2022年04月の記事


自然と人類の近接に「間」の知恵ー前ー 旭町日枝神社21世紀220423。
  自然と人類の近接に「間」の知恵 旭町日枝神社21世紀220423。自然と人類の近接に「間」の知恵ー前ー 旭町日枝神社21世紀220423。
  22年4月20日の『釧路新聞』は報じていた。「日枝神社 4月で閉鎖 釧路市旭町、老朽化や高齢化などで」と。

  旭町日枝神社の21世紀を、「閉鎖、神社じまい、魂ぬきの世紀」では、終わらせたくない。
  ポイントは自然と人類の近づきすぎ、自然の摂理と文明の間に「間 ま」の空間を設定すること。
  自然がもつ自浄能力、復元力、浄化作用の限界値を、人類の営為、文明、技術が超えない装置を設けること。そうではないか。

  熊本県水俣市の市民は、「世界に類例のない産業公害ー水俣病ー」を体験した。
  そこで市民が学んだ点。公害発生の因は。
  「自然に人類が近づきすぎた」
  「地域は水でつながっている」
  「歴代の住民は資源を賢く活かし、資産を形成してきた」。

  北海道釧路市、「旭町日枝神社の21世紀」を。
  「海上安全、資源安定、大漁祈願」の20世紀に加えて、
  「驕り=おごり、思い上がり、気候変動と異常気象」を写す21世紀に再構築してみたい。

   その意図は、
  「資源の持続可能利用」
  「地域漁業と消費者市民の<もやいなおし>」
  「農業移住・漁業・商業経営者、宮大工や船大工ら工芸技術者等の<新潟県人>を結節」の象徴ということ、では。
 自然と人類の近接に「間」の知恵 旭町日枝神社21世紀220423。自然と人類の近接に「間」の知恵ー前ー 旭町日枝神社21世紀220423。
  22年4月20日の『釧路新聞』は報じていた。「日枝神社 4月で閉鎖 釧路市旭町、老朽化や高齢化などで」と。

  旭町日枝神社の21世紀を、「閉鎖、神社じまい、魂ぬきの世紀」では、終わらせたくない。
  ポイントは自然と人類の近づきすぎ、自然の摂理と文明の間に「間 ま」の空間を設定すること。
  自然がもつ自浄能力、復元力、浄化作用の限界値を、人類の営為、文明、技術が超えない装置を設けること。そうではないか。

  熊本県水俣市の市民は、「世界に類例のない産業公害ー水俣病ー」を体験した。
  そこで市民が学んだ点。公害発生の因は。
  「自然に人類が近づきすぎた」
  「地域は水でつながっている」
  「歴代の住民は資源を賢く活かし、資産を形成してきた」。

  北海道釧路市、「旭町日枝神社の21世紀」を。
  「海上安全、資源安定、大漁祈願」の20世紀に加えて、
  「驕り=おごり、思い上がり、気候変動と異常気象」を写す21世紀に再構築してみたい。

   その意図は、
  「資源の持続可能利用」
  「地域漁業と消費者市民の<もやいなおし>」
  「農業移住・漁業・商業経営者、宮大工や船大工ら工芸技術者等の<新潟県人>を結節」の象徴ということ、では。
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旬を愉しむ、身土不二、活かし方を身につける 「地産地消のすすめ」in 釧路シニア大学2022-03.
旬を愉しむ、身土不二、活かし方を身につける 「地産地消のすすめ」in 釧路シニア大学2022-03.
釧路湿原シニア大学第9期生の2年次講座が始まりまし た。釧路市の「出前講座」で観光振興室が担当。

「 くしろプライド釧魚 食べられるお店・買えるお店まっぷ」などの資料を配布。
本市の潜在能力の奥行きを示す資源ー石炭・木材・野菜・魚などを紹介。

その取扱店や食材提供店の紹介などがあったのち、
「イワシも魚のエサにする魚肥加工にとどまらず、市民が好んでたべることのできる加工食品が造られています」。
頼もしい側面の紹介もありました。

域内循環。
「地元の魚が売れた利益で、本を書店で買う」ケースと、「本をネットで買うケースでは」。
読者のみなさん、いかがでしょうかねー。
それって、資金が外部に流れず、月給の基本給が増える仕組みではないでしょうか。

この項目の<むすび>は、これを観光客が買ってくれると、ボーナス収入が増える、と。
終わって「アンケートを書け」と依頼がありました。今回は、協力をさせていただきました。

1)地産地消の産品の特性理解を明確にしては。
 「取れたて、旬の品を一番おいしい方法で食べる」
 「住民が生活している地で育つ食材をカラダにとりいれる」
 「地域の食材が手に入る季節、一番、おいしい食べ方を生産者のみならず消費者も知っている」

  ポイントは、「身土不二」の思想。
 「法隆寺の五重塔が長持ちする理由は、付近で生育した木材使用」。
 「人間の体には生活地と同じ環境で育った食材を取り込むことが、一番よく、病気にならない状態=未病で暮らす」と。

2)いつが旬で、それを愉しむのが<くしろッ子>の伝統を創る。
 「(江戸では)目に青葉、山ホトトギス、初カツオ」と申すではありませんか。
 むしろ旬でもないのに、「土用の丑の日」はメディアでも取り上げられます。
 最近は、「恵方巻」とかいう、不思議な催事が突如、全国にブームを。

3)「地産地消の利用教育」が必要では、と。
  男性の参加をうながすことはいかがでしょうか。「一流のシェフ、司厨士には男が多い」。そういって励ましましょう。
 釧路の食材をつかって、「(配布の)無料レシピ」で料理が完成したら、「ホテルに行った気分」。
 褒めてあげて、少々、お小遣いを支給する努力目標に据えてみては。
 「孫に渡す小遣いは惜しくないが、夫にはいくら足し前してもムダ」。そう申される向きには次のような方法も。

 春秋の彼岸、夏の盆の供物に備える量販店での供物。
 「あなた、スーパーでは100ccのビール缶ながら、特別に350ccを備えますから」。なに、下げて持ち帰り、自身で乾杯。

 旬を愉しむ、身土不二、活かし方を身につける 「地産地消のすすめ」in 釧路シニア大学2022-03.
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絵図と地図で水俣市陣内 地域資源マップで読んでみると220427.
絵図と地図で水俣市陣内 地域資源マップで読んでみると220427.

