2021年06月の記事


香港
香港=「東洋の真珠」、その意味は 210627



 田中秀征氏の発言。TBS「サンデーモーニング」でさりげなく。

 その理由を二点。
 「東西文明の交流」「自由と民主の象徴」。そういうことか。

 かわって、松浦鉄道の西九州線。そうした路線があるのだ。
 有田~佐世保に至る路線のようで。こちらは210628。朝の写真家とその作品を紹介する番組。

 松浦鉄道、その概要を教えてもらうことに。
 「旧国鉄特定地方交通線の西九州線を運営している第三セクター鉄道事業者」
 (端緒)
1987年(昭和62年)12月10日:会社設立。
1988年(昭和63年)4月1日:九州旅客鉄道(JR九州)松浦線を転換して西九州線開業。
2000年(平成12年)1月6日:レトロ列車「レトロン号」発車式
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白菜か麦? 「涼しい気候 秋まき 中央アジア 朝鮮半島経由」210628
白菜か麦? 「涼しい気候 秋まき 中央アジア 朝鮮半島経由」210628 
ネットで検索=結果は「ハクサイ」に「カモミール」。はて、さて、良いのであろうか。

一枚のメモがあった。
「涼しい気候を好むので、秋になってから蒔くのがおすすめ」
「中央アジア発生、朝鮮半島を経て本邦に」
「362/122 在来化してホコリをもたらす」。

メモ記載の日付は書いていない。麦の話か、ほかになにがあるか。
ネットの検索結果は「ハクサイ」に「カモミール」。

記載をしておく(1) まずは「ハクサイ」
「020/10/24 -涼しい気候を好み、寒さにあたると甘みが増してより美味しくなります」。
「 秋まきを基本にして、そのライフサイクルをご紹介しましょう。8月下旬〜9月上旬にタネを播いて、間引いて育成します」
「その祖先は、地中海沿岸、中央アジア、東・北ヨーロッパ、ロシア周辺だとされています」
「白菜が盛んに栽培されている満州や朝鮮半島に渡った兵士たちが、その美味しさに気づき、日本に持ち帰って普及させたといわれています」。


記載をしておく(2) 次は「カモミール」
「2018/11/9  カモミールを育てる際の日々のお手入れから、育て方のコツ、寄せ植えの楽しみ方までを紹介します」
「NHK=ジャーマン・カモミールはヨーロッパから中央アジア、中国、朝鮮半島などを原産とし」
「鉢植えなら涼しい場所に移動できますが、地植えの場合は簡単に移動ができないので、夏に直射日光が当たる場所には植えないようにしましょう」

では「麦」は・・・・。
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「空」思想に二つの概念 こころの時代210626
 「空」思想に二つの概念 こころの時代210626



 「すべてに実体がない」。
 これが「空 くう」の概念と思っていたが、さらにもう一点。

 「すべてが互いにつながっている」。
 こおちらは「縁起 えんぎ」とする領域ではないかと、思いめぐらした。

 大衆仏教。
 「空」の概念は、仏滅後100年で発生した「大衆部」のなかで発達した、と。
 その「大衆部」「上座部」の分裂を「根本分裂 こんぽんぶんれつ」。そのように規定するのだ、と。
 「南路仏教」「北路仏教」。あるいは「小乗仏教」「大乗仏教」などと称しているも。

 『清浄道論 しょうじょうどうろん』。
 5世紀頃に成立した書物。なかで「瞑想の観察対象が40種類も紹介」と。
 「仏教のあり方も活発に議論され、分派が進む」のだと。
「瞑想」は「苦しみ」から逃れる道、すなわち「瞑想=心身の観察」。
 しかしながら、「苦しみ」にはとらわれない、「『一切は空である』と説く大乗仏教が登場」すると言う。

