2023年02月の記事


政権の論理すり替え 沖縄返還&日米密約 スクープ記者の死230225
 政権の論理すり替え 沖縄返還&日米密約 スクープ記者の死230225

 2月25日発信の「沖縄密約スクープ 元毎日新聞記者の西山太吉氏死去」(『産経新聞』)。
 記載がある。「昭和47年の沖縄返還を巡る密約をスクープし、国家公務員法違反で有罪となった元毎日新聞記者、西山太吉氏が24日、心不全のため北九州市内で死去した。91歳」

 往時を思い出した。
 毎朝、出勤途上に駅の売店で『毎日新聞』を買い求め、「沖縄密約」の内容に目を奪われた。
 事は「1971年に沖縄返還を巡る日米間の密約文書の内容」を公にしたもの。

 公共放送は江川紹子氏の談話を紹介。
 「政権の秘匿と報道の<主権者が知る権利>のせめぎ合いは、これからも続く」。
 TBS系列はサンデーモーニングで、青木理氏がコメントした。
 「(裁判で)検察が『情を通じて』っていう言葉を使ったもんだから、そっちの方がクローズアップされて」

 「結果的に『西山事件』とか『外務省機密漏えい事件』っていう名前に」。
 「本来は『密約事件』あるいは『密約隠蔽(いんぺい)事件』」と西山さんのスクープ内容が注目されるべきだった」と指摘。
 「国家のウソっていうものが問われなくちゃいけなかった本質が、ある意味で歪曲(わいきょく)とか矮小(わいしょう)化とか、本質がずれてしまった」。

 最後にさらに、一言。
 「密約事件」が「西山事件」となったことを「戦後日本のメディアの、戦後日本のジャーナリズムの蹉跌(うまくいかないこと、挫折、失敗などの意)」と表現。
 「密約とか日米関係とかっていうものが問われなくちゃいけないのが、ジャーナリズムとかメディアの問題になってしまった」。

 政権がお得意とする「論理のすり替え」。
 そこまでして、堅持する「日米関係」。あらためて、なんであるのか。
 そこは、考え続けねばならないのではないか。
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「救われるのは、キレイに洗浄してある」 資源収集と資源分別230227.
 「救われるのは、キレイに洗浄してある」 資源収集と資源分別230227.

 資源回収の指定日。プラスチックトレイ、雑紙、回収資源、古新聞の集積場に足を運んだ連れ合いが発している。
 「ヒドイもんだ、トレイ回収袋にポリ袋や商品のパッケージ等の大量のプラごみ」
 「無色・色仕上げなしの資源限定の回収袋に、色付き、模様付のトレイが混入」。

 「救われるのは洗ったトレイや袋ばかりになっていた」「以前は、洗浄・洗滌もせず汚れた資源がそのまま、突っ込まれていたが」。
 いささか、憤懣やるかたない印象であった。60戸ほどの集合住宅住まい。月曜朝は週に一度の資源回収日。
 「管理人さんにお願いして、現場に立ち会ってもらい、指導をお願いしてはどうか」「市から配布のペーパーをマスプリして戸別配布しようか」。

 地域によっては、資源ゴミ。その無分別な回収はどちらの地区でもそれなりの課題を抱えているのかも。
 掲載写真のように、出す側&受け入れる側。そこは<地域ぐるみの共同作業>でコミュニケーションをとりながら、すすめることが担保される、か。
 どうしたら、良いのか。静かに聞き流してはあるが。本欄に記載で、いささか世に<裨益 ひえき 役立つこと>することあるや。
 このページにたどりついたお方には、<無用>のことかもしらないが。
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「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」&「トンケシ to-hon-kesi 沼・の腹・の末」
 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」は、釧路市中央部に位置する旧地名である。
 昭和7年8月、現在の行政字名で細分されることになった。その現在を記載しておく。
 「宝町」「寿町」「浪花」「仲浜町」「南浜町」。釧路川と新釧路川の間に広がる、海岸線の一帯。

 明治40年前後のニシン盛漁。
 そして、昭和24,25年の「サバ・サンマブーム」で来釧した八戸漁業者が依拠した漁場と漁業権。
 その末裔は「釧路港西港区」建設で前浜の漁業権は失われ、漁業種目の転換を求められた。
 
 近代港湾の区域拡大で失われた漁業権に対する補償金額は、さまざまに転用された。
 国道38号線から「西港記念」掲示したアパートが、1970年を前後して<お目見え>した。
 漁業権を失った見返りに得た資金で建立。そうしたアパート群が出現したのである、が。

 アイヌ語に語源をもつ「トンケシ」。山田秀三氏は、二つの説を引用する。
 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」のほか、「トンケシ to-hon-kesi 沼・の腹・の末」を掲げる。いずれも知里博士の解釈によっている。
 同氏は胆振国登別市若山町、新生町の新地名で「富岸町」が「その奥の方だけの地名になっている」(『北海道の地名』 397p)。

