2026年01月の記事


標高の1357=『ひとみな幸福』『ひとみな合格』と読む物語 日本最高地点神社が21 世に開創260130女性セブンプラス
 標高の1357=『ひとみな幸福』『ひとみな合格』と読む物語 日本最高地点神社が21 世に開創260130女性セブンプラス

 『鉄道最高地点神社』(長野県南佐久郡)=ご神体は「標柱や車輪が設置」なのだ。
 JR小梅線。山梨県北杜市かと長野県小諸市を結ぶ路線(掲載 地理院図)で、図中「+」地点は標高1360メートル地点。
 ご神体はそれよりも高い標高1375メートル地点に置かれた。周囲には木製の標柱、石碑も並ぶ、と。

 神社の特徴は、鉄道にまつわるものをそのまま活かしている点。
 「ご神体は小海線のレールで、鳥居は枕木を活用して作られました。かつて実際に使われたSLの車輪が寄贈されていて、境内に納められています」
 加えて、「1375が『ひとみな幸福』や『ひとみな合格』と読める。

そこを転じて「幸運を願う人や受験生も足を運んでくれるようになり」。
『第一志望に合格しました』『鉄道関係の会社に就職できました』と書かれた絵馬。
当事者は「それを見つけたときは嬉しかったです」とも。

事前の祈願が大切かも知れないが、結果を報告。その働きに謝する点に着目しておきたい。
昇進・昇任・栄転のたびに、繰り返してくれことも、期待しよう。
<物語創設の力量>。換言するに水俣市民が到達。「調べる力と考える力が不足すると・・・・・」。
 その帰着点は「創造する力の衰退」であった。傾聴しておきたい。
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鳥居良四郎名誉教授と釧路短期大学260125-2-
 鳥居良四郎名誉教授と釧路短期大学260125-2-

●地方公共団体の一自治体=標茶町との提携は、全国的にも高い注目を集めます。
文芸評論家の先生は短期高等教育機関で教育者・研究者に転じ、精力的に動きました。
標茶町との提携を中心とした生涯教育事業の展開は、私学振興・共済事業団から高く評価され、短期大学の経常経費補助額にも一定額が算定されたほどです。
鳥居先生、釧路短大での功績の第二は学生の潜在能力を引き出した点が高く評価されます。先生は教育・研究で「学生をその気にさせる、学生から引き出す」点に秀でておられました。
平成7年=1995年、先生は釧路短大の生活科学科生活科学専攻に、道東初の図書館司書養成課程を開設します。国家資格取得のため図書館実習を必修単位に、また「図書館経営論」講義は、最後まで他者に譲りませんでした。
「学生の主題専門性」の力量不足を気にされ、卒業論文を書かせます。そこに往時、原田康子さんや桜木紫乃さんに接した姿が重なります。
●今、説明の主題専門性は「特定の領域ごとに深い知識、見識、経験を有する」こと。
 鳥居先生は実に巧みに著作の深化・豊富化に誘導します。
 私も短大生涯教育センター講座用Textで『釧路川文化論』を任せられます。「釧路川の歴史を書いた本は一杯あるの」「私が頼むのは、釧路川の『文化論』だからネ、これはネ―、キミなら書ける」。書く人をその気にさせる、<相手を乗せる>に巧みです。
 学生を励まし、まがりなりにも「作業仮説」。すなわち「自身が生涯かけて学びつづけるため必要な調査指針」を形にする。この営為を賢明に学生たちに奨励されました。ゼミ生の数も文学の卒論も多い、大人気です。
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鳥居良四郎名誉教授と釧路短期大学260125-3-
鳥居良四郎名誉教授と釧路短期大学260125-3- 「260125 鳥居省三生誕百年記念講演&座談会 H.Sato」

●鳥居先生は昭和63年に『釧路空襲』の編集者代表を務められます。
 釧路短大と鳥居先生。第三は戦塵に散り戦火に斃れた人の分までと、次世代育成に務めました。
 実は鳥居先生=大正14年生まれ、同15年の布施正氏=地域史研究、菅原弌也師=本行寺住職。分野違うも深い交流がありました。そこに私の学部の指導教官=昭和2年を含め、共通して語る点は「私は生きていた、多くの犠牲者のためにも」の強い使命感です。故に『鳥居省三書誌』には、先生の1500点を超える著作が集められています。
 若い編集者の指摘に、私には鳥居先生のお働きが浮かんできました。一に鳥居先生の戦友への思いから情報を引出した力量、二に原田さんや桜木さんを輩出した風土=風の情報力と、土のぬくもり。この二つが背景にあると、今も考えています。市民の総力を引揚げたのです。

