女ですもの…
斉藤はなぜ猛らなかったのか。山下はなぜ選手総引き上げを宣しなかったのか。金や銀や銅をとって応援していた日本選手達はなぜ雪崩れをうって主審を表彰式をひっくり返せなかったのか。たまたま中継をすべて観ていて、そう思った。柔道は格闘技ではなかったのか。格闘技とは戦場で武器を失ったときの最後の肉弾決着としての手段ではなかったのか。篠原はメダル授与を拒絶すべきだった。監督やコーチや並み居る選手達は総力をあげて表彰式を粉砕するべきだった。悪法は法にあらず。その一点で世界の非難を浴びるべきだった。一瞬そんなシーンを夢想した。あんな大男がうつぶせて泣いているのを観ながら、無性にささくれ立った気分にさせられた。

表彰式をライブで伝えた直後にシドニーのスタジオに切り替わったカメラを前に、なんという名かしらないがついさっきまではいかにもNHKらしいつまらぬレポートを繰り返していた女性アナウンサーが絶句し、小間あって涙声で原稿を読んだ。
NHKのアナウンサーとは、いつ仕事をしても、小賢しいだけでつまらねえやつばかりだった記憶が強いが、こんな多情な女もいるのだな、そう思った。東京のコントロールか、画面はすぐに切り替えられたが、あのまま3分引っ張れたら、あのまま取り乱したアナウンサーを映し続けたら、今夜のシドニーは発火するな、と思った。
テレビjマンとして千歳一遇の機会を国営放送のサラリーマン達はみごとに逸してくれた。

篠原は口惜しさをこらえ表彰式に出た。山下は後刻、提訴するとコメントした。
要するになんであれ受け入れたわけである。ばくちのいかさまは鉄火場を離れてはあやのつけようもあるまい。荒ぶる魂はみごとに奴隷の決断をし、国際社会のルールを受け入れたのに、何の取り柄も持たないような、吹けば飛ぶようなか細い女性アナウンサーだけが南半球シドニーのちっぽけなスタジオで憤怒の涙を流して見せた。
田村が強いのではない。柔道が強いのではない、日本はいま、女性がほんとうに勢いを増しているな。そんなふうに思った。

自分でも、なぜこんどのオリンピックを飽きずに眺めているのか不思議でならなかったが、今夜の女性アナウンサーの一件に遭遇し、ああこの瞬間だ、と感じた。

あるいは自分の中で何かが失われ老いてきたことの反映なのかな、といぶかしんでいたのだが、今夜のオンエアの瞬間に居合わせたことで、理解できた気がする。
オリンピックにはなんの興味もなかったのだ。
NHKのこの女性アナウンサーが、クビになったら、ぜひ仕事で組んでみたい。いい味だすだろうな。