 地域資源マップ(以下、「絵図」と記載)。
 水俣市を23に区分して、市域全体で取り組んだ。その代表例は吉本哲郎著『地元学を始めよう』で紹介されている。
 なかでも精緻な造りの一点が「一区 陣内地区」の作品。

 「陣内」は「陳内」と呼称、表記した時代もあった。
 西に秋葉山(浜松では「あきばさん」ながら、西国・肥後ではなんと読むか)、東に「古城」の地名があって 旧城の記載も読める。
 さらには、「この山のふもと、グル~、と南側1区。広いのです」。要は現在の、熊本県水俣市の中心なのだ。

 絵図の中央を右上=北東から左下=南西に「国道3号」線が通過。
 また東のサイドをJR線が通過しているのだ。
これを国土地理院図で読むと、東西に「薩摩街道ー鹿児島街道」が通過し、鉄路は「九州新幹線」、そして在来線は「肥薩おれんじ鉄道」に転じている。

 ネット地図で「水俣市陣内」と検索すると、陣内の領域が図示される。
 現代は「水俣市役所」「水俣第一小学校」「陳ノ町公民館」「さわらびこども園」が集まる、水俣の中心地。
 「1区 陣内地区」の表題と情報量が他を圧倒する 「地域資源マップ」には、機能集積地の貫禄を示す一点のようにも思える。

 220427 釧路湿原シニア大学院講座「釧路学Ⅱ 水俣病を超えて 地域資源マップで再生」で、解説(受講 41名と報告)
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水俣市の中心地区 陣内 地域再生の10条 吉本哲郎著
地域再生の10条 吉本哲郎著『地元学をはじめよう』(岩波書店 2008年)。

1)地域は<地域が水でつながっている>を見落としていた。
2)<自然に近づきすぎ>、自然の復元=自浄能力超える負荷を環境にかけた。
3)公共投資で自然は復旧するも市民間の不信・不安・対立や差別は解消せず。
4)市長「もやいなおし」宣言、市民の差別と対立を修復する取り組み全市に。
5)偏見・中傷・差別の理由は「調べる力、考える力、創る力の衰え」にある。
6)「ものづくりや地域づくりはイメージする力」による。
7)地域にあるモノつなぐ、つないで意味造る、意味をまとめ付加価値創造。
8)「地域まるごと博物館」「地域資源マップ」で地域再生機運が全市に広まる。
9)「課題解決では間に合わない、付加価値を創る」をめざす。
10)「対立のエネルギーがあれば、付加価値を創るエネルギーに変える」。

地域再生の10条 吉本哲郎著『地元学をはじめよう』(岩波書店 2008年)220427 「釧路湿原シニア大学院 釧路学Ⅱ」
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日銀支店がもつ“場の力=象徴性・求心力・保証能力” 場の力ー承前ー
「場の力」 それは。元の旧日銀店の活かし方にあっては、日銀支店がもつ“場の力=象徴性・求心力・保証能力”とまとめておきましょうか。

 なぜか、“実感することができる”不可思議な力の内容を、さらに二例。

 昨日は、「言うに言われぬ<うながす力><よみがえらせる力><その気にさせる力>と、書いたのであるが。 
 (写真は解体の危機を城下の見識で保存し、国宝に指定されている松江城)

その2「変化を起こすためのヒント」であると、言う。2016年3月に「三井不動産 中河内いづみ」という人が、本を出している。
 出版の内容紹介には、以下の記載がある。
 「これからの会社にリアルのオフィスは必要か、バーチャルな電子の世界で十分か」。 「オフィスという「場」を提供する三井不動産が、「新しいオフィスはなにか」をテーマに社員向けに配信していた60の知見を一冊に纏めました]。
「各項にキーワードが載っており、多様性を活かした新しい働き方や、にぎわいのある街づくりをはじめ、毎日の仕事に活かせるヒントが満載」と紹介する。

その3「研修に臨む姿勢と効果、組織的な動きに差をつける」要因との<読み方>もある。
 こちらは「(株)経営改善支援センターオフシャルサイト」の<読み>。
 「講演やコンサルティングの現場で痛感するのは『場の力』で」と受け止める。
 そのうえで、「(同じ話をしても)参加している人たちの姿勢や枠組みによって、浸透度や理解度がかなり違う」と、<形に見えない領域>の存在を示す。
 「研修後の効果とそれからの組織的な動きに差がついてしまうのは実はこうした入り口の部分からの差」であると書く。その違いはなにか。
 その前提を参加者=受講者に対する、と受け。
 「研修の際、事前にその組織の中で「目的」や「経緯」や「必要性」が伝えられていた場合、研修以前に参加者の研修環境が整っているために開始から終了まで実にスムースに話ができると同時に、終了後の質疑応答も高いレベルで意見を交わすことができます。一方、とりあえず聞け、という状態で始めた研修は終始全体が浮つき、参加者が終了時間を気にして、まともな質問すら出てきません」と説明する。

日銀支店がもつ“場の力=象徴性・求心力・保証能力” 場の力ー承前ー220425
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言うに言われぬ<うながす力><よみがえらせる力><その気にさせる力> 場の力220425
「場の力」 それは。
 「言うに言われぬ<うながす力><よみがえらせる力><その気にさせる力>」とでも、しておきましょうか。
 なぜか、実感することが。以下に、その三例を。

 (写真は日本銀行支店で再生されている岡山支店、広島支店)
 「ルネスホール岡山」(左)と「ひろしま夜神楽」会場の広島支店。

その1「(家具・調度品は)「群」としてまとまると光彩を放ち、置かれた場所によって生命を呼び戻す」とコメント。
 材木なつかし館の資料公開展で。
 高度経済成長期の生活文化財を収集・保存・展示する団体がある。そこで公開された1960年前後の家具・調度品に往時のポスター、カレンダーなどの諸品。
 個体で配置された「個の品」とは別に、それぞれが「群」としてまとまると光彩を放つ。 そこを「(家具・調度品類は)置かれた場所によって生命を呼び戻す」とコメントしたことがあった。それを聴いた中に、家具店経営のご息女が居て申された。
 「今のコメント、一番、良かったです・・・・。販売冥利につきました」。
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15歳女性の学習機会 市立と庁立の高女継承220422
15歳女性の学習機会 市立と庁立の高女継承220422

全焼したのは昭和40年4月末日のことであったと記憶。連続休暇の入り口で発生したと記憶。
昭和37年からこの校舎に通学するのだが、2階建て校舎の階をむすぶ階段にある種の<趣>があった。
中央の階段と東側の階段。「手すり」の造作と「踊り場」の配置が個性的であった。時々、学舎内を歩き、その特異を愉しんだ。

のちに知る。その学舎は昭和14年の建設。
釧路市立女子高等小学校と釧路市立実科女学校の女子生徒のために設置された校舎であった、と。共に2年間の過程。
当時の前期中等教育は、小学校卒で進学する高女4年制と高等科2年+実科女学校2年。二つの教育制度があった、ということ。