 「縁起」は原始仏教で「相依りて立つ」の比喩があるも。
 「全てが互いに関わり合うことで成り立っているとする「空」=縁起の側面にも「気づく」ということか。


 「瞑想でたどる仏教ー心と身体を観察する」は「こころの時代~宗教・人生~」の6回シリーズ第3話。
 箕輪顕量師は東京大学大学院人文社会系研究科教授。陸上競技選手の為末大氏が出演。
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有意味性高い活用「ルネスホール」 日本銀行旧岡山支店121207
 有意味性高い活用「ルネスホール」 日本銀行旧岡山支店121207。



 訪問したのは10年前となるや。岡山支店につづいて、訪れた旧広島支店。
 保存・活用の年次は旧広島支店が先行と記憶するも、整備、そして保存・活用の清廉さは岡山が優るの、感。

 若い時代から、マチづくりに情熱を傾けてきた当時の管理者が、優れた才知を発揮された。
 「ルネスホール」の名称も洗練されている。
 「公文庫カフェ」では「ビール、ワインなどが味わえる」と、「歩くこと」の折り紙付き。

 地域の「音楽 芸術」の拠点。市民の「支える力」に刮目した2012年12月7日。

 音楽 芸術にふれるカフェ
 大正十一年、日本銀行岡山支店として、歴史の幕を開きました。設計は当時、銀行建築の第一人者だった長野宇平治で、古代ギリシャ様式の意匠が至る所に散りばめられています。その日本銀行岡山支店が八十年あまりの時間を経て、平成十七年に岡山の新たな文化・芸術の創造拠点「ルネスホール」として生まれかわりました。
 そのルネスホール内に当時、公文書庫として利用されていた重厚な空間を、オリジナルブレンドコーヒーやビール、ワインなどが味わえる「公文庫カフェ」としてオープン致しました。
 芸術と歴史に触れあいながら、寛ぎの空間で思い思いの時間をお過ごしいただけます。
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焼酎25度=100cc 日本酒=170cc 要警戒はストロング系アルコール
焼酎25度=100cc 日本酒=170cc 要警戒はストロング系アルコール



焼酎25度=100cc 日本酒=170cc 要警戒はストロング系アルコール。

 県内配布の日刊紙。
 「アルコール『量』表示促す」の横見出しで、「健康障害対策推進基本計画」。
 ほかには、「ビール=500cc」「ウイスキー=60cc」「酎ハイ=360cc」「ワイン=200cc」、

 それでは。
 吞んだことにはならない。そうした声が聞こえてきそうであるも。
 確かにそうだ。週に一度、90ccほどの日本酒。300ccの小瓶があくのに、3夜必要。
 アルコール鼻炎。そういうことなのだ。量がおおくなると、ティッシュペーパーが離せなくなる。

食前酒。
 見方をかえると、その程度が適量ということに。副題に「飲み過ぎ防ぐ効果期待」。とりわけ女性にとって。
 そこには、ストレス要因が増量か。
 「口当たりの良さ」。そこが警戒、「フルーツ系酎ハイ」。度数が7-8度もあるそうで。

 鼻炎はアルコールから体を護る。
 それは、今の話。もとはといえば、アルコールを摂取しすぎて鼻炎が止まらなかった。
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歩く、歩いたら書く、書けるほどに歩く 釧路市動物園210622.
歩く、歩いたら書く、書けるほどに歩く 釧路市動物園210622.

まずはそう言うところ。
 6月22日、火曜日。「天気はよさそう、散歩にZOOへ」と。70歳以上のバス賃は、片道100円。
 「いつ以来のZOO」にも、返答はかえってこない。いつ以来か記憶がないほどなのだ。
 バス内には12-13人の乗客。「今の時刻、これほどのヒトが(動物園の先にある)温泉行きかね」。

 動物園でstuff。
 みなさん、一緒に降車。ほどなくスタッフユニフォームに着替えて作業を開始されて。
 例もない「正面入り口」から入場。園内を巡遊。フンボルトペンギンが5羽。「あらら、減っているわ」。
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開業以来の学術研究蓄積 大分マリーンパレス水族館 うみたまご
 開業以来の学術研究蓄積 大分マリーンパレス水族館 うみたまご https://www.umitamago.jp/