●釧路短期大学は「名誉教授」号を贈ります。
 鳥居良四郎先生にとっての釧路短期大学。
 評論家から教育者・研究者に転じ、半生を通じ蓄積した市民との信頼関係をバックに短期高等教育の発展に尽くされました。
 標茶町民からも学生からも、そして釧路市民からも尊くも、深く親しまれました存在です。
 ここに3点に絞るも釧路短期大学で、教育と研究に精力的に取り組まれたご貢献に対し、退職時に「名誉教授」号を贈り、釧路短期大学は敬意を申しあげた。そう受け止めています。
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睡眠&排泄の空閑 半年航海の買い積船、弁財型和船の航海事情260127
 睡眠&排泄の空閑 半年航海の買い積船、弁財型和船の航海事情260127

 加賀の温泉郷は北前船主が育てた、と。その代表は山中・山代・片山津温泉か。
 山中温泉に伝承の山中節。由来について「北前船の船頭衆が松前追分を湯の中で唄い、それを浴衣娘(ゆかたべ)たちが山中なまりで真似たのが始まりとされて」いる、と。
 北前船は大坂を出湊。瀬戸内‐関門―日本海を航行し、北海道の松前・箱館から、母港の加賀に戻る。

 その間、乗組員の朝昼晩。湊についても、大型船ゆえに沖合にとどまり、上陸は限られる。どのように寝て、かつ排泄をするのか。
 研究はあるようだ。「弁財 厠 雪隠」の語で、日本下水文化研究会の会員記載がヒット。
 「船の絵図面において(幕末から明治の中期頃までの日本の船や外国船には)便所・風呂(シャワー)の位置がほとんど明示されていない」。
 そこから推測。「船は限定されたスペースにできるだけ多くの必要な物質(食料・水・燃料)と人員を積載する必要」から,と。
 ある意味当然。それ故にどうなっていたのか、思案。その答えは目下。
 「便所や風呂(シャワー)は無駄なスペースと考えられたのではないか」。

 3尺幅、21枚の布帆に風うけて走る弁財型和船は、それでも乗り組員を減らしていた。
 移動するに漕ぎ手の頭数が少なくてよかった。それでも21反布の弁財型和船は10-15人が乗る。
 シモの始末は必至。「お供の人々の便所については示されていない」。

 「これらの船から出るし尿は,水面に直接廃棄することが合理的であると,考えたのでは」、「船との関わりを持つ人々は,いまでもこの考え方は変わっていない」。
 「風呂(シャワー)については,海上では真水は大変貴重なもので,風呂は,<甲板に海水をくみ上げ使用した>と推測して見た。
 文献のみあたらないところにも歴史は存在。

 一艘で億円単位の利益があがった北前船。商品が第一。人間はその次、とは言わないまでも。
 半年の航海。終わって湯に浸るは、「半年の汚れ」を落とすのかも。
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「巨樹 鳥居 祠 支柱」で樹齢1200年
 「巨樹 鳥居 祠 支柱」で樹齢1200年。
 番組案内「にっぽん巨樹の旅ミニ (4)「神様の木に会う 志々島の大クス」(5分)」には、次の記載。
 「瀬戸内海の小さな島に立つ樹齢1200年、志々島の大クス。近年大人気!」。

 番組では、枝がくびれわずかなツナガリで生き延びている「志々島の大クス」。
 鳥居のみならず祠が設けられ、樹木医が定期的に健康診断。そのうえで、治療の手をくわえているらしい。
 鳥居と祠の存在は、オオクスの巨樹を「ご神体」と解する不文律があり、神を悲しませ、怒らせ、あわせて人間のオゴリ&思いあがりに警鐘を添えている。

 塩飽諸島の一島嶼(とうしょ)たる「志々島 ししじま」。
 「未来のシマ 共創会議2025年」基礎資料によると、「面積 0.74 ㎢」「周囲 3.8 ㎞」
「標高 109 m」「住民基本台帳」人口 21人(令和5年6月)。

 「江戸時代後期から漁業の島として栄え、戦後は除虫菊や唐辛子などの栽培」とある。
 案ずるに江戸時代後期、渡島した漁業者が、漁場を護り続けるために林相の景観+山崩れの治山+洪水防止の治水。
 その象徴としてオオクスを《伐らず、傷めず、損なわず、の象徴》として崇めることになった、のかと。

 自然保護思想。その起源を調べている。
 産業革命、また普仏戦争を経て、荒廃した英仏独を軸に《失敗の軌跡>を教科書&教訓に、産まれた自然再生の理念かも。
 最近の市内配布紙。記者コラム「余塵 よじん」欄に、「治療にまさる予防」とあった、が。
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評論家の生誕百周年、短期高等教育機関での20年を5分で260125
評論家の生誕百周年、短期高等教育機関での20年を5分で260125