 北海道釧路市。橋北地区と鳥取地区にまたがるJR線・釧路駅周辺には、沼沢地が点在した。
 図に示した。釧路駅西に「旧武田木材跡地」。その後は「長崎屋」、現在は「ベガスベガス」の地に沼地があった(佐藤宥紹著『街角の百年』)。
 太平洋岸に面する「トンケシ 頓化」とJR線との間には「砂丘」が発達していた。

 顧みるに、釧路駅西の沼地。
 その水脈が西にのびて、太平洋にそそぐ流れにみられる<みおうすじ 水脈>を見せた時代があった、ものか。
 記憶にとどめておきたい。
 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」は、釧路市中央部に位置する旧地名である。
 昭和7年8月、現在の行政字名で細分されることになった。その現在を記載しておく。
 「宝町」「寿町」「浪花」「仲浜町」「南浜町」。釧路川と新釧路川の間に広がる、海岸線の一帯。

 明治40年前後のニシン盛漁。
 そして、昭和24,25年の「サバ・サンマブーム」で来釧した八戸漁業者が依拠した漁場と漁業権。
 その末裔は「釧路港西港区」建設で前浜の漁業権は失われ、漁業種目の転換を求められた。
 
 近代港湾の区域拡大で失われた漁業権に対する補償金額は、さまざまに転用された。
 国道38号線から「西港記念」掲示したアパートが、1970年を前後して<お目見え>した。
 漁業権を失った見返りに得た資金で建立。そうしたアパート群が出現したのである、が。

 アイヌ語に語源をもつ「トンケシ」。山田秀三氏は、二つの説を引用する。
 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」のほか、「トンケシ to-hon-kesi 沼・の腹・の末」を掲げる。いずれも知里博士の解釈によっている。
 同氏は胆振国登別市若山町、新生町の新地名で「富岸町」が「その奥の方だけの地名になっている」(『北海道の地名』 397p)。

 北海道釧路市。橋北地区と鳥取地区にまたがるJR線・釧路駅周辺には、沼沢地が点在した。
 図に示した。釧路駅西に「旧武田木材跡地」。その後は「長崎屋」、現在は「ベガスベガス」の地に沼地があった(佐藤宥紹著『街角の百年』)。
 太平洋岸に面する「トンケシ 頓化」とJR線との間には「砂丘」が発達していた。

 顧みるに、釧路駅西の沼地。
 その水脈が西にのびて、太平洋にそそぐ流れにみられる<みおうすじ 水脈>を見せた時代があった、ものか。
 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」&「トンケシ to-hon-kesi 沼・の腹・の末」。記憶にとどめておきたい。
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漁場 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」の地に230224
 漁場 「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」の地に230224

 「夏小鰊 九百石位」「昆布五千石位」「秋味鮭 四百石位」。
 「東蝦夷地クスリ場所之図」(元冶元年 函館中央図書館蔵) に記載されている事柄だ。
 図は「場所(=漁業経営対象海域)全体の漁業出産高ばかりでなく」。
 「漁場(=漁業操業対象海域) ごとに漁業種目と漁業出産高を記録するなど、画期的」(佐藤宥紹著『釧路の近世絵図集成』 148p)。

 図に注を加えてみた。昆布産地を「黄」、鰊=「赤」で鮭は「黒」。
 釧路川東部の岩石海岸地帯には、さすがに昆布の漁場が広がっている。うなづける点だ。
 他方、釧路川の記載位置は知人 しりと 岬から、幾分、西にかたよりすぎている。

 このため釧路川の東、つまり知人岬よりにニシン漁場があることになっている。
 ニシンやサケの漁場でのちに伝えられてきた地点は、釧路川西部の砂浜海岸の一帯。
 アイヌ語の地名で「トンケシ to-um-kesi 沼・尻・の末」とされる地帯だ。

 この一帯には、二つの時期にわけ青森県八戸市からの入り稼ぎがあった。
 1)に明治40年前後、「小鰊」が爆発的に漁獲できたとき、「旋網漁業」持ち込んだ。
 2)に昭和24、25年時点で、「サバ・サンマが爆発的に獲れた時代」。前浜で漁獲して、水揚げしている。
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消費者の責任は、酷か、格差・分断の観点で  生乳需要低迷&減少する道内酪農家230215.
 乳業飼料高騰&牛乳需要低迷 やめる理由の変化、廃業酪農家が道内で増加230215
 北海道内配布の紙面。230215配布の朝刊5面には、「やめる酪農家 道内増加」の見出し。
 脇には「この1年200戸超の見通し」「理由『高齢化』から『経営難』」とも。
 別な日には「小牛1頭が1000円以下」の報道もあった。北海道内の酪農家、今も、昔も<苦悶 くもん>している。

