件名: [japanesque:00394] のちのおもひに 2006
送信日時: 2006年 5月 4日 木曜日 5:39 AM
差出人: Toru Mashiko
宛先:東京星菫派

のちのおもひに1936

夢はいつもかへって行った
山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへった午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠ってゐた
…そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまったときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

   立原道造
   1936年11月詩誌「四季」に発表後、
   翌1937年7月私家版詩集“萱草に(わすれぐさ)寄す”
   sonatine no.1の5番目の詩として収められた