1)地域文化の拠点に育てた。
 ・スタッフを総動員、地方公共団体と提携、事前に印刷教材配布で営む市民講座を実施。
2)若者の潜在能力を引き出し、主題専門性に強い図書館司書をめざした。
 ・自身も気がつかない自身の可能性を引き出し、原田・桜木に接した姿を若者にも。
3)自身に投資、戦没者の分まで、次世代を育てねば。
 ・投資で自身を変え、「選んでもらえる人になる」をめざしつつ、次世代の育成に生涯を。
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「本をどう読むか」の答えは「人生は『自らが経営者』 丹羽宇一郎さん死去の報に260109
 「本をどう読むか」の答えは「人生は『自らが経営者』 丹羽宇一郎さん死去の報に260109

思い起こすは『文藝春秋』2007年4月号に掲載の座談会記事。
 題名は「経営者よ、朝四時に目を覚ませ」。
 「スポーツ新聞や週刊誌しか読まない人間を経営者にしてはいけない」と断言。

 「私はサラリーマン、本を読まなくても、スポーツ新聞や週刊誌を読んでいれば」。
 そこに対する答えは二つ。一に、「自分のなかに拠り所となる太い幹を作ろう」。
 その二に、「生業は勤労者でも、人生は『自らが経営者」の結論。

 これまでに氏の生家は書店であった、と承知。訃報の記事に接し、下記の記載が念頭に。
 第3話の紹介です。「本をどう読むか」の答えは「人生は『自らが経営者』」とする丹羽宇一郎氏の弁。
 2007年、「(座談会)経営者よ、朝四時に目を覚ませ」を読みました。伊藤忠商事
会長の発言。「生業は勤労者でも、人生は『自らが経営者』」との結論です。
 「本を読むということは、経営者にとってきわめて重要なことだと思いますよ」。
「もっと言えば、スポーツ新聞や週刊誌しか読まない人間を経営者にしてはいけな
い」。そこまで、申しています。なぜでしょう。
「経営はきわめて論理的なものだから、感性だけで出来るものではありません」。

 第3話は本の読み方の紹介。「生業は勤労者でも、人生は『自らが経営者』」は自己の主人公になる読書。
丹羽宇一郎氏は述べます。「自分のなかに拠り所となる太い幹を作ろうと思うなら、たえず考えながら本を読まなければならない」。
「これを二十年くらい続けていると、歴然とした差が出てきます」。「(略)本というのは、他者の経験や体系化された考えを文字を追うだけで会得できるわけで、これほど楽なことはありません」。(文藝春秋』2007年4月号)。
  (佐藤宥紹「図書館と生活」 『生活科学基礎演習03』2020年4月27日)
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「七歳 天神さま詣り」は「通り御免」 わらべ歌「通りゃんせ」歌詞から260122
「七歳 天神さま詣り」は「通り御免」 わらべ歌「通りゃんせ」歌詞から260122

お馴染み、「通りゃんせ」の歌詞。
 なかに、「御用のないもの 通しゃせぬ」に対し、母は「子の七つの お祝いに お札を納めに」と、応じている。
 行きは、無事に通過させてもらえるらしく、その結び部分には「行きはよいよい 帰りはこわい」と、繋がれている。

 朝、CDで筝と尺八の音を聴きながら「七つの お祝いに お札を納め」にとは、なんぞや。
 調べてみると、「通りゃんせ」の歌詞は、江戸時代の「わらべ歌=童謡」で歌い継がれてきた、と。
 そのオリジナル地点は、金沢の地とも、名古屋弁ではないか、など。定まっていない点も、あるようで。

 で、「行きはよいよい 帰りはこわい」とは、なんぞや。
 関所に「入り鉄砲に、出女」のナライがある点を思い浮かべた。場所は箱根関所。
 江戸から出ていく女性は「質草の大名家女房ではないか」。江戸に持ち込まれる鉄砲は、将軍家に、サカラウ、として大敬遠。

 関所から去る女性が怪しいと受け止められると、配置の婆さんが裸にして調べたの故事。
 関所通過は実に、一大事であった。
 江戸時代、庶民は土地緊縛のもとにあった。移転の自由が奪われている。しかし、例外も時代とともに許された。