 「毎年2月1日現在で生乳を出荷する酪農家の戸数をまとめる道の統計」。
 「2022年の離脱は152戸だったが、23年は200戸を超える見通しという」。
 記事は、淡々と筆を起こす。

 「円安やロシアのウクライナ侵攻などで輸入飼料や電気代、その他の資材も高騰」
 「乳価は昨年11月から飲用向けで1キロ当たり10円と上がり、4月からは加工向けも同額の上昇が決定済みだが」と続ける。
 「生乳の生産抑制で搾りたくても搾れず、赤字の酪農家が増えている」。

 飲用向けと加工乳向け。実は買い取り価格に、格差があるのだ。ワケは本州で経営する搾乳農家保護のため。
 なんでも、本州は自力で起業しているが、北海道は多額の政府資金が投入されているから。そのように見聞したことがある。
 市販のバターやチーズ。メーカー品のそれらは、これまでとパッケージの規格は徐々に小型化しているも、内容物とのスキ間は<大きく拡大>。

 消費者の乳製品離れはすすんでいるのでは、ないか。
 チーズなどより高価な<地域ブランド>に志向が移っているようにも見えるが、そこは全体的に家計消費の可処分所得減少。
 そうではない、か。「食品は造るモノ」から「買って食べる」に徐々に転じているようにも見える。

 「生乳の需要低迷」。<消費者の責任>というには、酷。格差・分断の観点で、考えるべき論点ではないのか。
 消費者の責任は、酷か、格差・分断の観点で  生乳需要低迷&減少する道内酪農家230215.
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<資源豊富・未解明・物語創造力> 「釧路の街の魅力」を<ガイドの魅力等を紹介の観光講座>で230218
<資源豊富・未解明・物語創造力> 「釧路の街の魅力」を<ガイドの魅力等を紹介の観光講座>で230218

「どこへ行くと良いの?」「なにがオススメ?」。
 来訪者からのお尋ねに、「サー?」。
 「なんにも、ないとこですよー」。そう応える方が少なくなかったそうで。

 加えてもう一言。
 「こんなところに来るなんて」「あんた、変人ではないの」と、<語るに落ちた」こともあったそうで。
 「観光客をあたたかく、もてなす運動」。幟がつくられて、街なかや駅頭にはためいた時代があった。
 1970年代の初頭のことであった。克服したい。

 今は、釧路観光ガイドの会(木村浩章 会長)が委託をうけて、講座が開かれる。
 「日本で最も広い釧路湿原の魅力、街並と施設の歴史、観光ガイドらの魅力等を紹介する観光講座」。
 2月17日から19日まで開催される。

 2月18日 午前10時―午前11時。
 城山モシリヤ学コミッション調査役 佐藤宥紹氏が担当する。
 題名は「釧路の街の魅力」、趣旨にそえば「並と施設の歴史」を、分担することに。

 話の主題は3点。
 1)「八方に美人」、
 2)「美の意味語らぬ潜在能力」、
 3)「自前でモノ創る、マチたるの可能性」
 重要な点は、示した魅力を構成する「意味と世界」。そこは<聴いてみての、お楽しみ>に。
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エコミュージアム「米屋佐野家と北陸の人脈」構成要素230215
ふるさと 歴史の散歩道 釧路市
ふるさとふれあいの街並み整備プロジェクト

エコミュージアム ふるさとの散歩道
1 米町ふるさと館
2 米町公園
3 釧路壱の宮厳島神社
4 法華寺
5 大成寺
6 釧路埼灯台
7 慧日山定光寺
8 西端寺
9 たんぽぽ公園
10 弁天ヶ浜踏切跡
11 明王山高野山
12 旧釧路臨港鉄道米町駅跡(米町交流ぷらざ)
13 やよい公園
14 聞名寺
15 真如山本行寺
16 釧路英和女学校跡(日本聖公会釧路教会)
17 茅野満明邸跡
18 中西六太郎邸跡(六園荘)
19 しゃも寅井戸
20 啄木来釧第一夜(佐藤國司邸跡)
21 張江豊作邸跡
22 佐野碑園
23 石川啄木離釧の地
24 米屋佐野家倉庫群跡
25 共楽座跡

エコミュージアム「米屋佐野家と北陸の人脈」構成要素230215
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地域にエコミュージアム 「ふるさとの散歩道」域内の「形」に「意味」可視化を230212
エコミュージアム「米屋佐野家と北陸の人脈」創出事業

