2007年07月の記事


18時間爆睡
ぶっ倒れて目が覚めたら18時間経過していた。オープンロケと同時進行で別件が毎日あった。ぶじに通過したが、体力的にも精神的にもかなり応えていたようだ。あほのようにねむりこけ、目覚めたら回復していた。外は熱帯夜だが。
集成材の素材など、とりいそぎ整理しウエブに保存。
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ベターというよりベスト
6時半に起き、7時半に蒲田を出、9時に日野。1時までロケ。昼飯後いったん帰宅。シャーワーを浴びワイシャツに着替え宇都宮へ。ふらふらになりながら戻った。遺跡の件、代理店の件、音楽の件、CMの件、すべてぶじ、進行。疲れはしたが、充実した一日だった。唯一、不満があるとすれば、昼飯のうどんや。おいしいという話にダマサレタ。マタタビを前にした雌ネコのような、カミごたえ?
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一瞬でいい★★★★★
唯川恵著/毎日新聞社刊
18歳から49歳。31年間のラブストーリー。帯にある、そのままの、とはいえやけにコクのある一冊。毎日新聞に連載していたものらしいが、新聞小説にしては、じつに上出来。読み終わったのが朝。今年はじめての蝉が短い時間鳴いていた。
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腑に落ちたこと。
北方を読みながら浮かんでいたことでもあるが、すんなりとうまくいったこの間の仕上げにスッキリ感がないのはなぜなのか?わかった。おれはあの家に住まいたいとまったく思っていない…単にそういうこと。ナレーションに身が入らず、カタログの流用で終始したのも、たぶん同じこと。どこにも共感するものがない、という事実。あれは住まいではない。贅を凝らしながら、その贅がただ文字通りに物質だけに終始している気持ちの悪さ、恥ずかしさ。郊外の民芸調の店のようだ、と最初に見た瞬間に抱いた感想が、最後まで尾を引いた。そういうことだ。腹立ちはAの不在にではなく、おそらくは自分自身の時間に対して。なのだ。北方を読みながら、そういうことの貧しさが浮き彫りになっていった…バカらしいほどあっけなく、屑のような時間を過ごしたのだと、納得。
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独り群せず★★★★★
北方謙三著/文藝春秋社刊
水滸伝続編の揚令伝を読むために小説スバルを買い続けながらため息をつき続けたけど、この別冊文春に去年春から連載されていた長編の端正さはまた格別。脂の乗り切った作家というのは、しかし凄いものだな。ひさしぶりに小説を読み、ひさしぶりに胸が晴れた。いい夜となった。
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今週のこと
昨日、nude素材OKだしアップ。今日、kidsDのOKだしアップ。いずれもDVDで渡した。懸案のGHの件、DノNi氏に通す。Kawaのネゴで。これでとりあえず今週のひっかかりは解消できた。あとはAwatt関係。メールのやり取りを重ねる度に温度低下を自覚。ま、ちょっと放っておきたい。
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夕陽のガンマン
某プレゼン2位で残念だったという結果報告を受けた三日後に大逆転指名。プレジデントの掲載記事内容。ホール買いたい、というオーダー。バイヨンの行く末。大田原と西那須野の奇縁。
デスクトップと携帯が同時にアウトになって物寂しい昼を過ごさせられたが、夕方から夜にかけ、お釣りの来るような痛快事が連続。溜飲下がる思いで過ぎた。「荒野の用心棒」正続2巻、「夕陽のガンマン」をの3タイトルを観る。
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DoCoMoの新型N904iまたまたクラッシュ