 奥向きが江戸から鎌倉に詣でる「江の島詣で」。男は生涯に一度、伊勢詣りが《男の 甲斐性》とされた。
 女性も負けてはいなかった。家事を忘れて、女神三柱に詣で、旨い海産物に舌鼓、富士の風光明媚を脳裏に刻む。それは、なかなかのゼイタク。
 「あなた、娘の良縁、安産祈願がムダなことですかー」「(認めぬ、と)なんと、人でなし」。コワイ。
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座談会「蓬髪のあの人 鳥居省三氏のなつかし話」 釧路文学館26年1月25日
 座談会「蓬髪のあの人 鳥居省三氏のなつかし話」 釧路文学館26年1月25日

 25年11月から開催「生誕百年記念『鳥居省三』記念展」の最終日。
 二部構成の講演会が釧路文学館で開かれる。
 第一部講演会「評論家としての鳥居省三」。釧路工業高等専門学校名誉教授 小田島本有先生が務めてくださる。

 第一部の演題は「評論家としての鳥居省三」
 第二部座談会「蓬髪のあの人 鳥居省三氏のなつかし話」。 招かれているのは、敬称略ながら6氏。
  北畠立朴(釧路啄木会会長)
  佐藤宥紹(城山モシリヤ学コミッション調査役)
  羽生 輝(創画会画家)
  藤田民子(釧路文学団体協議会副会長)
  西村奈津子(鳥居氏ご息女)
  星 光二(釧路演劇団体協議会顧問)

  座談会の司会は小田島先生が担当される。
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海岸線地形+漁場&加工地近接+ヤマの栄養一気に海へ エチゼンガニのウマサ
海岸線地形+漁場&加工地近接+ヤマの栄養一気に海へ エチゼンガニのウマサ3点「にっぽん百低山 蠑螺ヶ岳・福井」NHKBS4K260113 

エチゼンガニ=旨さ要因の一は、日本海の地形。
  蠑螺ヶ岳 さざえがだけ 側で隆起が起きた一方、日本海側が深く沈降(掲載図 上)。
 深い海底にはカニが好む泥が堆積、お好みのプランクトンやバクテリアが豊富に生息、と。

 エチゼンガニ=旨さ要因の二は、カニの生息地と可耕地が近接。
 つまり最圃場と水揚げ地が近く、カニを捕って気きて新鮮なまま水揚げできる(掲載図 下)。

 エチゼンガニ=旨さ要因の三は、多くの山の栄養分が一気に日本海に注ぎ、旨いカニが育つ。
 蠑螺ヶ岳は標高が685.5メートル。その登山道には「ウォータースライダー」と呼ぶ水路がいくつも観られた。
 麓の海岸線はリアス式。山の栄養は一気に日本海のピールと呼ばれる、カニ生息地に注ぐ。

 出演の吉田類は、嘆息。「つながっているんですね、山と海は」。
 「カニの棲みか」「山の栄養」「漁場の近さ」が、見事につながる。そこに注目。

 (以下、出演者と大学教授の会話)
 先生「水がウォータースライダー」のところを、さっと流れ落ちる」
 先生「多くの山の養分が一気にプールへ」
 吉田「栄養が全部(海へ)流れていくと」
 吉田「つながっているんですね、山と海は」
 先生「(海岸近くに漁場=採捕場ある)だからカニをとってきて新鮮なまま、すぐに水揚げできる」。

 26年1月13日放送「にっぽn百低山 蠑螺ヶ岳・福井」NHKBS4K.
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「(もうちょっと生かしておく)今、なんとかせー!!」 「能登の“プレハブ住職」260118NHK
「(もうちょっと生かしておく)今、なんとかせー!!」 「能登の“プレハブ住職」260118NHK

「過疎化、高齢化、被災避難」「もう、どうにも、できん」。
 プレハブの仮設住宅に本尊遷座。「真宗大谷派 往還寺」の看板が、辛うじて健在。
 20250101の地震で、命からがら、生き延びることができた。

 そもそも財政基盤が脆弱とされた、門徒寺院は基盤を農村にもっていた分、存続の危機が指摘されている。
 「(被災のご門徒に寄せる)責任感」。娘の「ヒトも居ないのに、どうするの?」。
 九死に一生。「本来なら、死んでいたわが身」。本尊の傍らで録音カセットを、奏する。

 流れてくるのは、本願寺派寺族であった植木等の「ワカッチャいるけどやめられない」。
 「聞いていると、妙にわかる」。そう申しながらも「九死に一生を得た身」。
 ご本尊が「(もうちょっと生かしておく)今、なんとかせー!!」。

 今日も、被災のご門徒と向き合う日時が。
 NHK【Dearにっぽん】能登の“プレハブ住職”〜石川・珠洲 宝立町〜 
 副題に「往還寺と能登半島地震の“再建の灯”──松下文映はなぜ墓じまい進む町に残るのか|。2026年1月18日の放送。
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「西」=単なる方位ならず、「羽、休める鳥巣」 260116
 「西」=単なる方位ならず、「羽、休める鳥巣」 260116