(What)
1.エコミュージアム「米屋佐野家と北陸の人脈」と空間支援システム創出
 ※エコミュージアム Ecomuseum 「地域および地域の有形無形の固有資源(自然・文化・  歴史・生活など)を博物館に見立てていう語。フランスの博物館学者ジョルジュ=アンリ=リビエー  ル(Georges Henri Riviere)が提唱」の概念」
(Where)
 2.「ふるさとの散歩道」街路網、及びその関係地域(水平面)
 3.米町ふるさと館 綜合案内(立体面))
 4.「ふるさとの散歩道」街路網内の施設、記念碑、道路標柱
 5.米町交流プラザロビー 「釧路市指定文化財 佐野家文書」パネル展示
 6.真如山本行寺本堂(弥生二丁目11番) 
         「国登録文化財(候補) 越後・名匠 田島與一郎作品」
7.佐野碑園ほか
(When)
 8.自 令和5年10月6日(セレモニー)
   至 令和5年10月16日午後1時(田島作品機能終了時点)
(紅葉最盛のⅠ=10月7-9日、Ⅱ=10月14―16日両期にガイド案内等の催事)

地域にエコミュージアム 「ふるさとの散歩道」域内の「形」に「意味」可視化を230212
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米屋佐野家と北陸の人脈 風化のなかでにト・モノ・情報の交流再構築の新時代230212.
 1)両地域相互のビジネス再生
   =風化する<母なる国&母郷>とのヒト・モノ・情報ネットワーク。
2)地域愛、地域創造のエネルギーを引き出す
   =新潟・富山・石川(北陸の人脈)が示した知恵・経験・技術への思い入れを資源に地域創造に結節。
3)地域資源資源の可視化
=国内外から来釧する訪問客に応える<受け皿>を再構築。

 新潟県長岡市寺泊町に拠点を置いた、商家の出先が投資を重ねて築いた生業・文教・街路・精神文化を軸にした<地域で付加価値を創出>した事業対象領域。
 釧路川左岸に発展した釧路港東港区の一角に「釧路港原港区」とする領域がある。
 「釧路港原港区」は「啄木離釧の地」から東方へ「釧路シーサイドホテル跡」までの領域をあてる。

 「米町通」「波止場通」「南大通」の街路。「釧路壱の宮厳島神社」を核に寺院と祠、キリスト教会に象徴される精神文化。
 「米町公園」「佐野碑園」「武富私堂」「弥生公園」「たんぽぽ公園」などの公共空間。
 「米町ふるさと館」「米町交流ぷらざ」「釧路埼灯台」らの市民交流施設。

 いずれも野外博物館=野外博物館(やがいはくぶつかん、Open Air Museum).
それは「従来の博物館が,建物の内部に展示物を置き来館者に見せるのに対し,建造物の全部または一部を,そのまま移して展示」
 かく、定義される。「建築物の集合体や、展示物が屋内ではなく、屋外にあり、見たり触ったりで体験して学んでもらうことに主眼を置いた博物館」とも。 
 
 米屋佐野家と北陸の人脈 風化のなかでにト・モノ・情報の交流再構築の新時代230212.
 エコミュージアム=生活環境博物館。
 「地域および地域の有形無形の固有資源(自然・文化・歴史・生活など)を博物館に見立てていう語。フランスの博物館学者ジョルジュ=アンリ=リビエール(Georges Henri Riviere)が提唱」の概念もある。
 2018年12月。佐賀市を訪問。ながくお付き合いくださっているお方からお招き、「肥前さが明治維新博覧会」の場に立ち、「肥前・鍋島の知恵」と体感した。
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「貴重な動植物の宝庫を永遠に」 湿地・自然河川・地域発展の核=「岩保木水門」1933年
 今日、釧路川は「道東発展の“みなもと”として重要な役割」と性格づけられている。
 その流域を五ブロックに区画し、それぞれにテーマを設けている。

  (A)屈斜路ブロック:「森と湖に囲まれたやすらぎ水平空間」。
  (B)上流ブロック:「原始河川の息吹を伝える水平空間」。
  (C)中流ブロック:「水と緑にふれあうさわやかな水辺空間」。
  (D)湿原ブロック:「貴重な動植物の宝庫を永遠に」。
  (E)釧路ブロック:「市民がいこう、活力あふれる水辺空間」。

  そこには
 1)「湖沼・湿原の自然を次世代に」、
 2)「地域発展の核となる水辺空間」,
 3)「清流のおりなす自然にふれる水辺空間」の理念が、3点にまとめられて具体化されている.