携帯はチェンジしたばかりのN904iで一週間で2回目のアウト。充電器から外しONにすると意味不明のメッセージが点滅しフリーズ。一回目は編集スタジオに向う途中だったので、スタジオに着いてからドコモに問い合わせる。画面のメッセージを伝えると、聞いたコトがないのでどこもショップへと言われた。渡辺に頼み六本木のDoCoMoショップへ。店でも、こういう現象は見たコトがない、と言われたらしい。電源は回復してもらったけど、何をどうしたらこうなるのかは不明ということだった。それから一週間、電源オフにしないまま充電し使用。ゆうべ仕事の段落が付いたのではじめて電源をオフにし充電器に。今朝、とりだして電源を入れると一週間前と同様のアホ画面。渡辺に頼み、購入した蒲田のDoCoMoショップへ。それから一時間以上経過し、原因わからずと結論。他から同様のクレームがないかどうか聞いてもらったら、いまのところ無いとのこと。俺の買ったものだけの初期不良らしいので同じ機種にチェンジしてもらうように頼む。そのとき、こういう現象は他のメーカーや機種でもあるのだ、と言われたらしい。はて、こんなときみなさんは喜々としてお近くのDoCoMoショップを訪れ、原因も機会の不良でもない、よって対策もないという「不具合」を笑顔で「修理」してもらい、日常生活に戻るのだろうか。その夜に同じ現象が起きたら、また喜々としてDoCoMoショップで電源をONにしてもらうのだろうか。購入時の目から鼻に抜けるようなテキパキとした応対ぶりを思いだしながら、あのときもメーカー側に起因するような問題ふうの質問には笑顔でズラシていたよな、と納得。PL法やコンプライアンス流行りで逃げ腰になるのもムリはないが、根本にあるのは昔ながらの親方日の丸体質、そんな感じもする。JRもNTTも民営化の光と影、というほどのことでもねえだろうが、よくみなさん怒りださないものだなと、感心もさせられた。
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DVD一枚、裁断す。
たかがしれたなかみの仕事でなぜあんなに二枚舌を使いわけながらすすめていくことが可能なのか、奇妙でならない。自ら追放したSを、したり顔で呼び戻し使おうとする厚顔も、気づかぬふりで応え続けるSの無知も、すべては一つ穴の、だ。ひとの表情から、このごろ何も読み取ることができなくなっている。腹立つというより、せつせつとつまらない。美しさに何の意味もなければ、それはつまり、ミ、ニ、ク、イ。シャワーを浴び、むりやりねじ伏せかけたところにWが福島からの知らせを届けてくれた。裁判の経過を知らせる案内に、あの人の字で、お届けしたDVDの礼が添えられていた。今日、仕上がり粉々に裁断されゴミ箱に放り込み記憶からも消去したDVDと、彼に届けたDVDの間には千年の隔たりがある。そう思いながら、短い添え書きを読み直し、ここに届けるためにやればいいのだ、と痛切に思った。そう考えたら、昼の出来事は、どうでもいいものになっていた。胸の内というのは見えないものではなく、あっけらかんとした機械的な仕組みなのではないのだろうか。気づいたら、イヤな気分がアトカタもなくなっていた。あるいは福島からの知らせに浄化作用があったのか。
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巧言令色
なんつー下品な単語を書いてみたのは中学生以来か。すべてうまくいったにもかかわらず、すべてがくだらねえくそのような一日であった。激する言葉のの底も裏も冷え冷えとした空洞。そんな野郎ばかりで今日がすぎた。せめておんなだったら、抱いて落とし前をつけたのに。れんに寄って飯を食っても収まらず。
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空騒ぎ。
長岡が顔を出してくれたのが絶妙のタイミングだった。メーリングを飛ばした直後に彼の携帯に電話したが、まさかやって来るとは思わなかった。顔を見た瞬間に、あほうな制作体制を理由に長岡たちの時間を無にはできねえな、と切り替えることができた。ネットだ携帯だと騒いでいる割りにアゼンとするほどテンポが悪く、たぶん想像力が欠如しているのだろうとは思うが、もう思いやる気にもなれない。打たれづよいというか、非を認めないというか、しぶとくはあるが。な。
本来なら2時に集まり、修正内容考えても6時あたりでお開きになっていたはず。1年ぶりの吉祥寺曼荼羅もなんとかたどり着けていたかもしれない…いいもの悪いものひとしく間抜けな工程をたどっていくのは、しかし何が問題なのか。考えることすら馬鹿らしい。何かといえば泣き叫ぶ異国風にも、本音が別に透けて見えるようで、アキタ。よ。