 15分の話の中で提示。「西方浄土」「西の岸」と申すも、東西南北上下うなかで、なぜ、西方が注目されるか、と。
 「頭北西面 ずほくさいめん」が「もっとも楽な、寝方」と示される、とも。

 それは「西の字」=横棒の一こそ、鳥が羽を広げて休む意味、縦棒二本は鳥の脚にして、口の字は鳥の胴体、でわないか。
 なるほど。手近なところで二冊の漢和辞典を開いてる、に。
 「字源」「字解」の項に、次の二題。なかなか、味わいが・・・・・。。

●『新明解 漢和辞典』=「巣の上に鳥が休んでいる姿」
「鳥がねぐらに帰りつくところは日が西に沈むときだから、西の意をあらわす」(51p 長澤規矩也ほか編 三省堂 1986年)。
●『学研 漢和辞典』=「ざる・かごを描いた象形文字で、栖(セイ ざる状の鳥の巣)に、その原義がのこる」
「ざるに水をいれるとさらさらと流れ去って、ざるが後に残ることから、日の光や昼間の陽気がざるの目から抜けるように流れさる方向、つまり『西』を意味することとなった」 「洒=サンズイ+西 さらさらと流しさる)」。
「遷(セン 形を残して中身がうつり去る)と同系のことな」(1190p 藤堂明保編 学習研究社 1980年)。
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結 道東=釧路鉄道管理局エリアに通年・滞在型観光を誘因 種市観光学の意図と方法05 240512
 結 道東=釧路鉄道管理局エリアに通年・滞在型観光を誘因 種市観光学の意図と方法05 240512

 種市佐改(1923-91年)さんがライフワークに位置づけた北海道東部観光への業績。
 結果、産み出した点。それは季節・通過・観覧型観光を、通年・滞在・体験型観光に誘引した点であり、市民自身が学び<魂を揺るがす出会いともてなし>をめざす視点であった。

「種市観光学」の帰結で、体現された軌跡を3点に。
釧路新書に登載の『雑学・道東の旅と観光』は種市観光学の総集編。
阿寒摩周国立公園に深い愛情を寄せ、田村・永山・近藤に深い敬意。
多数の著作を通じて、地域に知的財産。のち<類例みない産業公害のマチ=水俣地元学とも重なる提案>。
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転 観光=事業はヒトでつながる 種市観光学の意図と方法04 240512
 転 観光=事業はヒトでつながる 種市観光学の意図と方法04 240512

 種市佐改(1923-91年)さんが現役での見聞をもとに非現用の時間をそそいだ<北海道東部に観光客を迎え、地元はなにを用意しておく>のか。
 「種市観光学」の展開で、納得された世界を明示してみるに、4点。

 ・他人を変えること出来ず、たいへんな努力の果てにも、「サー?観光」と首かしげる周囲の意識は不変。
 ・自身に投資&開発能力蓄積し、「自分で調べて初めて理解」できる、と。
 ・無形資産=学界・田村、技術・永山、行政・近藤の人脈発見を誘因し、観光=事業はヒトでつながる、のだ。
 ・結果、『阿寒国立公園三恩人』ほか多くの著作を残し、国立公園指定の本質的価値提示することに。

 種市観光学の意図とは、自身が変わる=物語創設の軌跡と到達点。
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承 観光とは=受入基盤拡充&深化+おもてなし人材 種市観光学の意図と方法03 240512
承 観光とは=受入基盤拡充&深化+おもてなし人材 種市観光学の意図と方法03 240512

 種市佐改(1923-91年)さんが生涯かけて読み取った<北海道東部に観光客を迎え、地元はなにを用意しておく>のか。
 「種市観光学」の到達点として求められる意味を「語り部+物語創設」と読み取って、みることに3点。

 そして種市さんの思いに浮かんだ、一つの構想。それは後に「地域資源マップ=絵地図」につながる取り組みであった。
 発想の当時。このマチには、小説『挽歌』をたどり訪問客が急増していた。

 氏は急行「まりも」から降りる旅行客の受け入れ窓口として、奔走。
 しかし、客人や上司から聞かされることは・・・・・・。
 『阿寒国立公園の三恩人』の著者は、気がつく。

 マチは観光客を「財布からシッカリ、儲けさせてもらおう」「客に、なにを聞かれても『サー?」と、首かしげる地元民」。
『サー?」と、首かしげる地元民。実はこれぞ、種市観光学の原点なのだ。
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起 めざした「観光=“地域まるごと博物館”構想」 種市観光学の意図と方法01 240512
起 めざした「観光=“地域まるごと博物館”構想」 種市観光学の意図と方法01 240512