 平成2年、1990年2月のことながら、釧路開発建設部は釧路川の環境管理基本計画が策定された。
 正式には「釧路川水系河川の環境管理基本計画及び同空間管理計画」と呼ばれる。この計画。
 「タンチョウ舞う大湿原、ロマンただよう霧の川~釧路川~」を基本理念としている。

 我が国が高度成長の時代を終え、バブルがはじける前後。「減速経済」と申すか、「成熟社会への移行」と言うべきや。
 異常気象や気候変動に立ち向かう、入り口にあった。
 ここに釧路川治水は流路・築堤・洪水防止の大型事業から転換した。そう区分できるのではないか。

 管理計画に自然保護、さらには市民をして水辺にいざなう「親水」理念が提案されている。
 「親水」理念とは、「ワイズ・ユース 賢明な利用」。
 そのもう一つの機能として景観、エコロジー、レクレーションなど気候調節や心理的存在などをみすえた計画となっている。

 釧路湿原を国際的に保護する理念を具体化した計画。そう申しても、良いのであろう。
 「貴重な動植物の宝庫を永遠に」 湿地・自然河川・地域発展の核=「岩保木水門」1933年
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「キレイに撮って 声が聞こえてくるんだ」 ニッポンぶらり鉄道旅「“山梨にときめく”を探して 富士急行線」.
 「キレイに撮って 声が聞こえてくるんだ」 ニッポンぶらり鉄道旅「“山梨にときめく”を探して 富士急行線」.

 色づく秋色深い富士の峯。
 高位置を彩る、山頂にかけてはひときわ映えて、「お化粧すみの日本一」を思わせる。
 <【大月】富士の美しさを低い山から撮る低山フォトグラファー>は、語りかける。

 「富士山はネー、私、お化粧したの」「キレイに撮って」「そんな声が、聞こえてくるんだよねー」。
 自然が呼びかけてくる、造営物が語りかける、絶対者の呼び声が聞こえる。
 その道の達人から、耳にする一語ではないだろうか。

 本市在住、羽生輝氏が講演で話されたことがある。
 「漁村のなにげない風景を描いた」「(漁業者が絵を眺めて)さっぱり、浜の匂いがしないなー、あんたの作品には」「聴いて、ハッとした」。
 2003年秋のことではなかっただろうか。氏が新聞小説「海霧 UMIGIRI」の<挿し絵>の仕事を、終えられた直後のことであったと記憶する。

 時の釧路青年会議所副理事長は、市内の総鎮守府の「権禰宜職」の方であった。
 会議所会員を前に話をされている場面で承り、「神意」が聞こえるようになるものだ。
 かく、感じた場面に遭遇したことがある。

 マチなかで多くは、「桜を見に行く」と。若者は「桜を見に、行ってやる」とも申す。
 「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」=「年々歳々、花同じ」「歳々年々、人同じからず」ではないか。
 「見に行く」と申すも、「見に、行ってやる」ともモノ申すも、「命、あってのモノだね」。

 最後は、夜通し盆踊りで、著名の郡上八幡。
 特産物には「食品サンプル」があるではないか。それは「レストランの店頭などに陳列される本物そっくりの食品メニューの模型」だ。
 ながめて、「息をのみ」「香りを感じ」「旨みがうかぶ」なら、それは<長上のできばえ>ではないか。

(番組案内)
 【大月】富士の美しさを低い山から撮る低山フォトグラファー
 【十日市場】伝統の製法で酢をつくる蔵。元信金職員がほれ込み守り継ぐ味
 【寿】織物産地で傘の生地を織る工房。美大生とのコラボで新たな生地が次々と!
 【下吉田】富士山を緻密に描き続ける銅版画の作家
 【河口湖】会社を辞めてチーズ工房を開いた男性。賞にも輝いたというチーズの味わい!
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「自然の、街の、野生生物の魅力」 釧路の魅力発見観光講座230217
「自然の、街の、野生生物の魅力」 釧路の魅力発見観光講座230217

23年2月3日の『釧路新聞』。
観光ガイド気軽に 17日から講座、受講者募集 釧路の団体」。そんな見出しが15面に躍っていた。
 「あなたも気軽にガイドを-」とリードの書き出し。2月17日から3日間、市観光国際交流センターなどを会場に、開催される。次の三氏が参加する。
 くしろ専門学校環境・教育センター長の         大西 英一氏
 城山モシリヤ学コミッション調査役           佐藤 宥紹氏
 環境省釧路湿原野生生物保護センター内猛禽類医学研究所 渡辺由希子氏

 大西氏は「釧路の自然の魅力」、佐藤氏は「釧路の街の魅力」、渡辺氏は・・・・・・・。
 大西さんは「(釧路は)日本の自然史博物館」、承けて佐藤氏は「(釧路は)本邦近代化の縮図」が持論。
 「街の魅力」を、「八方に美人」「美の意味語らぬ潜在能力」「自前で創る、マチたるの可能性」と、その潜在能力の高さを解説するのかも。

 最終日19日のバス研修は、「湿原展望台、鶴居・伊藤サンクチュアリーを巡る」とする。
 釧路観光ガイドの会は20年にわたって活動しているが、会員の高齢化や退会も続き、なかなか会員が増えない状況にある。紙面では、かく、説明している。
 申し込みは0154-22-2910、会費2000円で定員20名としている、が。
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多様性
 多様性尊重、否定しない、孤独に置き去りにせず 高齢対象生涯学習講座230208

