2020年08月の記事


緑ケ岡通 「青緑の候野外に花を摘み蝶を追いたる光景」の象徴200821
 緑ケ岡通 「青緑の候野外に花を摘み蝶を追いたる光景」の象徴。



 元別保原野の「別保原野東六号線」。北の「貝塚通」と南の「旭橋通」をむすぶ路線。延長1410メートルの道のり。

 道の西筋に
 釧路市消防本部緑ケ岡派出所。インマヌエル綜合伝道団釧路教会は全国に113ある教会の一。
 学校法人緑ケ岡学園。緑ケ岡貝塚ふれあいセンター。貝塚公園が配置されている。

 道の東側
 緑ケ岡公園が平成□年6月に供用開始。旧酒井純明牧場跡。
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堀田仁助と蝦夷地200820
 堀田仁助(ほった・にんすけ)と蝦夷地。

 さまざまあるが、『休明後期きゅうめいこうき』にある一節は、『新撰 北海道史 資料編第5巻』に掲載。



 『休明光記』(巻一)には、前掲書337ページの上段から下にかけての一ページ
 『休明光記附録』記載部分は同書573ページ上段から574ページ下段に。

 「蝦夷地御用沖乗天文方堀田仁助差出候儀ニ付上申書」なる一通が収録されている。

 (堀田仁助)「1747-1829 江戸時代中期-後期の暦算家」と。
  石見(いわみ)国津和野家家臣にして、藩士。天明3年幕府天文方属員。
  高橋至時(よしとき)の寛政暦の作成に参加
  寛政11年蝦夷(えぞ)地の測量におもむき,地図作成につくす。

  末行の部分で、『休明光記』記載と重なるや。
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「暗やみの光」 東の釧路を舞台に啄木・甲治・省三・紫乃200818
若き日、啄木は思った。

釧路駅についたら、新聞社のヒトが無あけに来ている。今夜は佐藤理事宅に泊めてもらうのだ。



 しかし、釧路駅について第一歩。思ったこと は・・・・・・・・。

 「さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」

 園辺甲治さんの回想
 帯広・池田を過ぎて暫くの間、夏の暗やみの時間がすぎた。

 ある時突然、(釧路のマチの)光まばゆい輝きをみて、思わず口をついて言葉が出た。“こんな大きなマチがあったのだ”。

 『北海文学』。
 園辺甲治さんは、主宰者・鳥居省三さんの後継者。もっとも、鳥居先輩が園辺後輩の野辺送りを申すのであるも。

 その二人について、以下の記載がアップされている(200918 am6:35)
 https://www.city.kushiro.lg.jp/kyouiku/shougaigakushuu/shogai/page00001.html 

「(桜木紫乃さんが)1998年6月、幣舞公園で行われた挽歌碑建立式に出向き、鳥居省三氏に挨拶をする」

「その後、鳥居氏から『小説を書いてみてはどうか』と誘われる」。

「50枚の原稿を書き、早速見せたところ『新しい才能を見つけた』と言われたという」。

「鳥居氏主宰の北海文学の同人となり、桜木紫乃のペンネームで小説を執筆」。

「『北海文学』編集人の園辺甲治さんから『社会的な作品を書くと強い』と助言をもらい、鳥居氏の奨めもあり、オール讀物新人賞に応募」。
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季節によって愉しみ方違う!! 厳冬の海、極寒の山・利尻島「ニッポン島・旅」nhk4K
 季節によって愉しみ方違う!! 厳冬の海、極寒の山・利尻島「ニッポン島・旅」nhk4K。

 俳優の青木崇高が訪ねる。上陸を前に海洋から利尻富士を眺望。
 「訪問者の心構えが、グッと出来てきた」。リ・モシリ=高い・山と紹介。地名の由来。



 番屋風の居酒屋で、地元の案内人と「お近づきの一杯」。利尻昆布が大枚二枚、「焼き昆布」と称して、バイリバリ。
 「一次産業だからよー、自然相手なので深刻になりすぎてもショウガナイ」。「上手につきあっていく」は、札幌・東京で学び、Uターンしたナマコ採取漁業者。

 1)あけて「ペシ岬」。島の北東部先端で、集落を一望できる。
 2)次は、厳寒の日本海に出て、ナマコ漁業におつきあい。

   箱メガネ、採取カギ、舟をあやつっての操業。「ナマコはさ、擬態になっているから、発見しにくい」。

   「漁獲中は楽しい」「なにより没頭している」「陸では仲が良いが、沖へ行けばライバル」
   「(猟は)生活に直結」「仕事しているという義務感がないからツカレない」「道具をつかって格闘してるような感じ」