昭和22年4月から実施の戦後教育制度「6・3・3・4制」は、「二つの教育制度」を一本化することを求めた。以下、順を追って知るところを記しておきたい。

①「釧路市立実科女学校」はのちに「釧路市立高等女学校」となります=昭和18年。
②戦後、6・3・3・4制で新制高校が発足するとき、「釧路市立高等女学校」は「北海道庁立釧路高等女学校」に統合され、「北海道釧路女子高等学校」となります(卒業生名簿など校務文書はのちの江南高校に)。
③②は一行政区域内に二つの新制女子高校は不要とする北海道庁の方針により、「釧路市立高等女学校から釧路市立女子高等学校への移管が認められなかった」という経過があります。
④このため、釧路市はのちに釧路市立家政学院(のちの北海道釧路星園高等学校)を発足させます(釧路市立高等女学校の校旗は星園高校に)。
⑤つまり釧路市立高等女学校は、制度的には北海道釧路江南高等学校の前身ということになりますが、理念としては北海道釧路星園高等学校を開校することになる。そのように整理するべきかと考えています。
⑥これまでに、「昭和2年生まれの女性が『のちの江南高卒』としているのは間違いではないか」と照会がありました。①~⑤の経過に照らし、次のように回答したところです。
⑦質問者の疑問は理念に照らし<もっとも>である。しかし制度の移行に照らし「のちの江南高卒」は正当である。そのようにお答えさせていただきました。
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「名所の案内には、ガイドが必要なのだ」、と。 『徒然草』=「少しのことにも、先達せんだちはあらまほしき事」。
菊と桜 もうひとつの御所 京都仁和寺220413 BS3

『徒然草』に仁和寺の記事。高校時代の古典授業の教科書に掲載があった。
記憶によると、挿入図もある記載であった。今日、「目次」で見てみると、52段、53段にあるようで。
「第52段 仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、」
「第53段 これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて 、」
以上を発見できる。

記載がある。真言宗御室派の総本山。
宇多天皇の開基にして、天皇退位後に菅原道真が大宰府に左遷となった点でもゆかりの寺院。
庭園には見事な桜が育てられ、「御室桜 おんむろさくら」の名で愛でられている。

『徒然草』に仁和寺が登場するワケ。
それは「兼好は、仁和寺に程近い双が丘(ならびがおか)に住居を構え、仁和寺に関する説話も多い」。
そうしたことに、よるようだ。

因みに「第五十二段」。落ちは「少しのことにも、先達せんだちはあらまほしき事なり」。
現代語訳で申すに、「まあ、こんな簡単なことでも、指導者というものが必要なのだ」。
転じて、「名所の案内には、ガイドが必要なのだ」、と。そういうことで。

派内に800余の寺院。一年を通じた、下界との接触、同行の僧とも語ることのない祈りの行が続く。
番組案内に申す。
「菊と桜 もうひとつの御所 京都・仁和寺」
「京都の春の風物詩「御室桜」で有名な世界遺産・仁和寺。平安時代の創建以来、代々天皇家出身の人物が出家して入った門跡寺院で、歴史のターニングポイントとも深く関わってきた」。
「御所を移築した建物や膨大な宝物など、貴重な遺産を将来に引き継ぐためのプロジェクトが進行中だ。広大な境内をドローンで散策、非公開の秘宝や、真言密教の行事を、知られざる歴史とともに紹介する」。「ナビゲーターは京都出身の俳優・佐々木蔵之介」。

「名所の案内には、ガイドが必要なのだ」、と。 「少しのことにも、先達せんだちはあらまほしき事」。
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一度、参拝しました「猪子」の拝殿 護王神社・京都市210422
一度、参拝しました「猪子」の拝殿 護王神社・京都市210422.

昨日、「Core Kyoto」で紹介、「無病息災」「子孫繁栄」 旧暦10月の亥の日の亥の刻「玄猪 げんちょ」。

京都御所にお供えする献上品。
「御舂ノ儀(おつきのぎ)」&「禁裏御玄猪調貢ノ儀(きんりおげ」の祭事が営まれる「護王 ごおう 神社」。
放送では、「京都御所の○○」と申したその「○○」に相当は、「西」の一字であるらしい。

2011年11月、偶然にもこの社に詣でている。放送の内容を掲載の地図で確認。
確かに、京都御所の壁が拝殿から望むことのできる位置に鎮座する。記憶は確実。
当時、撮影の写真を取りだすことは、難中至難。

「猪・亥の社がある」。連れ合いの一言で、境内に入り込んだ。大きな社殿であった記憶はない、が。
「亥」の絵馬を拝掌。娘が1971年、「辛亥(かのと・いのしし)」につき、「絵馬を・・・・」と言うことに。
確かに「和気清麻呂を御祭神」の説明は、そのとき聞かされた。

ちなみに昨日、テレビの映像を眺めながらネットで、「御舂ノ儀(おつきのぎ)」の場面も閲覧。
でも、訪問は社務所。拝殿・神殿が別棟であるということなりや。とてもとてもアップ写真の儀式が行われる空間が存したとはおもえず。
しかし、コトは「無病息災」「子孫繁栄」。

昨日のアップを読まれたお方から。
「これだけ栄養価の高いものを使って作っていれば、子孫繁栄も、無病息災も頷けます」の投稿。
小生の「(亥の子餅には)大豆・小豆・大角豆(ささげ)・ごま・栗・柿・糖(あめ)の7種類の粉を入れ」て搗きあげる」の記載に対していただきました。

地下鉄を「今出川駅」で下車、次の「丸太町駅」の間に位置する宿でチェックインする間の歩行で出会った。二つの駅、実に立派な道のり。ちなみにその歩数は2万9000歩余と歩数計に。お疲れ様でした。
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​​<あるモノ発掘>で、<地域に意味>」の発見 地域に付加価値創出の博物館的思考211022.ー後半ー
 先年10月22日、釧路地方の地名を考える会で講演した内容の要旨が公開されました。
図書館資料は精緻にして豊富な内容で構成されているも、<記載内容で見落とし>かつ<イメージが固定される>ことも内包する枠組みを超えてゆく可能性が「博物館的思考にはある」。そうしたことを明示しようと試みました。

釧路地方の地名を考える会の坂下民男さんが、『釧路地方の地名を考える会々報』のなかで、まとめてくださいました。
このほど発行されたことを機会に、その内容を示させていただきます。