1)「多様性に生きる」。
 看護師養成の専門学校で講じた「比較文化」授業。学校が用意したテキストに「モシ民族 西アフリカ 質的思考」の章があった。
 医療現場で、「患者数」とひとまとめに理解しても意味がなく、同一病名でも多様な症例類型と多彩な治療方法、ケアとキュアがある。
 そこのところを、医療スタッフに暗示したい。そうした意図と意味がある。そう確信した。

 ※モシ民族→ブルキナファソ全域、ガーナ北部、コートジボワール北部=西アフリカのサバンナ地帯に居住する。約750万人。

2)「否定しない生き方」。
 高齢者講座には、それこそ多様なキャリアと知的水準が結集する。
 バックボーンに「(ユネスコの)学習権宣言」「成人教育原理」の理念と思想を据えて展開するが、担当する多くの人には異論、核論の潮流に翻弄される。
 「発言という『形』には、必ず、意味=背景がある」。当面するのは、「異論、核論」が、なぜに発したか。考察・検討することを怠ってはならない。

※「学習権宣言」=1985年の第4回ユネスコ(国連教育科学文化機関)国際成人教育会議で採択された宣言。万人に共通する基本的権利としての学習権を定義。

3)「孤独の中に、(他者を、自己を)置き去りにしない」。 
 人生百歳時代。「そこで勉強しよう」はわかるも、「なぜこの歳になっても学ぶ?」。高齢生涯学習講座を開設するものは、その問いに「答え」を求められる。
 「次世代に、なお学び続ける」の姿勢を示す。それも立派な答えであるが、多くの人は満足できないかも。
 「二人に一人が<おひとりさま>の時代」。まずは「(他者を)孤独の中に置き去りにしない」。
 しかし、「(身は自己を)孤独の中に置き去りにする恐れ」。そこで、どするや。答えのひとつは「同行二人」なのだが、さて・・・・・・・。

※「孤独の中に置き去りにしない」=終末期医療に従事するスタッフがたどりついた癌患者、末期のケア思想。ケアは病いに悩む患者に対し,全人的なアプローチをするもの。

1981年秋から提案の「北海道老人大学」。今から18年ほど前に、画期を迎えていた。
北海道の直営事業で起業された講座は、のちに民営に移管される。
「時間をもてあまして老人大学」の時代にかわり、「意図と目的をもって、余生を地域に貢献」の受講者が増加している。受け入れる側の対応。そこに注目があつまっている。
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作品に読む「人」「風」「土」 桜木紫乃著『無垢の領域』230128
作品に読む「人」「風」「土」 桜木紫乃著『無垢の領域』230128

「かつて暗唱した恋歌を半紙に書くように、淀みない筆致でさらりと書き上げる」
「この小説のキーワードは『画竜点晴』である」
「ストリーテリングと優れた心理描写はここでも才能あふれんばかり」。

「読後感」を残した、ふみひろさん。「さらに、もう一言」で、川本三郎氏の著作三点を紹介してくださった。
「小説や映画の舞台をあるくなら」と『我もまた渚を枕』(2004年?)、『東京暮らし』(2008年)、『旅先でビール』(2005年)の紹介があった。
氏から、桜木氏に対する支援の鶴声があったそうで、作品理解のキーワードということであった。そう受け止めさせてもらったのだが。

思うに、「風土」。そうは申すも「風」と「土」を、分割して考えておきたい。
風=外からもちこまれる情報、視点、土=地付きの情報、視角。かく申したのは水本哲郎著『地元学をはじめよう』。
近代文学における「北方性」なる独自の領域を意識しようとするとき、「人」「風」「土」を意識してみたい。

登場する「人」、作品の舞台としての「土」、結露に象徴された「風」の組み合わせの特異性。
先進工業国、開発途上国を問わず、自然は開発がすすみ、環境が破壊され、気候変動や異常気象に当面している。
そこには人、風、土。それぞれに独立しているのではなく、相互に密接につながっている。そう思うのであるが。

作品に読む「人」「風」「土」 桜木紫乃著『無垢の領域』230128
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書道師範。マチなかで著名な芸術家 桜木紫乃著『無垢の領域』230128
 書道師範。マチなかで著名な芸術家に添うた女性は高等学校の養護教諭。二人とも芸や仕事を通じた人脈を背景にもつ二人。
 館長には寝たきりの母が同居し、妻の医療知見が介護のうえで役割を果たす。
 男には束縛されない<自由時間>があり、職場に身をおいて、監視のなかにある褄。そうした二人の間柄。
 ここには、1)秋津書道塾の生徒