   ナマコを獲って、漁協で買い取ってもらう。重量130グラム以下のナマコは買い取らない=資源保護のため。この日は29キログラムで81900円とか(不正確ながら)。

 3)年間1000人をガイドするというプロガイド=10年が登場。冬の利尻岳に案内。
   と言ってもスキーツアー。
   利尻岳のフモト=ポレヤマ=440メートルHまで、雪上車がスキーを牽引して案内。

   ガイドさんは申す。
   「(利尻は)山もあり、海もあり、季節によって楽しみ方が違う。「(自身が一度)外に出てみたから、地元のヒトが気のつかない<イイなー>とわかった点」。Uターンの経験ならではの、ウンチクのある一言。

 4)利尻岳の斜面でスキー。出演者は。
   「すいこまれる」「気持ちいい」「たまらない」と絶叫。「利尻に包まれた気分」と大感激。

 5)むすびは再び、ペシ岬。
   「(利尻は)森あり、雪有り、傾斜あり」。「相対的に眺めてみることで、(利尻の)本質が見えてくる」
   「(U,I,Jターンの青年が、利尻に対して)一度、利尻と距離をおくことで、利尻の本質に近づける」、と。

 (以下、番組案内)
 「日本最北の町・稚内から船で1時間40分」。
 「最初の出会いは若き漁師たち」。「札幌のUターン、稚内からのIターンなど、島外から利尻に魅せられてやってきた者ばかりだ」
 「北風と雪の中、ナマコ漁に船を出す生きがいとは?」
 「次の出会いは、34歳で利尻に戻った自然ガイドの渡邊さん」
 「『冬の利尻』の魅力は自然の美しさだ。利尻富士から日本海まで一面の銀世界が生み出す絶景をスキーで満喫」。
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安全輸送、安心運転のシンボルのはず踏切
 安全輸送、安心運転のシンボルのはず踏切。

 しかし「守ってくれている存在」よりも、「通行の妨げ」の思い強きは、人類のおごりなりや。



 ニアミスもリアル。
 道路利用者の安全を促進するためにある「踏切」。
 踏切を「新名所」つくりの先駆けとするキャッチコピーは、なにか。

 <柱にふれる一瞬>
 「散歩の折り返し点も良く」
 「初詣の参拝報告によし」
 「訪問者も海のかなたに母国、母郷の安泰を願うはなお幸い」。
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天竜寺ー野宮神社ー大河内山荘ー二尊院 嵯峨野の景観200813
 竹林の道(ちくりんのみち)
 「大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道」。確かにそのとおり。
 「京都嵐山の代表的な観光名所のひとつ」「(天竜寺)北門から出て、野宮神社や大河内山荘に向かって竹林の道を歩かれるのがお勧め」



 【所在地】はと申すと「京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町」。なるほどね。天竜寺ー野宮神社ー大河内山荘、そして二尊院、念仏寺と回遊ルート。

 訪問は2003年正月朔日。そのときの写真がみあたらない。渡月橋ー竹林ー二尊院ー念仏寺と経由したものであるが。

 竹林の情緒、二尊院・法然門下の『門侶交名牒』、化野・念仏寺の地蔵尊。

天竜寺ー野宮神社ー大河内山荘ー二尊院 嵯峨野の景観200813

 大河内山荘

 二尊院    京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27

 念仏寺 
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鴨川・琵琶湖疎水合流点の隣接地 「京都:岡崎の疎水~美術館周辺」200811
 鴨川・琵琶湖疎水合流点の隣接地 「京都:岡崎の疎水~美術館周辺」200811。



 「岡崎散歩マップ」を分析してみました。
 『婦人の友』2020年8月号が、「この夏だからしてみたい7のこと」特集の中の一プログラムです。

 ネットで「京都市」の地図を開きながら、位置づけを試みました。

 対 象 (西)神宮丸太町駅-東大路通-「丸太町通」-白川通
(東)へ至る東西1.8km=徒歩22分。

(北)聖護院山王町-疎水-西海子町

(南)に至る「岡崎通り」を904m=徒歩11分の範囲。

 軸   「琵琶湖疎水」に沿った地域。

 核    鴨川&琵琶湖疎水合流点

 領 域  (A)平安神宮&岡崎公園(西)

  (B)府立図書館&京都市動物園(東)

  (C) 無鄰むりん菴&Rest施設群=雑貨屋・Café・グリル・天とじうどん(南)

 隣接地 (D)鴨川・疎水合流点、北上し「出町柳」に至る(西)、

  (E)京都大学&金戒光明寺=桜・紅葉の名所(北)