 2019年2月9日 午前3時5分から放送の30分番組。その再放送を21年6月22日朝に。
 1)豊後水道の水槽
 2)磯の生き物のタッチプール
 3)セイウチの水槽
 4)波打ち際の水槽
 5)カムフラージュで身を守る魚の水槽
 6)共生する生き物の水槽
 7)河口を再現した水槽
 8)照明効果をつかった水槽
 9)熱帯の魚の水槽
 10)サンゴの水槽

 2)&3)タイトルでは展観者との「近接性」が示される。
 また4)~6)には、「生態研究の緻密さ」が表現されている。
 「開業以来研究部を設けて学術研究も行っている」の実績が示された展示構成と演出。
 動物園と水族館の機関は動物園水族館協会「動水協」を組織するも生体展示は飼育管理が難しそう。
 他方で繁殖や種の保存の蓄積も見逃せず、生態系持続への貢献度や投資効果への理解も不可欠ではないだろうか。

(公式サイトなどに)
 1964年に大分生態水族館マリーンパレスとして開館。2004年4月1日にリニューアル開業して、大分マリーンパレス水族館「うみたまご」となった。
 公式ホームページに「動物たちと"なかよくなる"水族館」のキャッチコピー。略称=「うみたまご」。
 
 別なHPの記載は動物たちと"なかよくなる"水族館
 「<ふれあい>をテーマにした水族館」
 「動物たちによるユニークなパフォーマンスをはじめ、エイに触ることができるタッチプールなどがあり、独自性に富んでいる」。
 「高さ8m、水量1250tの大回遊水槽には、豊後水道に生息する魚介類をはじめ、セイウチやイルカなどの様々な生き物たちに出会うことができます」。そういうことに、なるのであろう。
  https://loco.yahoo.co.jp/place/g-rUrk14ji4FE/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spt_slo_p_ttl&lsbe=1
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maed前田正名-坂本竜馬が託した男―190205 鹿児島テレビ
前田正名-坂本竜馬が託した男―190205 鹿児島テレビ。



 鹿児島テレビ開局50周年&明治維新150年。
 この二つの記念に、明治国家建設期の農商務省次官を歴任した前田正名翁が放映された。

 「番組案内」は下記のとおりであるも、50分余の時間枠によくぞ収めたもので。
 農商務省官員時代には、全国府県調査で朝夕をつないで「調査」に没頭。
 在野にくだり全国行脚の機会には、妻子を家に娘の死去も旅先で。

 同じ薩摩の大久保利通姪と恋仲でむすばれたが、とんでもない人物との家庭を築くことに。
 6月23日、若者には本番組の予告編で紹介しようか。
 阿寒湖と阿寒湖畔の自然を守る。長くつづくデフレ経済下のもと、その評価がたかまっている。

 (番組案内)
  前田正名 ―坂本竜馬が託した男-
 「西郷どんに沸いた鹿児島、その感動はまだ終わらない」。
 「“地方”からこの国を創っていった名も無き薩摩藩士の物語」。
 「舞台は日本を変えた明治維新。物語の主人公は名も無き薩摩藩士」。
 「“地方に産業を育て、地方からこの国を創っていくー”本当の意味でこの国を創った男だった」。
 「その裏にはあの維新の豪傑・坂本龍馬から受け継いだ“時代のバトン”があった」。
 「日本人が忘れかけたもの、誰のために、何のために、生きるのかー」。
 「明治維新150年、“前田正名”という名も無き薩摩藩士の生き方を通して、問いかける」。
 「そこには「今」という難しい時代を乗り越えていく熱いメッセージがあった」。
  「西郷どんに沸いた鹿児島、その感動はまだ終わらない」。
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創作、地域研究の1955-70年。Golden Sixtyと言えるや210620
創作、地域研究の1955-70年。Golden Sixtyと言えるや210620