 もう一つの家庭が配置されている。図書館長を務める一人で、この家の家族はなかなか複合的。
 2)図書館長の祖母が居る。」
 3)館長の妹で純香、
 4)(血のつながりを読み解くとして)書道教師の聖香、
 5)純香の母=館長の母でもあるはずながら。
 6)公恵=「館長の義理の妹」は養護教諭の妹か。
 さらに異色、6)里奈は館長の札幌在住時代の恋人
 7)館長のもとで働く塚本(図書館スタッフ)


 妻が勤める高校の生徒も登場。
 8)君島奈沙&澤井嘉史

 ここまで読みといてきた作品中、込み入った人間関係に彩られた作品。」
 紹介してくださった、ふみひろさんは、実に丹念に作品を図解してくださっている。
 ストーリーは、才能に惚れ込んだ書道師範が妹を書道教室の助手に雇ったことが契機となって、図書館長と養護教諭の「関係が深まり……無垢な存在が男と女の欲望と嫉妬を炙り出す」と、展開するようだ。

 登場する人脈からして、そこには実に<濃厚な枠組み>が構築される。表層でとらえる人間関係を、深層の極みで解釈。
 「旧釧路図書館」「幣舞橋」「浦見界わい?」「釧路西高」「阿寒湖旅館」「札幌の館長実家」「札幌パークホテル」。
 広範に展開する作品の舞台で、文脈をなぞってみたい。そう思うのであるが。

書道師範。マチなかで著名な芸術家 桜木紫乃著『無垢の領域』230128
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一樹に八輪 新春のハイビスカス230206
一樹に八輪 新春のハイビスカス230206

樹齢はと?、と聞かれて答えに窮する拙宅のハイビスカス。
1988年3月に転居したのち、もらい受けたものにつき、すでに30年近くにはなるはず。
新春元朝は8輪が開花。<末広がりで>と、楽しませてもらった。

昨暮れも12月の上旬に開花した。
5月の大型連休後には枝を切り落として、ベランダに出し、自然光にあてた。
降霜の時期に室内に取り込み、資源ごみで培養した堆肥を施した。

幸いに開花。南国、沖縄の花が東国の地で冬至の前後に開花、満開。
それも奇特であるようには、思うけれど。幸い、立春を迎えた今も開花。
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渡党
「渡り党」「日ノ本」「唐子」 広域空間の意味区分230205.

北海道島、樺太、千島列島。三者を<混沌>としながらも本邦北方広域空間に、「渡り党」「日ノ本」「唐子」の三区分をもたらした。
そこは諏訪大明神の<神威>の到達点の北限。そうした意味があったのだとされる。
1356年、『諏訪大明神画詞』に記載の一文に、いま、目配りをしている。

「蝦夷ケ千島」は、「日の本唐子渡党此三類各三百三十三の島に群居せり」。
化外の民は三類にわかれ、三百三十三を千島と計算して、そこに「群居」というわけだ。
三類の民は、二つのグループにわかれる。そう述べる。1)は「渡党」と呼ばれる集団。

渡党は「宇曾里鶴洲」と「満堂宇満衣丈」なる二地域に分かれて居住。
ここに記載の「宇曾里鶴洲 うそりけし」は「箱館」に相当、「満堂宇満衣丈 まっとうまい」は「松前」に相当することが判明している。 
つまり箱館・松前を中核とする「渡党」は、「奥州津軽外の浜」に出かけて行って交易をする集団。

しかもその数は「一把六千人」ということだから、集まるときは「百千把」にもなる。そう書いてあるではないか。
今日、判明。「各三百三十三の島に群居」は、北海道島、樺太、千島列島に集約される。
うち、渡党は北海道島の西部たる「渡島 おしま 半島」に住する集団ということになる。
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「チームで取り組むと」二題 桜木紫乃作品舞台マップ
 チームで取り組むと、さまざまな想定外の可能性が生まれてくるもので。
 「第149回 直木賞受賞 桜木紫乃マップ 彼女が見た釧路~桜木紫乃作品からみる景色~」。
 記載すると随分、多数文字のタイトルとなるも、さらに尾ヒレがついて、「釧路」には「このまち」とフリガナが。

 長いタイトルには、深い、ふか~い<思いれ>があるということかも。
 「手に入りました!!。28日にお届けします」。きょうこさんが知らせてくださった時。
 一同は大いに悦んだ。マチ歩きのなかで話題となっていた桜木作品の舞台を一望できるのだ。

 地図には32のポイントが紹介されている。解説にはマチの施設の「今」と、作品に登場した「当時」の<フンイキ>が、豊富に記載されている。
 「楽しい発想」「一人の人が取り組んのだろうか」「力作」。そう評価が高い。
 思いさまざまながら、「作品の文脈や表現のなかに、作品の舞台を位置づけてみたい」。

 実はこの地図をも含めて、次の一言が引き金となった。「マップは多い、しかし、活用している釧路市民は実に少ない」。
 22年6月5日、釧路市文学館で「文学の舞台としての北大通」と題して、話をさせてもらった時のことであった。

