないか、と思う。
子どもの頃の方が、もっとさびしかったし、もっとかなしかった…(略)』

『子どもはどんどん成長していく。
夏休みが終わって学校へ行くと、先生も、教室の机も、運動場も、
まるで見知らぬもののように小さくなっている。そこは未知の世界だ。
未知の世界に向かって一歩を踏み出すのは恐ろしい。
だから彼らは、いつも世界に向かって緊張している。
これが大人になれば、ひと夏の前も後もそんなに変わりはない。
さびしさやかなしさを忘れ、生きる意味さえも失っていく。
夏休みの終りを考えることは、だからこの人生において、
無くしてはならないものだと思う。
その哀切は、じつは来るべきあしたを創造する力なのだ。
さびしさやかなしさの向こうからこそ、新しい何かが、
生まれてくるのである。それは伝えるべきものの
大切さを学ぶからでもあるだろう』 
       2001.8.28朝日新聞夕刊「永遠の宿題」大林宣彦より
コメント (0)

ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな
眠れぬままに編集再開。素材整理をひと休みし、étudeNo.12。材料は夕の月。渡良瀬遊水池の6月末。二十四節気[夏至]。十二夜。「天然の日本/光」から仮あて。2分30秒あまりの極上品。歌は[西行]。

 ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな

http://www.youtube.com/watch?v=B7fFsmqkZaM
コメント (0)

音楽担当への古いmemo
1992.1.13
アバコで“風”と“色”の音楽を録音するために
東京星菫派音楽顧問・菊池雅志さんに渡した1.13付けのメモの前書きから

 「目を閉じると 
  見えてくる
  色がある
  光がある
  水がある
  風がある
  音が
  空気が
  世界がある

  あなたが
  わたしが
  無数のわたしたちが
  いつの日か
  そこにいて
  そして
  いつまでも
  夢見つづける

  まだ
  誰も 
  見たことがない
  ニッポンの 
  美しい風景が
  ここにある」
コメント (0)

3日間、私闘*^_^*
[慕情3・飛ぶ鳥も]2:19 夜桜 8月8日
[夢と記憶]3:26 未来ササヤンカ村 8月10日
[ぬばたまの…]4:04 超月光 8月11日
étude3本。最後は完徹。ナチュラルハイのまま。
直接的な[仕事]ではないので“私闘”。夏のバトル。地団駄?
コメント (0)

「夏をとめて春をつないでいたのですね」
ベッドにはいったのが午前4時少し前。
熟睡。
読みかけの股旅小説が3ページ分で折られていた。

午後3時。雨の音で目が覚めた。
手嶌 葵のWhat Is A Youth?をエンドレスにし
熱いコーヒーを淹れ、青いバナナ3本で朝昼食兼に。
メールチェック。
未明2;54に届いていた1通のメール。

   「夏をとめて春をつないでいたのですね」

と、最後の1行。
なかほどには

  「知っているけど知らない…ここではない何処か
   …もうひとつの世界へ誘って…」

  「”現実”と “記憶”と “もう一つの世界”
    …永遠の三角関係 」

とも。2週間あまり仕事を放り出して没頭していたが
その“わけ”が、わかったような気がする。

ひとはカラダの70&が水でできて
酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しながら生きている。

…のではなく
ひとは“記憶”で生きているのだ。
映像とは
記録された“記憶”。
これが大きなヒントになりそうだ。
たどりついと思えた昨日は十六夜立秋。

さて。
熱いシャワーを浴びて
街に出てみよう。
見えた気がしたら
腹も空いてきた。
コメント (0)