(以下、掲載文ー後半ー)
講演会の後日、佐藤宥紹氏にお願いして、特に、図書館視点と博物館視覚(視点)について具体的にお話いただいた。以下はそのお話の要旨であるが、当会への貴重な提言も入っており、改めて感謝いたしたい。
 1)尾幌川はその長さを21Km余とする統計がある。他方で尾幌川は46Km余とした数値があった。なぜそうなるか。それは尾幌分水が開かれ、流れが上流、中流、下流と三分された。流路に廃川・古川化の変化を生んだ。前者は源流部から分水河口までの距離。後者は源流部から厚岸湖にそそぐ河口までにあたる(配布資料)。
 2)次に尾幌川流域の遺跡分布を「北の遺跡案内」で検討した。流域で確認できる遺跡は河口、太田屯田兵村入植地、尾幌川中流域に張り出した丘陵縁辺部に分布する。また時代が判明する遺跡は縄文中期、つまり地球が温暖で海水が泥炭地の奥に入り込んでいた状態(縄文海進)が、後退し始めた時期以降にあたる。
 3)尾幌川でも、特に尾幌原野や別寒辺牛湿原は泥炭湿地に覆われている。そのため遺跡は、尾幌川流域そのものよりも泥炭湿地に張り出している丘陵辺縁部に立地する。
4)特に2)と3)は、先史時代=考古学の調査成果により浮かび上がった点。つまり博物館視覚で地域の枠組みを眺めてきた結果である。対して1)は、移住者の残した記録や機関で作られた図面による結果である。移住者が出水被害を受け、公共は分水を作った。そこで尾幌川の形状や流れる水量に変化が生まれた。いずれも現状と記録によって判明する事柄で、そこは図書館視点からの、地域に対するアプローチとなる。
1)「地名を考える会」は地域への接近方法として、博物館の視覚=先史時代やアイヌ民族の伝承記録・地名語源などを、さらに重視されてはどうか。それが地域を解釈するうえで、視点の深化や視覚の拡大をもたらす。これまで見落としていた点を明らかにし、地域に対する評価や可能性を豊富にできる。そうではないだろうか。
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<あるモノ発掘>で、<地域に意味>」の発見 地域に付加価値創出の博物館的思考211022
先年10月22日、釧路地方の地名を考える会で講演した内容の要旨が公開されました。
図書館資料は精緻にして豊富な内容で構成されているも、<記載内容で見落とし>かつ<イメージが固定される>ことも内包する枠組みを超えてゆく可能性が「博物館的思考にはある」。そうしたことを明示しようと試みました。

釧路地方の地名を考える会の坂下民男さんが、『釧路地方の地名を考える会々報』のなかで、まとめてくださいました。
このほど発行されたことを機会に、その内容を示させていただきます。

(紹介文)
令和三年十月二十二日に開催された、佐藤宥紹氏による学習会の概要を報告いたします。
 表題は「支流・小流へのアプローチ―別寒辺牛川水系、尾幌川の生活史―」。
 1)図書館視点から博物館視覚へ
 2)一流路に三景観の意味
 3)流域に生活地名を読みとく
(内容) 人々はこれまで川に依存して生活してきた。これからも川と関わってゆく生活がある。そこのところを一本の川を通じて検証する。
上記のように「学習会の案内」文に書かれているが、講演では「1)図書館視点から博物館視覚へ」については以下のように説明された。が説明不足であったようなので少し考えてみたい。
 「図書館視点」とは、記録中心で記録を作った集団の史実が検討の対象にとどまり、河口を横切る「政治の道」視点に陥りがち。その結果、記録をもたない先住民族の生活実態が反映されないとされる。
 これに対し「博物館視覚(視点)」とは、自然・遺跡・地名を記録し、環境・生活への視覚を提示することで未記録時代の地域関係(とりわけ河川の役割の大きさに着目)を可視化出来るとした。
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聴いた市民の好感、出版をうながす 『語り継ぐ 釧路の松浦武四郎」220226
聴いた市民の好感、出版をうながす 『語り継ぐ 釧路の松浦武四郎」220226

語りべを育てる.
「15人の演者が語り継ぐ 武四郎のリレートーク」の副題がある。「北海道・釧路命名150年を越えて」とも。
2018年7月下旬から8月にかけての9日間、「14話のリレートークを開催」。企画者の提案を耳にしたとき、「聴いてくださる市民はいるのか」。

開催初日の2講座には、延べ70人近い市民がかけてつけてくださって、「北海道・釧路命名150年事業」の幕開けとなった。
土日には各2講座の計6講座。平日夜には一講座宛て8講座があって、予定していた一講座が演者の都合で未開催に。
連日、50名前後の方が聴いてくださった。その統計も報告された。皆勤。全講座受講のお方が知るところ、2名は確実。

そのお一人から、「あんたの話が一番良く理解できた」。帰りがけのエレベーター前で、話してくださった。
松浦武四郎への関心、聞き続ける市民の持久力、毎回終了時間に迫られながら質疑にあてた時間。高等教育機関で2単位分に相当する時間が充当されたことになる。

記念事業は2018年のうちにひとまず終了。
松浦武四郎生誕200年記念の歳でもあって、はるばる来釧された伊勢国松阪市のみなさんの期待もしぼみ、ひとまず武四郎熱は沙汰止みとなった。
しかし、企画者の二人は満足しなかった。クスリ凸凹旅行舎を経営する塩博文氏と、秀和人文研究所を主宰する松橋秀和氏が録音を筆耕、校閲をくわえて出版の運びに。

薄謝で講演を承引した話者15人。聴いてくださった延べ約800人の来場者。
話者は聴くヒトを語りべに育てる達人。来場の市民は次の語りべを育てる<底固い基盤>。
講座は話者が居るのみでは成立しない。聴いてくださる方が居て、光彩と意味を育てる。

本書は、語るヒトあって実現、聴いてくださった延べ800人の方が後押ししたメモリアム。聴いたあの時の感慨を、本書を手に再確認して次代に継承してみたい。取扱は市内主要書店。照会はクスリ凸凹旅行舎へ。
(クスリ凸凹旅行舎・秀和人文科学研究所編『語り継ぐ 釧路の松浦武四郎』 定価本体1000円+税)
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ヒトにも地球にも役立つ 東関のコンブ活用術220416BS5
ヒトにも地球にも役立つ 東関のコンブ活用術220416BS5

文庫の昆布 ぶんこのコンブ どちらから読んでも同じ事に。
「横浜でコンブを養殖」、そういうことに。キーワードは「コンブは地球にも役だつ」。

これまで、11月に行っていたコンブの種付け。今は12月に実施している。
海水の温度が上昇し、成長が早いのだそうで。北海道では2年間をかけるコンブの養殖、4ヶ月で収穫できる。

生産量は日に600キログラム程度。コンブの身の丈は4メートル50センチほどに成長するが身は薄い。採取後、生で出荷し食用にする。
食材には、
1)しゃぶしゃぶ、
2)担々麺の旨み=スープに具材としても使われる、
3)ポン酢で副食、
4)キャンディ、
5)アイスクリーム、
6)パン&ケーキ、
7)ドレッシング、
ここからは、ちと違った活かし方。
8)石けん、
9)綠色のタオル、
10)銭湯の入浴剤。