 文学館の講演会にご参加者のお一人から提案があって、「ぶぶる釧路の街あるき」の催事が2ケ月に一度開かれることになった。
 7月、9月、11月。外気にぬくもりのある季節は置いて、1月、3月の寒冷期には公共図書館での<読書会>とあいなった。
 今回¥、読みました!!。その報告があったのは、10冊ほど。「次は残り20冊」とは乱読するまい。

 残余の作品は、来る歳のお楽しみ。そこまで、健康、これまで手にした10冊を<味わう>ことに。

 「チームで取り組むと」二題 桜木紫乃作品舞台マップ230128
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「劇のプロットの表面に出ない事柄」「新しい視点で」 「吉良平治郎の生涯と時代背景」 アンケート220903
・佐藤先生の語りがとても上手で、感動で胸が痛くなりました。貴重なお話に感動です。
・吉良平治郞の生涯についても知ることができて良かったと思います。
・この作品が釧路で継承・発展させていくことを願います。
・説明が何度も繰り返されくどい感じがした。内容はとても良かった。
・往時の様子が大変よくわかり、興味深いお話でした。
・貴重なお話でした。
・新しい視点で話をきけた。
・吉良平治郎の時代背景や昆布森の土地柄などを知ることが出来てよかった。
・分かりやすかった。
・内容はとても良かったが、途中話が聞き取りづいらかった。
・佐藤講師の奥深い講演内容が素晴らしかった。

 「説明が何度も繰り返されくどい感じが」。
 1980年代、「平板で理解しにくい」。若い頃は、教員養成大学の学部で、そのような指摘があった。
 「重要な点は、繰り返し強調する」。それが親切かと。
 しかし、21世紀になると、若者の受け止め方はかわった。
 「ここが重要」だけでは、不親切。「試験に出すぞー」が、親切と言うこと、に。

 以下の感想も、いただいた。
 「吉良平冶郎についてはかねてより、わかりやすい美談としてまとめられてしまってきたことに一抹の危惧を感じ」。
 「悪天候の中を無謀にも出かけていかざるをえない状況に吉良を追い込んでいった背景があったのでは、と」。
 「その意味でも、観劇前に講演があって本当によかったと思いました」。「劇のプロットの表面に出ないさまざまな事柄にも考えを巡らせることができた」。

 2022年9月3日。釧路町公民館で開催「第35回 アイヌ民族文化祭2022」(主催 公益社団法人北海道アイヌ協会)での講演のプログラム。
 佐藤宥紹担当「吉良平治郎の生涯と時代背景~今に、読み解くこと~」。事由記載と選択肢回答を紹介。
 「劇のプロットの表面に出ない事柄」「新しい視点で」 「吉良平治郎の生涯と時代背景」 アンケート220903
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霧繭
 真骨頂は北方に生きる人物像 「霧繭」(桜木紫乃著『氷平線』所収作品)230128

 桜木作品の真骨頂は、北国に生きる人物像。それも男と女の出会い、情愛、それぞれの背景。
 ここまで、湿原=二股だ、結露だと申すも、それは舞台であり、冷酷な自然という環境であって、物語の主体ではない。
 本州の伝統文化を示すか、一字で「繭」。
 北方性の気象を象徴するようにも見える「霧」。両者がむすびつく、『霧繭」は桜木氏のデビュー作『氷平線』に収録されている。

 腕の良い和裁師、島田真紀が登場する。呉服店が依頼してくる和服を仕立て、依頼者の<夢>を実現する、地味ながらも自立した女性像。
 すこぶる腕が良い。振袖を一夜で仕立て、師匠の検分をうけて、呉服店に届ける。聞けば18歳からこの道を選び、今や20年。
 38歳の妙齢にして、師匠が即座に「OK」を出すほど、信頼度が高い。自立して、生きる手立てをもつ女性。

 選書してくださった、なおみさんは、別な会合があってペーパーを提出してくださった。
 紹介を読ませていただき、「いつの時代を対象とする昨比?」。そこが話題になった。
 1)成人式、こどもの入学式、卒業式に、自前の和服を着用して出席する時代、
 2)つまり発注をうけた呉服店が、ネットワークを組む、<縫子さん>とされる仕立て屋さんに委託するシステム、
 3)それが海外にではなく、地域に存在した時代。

 繭に象徴される絹織物の本州文化。それを継承する片鱗が巷に用意され、身近なところに腕の立つ職人が目にとまる、時代。
 そこに生きる女性が、海霧につつまれることの多い亜寒帯気候の「霧」のマチ。その舞台、彼女の目のまえにあらわれるのであろう、男性。
 そこで繰り広げられる一話。28日は「そこは読み切った方のみのお楽しみ」であった、が。後日、『氷平線』を話題に読書会があるのかも。
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