 種市佐改(1923-91年)さんが生涯かけて構築した、北海道東部の観光資源可視化の努力。
 その集大成となる「種市観光学」の意図を、「“すき間”学の試み」として、5点。
 その方法を、「観光=“地域まるごと博物館”」と解して、可視化資源に見学動線を、引いてみる。そこに到達した、と。

 種市さんは、多数の市民が、地域を知ること。
 自身で調べてみないと何もわからないこと。
 結果、多くの市民は「生活学芸員」として、「知らない」を言わず。

 なかに意図的、計画的、組織的に学ぶことで、<地域創造に貢献可能な<市民学芸員>の層が拡充深化し、物語創出可能な人材>が、輩出するを意図。
 成果として展示動線を絵地図上に記し、物語創出のプログラム豊富化を意図したと、受け止めることができる。
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青年会議所建立「自然巨石にゆかりの作家・詩人の作品刻む25基」〝市民、次世代に残す”を考え続けねば260109
 尾道青年会議所建立「約1kmの遊歩道沿い 自然の巨石にゆかりの作家・詩人の作品刻む25基」〝市民、次世代に残す”を考え続けねば260109

 わがマチが長崎・金沢とともに「観光立国ショーケース」に指定されたのは2016年1月。
 長崎&金沢が指定対象となるのは<理解できる>として、どうして?。
 その思いが消えなかった。答えは日経新聞電子版「訪日客の地方誘致のモデル都市」の見出しがあった。

 隣邦からの「訪日客」が、都市人口との比で、すこぶる高い比率にあるからだ、そうだ。
 年間の観光客入込数が540万人とも、570万人とも公表。
 が、散文、詩歌、ポピュラー音楽。作品をどれほどの人が残してくれていることか。
 https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL29HD8_Z20C16A1000000/
 
 「尾道 ゆかりの作家 25人」。この検索ワードでヒットする「尾道 文学のこみち」
 「千光寺山ロープウェイ山頂駅横~鼓岩付近」の約1kmに25の作品碑が並ぶと。
 「全長約1kmに25基の文学石碑が点在」「1965年と1969年の2期にわたって尾道青年会議所が整備」
 「尾道を訪れた文人墨客の詩歌を頂上一帯の松蔭に苔むす自然の岩に刻んだ文学の散歩道、自然歩道」に。

 並ぶ文人。
 1)徳富蘇峰、2)前田曙山、3)正岡子規、4)物外、5)十返舎一九、
 6)金田一京助、7)江見水蔭、8)志賀直哉、9)林芙美子、10)緒方洪庵、
 11)巌谷小波、12)山口玄洞、13)山口誓子、14)柳原白蓮、15)河東碧梧桐、
16)竹田・竹下・伯秀、17)松尾芭蕉、18)中村憲吉、19)俚謡、20)吉井勇、
21)古歌、22)小杉放庵、23)菅茶山、24)陣幕久五郎,、25)頼山陽(敬称略)

 わがマチ。「誰かが書いてくれる」を待っていては、おぼつかない。
 一に、これまでの作品・作家を体系化、
 二に「書くことできる人」を育て、支援。
 三に、モニュメントを作る投資力量を蓄積する。

 「来い、来い、来てくれ」。さて、見せるモノありや。自然の造形物?。どこのポイントで、何を、どう、見て欲しい。
 サインがあるや。「いつから?」ではない、思いついた、今からだ。
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質量豊富、装置化され、受け皿明快な「尾道 文学のこみち」 「ほっこりの旅 尾道巡りめぐり」NHKBSS4K260107
質量豊富、装置化され、受け皿明快な「尾道 文学のこみち」 「ほっこりの旅 尾道巡りめぐり」NHKBSS4K260107

Point1:作品蓄積が薄く、潜在情報に気がついていない。
Point2:「行ってみたら」と進められても、現地では「何を見たらよいのか不明」
 Point3:潜在情報が可視化されていないため、限られたヒトしか潜在情報に気がついていない。

 NHKBS4K 羽田美智子の「<ほっこり>を探す旅」は東京都内を抜け出し、横浜の次は広島県。
 広島県でも福山・鞆の浦に続いては「尾道巡りめぐり」へ展開。
 「尾道 文豪」のキーワードで検索するに、あるわ、あるわ。
 以下、その一例を。1)「文学のこみち」、2)「文学の館」、3)「西国三十三所観音」 4)「本と歩く尾道」etc.