 Ⅰ.「担い手」の開花と集積

 Ⅱ.「器」という発表のシステム=成果発表の受け皿が用意されたということ



 Ⅲ.「紙」の町にふさわしい「本のマチ」
 1)調べる力、考える力、創る力の蓄積
   個人的関心、すなわち「点」を「線」に
   自然=鉱産・湿原、人文=伝承・偉人発掘、社会=先史、産業・開基
   国指定史跡&天然記念物、総合調査(釧路川、湿原、海岸線)、空襲記録

 2)作家・評論家、在野研究者の輩出
   歌碑・句碑・顕彰碑などのオブジェクト
   近代文学にみる作品・評論、自前で編さん自治体史
   北海道新聞社会文化賞の評価(釧路叢書、釧路市立博物館)

 3)創造力開発システムとその支援
   世界文学、日本文学、地域文学を一堂に集積
   生涯学習資源豊富&文学館=作家・評論家・研究者の「養成学校」
   地域情報の継承・紹介を担うボランティア支援

 210618 北海道文化財ご保護協会々員のお方がブログに記載してくださった。
 https://culture.kushirocoto.com/2021/06/18/kushiroshinsho/  
 たいへん、光栄なこととうけとめました。
 そこで、これまでに至る「背景と現状の課題」項目を3回に分け記載してみました。
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釧路新書
創作、地域研究の1955-70年。Golden Sixtyと言えるや210619。

 いろいろと案じてくださる方がおいでになって。1955年「もはや戦後ではない」からの15年を考える。

 Ⅰ.「担い手」の開花と集積

 Ⅱ.「器」という発表のシステム=成果発表の受け皿が用意されたということ
 1)社会教育機関が『月報』を用意した。
  市立釧路図書館『読書人』
  釧路市立郷土博物館『釧路市立郷土博物館新聞』
  催事のお知らせにとどめず、『地域百科辞典』の意味をもたせた。

 2)文学団体が同人誌を一斉に刊行した。もちろん、有料頒布。
  文学 『北海文学』
  散文 『辛夷』『新墾』『釧路歌人会誌』
  企業 『北匠』(市役所)

 3)メディアが発表の機会を装置として提示。
  PG放送合唱団、PG放送劇団
  『北海道新聞』『釧路新聞』で須磨義、曽根樫次、吉田八天象氏ら。
  『東北海道』

 Ⅲ.「紙」の町にふさわしい「本のマチ」
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創作、地域研究の1955-70年。Golden Sixtyと言えるや210617
創作、地域研究の1955-70年。Golden Sixtyと言えるや210617。



 いろいろと案じてくださる方がおいでになって。1955年「もはや戦後ではない」からの15年を考える。

 Ⅰ.「担い手」の開花と集積
 1)「戦前・戦中の束縛・抑鬱」から解き放たれた「読まねば、書かねば」の第一世代。
  1947年2月、厚岸町の青年会が講演会を開催。「日本国憲法の奥義」に会場満杯の聴衆。
  1956年9月、太平洋炭礦(株)に企業図書館ができ、専任の図書館職員が配置されていた。
  十條製紙、釧路鉄道管理局、太平洋炭礦の職場で読書会や短歌、演劇のサークルが開設。

 2)旧制大学出身者が新制の学部教育で育てた学生が世に送り出される
  資料の不足を嘆きながらも、伝統的解釈とは別な新しい解釈が可能となった。
  農工商業専門学校教育を超える自然・人文・社会科学の研究手法が紹介された
  新制の大学、学部が地方都市でもあいつぎ設置され、研究・教育の階層が拡大。

 3)外部投資が拡大し、企業の出先勤務者が地域の文化活動に参加して質的深化を可能に。
  マスメデアが集積する成長都市。エリートを自認する階層が首都圏・道央圏で培ったノウハウを披瀝
  「誘致」がキーワードの時代、大型・近代・外来の企業が集積。
  大型・近代・外来の企業を補完する業種に多くの人材を抱え混むことができた、