昆布で地球上の様々な問題が解決すると。→「②広げようコンブの輪」のキャンペーン。合い言葉は「地球を熱狂させたい」。「みんなでハッピーになる」。「みんながヒーローになる」。
コンブがどんどん銭湯の浴槽に投入される。200以上の銭湯が活用している。使用後は回収して狭山茶の畠で肥料として有効利用がすすむ。ミネラル。それが肥料に活かされ、海のコンブが山の茶に吸収されて、土に戻る。

世界がコンブに恋している、と。2030年、アイデア次第でコンブは生きる。
文庫の昆布
コンブの地産地消に取り組む八景島・金沢漁港、ブルーカーボン事業の一環でコンブを養殖
●コンブやワカメを地産地消することで運搬などで発生するCO2排出の削減に繋ぐ活動をおこない横浜市にも表彰を受けました。
https://hamakore.yokohama/kanazawa-fishing-port-yokohama-bluecarbon/ 
●こんぶの力で横浜から海を救う。里海イニシアティブが目指す、育てる漁業とは
環境を守るだけではなく、再生する。リジェネラティブな循環の仕組み。
https://circular.yokohama/2021/11/01/satoumi-i/
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<地域で物語り創出>の顕在化、光をあてたい 塩博文編『旅する阿寒』
<地域で物語り創出>の顕在化、光をあてたい 塩博文編『旅する阿寒~松浦武四郎も歩いた阿寒の古道探訪~』 クスリ凸凹旅行舎2018年。

観光ガイドボランティアの自営業を立ち上げた編者が、10年来、蓄積してきた阿寒湖畔を軸にした「阿寒クラシックトレイル」を提唱し、「新しい旅を創ります」と提案している。

本書は「阿寒クラシックトレイル」を構造的に示そうと、様々な仕掛けとその展開ステージを紹介している。
3つのセクション「里の道」「川の道」「山湖の道」を設け、そこに松浦武四郎と前田正名の思想と哲学を組み合わせて立体化している。時間・空間・人間を活き活きさせようとすえう試み。

その構想と運用の経験が、この本には表明されている。そういうことで拙稿「前田正名論 徳島県民の阿寒郡移住」(講演筆耕)も掲載されている。

「豊かな自然」。そう言われて久しい北海道。しかし、その自然を愉しむ、楽しみ方は未成熟。
その領域に編者は、果敢に取り組もうと試みている。

<地域で物語り創出>の顕在化、光をあてたい 塩博文編『旅する阿寒』 クスリ凸凹旅行舎の一冊。価格900円+税額 釧路市内書店に在庫。
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「相依りて立つ藁 縁起」の概念220415
「相依りて立つ藁 縁起」の概念220415. 世に「解字」の概念がある。
それは「文字(漢字)の意義を解明すること」「文字の成り立ちを分析する」と示される(『広辞苑』第七版)。

「人」。では「人」の解字はいかように示されるか。
「人の立った姿を描いた象形文字」にして「もと身近な同族や隣人仲間を意味した」とも。
さらには「二つくっついて並ぶ」や「そばにくっついている相手」。ほかには「相並び親しむ人」などつながりを中核に位置づけるとする。

1965年ころ、増谷文雄著『仏教百話』で読んだ記憶。原始仏教の訳であった。
それは「二つの蘆束は互いに相依りて立たん」の<比喩>=あるものごとを別なのものごとに見立て、なぞらえる表現。それで読んだことがある。 
「サーリプッタ(舎利弗)は「二つの蘆束は互いに相依りて立たん」と説いた」。「縁起の公式:増谷文雄博士は、次の表現を「縁起の公式」と呼んでいる」
「これあればこれあり、これ生ずればこれ生ず」「 これなければこれなし、これ滅すれ・・・・・・」。

別な観点で「それは『縁りて』ということばと『起ること』ということばとが結合して成った言葉である」。
「つまり、なんらかの先行する条件があって生起すること、というほどの言葉であって、それを翻訳して中国の訳経者たちは、『縁起』なる述語を造成したのである」。
今、「藁=わら」を「人」に置換して考えると、縁起の意味が少しは見えてくる。

ますます難解であるか、自然科学の領域では、<縁起>とは<化学反応の結果>とする理解でいかが。
物質=ここでは元素記号であらわされる「因=いん」が、さまざまな説明いたしかねるつながりによって結合し、水、炭酸ガス、硫化硫黄、有機水銀などなど<果>をうみだしていく連鎖。因となる炭素なり水素なり酸素が組み合わさり、多様な物質=果に相当の化学物質をうみだすではないか。そこに内在する、目にみえぬ化学反応。それが縁起に相当。それは言い過ぎであろうか、言葉足らずであろうか。「なんらかの働き」。それは実感できるのかも。

思想の系譜でも推移をたどる。それは3段階に区分される、と。ネットなどモノの本には豊富ながら、少しく注釈が必要である、か。
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「北の端から島の魅力と読書の文化を広げる」 北海道利尻島からの提案220403『北海道新聞』(朝刊)
「北の端から島の魅力と読書の文化を広げる」 北海道利尻島からの提案220403『北海道新聞』(朝刊)

 淡濱(あわはま)社。
 「たくさん読む人も、一冊を大事にする人も楽しみ方はそれぞれ」「島の魅力と読書の文化を広げる」。<結び>に示される、30歳代・女性のコメント。

 北海道の北部に位置する、利尻島に探勝した出版社。それが「淡濱(あわはま)社」という会社。
 これまでに『利尻の色』、『北の浮き、彩初める』など計4冊。東京都や長崎県から注文がある、と。

 「利尻は青にあふれている」。
 会社員時代に<独り旅>で訪問した北海の島=利尻・礼文。のちに「利尻町地域おこし協力隊」に採用された。
 図書館司書の資格を活かし、小中学校の図書室で本の整理をする。また、「島のお助け司書」を名乗り、SNSサイトで「お薦めの本を紹介」とも。

 「利尻町で淡濱社を立ち上げた濱田実里さん」。
 記事は「利尻で本の魅力発信」のタイトルで、「地域から 179の窓-留萌・宗谷面 3月11日朝刊の記事-」と、取り上げられている。(『北海道新聞』朝刊3面)。
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シニア大学院
語り部を育て、自ら語り部に育つ 釧路湿原シニア大学院始業式220413.