Point4:作品、作家、多様にして質量ともに豊富。
Point5:チマタのサイン計画が、意図的・計画的・組織的に投資され、結果、群として整備。
Point6:結果、「魂を揺すぶる出会い&おもてなし」を、豊富に創出できる。

 図示の写真は、番組「尾道巡りめぐり」から、港の岸壁に装置されたレリーフと原画。
 そこを一例として、アップ。
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閉山離山の跡地投資 映画「フラダンス」に重なる思い&炭鉱マンの娘たち269106
 閉山離山の跡地投資 映画「フラダンス」に重なる思い&炭鉱マンの娘たち269106

 BSTVプレミアムシアターで映画「フラダンス」。
 最盛期には持て囃された炭鉱。
 1955年を境に小規模炭鉱が姿消し、生き残る炭鉱でも悲惨な事故が相次いだ。
 あとには閉山、そして炭鉱マンの離散。
 小型トラックの荷台に荷物と隣り合わせで乗った姉妹。
 涙の顔が突然、笑顔に転じ、ちぎれんばかりに手を降りしきる。

 丘の上に、別れを惜しみ、後を追いかけてくる友を発見した時だ。
 わき出る温泉を保養地に、常磐ハワイアンセンターが企画され、離職者の娘たちが集められる。
 厳しい、にわか特訓。
 離職者の素人娘か、プロのダンサーに変身するときだ。
 にわかに脚光を浴びた炭鉱跡地事業。

 筆者の20歳前後。いくつかの炭鉱閉山を見つめた。
 往時の様子と重なり、離職者のノウハウを活かすこと。
 すこぶる意欲感慨深い思いで見つめた、が。
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旨味と付加価値に知恵4点 献上鮭=根室国西別川 NHK『新日本風土記 -御用達と献上品-』260104
 旨味と付加価値に知恵4点 献上鮭=根室国西別川 NHK『新日本風土記 -御用達と献上品-』260104

 浜の女性。「これはすばらしい、肉厚で、これはいいよ」と太鼓判。
 「(魚体から血ぬきの洗浄には)海水をくみ上げて魚体を洗って、旨味を逃がさない」。
 そこに潮風というか、浜風というか。特有の寒風が、旨味を凝縮させる。
 「(鮭の腹の)中を乾かすために木の棒を入れて開くと、中を干せるんでね」と漁業者代表。

 「献上鹽(塩の旧字体で)鮭」と、ブランド名も、忘れていない。
 専門職の説明。献上鮭の仕様については通詞職を務めた「加賀屋家文書』のなかに、か。 「一艘だけじゃなくて、3艘か4艘に分けて」「そのうち一艘が、無事に江戸に着けばいいというような」と、文書を示しながら解説。
 
 「ここに西別鮭とありまして」「定規で測ってご献上しているということが、ここに書かれています」
 「鼻先より尾先まで二尺二寸」
 「だいたい本数としては300本ほど江戸に送っていたようです」。

 鮭に愛情をこめ、かける手間+ヒマ&細工。
 「(大漁で)価格暴落、自分たちで付加価値つけて」の、旨味と質向上の付加価値。
 NHK『新日本風土記 -御用達と献上品-』260104に、40分過ぎの取扱。
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価格暴落、自分たちで付加価値つけて 献上鮭=根室国西別川 NHK『新日本風土記 -御用達と献上品-』260104
 価格暴落、自分たちで付加価値つけて 献上鮭=根室国西別川 NHK『新日本風土記 -御用達と献上品-』260104

「もともと昭和63年が、すごく鮭がとれて大漁だったけど」
 「それピーク、とれれば今度、値段が安くなって」
 「価格の暴落によって、自分たちで付加価値つけて売る方法を考えていた」。

 「これは浜の人の知恵っちゅうかさ、海風っていうか、潮風っていううか」
 「そういうのに当てて、干すとうまみが増すっていうか」。
 「江戸時代は干していないから塩辛いもので」「そのまま箱詰めして、バンバンの状態まで送って」。

 正月日曜日の午前6時は、NHK「新日本風土記-御用達と献上品-」の再放送。
 オープニングから40分ほどのところで、「北海道 別海町」の地図が。
 思うに天明5&6年の幕府吏員調査で気がついた、「ニシペツ鮭」が献上品として江戸送りされた話。

 漁業経営者 福原義親さんのコメントに魅了された。
 要するに「価格暴落、自分たちで付加価値つけて」。
 2,024年6月、釧路国ないの首長は催事で「北海道の産品は本州経済に公共事業だった」、と。