 Ⅱ.「器」という発表のシステム
 Ⅲ.「紙」の町にふさわしい「本のマチ」
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消費者「<高値>と申したとしても」 沖すくい網漁家族の生活かかる
 消費者「<高値>と申したとしても」 沖すくい網漁家族の生活かかる210606



 琵琶湖・菅浦のアユ漁。沖すき網漁業の名称があるそうで。
 独特の高い舟やぐらから船長が魚群をみつける姿は、実に合理的。網を湖面にいれてアユをすくう。
 「500キログラムも水揚げがあると、思わず口元がほころぶ」と、69歳の男漁業者。

 6月6日17時05分から放送、「小さな旅」は「琵琶湖の奥に隠れ里~滋賀県・菅浦~」。
 冒頭に70歳代の女性の姿。畑で馬鈴薯を取り入れして「食べるものはミナ、自分で育てる」。
 転じて、男性漁業者が「船からアユを取り出すサマ」に、男=漁労、女性=農耕の縄文生活が念頭に。

 放送の画像は、その沖すくい網漁船の櫓上に船長が座って操船の映像。うーん、形になっている。
 思わず唸り、関心はその漁獲物の加工・流通のプロセスに。
 持ち込まれたアユは、家内で<甘辛く煮付けて>、たっぷり山椒の実に山椒の葉をそそぐ。

 漁獲―自家製加工ー販売の、なんと6次産業。
 伝統的な沖すくい網漁業者。高度経済成長期までは「何軒もあった」と。
 しかし、今は紹介の経営者が一軒、と。多くの人を支えきれなかった、資源。
 
 そうなのか。
 資源量も、水揚げ量もかわらないが、取引価格の低迷。というよりも「安値が求められ」では、ないのか。
 絵になる装備の漁船。その華麗な姿の背景に、消費者の「琵琶湖のアユだけ、特別扱いできん」。そうではないか。」

 消費者「<高値>と申したとしても」 沖すくい網漁家族の生活かかる210606
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非常の国用&国民の不虞の予備 正名『未定稿』の「緒言」
「第四 非常の国用(内乱)」「第五 非常の国用(外患)」



『興業意見 未定稿』の「緒言」に見る、前説部分。冒頭から実に鋭い指摘。

「第四 非常の国用(内乱)」では。
 「曩に西南の約四千万円を使用し、為に財政の困難を生じ」、
 「余毒の延(ひい)て今年に及び猶数年後に渉らんとす」(43p)

「第五 非常の国用(外患)」の項目。
 「若し海外に事あるに至らばその費用幾許ぞや」「西南の役の比に止まらんや」
 「軍費を内国に募り、若しくは外国に募らざるべからず」「一国の体面を具ふるものの財力、豈に此の如く脆弱にして可ならんや」(44-45p)

 非常の国用&国民の不虞の予備 正名『未定稿』の「緒言」

全国府県調査で明確になった、国力の不足。4-6は国内の、海外の、そして国民の「不虞の予備」(46p)で「政府の恥辱」と記載する。
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 思想政治下で育った経済的安定=55年体制の考察 大嶽秀夫著『高度成長期の政治学』991209。
 升味準之介著「利益政治による自民党支配」で、「五五年体制」体制が成立した背景は、
 1)農業団体の支持政党が産業上の変化のもと、利益誘導型政治で安定政治を勝ち取る。
 2)官庁を媒介とした利権配分などにより地盤を培養。
 3)イデオロギー対立の背後で着々とすすんだ利益政治の成長が顕在化するなかで、「五五年体制」は達成された。



 「一九五五年の(政治)体制」、またの名称を「五五年体制」としたのは、升味準之介とする。『思想』 1964年6月号に掲載「一九五五年の政治体制」から「流布した」、升味による「造語」である、と。

 然らば、「五五年体制」とはなんであったか。
 4)講和条約、占領政策、太平洋戦争など事件と人間の所産が現在を構成するも、それらを呑み込む「巨大な政治ダム」たるの器。
 5)保守党による安定的な一大支配体制。
 6)鳩山・岸のイデオロギーを軸とする政治の影で、すでに始まっていた高度成長、経済的安定の反映