釧路湿原シニア大学院第8期生にとっては第2年次の始業、そして聴講生登録の1-7期の令和4年度登録を行いました。
「今年度の抱負を」と促された学長は挨拶に立ち、以下のように案を示しました。

地域に語り部を育てたい。
シニア大学院に学んでくださることが、地域の語り部を育てることにつながっている。
自ら学ぶことが、地域に広範な人材育成につながっている点を見据えてほしい。

修了生から語り部を発掘。 
過年度修了者のお方に短期高等教育機関でミニシンポの基調講演とパネリストをお務めいただいたことがあります。
事業経営に投じた半世紀の「語り」には深い共感が寄せられたところで、人生の経営者としても立派な業績を残されて感銘を与えていただきました。

釧路湿原シニア大学院で学び続けていただくこと。
それは一方で、地域の語り部を育てる営みであり、他方で自身が語り部として育つ軌跡を描いてゆくこと。
多くの修了生がそれぞれに目標をもち、自身で創る物語の豊富さをめざすことにしたいものです。

2021年どもコロナ禍で、多くの授業が欠課。
時には修了年度ごとに出席を制限することも生じました。そうした時に、どのような学習形態が可能であるのか。
多くの市民がスマホをそれぞれに操る時代。なんとかメッセ-ジを送りとどけて多様な学習形態を保証する点を考察してまいります。

まずは釧路湿原シニア大学院の院生登録。
互いに励ましあい、近隣各地を訪ねて専門ガイドの語りを耳にしつつ、地域に貢献することめざしましょう。
(さとう・ひろつぐ 220413 13時ー13時30分)
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「着るほどにカラダになじむ」 美の壺「風土を織り込む 紬」NHKBS3 220409
 「着るほどにカラダになじむ」 美の壺「風土を織り込む 紬」NHKBS3 220409
 三つのツボ。それを提示するNHK番組「美の壺」。

 「紬」は真綿を手撚りして紡いだ絹糸で織った布地。最初に大島紬をこよなく愛する男性が一言。
 「着るほどに、実にカラダになじむ心地よさ」。
 それは「不思議」とも形容したと視聴した。天然の藍が、江戸時代の作からなお健在で、「トキをかさねるごとに<深み>を増す」との形容にも重なる。

 農閑期の奄美大島。その時間をあてて「大島紬」の製法が確立した。
 女性達が寸暇を惜しんで糸を撚り、男達が染色する技法は実に多層。手間のかかる、永年の経験と勘がたよりの微妙な工程。
 祖母-母ー娘。技術の継承にも血のにじむ鍛錬が求められる。

 鮮やかな緑。「天然蚕 てんねんさん」の名も美しいが、その光沢は宝のようで。
 飼育の地は信濃国の安曇野。番組案内には「絹のダイアモンド」「神秘の輝きが紬に」とすら記載。
 それほどに<見事>。「古美術鑑定家中島誠之助さんも登場。紬と古美術の共通点とは」とある。

 ひょっとして、冒頭。「着るほどにカラダになじむ」と申されたのは、この「古美術鑑定家」であったか。
 では、是非に聞き直してみたい、「紬と古美術の共通点」。再々放送は22年4月15日。初放送は21年5月15日。
 季節になると大型旅客船の観光客を海外から迎える釧路港。

 その釧路フィッシャーマンズMOOの経営者&女将のみなさん。
 ここは<おもてなし>に加えて、<日本情緒豊かに和装>でお出迎え。
 せっかく館内に開業「NPO法人 グローカルみらいネット」には立派な和装指導員がおいでになって、着付け指導をしてくださる。活かしたい。

 (以下、「番組案内」)https://www4.nhk.or.jp/P5180/x/2021-05-15/44/28104/2084070/ 美の壺「風土を織り込む 紬」
日本の伝統的な着物、紬(つむぎ)の魅力に迫る。結城紬、大島紬、天蚕糸の輝きは土地土地の風土を映す。草刈家を訪ねる謎の古美術鑑定家▽中島誠之助・里アンナ・小林親弘

絹糸を染めて織り上げる着物、紬(つむぎ)▽繭から真綿を作り、手で糸を紡ぐ結城紬▽奄美大島で絹糸を染めるのは島の泥。
清流で泥を流すと現れる艶めく黒。
大河ドラマ「西郷どん」のテーマ曲を歌った里アンナさんが祖母から受けつぐ泥大島を着て歌う「糸繰節」
▽長野県安曇野で守られてきた、絹のダイアモンド、天蚕糸。神秘の輝きが紬に。
▽古美術鑑定家中島誠之助さんも登場。紬と古美術の共通点とは?<File 537>
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水俣再生で市民が手にした価値 生涯学習Ⅱ in 釧路湿原シニア大学9th-02
 水俣再生で市民が手にした価値とは 生涯学習Ⅱ in 釧路湿原シニア大学9th-02

 熊本県水俣市。
 1954年に確認された<世界に類をみない産業公害>。そこで失われたモノ、悲惨の二字。
 しかし、市民はマチなかに生み出された<偏見・中傷・差別>を超えて、水俣の再生に立ち上がる。

 キーワードはいくつか。
 「ヒトは絶望だけでは生きられない」
 「人様はかえられないから、自分がかわる」
 「他人が調べたモノでは<水俣病>はわからなかった」「自分で調べてみて初めてわかった」。

 結果、行き着いたコトは。
  「(地域に生じた偏見・中傷・差別の発生は)創る力・考える力・調べる力の衰退」にある。
  「<べき論>からは出発しない」「あるモノを探して確認」「意味を把握してから、昔ながらの知恵と工夫を含め新しく組み合わせる」(34p)。
 そういうことであった。

 そこから学び。
 「(生涯学習は)①自己充実、②生活力向上、③地域の振興、④課題解決」に加えて「⑤地域経営に参加」を掲げる。
 22年4月12日 釧路湿原シニア大学9th-02講座を担当(登録者限定講座)。「生涯学習Ⅱ 生涯にわたり学び続ける意義と価値」。
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「以衆人堅城砦=<アイヌ民族がなびかぬように>」 幕府東蝦夷地直轄政策220408
「以衆人堅城砦=<アイヌ民族がなびかぬように>」 幕府東蝦夷地直轄政策220408

2022/04/08 金 06:42
「以衆人堅城砦=<アイヌ民族がなびかぬように>」 幕府東蝦夷地直轄政策220408

2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。その前にはクリミヤ半島の領有と言うこともあった。
日曜日朝のワイドショー番組で、藪中三十二氏は次のように発言したように思う(録画してあるわけではないが)。
「USAは危機感を示し、『始まる、始まるぞ』とは申すも、なにもしようとしない」。

最近、ANNニュースが報じたという。2022/04/07 https://www.youtube.com/watch?v=gn-RJAi9l9A
「北海道を巡るロシア下院議員の発言 領土的野心の表れか(2022年4月7日)」 
<411,339 回視聴>。視聴記録は残されているようだ。識者は「ロシアのプロバカンダ、あおられることはない」と評してはいるが。

