2025年12月の記事


「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
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Hirotsugu Sato<pacific0035@yahoo.co.jp>
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「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
251231 三首詠歌 画像.jpg

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「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477年

 大晦日、こどもの頃から聞かされてきた「三首御詠歌章」。
 ネットには「文明9(1477)年12月2日の日付のある御文章、とにかくながい! 三首の詠歌章」の評もあるが。 https://www.youtube.com/watch?v=oTXNzN-EgN4
 著者は1415年4月の生まれとあるから、記載の1477年 12月は、満72歳の手紙。

 冒頭は深い回顧で綴られる。
 「秋も去り春も去りて、年月を送ること、昨日も過ぎ今日も過ぐ」。
 「いつのまにかは年老のつもるらんともおぼえずしらざりき」。
 
 ここから、過ぎ去りし半生に思いを展開。
 「そのうちには、さりとも、あるいは花鳥風月のあそびにもまじはりつらん」。 「また歓楽苦痛の悲喜にもあひはんべりつらんなれども、いまにそれともおもひいだすこととてはひとつもなし」。
 「ただいたづらに明かし、いたづらに暮して、老の白髪となりはてぬる身のありさまこそかなしけれ」。

 だが、ここで、わが身の恙無きに、深く思いを致す。
 「されども今日までは無常のはげしき風にもさそはれずして」
 「わが身ありがほの体をつらつら案ずるに、ただ夢のごとし、幻のごとし。 「いまにおいては、生死出離の一道ならでは、ねがふべきかたとてはひとつもなく、またふたつもなし」。

 流れる文体のなかで、にわかに言及「生死出離」。
 「しょうじ・しゅつり」と読むのだ。
 当節、AIの答えもあるが、そこは本流の解釈によると、次のように。

 「この世は無常だからこそ、今を一生懸命生き抜くということが大切である」と、
 「積極的に無常というものをとらえているおられることを忘れてはならない」。
 (浄土真宗本願寺派 法帰山西光寺 https://houkizan.sakura.ne.jp/text122-74.html)

 静かに聞いて、遅慮することなくお過ごしを。
 すなわち、絶対者の<本願のいわれを聞かせていただいて、そのまま受け入れる>。
 <自分の判断でためらうのではなく、そのまま信受することを「聞思」>する、とされる https://komyouji.com/hougocalender/2011_1.html 光明寺「法語カレンダー」。

 原因のみで、即、結果にむすびつくわけだはないが、目にはみえず、気つかぬこともある「縁」のつながり次第で、自ずと「結果」に至る。
 これぞ、同時進行の意。
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せっかくだ!!、売れ筋商品&お手頃価格よりも専門店 暮れの釧路和商281229
 せっかくだ!!、売れ筋商品&お手頃価格よりも専門店 暮れの釧路和商281229

 「市民の台所」を自認する釧路和商。そこが市民から遠のいているのは、なぜか。
 密かに考えて来た点は、3点。往年のニギワイ。
 そこを取り戻す前に、「自分の口に入れたくないモノは売らない」商店群たる店に注目せねば。

 密かに考えて来た、3点。
 1)に「自身で調理をしなくなり、半製品&出来合い食品の外部依存サービス領域が拡大」。
 2)に「可処分所得の格差が広がり、国産品&専門店での買い物が、ゼイタク視される」。
 3)に「モノの価値、本来の旨さ&本当の美味しさのハードルが低くなった」。

 歳末から新春。言わばハレ=非日常の期間を前に、そこは相当に思い入れを、と出かけて見た。
 4)中旬の特売期間に「カニ甲羅盛 3300円(税込み)」は4800円。
 5)生本マグロのお造りは1300円(同)程ながら。
 6)量販店で「買って、買って、安い760円+税」などのミカンは扱わず、ブランド力のある品がお目見え。

 若者が、食肉専門店を訪問。店主に聞いた。
 若者「家では量販店で購入の肉ばかり、(専門店には)どんな市民が買いにくるのか」。
 店主「それで良いではないですかー、でもさ、どちらの家にもいろいろな祝いごと、また、自身を褒めてあげたい時って、あるでしょう」「そうした時に買ってくだされば」。

 質問者は納得。さて、いかがであろうか。
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日に、いちど15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐後‐
 日に、いちど15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐後‐

  地域コミュニティ放送《FMくしろ》は、北海道釧路市にある周波数76.1MHzのラジオ局。釧路市、釧路町、阿寒地区、音別地区など、釧路地域、釧路管内に密着したラジオ番組を放送中の超短波放送。
 平成6 1994年11月1日に開局し、24時間放送を実施している。自前の番組を放送する時間が一日の50%以上を占め、その多くにリスナーの市民が参画。特に災害放送では、地震多発地帯に欠かせぬ存在となっている。

 9)「消えたいワカモノたちのイキヅRADIO」 【ON-AIR】第1木曜 20:00~
  パーソナリティ:瞳、消えたいワカモノたち、他 平迫なおこ(サコちゃん)
https://fm946.com/broadcast/category/ikizradio/
 どこにも居場所が無い、生きる意味が見いだせない、消えたい・・・。
様々な生きづらさを抱えたワカモノたちが、自分自身や社会を見つめながら自立の道を探っていきます。
 「今、生きるのが苦しい」そう感じている人に届いて欲しい番組です。
釧路市で展開されている【若者自立プロセス資源化モデル事業】広報の一環として制作しています。

