さよならって言えることは嬉しい
《はるのしなやかな挨拶》

佐々木洋一詩集『ぽっぽいの汽車に乗って行きませんか』より





さよならって言えることは嬉しい 
なぜってさよならの前にはいつもこんにちわがあり
そのほんの隙間には
はなとみつばちのようなむずむずがあり
ゆめとくちびるのようなくちゅくちゅがあり
したとちちふさのようなちゅちゅちゅがあり
こいぬのはなのしめりっけが 
言葉を 離れて ある

さよなら 
あなたもあんたもあなたもあなたも
さよなら
そんなはるのしなやかな挨拶が
風をほんのり赤らめ
もう ニンゲンも はるなんだね


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


  菊池さんとやりとりしているうちに彼の笛を聴きたくなった。
  《風のササヤンカ村》のレーザーディスクを見直す。
  山下亜美も中田浩二も、
  こんな読みは、もうできないのじゃねえか、
  そんなふうにあらためて感じさせられる。
  早稲田のアバコで真冬だったか。
  《風》と《色》の2本分を書くために
  正月の間に菊池さんはずいぶんと白髪が増えていた。
  カネもなく、勢いだけで受けてもらった仕事。
  MAが終わったときにミキサーの三上信一は涙を浮かべていた。
  《さよなら》を山下と中田に読みわけてもらい
  スタッフロールに、こぼした。
  
  この詩をあてたのはエピローグ。
  思い余って使った映像は、
  スバルレガシーの《風と走る》ロケの寒風山の麓
  男鹿半島入道岬の突端にあるがけの上の風に吹かれるススキの穂。
  カンテラをかかげて沖を航海するヨットの女に
  愛を送り続ける男の後ろ姿を撮った直後。
  台風19号が東京のあちこちに洪水を起こし
  男鹿半島も暴風雨となっていた91年晩夏。
  湯治部発足のロケだった。

  そしてさらに
  同じ年の早春に房総千倉の
  波打ち際で遊ぶ二羽の海鳥を加えた。

  福島泰樹*の二つの短歌を思い浮かべながら…

    《たったひとりの女のためにあかあかと燈しつづけてきたるカンテラ》
    《飛ぶ鳥も遠くの空へむかうゆえ一生一緒に居て下さいな》


  《東京星菫派》の冒頭に移した
  《さよならって言えることは嬉しい》が
  そのエピローグである。


  三寒四温。
  ま、もう、*春だと、しよう。