 北海道は日本の植民地。そうとは言え切れぬ立場のお方が語る地域観。
 そうなのだ、北海道民は福原談話の指摘。「浜の知恵、自分たちで付加価値つけて」。
 そしてどうする?。「せめて<ヒト様が口にする>最終消費段階のモノつくり」をめざそう。
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回遊路は一期にしてならず 西国八十八ケ所霊場に七ケ所参り 「四国 花遍路 新日本風土記」240624
 回遊路は一期にしてならず 西国八十八ケ所霊場に七ケ所参り 「四国 花遍路 新日本風土記」240624

 「四国八十八ケ所霊場」、うち札所第七十一番から同七十七番に「七ヶ所まいり しちかしょまいり・ななかしょまいり」が設定されている。
 「歩きでも1日で結願できるお遍路として江戸時代より盛んに行われるように」と解説。
 三豊市・弥谷寺から、善通寺市・曼荼羅寺、善通寺、出釈迦寺、甲山寺、金倉寺、道隆寺と巡遊する。

 「四国八十八ケ所霊場」は、四国一巡の総距離は「1番寺→88番寺への最短距離は、約1067,8km」。
 「1番→1番のように四国をグルっと廻る場合の最短距離は、約1107,4km」。
 庶民が今日の例で、「新宿駅から博多駅」をまで歩く。それは困難。

 行政自治体の名にも影響を及ぼす、第75番五岳山・善通寺(ぜんつうじ)=布袋尊(ほていそん)を軸に、「七ヶ所まいり」が、実施されたようだ。

 祖師が創建の平安時代。行者が行脚の室町時代。旅籠が発達し、澄禅著「四国辺路日記」真念著『四国辺路道指南』らの案内書が出版される江戸時代。
 ある時、ある日。一期で「庶民も歩くことができる」回遊路となった、わけではなく。
 前段には「歩いて、旅できる一日コース」が、出現している。
 七福神も比定され、七ポイントに意味を与えている。
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季節を愉しませる知恵と工夫の銘菓 六花亭「初日餅」290101
 季節を愉しませる知恵と工夫の銘菓 六花亭「初日餅」290101

 3年ぶりに帰国、暫くぶるに帰省先の実家で新年を迎えた姪が届けてくれた「初日餅」。
 「六花亭 季節商品」で1月は3点。
 1)「黒豆大福 1個170円(207kcal/1個)【発送不可】」、2)「初日餅 紅白2個入165円(紅107kcal/1個、白113kcal/1個)【発送可】」。
 3)「十勝川西長いもシフォン(さつまいも) 1個650円(278kcal/100g)【発送可】」

 今や、「初日餅 六花亭 銘菓の季節感」の検索用語で、「「AI が回答を生成中」とくる。
 AIが答えを示そうとする、のだ。「六花亭 初日餅」のAI回答は曰く。
 六花亭の「初日餅」は、*紅白2個入り”で販売。紅いお餅には《つぶ餡》、白いお餅には《こし餡》が入った新粉餅。年末年始の短い期間にのみ購入できる季節限定商品。

 この答えに当事者は、どう感想をのべるもの、なりや。
 ともかく、庶民は毎月、店に走らねばなるまい。「いつ行っても、同じもの」とは、違う。
 京都の銘菓は、公家が育てた。金沢の菓子は加賀・前田家中が育てた。

 北海道は売り手市場。特段の競争もなく、買い手は売り手に従う。そこに風穴。
 「自身が食べてみたいから買う」。
 それは、「菓子と言えば贈り物」の時代とは、異なる価値観ではないのか。
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光は東方から2026  公共投資誘因の計画行政 宮本千萬樹・林田則友・山本武雄
 光は東方から2026 公共投資誘因の計画行政 宮本千萬樹・林田則友・山本武雄

 投資なしで利益吸引の資源搬出。蝦夷地、そう呼ばれた江差・松前・箱館とその隣接地を除く北海道島。
 漁業、硫黄・石炭、森林の豊富な北海道東部は、北海道島最後の資源搬出地であった。
 未開・辺境・後進地とされる北海道東部が、質量共に豊富な資源搬出を結果するには、鉄道・港湾・道路のインフラ整備が必須であった。

 大字釧路村西部で最初の都市計画と目される宮本千萬樹の計画。
 河口港に堆積する土砂の経費を新水路掘削で活かし、下流域の乾燥化と市街化を同時にめざした釧路川新水路掘削計画。
 北海道区制昇格をめざし、春採湖公園化+都市施設+都市施設整備+上水道敷設を同時にめざした林田則友。

 新産業都市指定をめざし他都市にさきがけ作成の官学による総合調査は、日本の高度経済成長へむけての山本武雄市長時代。
 遅れじと先人は知恵を流した。
 民間投資&公共投資に陰りおぼえる21世紀。持ち前の釧路方式の集積で、外部投資を誘因する新付加価値を創設したい。
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