 1955―68年において産業化、都市化したにもかかわらず、社会党支持率は減少するも、自民党にハッキリした増減なしの意味。それは利益誘導で、地盤培養。
 (大嶽秀夫著『高度成長期の政治学』 東京大学出版会 1999年)所収。

 思想政治下で育った経済的安定=55年体制の考察 大嶽秀夫著『高度成長期の政治学』991209。
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塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。
塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。

寛政期のロシア、嘉永4年と海防が強化されていくなかで、
 幕府は塩硝を継続的に大量確保するために、関東各地で生産される塩硝を請負人を通じて買い上げる制度を設けた。

享保年間から、塩硝は武州秩父産と上州産のものであった。19p。
 ところが18世紀末から19世紀初頭にかけて、これまで塩硝の生産地でなかった地域からも塩硝の出荷願いが出されてくる(20p)。

 中西崇著「近世の塩硝生産と火薬製造」(『史観 154冊』)。
 中西崇「近世の塩硝 ・​硫黄生産と火薬製造」。

 「富山県五箇山は、現在、世界遺産の合掌造り集落として有名ですが、江戸時代には、日本最大の塩硝(焰硝)の産地でした。 火縄銃で使う黒色火薬は、硝石75​%、木炭15%、硫黄10%を混ぜて作りました。しかし戦国時代 ... 江戸幕府の目の届かないこの場所で「塩硝」づくりを行い、「塩」と偽り、山道の秘密のルートを通って加賀藩に収められ、金沢で黒色火薬が製造されたと言われています」
https://go-centraljapan.jp/route/samurai/spots/detail.html?id=127 


硝、塩硝とも表記されるが、これらの呼称は、硝石と硫黄に炭の粉末を混合することにより黒色火薬を. 製造できることに由来
鉄砲伝来からほどなく、日本でも硝石を古い土から抽出する方法によって生産がおこなわれ、自給される. ようになり、
日本近世の焔硝生産法. 嘉永七年(一八五四)の佐藤信淵『硝石製造弁作焔硝製造方』によると。
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塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。
塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。

寛政期のロシア、嘉永4年と海防が強化されていくなかで、
 幕府は塩硝を継続的に大量確保するために、関東各地で生産される塩硝を請負人を通じて買い上げる制度を設けた。

享保年間から、塩硝は武州秩父産と上州産のものであった。19p。
 ところが18世紀末から19世紀初頭にかけて、これまで塩硝の生産地でなかった地域からも塩硝の出荷願いが出されてくる(20p)。

 中西崇著「近世の塩硝生産と火薬製造」(『史観 154冊』)。
 中西崇「近世の塩硝 ・​硫黄生産と火薬製造」。

 「富山県五箇山は、現在、世界遺産の合掌造り集落として有名ですが、江戸時代には、日本最大の塩硝(焰硝)の産地でした。 火縄銃で使う黒色火薬は、硝石75​%、木炭15%、硫黄10%を混ぜて作りました。しかし戦国時代 ... 江戸幕府の目の届かないこの場所で「塩硝」づくりを行い、「塩」と偽り、山道の秘密のルートを通って加賀藩に収められ、金沢で黒色火薬が製造されたと言われています」
https://go-centraljapan.jp/route/samurai/spots/detail.html?id=127 


硝、塩硝とも表記されるが、これらの呼称は、硝石と硫黄に炭の粉末を混合することにより黒色火薬を. 製造できることに由来
鉄砲伝来からほどなく、日本でも硝石を古い土から抽出する方法によって生産がおこなわれ、自給される. ようになり、
日本近世の焔硝生産法. 嘉永七年(一八五四)の佐藤信淵『硝石製造弁作焔硝製造方』によると。
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塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。
塩硝・木炭・硫黄 江戸時代の火薬。

