小泉さんの真相を二年ぶりに聞いた。
死ぬほど眠かった。北関東の晩秋はからっ風であることを忘れていた。予報がずれて快晴。撮影は順調にすすんだ。しかしひたすら眠かった。安堵と達成感というのは、それにしても疲れを引きずりだすのだとあらためて。
積水ハウスの台本、一日のばして明後日にしてもらう。今夜は眠って明日やることにする。

撮影の合間にプリントアウトを読み直す。
一晩たった感想も変わらず。これで、よし。

余韻で「オリエントエキスプレス」をリピートて流していた。同じシリーズに「アルゼンチンのタンゴ酒場」などもあるらしい。明日仕入れることに。

帰りのクルマの中で、志賀さんから東急エージェンシーの小泉さんの死因が癌だったことを知らされる。ずっとノイローゼの末の自殺かと思っていた。まだ30才だった彼女が衰弱しながらと知り、ショックだった。ご家族から見舞いを断られたわけも納得できた。見せたくなかったのだろうと思うとたまらなかった。二年になるか。

一緒に仕事ができることを心から悦んでくれた。あんなにストレートに伝えられたこともなかったな。
聡明でやさしくとてもかわいい人だった。
チョコレートのお礼をする前に入院し、
会えなくなった

牛乳協会、永谷園、ヤクルトと若いのに
立て続けにいい仕事をしていたな。
難物だった牛乳協会の理事長と一年あまりに渡るネゴシエーションぶりは、
女ながらに水際立ったあざやかさで感心させられるばかりだった。


あらためてさようなら。



書き上げることができた、ということに
おめでとうございます、と言われた。
勝つか負けるかは二の次。
納得のいく仕事をできたことを喜ばれた。

そのことをここ数年、
どこかに置き去りにしていたのだな
あらためてそう感じた。
そのことがいちばんの収穫かもしれない。