その前には、「アイヌ民族は『ロシアの先住民』 プーチン大統領が認定方針」と『北海道新聞』電子版 181218が伝えていた。
https://newspicks.com/news/3543642/

天明5,6年。ウルップ島に至った幕府調査隊は、同島に目にしたロシアの大艦に目をみはった。
寛政元年5月に起きた「クナシリ・メナシの戦い」が起き、日本東方のアイヌ民族社会と本州経済の軋轢と緊張状態が顕在化した。
寛政4年にはロシアの女帝、エカテリーナが派遣したラックスマンが根室に来訪。長崎に回送させて門前払いを食わせている。

いずれも江戸に出現。それは絶対にあってはならないことであった。上記3点を背景にして。
寛政11年正月16日、幕府は東蝦夷地のうち「浦河以東~知床まで」を仮直轄した。
政策の一は、「以衆人堅城砦=<アイヌ民族がなびかぬように>」。

政策の大綱を示す、羽太正養著『休明光記』。
考察するに「銭をかけずに、政策を貫徹」。財政危機に迫られた幕閣官僚の知恵がにじむ。
ウルップ島と択捉島の間に引かれた国境の線。そこには長い時間の蓄積がある。
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苛烈・確実な年貢収取 「門割 かどーわり」=薩摩島津家の農業経営・農政及び農地の制度210407
苛烈・確実な年貢収取 「門割 かどーわり」=薩摩島津家の農業経営・農政及び農地の制度210407

世に「一門 いち‐もん」とする概念がある。辞書に記載。
 「同じ家系、または、同じ家族の人々。一族。一家」=「藤原一門」。「仏教などで同じ宗派の人々」=「天台一門」。「学問・武道・芸能などで、同じ師匠や指導者をいただく人々」=「芭蕉一門」。、「特に大相撲の世界で、名力士の指導を受けた親方・力士の作る集団=「出羽海一門・二所ノ関一門・時津風一門・高砂一門、立浪一門」。「類語」に「一族・家・家門・血族・家系・家筋いえすじ・氏うじ・血筋・血脈・血統」など、あるとする。

 薩摩国・島津家で中世から成立したとみられる所領支配に「門割 かどーわり」の制度がある。
 複合家族の数戸を門に編成して耕地を割り当て,一定の年期ごとに割替えが行われた農業経営・農政及び農地の制度。そう、説明しておく。
 島津家及びその周辺の所領地では、経済的に「門割 かど-わり」制度、経済外的には「真宗禁制」の両面で農民支配が貫かれた。
 現在のところ推量の域を出ぬ。あえて記載。
 1)シラス大地に象徴される肥沃地と不毛地の混在する田畑に「割替え」は不可欠。
 2)<稲作に対する年貢収取に加えサトウキビ栽培や甘藷栽培など特殊農林産物に対する大名家独自の課税種収取が可能>であったか。
 3)(再録)経済的に「門割 かど-わり」制度、経済外的には「真宗禁制」の両面で農民支配を貫徹。
 1965年ころ、この概念を承知するも、近年になってようやく、文献の収集に努めているが。
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地域再生の10条 吉本哲郎著『地元学をはじめよう』(岩波書店 2008年)
地域再生の10条 吉本哲郎著『地元学をはじめよう』(岩波書店 2008年)。

1)地域は<地域が水でつながっている>を見落としていた。
2)<ヒトが自然に近づきすぎ>て、自然の復元能力(自浄力)を超える負荷を環境にかけ続けた。
3)公共投資で水俣の自然は復旧したが、市民の間に生じた不信・不安・対立や差別は解消しなかった。
4)水俣市長が「もやいなおし」を宣言、市民間の差別と対立を修復する取り組みが全市に広がった。
5)<不信・不安・対立や差別は解消しなかった>理由は「調べる力、考える力、創る力が衰えている」点にあった。
6)「ものづくりや地域づくりはイメージする力」による。
7)地域にあるモノをつなぐ、つないで意味を造る、意味をまとめて付加価値を創出する。
8)「地域まるごと博物館」や「地域資源マップ」の取り組みを通じ、地域再生の取り組みが全市に広まった。
9)「課題解決では間に合わない、付加価値を創る」をめざす。
10)「対立のエネルギーがあれば、付加価値を創るエネルギーに変える」。

「人は絶望とウラミだけでは生きられない」、「人様は変えられないから、自分がかわる」という主張もある。
「我がコト」「自身のコト」。地域再生にかける熱意はどの地域も高い。確かな成果を残すためのポイントか。
(吉本 哲郎著『地元学をはじめよう』 岩波ジュニア新書  2008年)。
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「白糠のアイヌ語地名:キラコタン」 自然災害伝承地名220127
 「白糠のアイヌ語地名:キラコタン」 自然災害伝承地名220127

 釧路国で「キラコタン kira・kotan 逃げる・村」は白糠町と鶴居村にある。
 白糠郡白糠町の「キラコタン」は茶路 ちゃろ 川の下流部に位置する地名。地図上では役場所在地の西部に「京都大学演習林」の記載があるから、その西部ということに。
 この伝承は渡辺茂著『白糠町史』(白糠町 1954年)に掲載されている。白糠町役場の所在するマサルカの地から、津波が発生した時に「逃げる」の行き先として、「キラコタン」が選ばれたのだとする。

 (A)『白糠町史』(1954年)を編纂したとき、在住したコタン住民に伝承していた事象で信頼度は高いとするも、どの地震の津波かは不明のままとされている。
 (B)「kira-kotan 逃げる・村」でその意味は、津波襲来時に「マサルカ」の地から「逃げこんだ」とする伝承である。
 (C)どの津波襲来があてはまるかでは「17世紀前半の千島海溝・日本海溝を震源とした地震」や「1843年天保根室沖地震」を想定する論28)があるも不明。
 地質学者の高清水氏は「コタンをあげてキラコタンに逃げたという可能性はあると考えている」とする。

 今、「キラコタン」の領域をyahoo地図で探し、国土地理院図に落としこんだ(掲載図)。同様にマサルカの地も図面に落とし込んである。
 地名:キラコタンは茶路川の右岸で標高=6.6メートル地点に位置し、その多くは茶路川の堤防・河川敷にあたる。マサルカの地は3.5メートル内外につき、「安全といえば、安全」。そう語り伝えられてきたことになる。
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祖母も鶴瓶も感動 アメイズインググレイス「鶴瓶にカンパイ」NHKG220404
祖母も鶴瓶も感動 アメイズインググレイス「鶴瓶にカンパイ」NHKG220404。

2013年。街角で美少女が「きよしこの夜」を斉唱してくれた。その7年後の2021年。
成長した2人は、いま、東京と仙台で学ぶ。当時、中学2年生であった2人。ひとり=斎藤結月さんははクラシックギターの「温もりのある音にひきこまれ」と仙台で学ぶ、
もう独り=須田真央さんは声楽をこころざし、東京の音楽大学で声楽科に学ぶ。