寛政期のロシア、嘉永4年と海防が強化されていくなかで、
 幕府は塩硝を継続的に大量確保するために、関東各地で生産される塩硝を請負人を通じて買い上げる制度を設けた。

享保年間から、塩硝は武州秩父産と上州産のものであった。19p。
 ところが18世紀末から19世紀初頭にかけて、これまで塩硝の生産地でなかった地域からも塩硝の出荷願いが出されてくる(20p)。

 中西崇著「近世の塩硝生産と火薬製造」(『史観 154冊』)。
 中西崇「近世の塩硝 ・​硫黄生産と火薬製造」。

 「富山県五箇山は、現在、世界遺産の合掌造り集落として有名ですが、江戸時代には、日本最大の塩硝(焰硝)の産地でした。 火縄銃で使う黒色火薬は、硝石75​%、木炭15%、硫黄10%を混ぜて作りました。しかし戦国時代 ... 江戸幕府の目の届かないこの場所で「塩硝」づくりを行い、「塩」と偽り、山道の秘密のルートを通って加賀藩に収められ、金沢で黒色火薬が製造されたと言われています」
https://go-centraljapan.jp/route/samurai/spots/detail.html?id=127 


硝、塩硝とも表記されるが、これらの呼称は、硝石と硫黄に炭の粉末を混合することにより黒色火薬を. 製造できることに由来
鉄砲伝来からほどなく、日本でも硝石を古い土から抽出する方法によって生産がおこなわれ、自給される. ようになり、
日本近世の焔硝生産法. 嘉永七年(一八五四)の佐藤信淵『硝石製造弁作焔硝製造方』によると。
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デバイス
「デバイスの問題が・・・・」 突然のことです210601,
4月16日に導入のノート型パソコンに、いきなり驚くような表示が画面に。



 「デバイスの問題が発生したため再起動する必要があります」。
 「エラー情報を収集しています」。「自動的に再起動します」。「完了100%」。

 しかし、再起動しないのです。
 「停止コード Page Fault in Nonpaged Area」。ここで機器は、微動だにしなくなりました。
 どうしたら、よいのでしょうか。当惑、しましたですよ。

 ラインで調べてみました。
 「ノート型は、まずバッテリーをはずす」。そう記載がありますよ。でも、新品の機材の裏蓋をあけて、遮二無二、取り出しますかー。
 タスクマネージャーを起動しようと考え「Ctr+Alt+Dlet key」も同時に押してみましたが、動きません。30分放置しましたよ。
 そこで思案。「完了100%」なのに再起動しないのは、フリーズしたのだ。そこで強制終了の措置をとりまして。
 二昼夜、パソコンを寝かせておきました、ですよ。その後は、再度、電源を入れ、「復旧のシステム」が稼働して、事なきを得ました、が。
 作りかけのデータは、そのまま、生きていましたけれども。

 「デバイスの問題」には、「ウイルスソフトの期限延長期間が迫っている」との記載も。
 購入時には、「ウイルスソフト 3ヶ月間無料試用」が装填されていました。
 さっそく、自身の別なパソコンで契約しているウイルスソフトで、契約を更新しましたが。使用後90日有効中、まだ45日目の出来事でした。

 要因は、なんでしょう。
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「第六 不虞の予備」 『興業意見未定稿』(抄)
 「第六 不虞の予備」 『興業意見未定稿』(抄)



 「地域と資料」。そうした講座で、話をさせていただくことに。
 8コマの話題提供に前田正名という人物の紹介を、積み重ねている。
 第5話の6月9日は、添付の画像を紹介したうえで、

以下は、農商務省という役所がまとめた、調査報告書。
4-6度の各府県に対する照会を重ねたうえで、当時の庶民の「生活」を小括。
なかに、国民の生活を以下のように、描きだした。以下は「未定稿」と題する原案部分。

