きみたちへ
   ♪道を選ぶ余裕もなく、自分を選ぶ余裕もなく
    目にしみる汗の粒を、ぬぐうのが精一杯
    風を聴く余裕もなく、人を聴く余裕もなく
    過去を語る余裕もなく、未来を語る余裕もなく
    這いあがれ、這いあがれ、と自分を呼びながら
    まだ空は見えないか、まだ星は見えないか

と、畳み込みながら結語へと向かう。
その結語とは、

   「がんばってから死にたいな、がんばってから死にたいな」


夜明け。長い砂を噛むような編集が終わって蒲田に戻り餅を二切れ焼いて食べ濃いコーヒーを2杯飲んでベッドに潜り込み5時間泥のように眠った。なんとなく音楽が聴きたくなり買ったまま封を切っていなかった中島みゆきのアルバムをかけた。「ララバイSINGER」。アルバムタイトルのララバイSINGERはネットからダウンロードして聴いていた。アルバムは、初めてだった。その12曲の中に「重き荷を負いて」という中島にしてはストレートすぎて野暮なタイトルがあった。窓を開け放ち、春の夜風をいれ、なかばまどろみながら聴いていたら涙がとまらなくなった。それから三十回ほどリピート。一曲の長さは7分2秒だから3時間半ほど聴き続けていたことになる。2年前に出たアルバムだからきっときみたちは知ってるよな。春の夜は甘くそして、切ない。あいつの書斎の窓から見たあの冬景色が春になってどんな光景になっているのか。あいつが散歩したという川原の土手に夢のような春は満ちているのか。音たてて枯れ葉が落ちてきたあの高い樹木はもう芽吹いただろうか。あいつが愛した三人の美しい娘たちは笑顔で桜をながめてくれているか。ひとなつこいあの犬はもう哀しい遠吠えをやめただろうか。辻と逢いたいよ。剣菱くいくいと飲むあいつと春だな、と笑ってみたいよ。おれはがんばってから死ぬよと云ってやりたいよ。