満月。緋桜。十夜月。上海に帰ったまんちゃん
DVDに焼きモニターでチェック。デスクトップ上で見ているのとは違い、やや甘い感じになっているのはともあれ、ほぼ想定どおりのイメージ。HDVで見ることでDVとは段違いの細部の表現性を確認できたこと、大きかった。ほとんど闇の気配につぶれかかったとしか見えなかった、ぼんぼりの紅をうけた緋桜の濃密なあでやかさに、戦慄。パンしている落花のカットはスローをかけずにそのままに。本番でdigitalスローにするつもり。わずか3分あまりにもかかわらず、濃さと深さに、われながら満足。これなら攻められる。弾みのつもりであてた永畑さんの「色の日本エピローグ」のピアノソロ前半、あのときの千鳥ケ淵の端正な桜の情景より、はるかにはまっていた。もともとが「桜」のためにつくってもらい演奏してもらった楽曲だから合うだろうとは思っていたが、端正さが凄絶さに変容したようで、魂がふるえた。冒頭と最後に福島さんの「桜」にちなんだ歌を二首あてる。「色の日本」と同じように「げに春は驟雨とともに」を、とはじめ考えがど、緋桜のあでやかさにさそわれ別の歌を選び直した。

  「春の夜は寂しき極みわがむねの闇のピアノが鳴りいづるとも」
  「しなやかな華奢なあなたのくちびるもゆびにもふれぬ桜降りけり」

タイトルを「慕情」とする。
出典は「げに春は驟雨とともに始まるを咲かぬ桜よ慕情というは」から。

DVDに落としているあいだに外へ。春をつないだせいかむっとするような湿度も春の宵のようで苦にならず。タバコと缶コーヒーを買い松竹撮影所跡の公園へ。ベンチに座り雲まに顔を出した満月をしばし。
戻って月齢カレンダーで2002年3月24日を調べると「十夜月」。正中は夜8時。月没は翌午前2時32分とあった。撮影したのは7時過ぎ。正中に近い月だった。落ちてくる花びらをとらえるために倉持さんがほぼ真上にカメラを向けていた。風が二度だけ吹き、その二度目をしっかりととらえてあった。月は、満開の緋桜の頭上はるかに、輝いていた。

撮影後、北千住に寄り、満腹餃子館で水餃子を食べ、夕方籠脱けした六本木の地下スタジオに戻り翌朝までつまらない編集を続けた。まだ、まんちゃんが上海に帰らず、底抜けの笑顔で片言の日本語を話し、うまいプーアール茶を淹れてくれていた。店は、いまも残っている。同じような水餃子も出している。まんちゃんはいない。
コメント (0)

midsummer_The Fountainhead
吐竜素材、ラストは「淵」あるいは「滝壺」?
The Fountainhead水源、とタイトル。95秒。
ま、ん、ぞ、く。
コメント (0)

酸いも甘いも?
コーヒールンバとMoliendo Café
歌詞を眺めていると、この野放図なまでの落差が
どうして生じていったのか、フシギ。

ま、ほぼ22時間くらいは♪コーヒールンバの歌詞でOKだけど
1日に2時間くらい♪Moliendo Café気分にはさせられる。

酸いも甘いも?
コメント (0)

「桃源郷」というのは 幻だからこそ…
「逃避的な幻影」ゆえの意味…

そういうものがあってもいいのではないか。
熱いシャワーを浴びながら、思った。

「桃源郷」というのは
幻だからこそ…

見る者の想いしだいで遠近ができていく。
だから詩は「鏡」なのだ。

と、思った。
コメント (0)

背景
そのころ、その人の母親がずいぶんナーバスになっていた。前後のメールを読み返し記憶をたどりなおす。原因がどこにあったのか、今なら手に取るように理解できる。後悔はないが、せつなくはある。いくつかのエピソードがフラッシュ。パレスH。むじな跡地。神楽坂。曙町。
コメント (0)

備忘
2002年正月に届いていたメール
「ササヤンカ村の詩、
今朝は少し素直に受け入れることができました。
風の匂いまでがする、コトバってすごいね。
壮絶な感情を、誰もが思い描くひとつのミニマムな桃源郷に
まで昇華させているところに、すごく危ういものを感じる。
精神が壊れていく一歩手前、
自分が透明になっていく瞬間のような…
だからこそ放てる類の美しさなのかもしれないな。

でも…ただやっぱり逃避的な幻影のようにも感じてしまう。
これが手放しに喜べない理由かな」

備忘memoとして
コメント (0)