声楽科で学ぶ女性は申す。
「番組に出演できたことで、たくさんの方から手紙をいただいた」「(そこで気がついたこと)音楽は人々をつなぎ、力になる」。
澄み切った少女のハーモニーは、「(婆ちゃん)私、はじめて聴いた」と感激させていたが、それから8年。

東京のNHKスタジオに登場の須田真央さんは、「その時の、アメイジンググレイスを歌います」。
かたわらで、小野文恵アナウンサーは紹介。「演奏は仙台から、斎藤さんのクラシックギターで、歌っていただきます」。
驚く鶴瓶を尻目に、2人の合奏がテレビを通じて演奏された。

この場面。放送当時から、注目されたのであろう。「鶴瓶 須田真央 アメイジンググレイス」の語で検索するに。
https://datazoo.jp/n/2013%E5%B9%B4+%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%8D%E5%B8%82%E3%81%AE%E6%97%85+%E5%BF%83%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%9F%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC/18349275
「2013年 いわき市の旅 心にしみた少女たちのハーモニー」が残っていた。
(2021年3月8日 「鶴瓶の家族に乾杯 高橋尚子と福島SP」には次の紹介)。
「2013年のいわき市の旅。鶴瓶が出会ったのは合唱をやっているという中学生の女の子たち。路上で少女たちは歌を披露してくれた。須田さんのお宅にもお邪魔させていただいた。双子の妹が帰ってきてた。女の子たちはおばあちゃんたちに「アメイジング・グレイス」を披露した。おばあちゃんは涙を流した。
中学生だった斎藤結月さんからメッセージが届いた。あれから7年、結月さんは大学3年生で20歳になり、クラシックギターを習っていて、老人ホームなどで演奏をしているという。須田真央さんは東京の音楽大学で声楽を学んでいる。スタジオに須田真央さんが登場。7年ぶりに鶴瓶と再会した」。
「2021年3月8日放送 20:30 - 20:38 NHK総合」「キーワード「いわき市(福島)アメイジング・グレイス」。
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芸道 小三治・正名・家業ドメ
柳家小三治師。「押しつけがましい(落語をするな)」「自分の方から配達に出かけて行くな」。落語研究会。厩火事に鹿政談の高座の枕に。

前田正名。
地方更生の出発に『興業意見 未定稿』を記載。農村金融にむけて興業銀行構想。のち「地方村是」に「郡是」。

長男まで離村する教育をよろこばずない愛知県南知多町。ムラの女神を喜ばすために2日間休んで祭祀に専念(=「家業止め」と申す)
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津波被災標識

1975年頃の時点で、当時の日本国有鉄道北海道支社釧路鉄道管理局管内の白糠駅前に、一基の木柱があった。
「標高は6.8メートル」の表示と、津波への注意を促す標識」であった。モノクロ写真で撮影したはずながら、そのデータはどこへ収まっているものやら。

220330。現地をたずね、その現場を確認してみることにした。白糠駅前は整備され、記憶にあった「木柱」は駅前から撤去されていた。
転じて、そのヨスガを残すオブジェクト。それに相当するのであろう標識がった。近年、いたるところに「この位置は標高■メートル」のサインを見る。
しかし、この地点の標高標識はひと味、異なる。柱の頭頂部に「▼10M▲」の表示があって、そこに往時の木柱の伝統を示している。

往時の木柱は、この地域には希有な「津波到達高度」を示す「自然災害被災碑」の一つであった。
1954年ころ刊行の『白糠町史』に「マサルカの地からキラコタンへ津波避難」した伝承があると、記載された。
キラコタンは「逃げ込んだ・ムラ」の意で、「マサルカの地から、津波避難でキラコタンに避難して救われた」の伝承がオブジェクトで伝承と心得てきた。

その上で、以下のように記載してみたのであるが。
「また白糠町の白糠駅前広場に「標高は6.8メートル」の表示と、津波への注意を促す標識がある」。
「ここでは、本節の記述に必要な観点で一点のみ言い及ぶ」。「自然災害伝承碑にせよ注意喚起の標識にせよ、造像・造塔のオブジェクトに相当する」。
「つまり文字・記録によるメッセージである」。
その意とする点は、「記憶を風化させぬためには、オブジェクトをしつらえるだけでは忘れられる」「伝承の口伝えがなければ」。いかがであろうか。は形による伝承にして、かつ危機意識の継承と整理できる。けれど抑揚、感情、肉声の温度を感じるや否や。
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鵜飼い
「道具とだけ考えていた『鵜』も、今は・・・・・」 鵜飼い450年、広島県三次市220401

テレビ朝日の朝の放送。「ニホンのチカラ」で午前5時はんから、伝えていた。
「これがおれたちの伝統 ~人と鳥がつないだ450年~」と題して、放送された。
鵜飼いと言えば、岐阜県の長良川。三次市の江の川を舞台に、450年の伝統があるそうで。

「鵜が道具であった、金儲けのため始まったことではるが・・・・」。
鵜飼いを観光の機会にもと位置づけられてきたが、「今は、違っている」と。
鵜には脚にコブのできる病気があって、罹患すると関節が働かなくなり、ほどなく落命するのだそうで。獣医師が懸命に鵜の治療にあたる。

「今や鵜とは共生の関係、動物も人間の役にたちたいと考えている」。実はこれ、「鵜と人間との間の新しい価値観」なのだそうである。
期待の鵜飼いは新型コロナウィルス感染症の蔓延で、2年間お休みになった。
6月22日の開催。しかし、その期待は蔓延防止期間の延長で、さらに30日の延長となった。

いよいよその日。
しかし、鵜飼いの川は濁流にあふれていた。今度は大雨による洪水。岸辺にはゴミが寄りつき、自然の脅威も見落とせない。
そうした試練ものりこえて、あらかじめ予約をしてくれた常連さんが、待つ。人間の都合のみでは実施できない、450年の伝統行事。

番組のプロデューサーはブログに書いている。
「『伝統を守る』ってなんだろう?今回はそのことを考えながら取材」。
「今回の物語では、無数に存在する地方の伝統行事共通の後継者不足、自然災害の悩みも浮かびあがってきました」
「番組冒頭で『でもやるんだよ』という言葉が登場」、「厳しい状況のなか、未来はバラ色じゃないけれど…。これこそが「日本のチカラ」、今回登場する方たち共通のメンタリティー」とも。

同氏は「編集後記」で。
「『他人には無駄に思えること』を続ける人の心の中に共通する思いだと感じました」とする。
文化。それはヒトとヒト、地域と地域を結節し、地についた付加価値を生み出す。
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