「(略)人生には不虞の天災あり。水火疾病死亡の如きは即ち命数にして避く可らず」。
「若し火災に逢ふて路頭に彷徨し、病に臥して医薬を求むる能わずに至れり」
「死者あれども埋葬の手当も無きが如きは、人たるの大恥辱なり」
「国に此の如き人民多きは政府の恥辱なり」。
「宜しく上下に勉強して此等の社会を減少すること図らざるも可らず」


「第六 不虞の予備』 『興業意見未定稿』(抄)
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「掘り割りのマチー佐賀市-」 「よみがえる新日本紀行」nhk4K2100607
 城下維持の掘り割り 護持に汗する市民=高度経済成長期。



 「(往時は)幾重にも外堀を巡らし」「攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組み」。
そう説明のある佐賀城下。

 「江戸時代には、城下と城内に掘割が縦横に張り巡らされ、生活用水に使用」
 「城下には豊前小倉から長崎まで続く長崎街道が通り、宿場町としても栄えた」。

 気がつかないで二度、佐賀の市内を歩いたことが。延べ6日間、滞在した記憶。
 1974年放送という「新日本紀行」。戦後、しばらく放置していたその水路を清掃する市民が増えている。
 
 長崎街道も、松原神社も紹介された。そう受け止めながら、かつての米生産地。「佐賀段階」と呼ばれた、鍋島家の施策を興味深く視聴。

「掘り割りのマチー佐賀市-」 「よみがえる新日本紀行」nhk4K2100607

 (番組案内)
 「鍋島藩時代の掘り割りが多く残る佐賀市を訪ねた」。
 「生活用水としても重要な役割を担っていた掘り割りの水」
 「時代が進み、生活用水としての役割は終えたが」、
 「いまも市内の治水のかなめとして、生活に潤いを与えるものとして暮らしに溶け込み、市民は親しみを込めてクリークと呼んでいる」。
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野仏56体-23年、祈りのこけし4000体 水俣の祈り、今210606 nhkETV
 野仏56体-23年、祈りのこけし4000体 水俣の祈り、今210606 nhkETV.



熊本県水俣市。
 かつて、汚泥ヘドロの海となった「水俣公害の原点」に設けられたエコパーク、
 そこに叔父が石に刻んだ「野仏56体-25年」。4歳年下の甥が「<実生の森>で削る<祈りのこけし? 4000本」。

 1954年。
 痙攣のとまらぬネコの症状が、父親にも発症。水俣公害の人的被災。
 「父が飲もうとする味噌汁、痙攣で飲めずに椀からこぼれる」。
 自身の毛髪からはヒトの20倍の有機水銀が含まれている検査結果を申請しても、水俣病患者に認定されることはなく10年。

 近世の真宗禁制、近代の有機水銀放出、現代の水俣公害。
 父の葬儀にみえる、「阿弥陀如来方便像」と「住職の七条袈裟」が、悲惨を生き抜いた証で重なる。

 石の野仏はエコパークの「意味」を体現するオブジェクト。
 実生の森の樹木を削る<祈りのこけし>は、国際機関、政府要人、市民運動の参加者に配布と。

 熊本県政担った女性知事。
 「私の責任で認定させていただく」「長い間にわたり苦しめ、本当に申し訳ない」。車椅子で面談にのぞみ、苦衷吐露。
 
 210606 nhkETV  「こころの時代」。本でみていたエコパーク。映像で「今」をはじめて眺める。
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精霊との相談=バオバブ in マダガスカル国 巨樹は語る。
 精霊との相談=バオバブ in マダガスカル国 巨樹は語る。



 マダガスカル国ではバオバブの巨樹を指さしながら。
 「住民の健康」を願う。
 「結婚式の日取り」も占う。
 「生活圏間の紛争」を裁く。
 いずれも樹木に宿ると考えられる精霊に相談するそうで。その神秘性が民族の精神支柱。

 マダガスカルの子たちは、「カクレンボの隠れ場所に」で過ごす。

 なごとに寄らず。
 「永遠のまぼろし=神とも魔性をハラムとも」。

 BSプレミアムでBSCafe 2005年の放送番組の採録。
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