開明。記憶すべき日付[11月14日]
「瑞兆」とゆうべ書いたが、まさしく瑞兆となった。
朝から夜八時まで爆睡している間に数通の「知らせ」が届いていた。
あれから6年間埋火となっていた熾に新しい薪と薫風が加えられた。
動き出すときは、きっとこういうものなのだろう。
閉ざされていた靄が一気に晴れた。そんな気分だ。
11月14日。さらに記憶すべき日付となる。


  未開の自然の中に人々が住むということは、
  漆黒の闇を松明の灯で照らすようなもので、
  それが啓蒙であり開明であった。

  もっともカイメイには晦冥という字をあてることもあるが、
  晦も冥も暗いということなので、
  開明とはまったく逆の意味になる。

 「開明とは、光なのですね」

 「しかし、それは闇を松明の灯で照らすようなもの。
 そこだけは明るいが、周囲の闇はよりいっそう
 暗さがきわだつ。灯がなければ、闇は闇ではない」

 「では、闇のままであった方がよかったと?」

 「いや、人が生きるということは、
 闇をひらくということにつながります。
 《晦冥》を知ることが
 すなわち《開明》であると申しておきましょう」

 -夢熊野-紀和鏡より