  (F)南禅寺、金地院、蹴上(疎水施設)(東)

  (G)知恩院、八坂神社(南)

 特 質 一帯は「(疎水には)鴨が泳いでいたり」、「(公園で)ベンチに休憩していたり」、「春には一帯に桜が咲き、季節を愛でることができます」とする。





 楠木雪野著「描いてみよう 散歩マップ」(17-21p)

 このプログラム以外の6つのプログラム。
 「自然の恵みを味わう」「家族の“使いやすい”がつづく引き出しを」「豆腐のスイーツ」
 「『マインドフルネス』で元気に」「熱中症予防と夏のマスク」「わたしの“小さな”計画」。
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「会社を存続させる意味はなに?」 目撃ニッポン200809
 「多額の債権、背負ってまで会社を存続させる意味はなにか」。社長は金融機関に重い足をはこびながら、自問する。



 社員の4割以上、33人を回顧。
 労をねぎらおうとセットした食事の会のなかで、社員から「これからの会社はどうなるか」と問い詰められ、苦悩する社長。
 その後に思うことは、「会社を存続させる意味はなに?」。

 外国人観光客に依存。コロナ感染症発生で、キャンセルがあいつぐ。
 2月 低給料のドライバー。生まれたばかりの女児の世話をしながら、自分の未来、娘の将来を案じる35歳。
 観光以外の新しい営業の形態、業務拡大を模索する。
 5000万円の融資を得るも、30日分のランニングコスト。

 3月 中国の観光旅行者、あいつぎキャンセル。

 4月 ガイド出身ながら観光の可能性に魅せられてドライバーに転じた女性ドライバー。
    貨物運送のドライバーに臨時アルバイト先を求めて、転身。バスとトラックの<勝手違い>に大いに悩む。
 のちには検温児童記録装置の販売を手がけつつ、「これまでに比べて、取扱額は小規模」。

 経営は金融機関詣。訪問先にはツレない機関も散見、雇用調整補助金は申請後、2ヶ月。

 その先には社員の解雇を、ツライ決断の上に。沖縄の営業所長は辞職し、長崎の実家に戻って再就職の決意。「自分だけ残るわけにはゆかぬ」。

  
 客層を海外から、日本人旅行客にシフト変更。
 定員半分以下の乗車率ながら、観光バス出発便の運転手に笑顔がうかぶ。

 Go Toキャンペーン。
 開始かと見守るなかに「東京地域除外の報」。思わず席をたって、テレビに近づく会社幹部。

 この会社「クローズアップ現代+1」でも取り上げられたようで。掲示の社告がネットページに。

 再起のカギ。決定打は報じられていないが、いくつかのカギ。
 1)外国人観光客依存を見直す、2)業務範囲の拡充深化、3)社員あげての開発力、モノ創造力。

 金融機関の冷酷さも表面化していたが。(200809 nhkG 「目撃!にっぽん」200809 6:10~6:45)。
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変わり目に出現 分離・過度・統合 移行期の不安=境界理論200806
変わり目に出現 分離・過度・統合 移行期の不安=境界理論200806



夕方のテレビで荒俣 宏氏。
「妖怪はいつ、来るか」。「それは年の変わり目」、と。<正月><ハローウィン><クリスマス>。

 節分&立春 節分は冬の終わりで、立春は春の始まり。そこに鬼が出現。

 ハローウィン。この習慣について良くは理解をしていないが。

 クリスマス。一年の終りと始まりでサンタクロースがやってくる。プレゼントを届けてくれる。

 鬼もサンタも、境界に出現。厄介な者にして、悪いことするばかりの存在を<妖怪>と形に示す。

 妖怪。
 それは来るときは大歓迎。サンタをマチ、福を待つではないか。

 しかし、イザやってきてみるとよいことばかりではない。だから、早く帰ってもらう。

 帰り際には<なるべく沢山、お土産を置いていってもらう>。サンタがその典型。


 「たくさんお土産を置いて行って」。福はウチ、鬼は外。妖怪は足早に、立ち去る。

 (「大江戸もののけ物語」 nhkBS3終了時の一コマであった、か。 200806)
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​​佐々木搾乳所跡 「巡見 旧サルシナイ川水系ー1-」200914
​​佐々木搾乳所跡 「巡見 旧サルシナイ川水系ー1-」200914



 1)旧サルシナイ川源流部
 2)緑ケ岡ゴルフ場
 3)別保原野東六号線=190826
 4)佐々木搾乳所跡
 5)緑ケ岡学園
 6)桜ー紅葉ー名月
 7)甲子園をワカせたグラウンド
 8)別保原野南線

