粋・意気色への嗜好/参照
粋・意気色への嗜好—青、鼠、茶色への嗜好
 江戸時代、江戸町人は度重なる幕府の奢侈禁止令(絹織物を着てはいけない。赤、橙、黄色の着物を着てはいけないなど)や公卿、武士階級に反発して、藍、鼠、茶などの地味色の中に「美」を発見し、これを「意気」「粋」に通ずる色として愛でた。特に経済的に裕福になり、実質的には公卿、武士階級を凌駕した江戸の町人たちは、上方(関西)文化や公卿、武士に対する反発から赤色を着用する御殿女中を揶揄して、これを「野暮」、地味色を着る江戸前の女性たちを「粋」とした。
 九鬼周造は著作『いきの構造』において「第一に鼠色は『いき』なものである。鼠色、即ち灰色は白から黒に推移する無色感覚の段階である。そうして、色彩感覚のすべての色調が飽和の度を減じたときは灰色になってしまう。灰色は飽和度の減少、色の淡さそのものを表している光景である。『いき』のうちの『諦め』を色彩として表現すれば、灰色ほど適切な色は他にない。第二は褐色すなわち茶色ほど『いき』な色として好まれる色は他にないであろう。『思いそめ茶の江戸褄に』という言葉によく表れている。また茶色は種々の色調に応じて実に無数の名で呼ばれている。(中略)第三に青系統の色は何故『いき』であるか。(中略)青中心の冷たい色の方が『いき』であると言いうる。紫のうちでは赤がちの京紫よりも青がちの江戸紫の方が『いき』と見なされる」などと述べている。
 以上のように久鬼周造は、江戸町人の「いき」色について、青、鼠、茶色を挙げた。江戸町人たちは、特に茶、鼠の微妙な色調の相違を愛で、「四十八茶、百鼠」として愛好し、この2色の地味色に限りない愛着を示した。これらの色は「わび茶」の創始者・千利休がことのほか愛好した色−茶室、備前、信楽の器、鼠志野−であり、この伝統は今日まで、ナチュラルカラー、エコロジーカラーを愛好する色嗜好とつながっていく。
 また青色は藍から生まれた色であり、江戸時代以前から、労働着、野良着の色として、ことのほか愛好されていた。特に藍染の藍は、江戸時代には奢侈禁止令の影響から、一般町人の街着として定着して、「いき」を代表する色として愛好された。
 この青(藍色)に対する色嗜好は、現在まで脈々として継続しており、さまざまな機会に現れている。特にファッションの分野では、58年、アメリカ映画『初恋』の折、モーニング・スター・ブルーとして流行したのをはじめとして、ジェームス・ディーン主演の『エデンの東』『理由なき反抗』以来、ジーンズ(元来はアメリカ・カウボーイの労働着である)が定着し、その後も、88年(昭和63年) の青ブーム、99年(平成11年)のジーンズブームとして、今なお流行を続けている。