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無為な時間が4時間経過
♪人を恋うる歌  与謝野 鉄幹

妻をめとらば才たけて、みめ美わしく情ある
友をえらばば書を読みて、六分の侠気四分の熱
恋の命をたずぬれば、名を惜しむかな男ゆえ
友のなさけをたずぬれば、義のあるところ火をも踏む  
汲めや美酒うたひめに、乙女の知らぬ意気地あり
簿記の筆とる若者に、まことの男君を見る
あゝわれコレッジの奇才なく、バイロンハイネの熱なきも
石を抱きて野にうたう、芭蕉のさびをよろこばず
人やわらわん業平が  小野の山ざと雪をわけ  
夢かと泣きて歯がみせし  むかしを慕(しと)うむら心
見よ西北にバルカンの  それにも似たる国のさま  
あやうからずや雲裂けて  天火ひとたび降らんとき
妻子忘れて家を捨て  義のため恥を忍ぶとや  
遠くのがれて腕を摩(ま)す  ガリバルディや今いかに
玉をかざれる大官は  みな北道(ほくどう)の訛音(なまり)あり  
慷慨(こうがい)よく飲む三南(さんなん)の  健児は散じて影もなし
四度(しど)玄海の波を越え  韓(から)の都に来てみれば 
秋の日かなし王城(おうじょう)や  昔に変る雲の色
あゝわれ如何にふところの  剣は鳴りをひそむとも 
咽(むせ)ぶ涙を手に受けて  かなしき歌の無からめや
わが歌声の高ければ  酒に狂うと人のいう 
われに過ぎたるのぞみをば  君ならではた誰か知る
あやまらずやは真ごころを  君が詩いたくあらわなる  
無念なるかな燃ゆる血の  価(あたい)少なき末(すえ)の世や
おのずからなる天地(あめつち)を  恋うるなさけは洩(も)らすとも  
人をののしり世をいかる  はげしき歌をひめよかし
口をひらけば嫉(ねた)みあり  筆を握れば譏(そし)りあり  
友を諌(いさ)めに泣かせても  猶(なお)ゆくべきや絞首台
おなじ憂(うれ)いの世に住めば  千里のそらも一つ家  
己(おの)が袂(たもと)というなかれ  やがて二人の涙ぞや
はるばる寄せしますらおの  うれしき文(ふみ)を袖にして  
きょう北漢(ほくかん)の山のうえ  駒立て見る日出(い)づる方
  
   「
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嫌悪
歳の差というしかねえのかな。もう、何をやってもおもしろがれない…今夜は夜が更けるにつれてそんな思いが濃くなっていった。降り時、なのかな。上がっていくものを前に、刻々さめていく自分に気づくのが辛い。おれは何を続けようとしているのか、迷うばかりだ。見切るのは、己だろう。そんな声も聞こえてくるよ。
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2001年の七夕
のことを忘れていた。オープンの日。宇都宮に向う車窓から眺めた水田の美しさが、あのきりいに晴れ上がった福島からの帰りの車窓と重ねられていき、いささか感傷モードに。その7日、朝まで縁をつなぎ、夕方にGHに。8日夜にGHについてヒアリングしながら巡り合わせの良さを思う。
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見切る。
たしか94年の暮れにはじめて顔を合わせている。95年からは年10タイトルくらいのペースで推移したから12年と半年。100本以上のタイトルを共に仕上げてきたことになる。Pとしては彼が最多。なんとか生き延びてもらいたいと思ってきたような気もするが、それも半年くらい前からはどっちでもよくなっていたように思う。きのう渋谷に向う途中でワタナベの携帯にかかってきた電話を俺がとった。むじなのHさんからだった。前日に退院したと言う。入院したことも体調が悪かったこともまったく知らなかった。もうダメかなと覚悟してたよ、と笑いながら言われ、その声の細さに返事に詰まった。人の一生は文字通り一回限りの「生」。Sにかかわっている時間は、もうねえなぁ、と思う。交渉なしで視野から外れてもらう。あるいは俺がその視野から外れる。そう決めた。雨。
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