学園台橋 「巡見 旧サルシナイ川水系ー2
-」200921

 1)南29ー28線中間道路
 2)第三の普通課程高校
 3)学園台橋=別保原野南29線=190826
 4)釧路公園計画
 5)市営グランド
 6)行幸碑
 7)市民運動会
 8)釧路川埋め立て​​
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<白い花のツツジ> 「シロバナトキワツツジ」で良いか200803
 街路樹に見かける<白い花のツツジ>。聴かれて当惑、そう言えば「なんであった、か」。



 図書館で調べてもらったところ、「これでは、ないですか?」。

 佐藤孝夫著『北海道の樹木100』((株)亜璃西=ありすしゃ社 2002年09月18日)に、「シロバナトキワツツジ」の写真。

 説明文に、
 「③変種シロバナトキワツツ:花が黄色味を帯びた白色で、秋に葉一部は黄色くなる」、と(163p)

 紹介は「エゾムラサキツツジ」の項目で説明されている。
 「エゾムラサキツツジ」は別名を「トキワゲンカイ」と、申すらしい。トキワに「常磐」「定盤」「常葉」の用字。

 総じて
 「永久不変な岩の事を指し、転じて永久不変なことを指す」
 「常磐(常葉、ときわ)とは冬でも緑色のまま不変である常緑樹のことを指す」と。

 <白い花のツツジ> 「シロバナトキワツツジ」で良いか200803。庭師の方にうかがうと、別呼称の用語があるやも知れぬが。
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日本「愚かしい戦い」、米「原爆を落とす愚挙」 合作で「日本国憲法」  
 日本「愚かしい戦い」、米「原爆を落とす愚挙」 合作で「日本国憲法」  



 「アジアの解放をと、理屈をつけて日本は愚かしい戦いをした」
 「アメリカも正義の名のもと、原爆を落とすおろかしいことをした」
 「こんな暴行はもうこれきりにしようと、日米合作で」
 「知恵を出し合いつくったのが世界平和宣言、つまり日本国憲法や」
 
 2007年7月30日、小田実の命日だそうで。相内 亮記者のコラム。

 「その中にそらんじるほど覚えている言葉がある」と、記者の前書きがある。

 小田の代表的著作『何でも見てやろう』の本人インタビューの経験が背景に、あるらしい。

 コロナ禍で往来が不自由になり旅への憧れが増していたせいもあって、『何でも見てやろう』を新鮮にして、面白かったと回顧する。

 インタビューは
 「時の政権は、専守防衛を基本とする安全保障政策を大転換させて強引にインド洋に自衛隊を派遣した」時期に行われた、と。

 時の政権は日米ともに、「愚かしい戦い」「原爆を落とす愚挙」をあえて忘れた。
 異様にも<抱き合っている>の<目も当てられぬ惨状>。そういうことではない、か。(『北海道新聞』「今日の話題」 200730夕刊)。
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参勤交代、仮住まい居住者の増加 『江戸切絵図』=用途の背景
 参勤交代、仮住まい居住者の増加 『江戸切絵図』=用途の背景。

 江戸切絵図の出版に二つの版元あり、と。「尾張屋版」に「近江屋版」。


 
 そもそも江戸切絵図の出版は宝暦5年=1755年に古文字屋次郎兵衛と美濃屋平七が出版権を得て、公刊していた、と。

 ここで紹介、尾張屋、近江屋の版は、弘化2=1846年に願い出て、いると。

 近松鴻二著「都市江戸と地図」は書く。
 「すべての藩で支出総額の五十%以上を江戸での支出が占めている」
 「参勤交代の制度は大名が江戸と国許を往復するだけでなく、江戸の人口集中と大消費地化をもたらしたことがわかっている」(151p)。

 (江戸図が多数作成・刊行されたのは)
 「江戸が活況のある政治都市、大消費都市であり」「全国から人と物資と情報が集まる都市であったからであろう」。

 大名同士の交際。
 大名自身が独り歩きするわけではない。しかし、用を言いつけられた家臣が、そもそも、江戸での初勤務。

 江戸の人口
 慶長14年=15万人、1634年=20万前後、1657年=28万5千余。この間に参勤交代の制度が始まる。
 享保にはいると江戸の人口は100万を超えた。もう、全国300余藩の大名家、その上中下の屋敷を記憶するは困難。

 使いを出すにも、図面が不可欠。そうではなかった、か。17世紀中葉。宝暦にはじまる江戸図出版。
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