くだらねえ
古い知人とは、どうやら会いそこなうことになりそうだ。
ま、いちど終わってしまったことだから、いまさらくすぶるものがあるわけでもなかったが、思い返せば姑息で陰湿な手口だった。火の玉のようなAと、その勢いに押されたTが、汚い女衒のような手口で潰されたことを、コトが決まってから知らされた。
Aは、以前第一企画時代に望田さんと組んだことがあると言っていた。内健さんとも組んだことがあるとも。つまり、おれにとっては兄弟子のようなものにあたるわけだ。はじめて会ったのは六本木の芋洗坂にある彼のスタジオ。巨漢で眼がランランと輝いていた。大きな手で握手をしたとき、じっと眼をのぞき込まれた。数瞬後ににっこり笑った。底の脱けたようないい笑顔だった。正と否を、あれほど敢然と一切の迷いなしで言葉に出す男を、それ以前も以後も見ていない。竹を割ったような男、という形容を聞くが、生身でお目にかかったのはAがはじめてだった。おかしな言い方だが、妙にウマが合った。彼の影響が強かったのか、Tとも妙にウマがあった。知るかぎり、二人とも内と外にあって、ともにFを溺れるように愛していたように感じた。ある時代の日本のメーカーが強かったのは、彼らのような存在があったからだと思わせられるような溺れ方だった。その溺れ方に温度差を感じてはいたが。しかし溺れている分だけ隙だらけでもあった。そこをつかれた。女衒野郎に背中から切られたのだ。口は底抜けに悪いが、それだけに紛れもない東京の男たちだった。へびのような眼で「Aさん、うちに喧嘩うってるんですか」とほざいたやつがいた。Aにくっついていた国士舘出身の照明屋Nが「さらっちゃいましょうか」と言ったのには笑ったが、Aも笑ってとりあわなかった。「広告屋は口先だけだよ」と。そして背中からやられた。Tも同時に。「ああいうやつがいるからうちは持っているんだ」と深夜の三鷹の開発室でパイプ片手に目を細めた設計主査は、どうしているのか。FはNを経ていまはすでにGの捨て駒である。あのゼロ戦を生んだFが、よりによってGの軍門に下ったわけだ。こんなマンガのような日々のためにAやTは女衒に足下をすくわれたことになる。なんだ、どこにでも転がっている話じゃねえか、と言えばその通り。AもTも、ただ負けただけ。傷など向こう傷だろうが、背中に受けようが五十歩百歩。負けりゃ遠吠え。勝てば官軍。

あれから八年。
渡辺にはときおり作品をことずけ、消息をつかんでいたが、直接会うことも電話で話すことも賀状のやり取りもしていない。負けたということはそういうことなのだと思っていた。顔を合わせたくないのだろうな、と思っていた。
が、
とつぜん消息を知らされ、こみあげてくる思いがあった。できればお目にかかり、手のひとつも握りたかった。ありがとう、と言っておきたかった。愉しかったよと、伝えておきたかった。
会うなら、そのイベントこそもっともふさわしい場所だった。Aと連絡をとろうとしたが、日曜ではたせず。できたら一緒に行きませんか、と誘おうと思った。連絡がつかなかった、というのも運のようなものか。

やっちまおうか、と言われれば、二つ返事でつきあいたくなるような二人だった。すぐれたやつを見かけることは多いが、一蓮托生もありだな、と思わせるような業界人には、まだお目にかかれない。少なくとも男にはいねえな。だって女衒だもん。

ま、その女衒につかわれてりゃ世話なしだが。大阪行き、さてどうするか。意外な展開に迷いが走る。