 10)「お坊さんママのおてらジオ」
  パーソナリティ:本行寺 坊守 菅原麻子さん さとう晴美
https://fm946.com/broadcast/category/oteradio/page/2/
 メインナビゲーターは、釧路市弥生2丁目にある浄土真宗 本願寺派 本行寺の坊守 菅原 麻子さん。現在、男の子2人のママとして育児とお寺の仕事をしています。お寺を身近に感じてもらえるようなお話や、心に残る今月の言葉など、1日のスタートを、ふんわり後押しするような番組をお送りします。
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日に、いちど15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐中‐
 日に、いちど15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐中‐

  第二の職場では、「週に一話 15分 釧路情報」。そうした要請が地域コミュニティ放送「FMくしろさん」からありました。
  うち3人の音源がポッドキャストPODCASTで公開され、うち一人が現在もOn Airしています。
  日曜日を読み上げ原稿作成にあて、毎回400字詰め原稿を6枚分。あわせて712話を電波に載せてもらいました。

5)「甘×辛 on PODCAST」 【ON-AIR】日曜 16:00 / 再放送翌火曜 24:00
  パーソナリティ:マスターGO & さとう晴美アナ

  いつまでも体を張り続ける2人による、体当たり系バラエティ番組。過去にも様々な伝説っぽいことをやり遂げてきたこの番組がついにWEB上にまで!本放送の1部分をお届けします。(放送素材保管期間は3ヶ月です)
  https://fm946.com/broadcast/category/podcast07/

 6)「テツ男テツ子の部屋 on PODCAST」 【ON-AIR】木曜 17:40~
 ナビゲーター:釧路臨港鉄道友の会代表 星匠さん パーソナリティ:鈴木直哉&斎藤秀嗣
 
  鉄道についての話題やニュース、ツアーレポート、そしてゲストに鉄道各ジャンルのエキスパートの方を招いて鉄道の魅力とともに、様々な情報発信をしていくコーナーです。鉄道ファンも、そうでない方も、是非お聞き下さい。(放送素材保管期間は3ヶ月です)  https://fm946.com/broadcast/category/podcast08/

 7)「Dr.まーぼーのおひさまひろば on PODCAST」【ON-AIR】毎月最終日曜 11:15〜
 ナビゲーター:おひさまクリニック院長 須貝雅彦さん&管理栄養士 須貝京子さん
  パーソナリティ:田村直子アナ

  子育て中のママ・パパをはじめ、プレママ・プレパパ、おじいちゃん、おばあちゃん…子どもにかかわるすべての人を応援!Dr.まーぼーと奥様けいこさんが毎回様々なゲストを招き、幅広いジャンルで子育てや釧路地域の子どもたちにまつわる情報を発信しています。
  https://fm946.com/broadcast/category/ohisama/


 8)「備えて安心 on PODCAST」 【ON-AIR】第2木曜 10:05~
  ナビゲーター:防災士 辻川実さん パーソナリティ:さとう晴美アナ 

  日本防災士機構認証 防災士。災害に見舞われることの多い故郷・釧路への想いから、2010年2月に防災士認証を取得。民間人の立場から、地域の防災・減災力向上に資するために講演会やワークショップを展開する。番組では様々な災害に対する日ごろの備えについてわかりやすく紹介します。
  https://fm946.com/broadcast/category/bosai/
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日にOneTime 15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐前‐
 日にOneTime 15分 釧路情報をチェックイン FMくしろ- PODCAST 10話‐前‐

 「用語 ポッドキャストPODCAST」
 =1)「インターネット上で配信されている音声コンテンツが楽しめるサービス」。
 =2)「好きな時間にいつでもどこでも幅広いジャンルの番組を聴くことができる」
 =3)「無料のコンテンツも多いため、気軽に始められる」
 https://network.mobile.rakuten.co.jp/sumakatsu/contents/articles/2024/00149/ 楽天Mobile「ポッドキャスト(Podcast)とは?アプリの種類や使い方、ラジオとの違いを紹介」

 1)「エゾシカ・ゼミナール on PODCAST」 
   ナビゲーター:岡本匡代さん パーソナリティ:平迫なおこ

   釧路短期大学教授。専門分野である食品・栄養学の視点からエゾシカ研究を行い、博士号を取得。現在もライフワークとして研究を続行中。管理栄養士。行政や民間企業、大学などの関係機関と連携しながら、エゾシカの有効活用やワイルドライフ・マネジメントに基づいた提言を行っています。

   https://fm946.com/broadcast/category/podcast02/

 2)「ゆうゆう釧路湿原塾 on PODCAST」 【ON-AIR】金曜 11:00~   
   ナビゲーター:大西英一さん パーソナリティ:さとう晴美

  2014年より釧路専門学校 環境実践研究センター センター長。湿原のガイドや、講演活動など、幅広く活躍。 四季折々の釧路の自然・動物の話題や、湿原の歴史にまつわる話などをわかりやすく紹介します。
(放送素材保管期間は3ヶ月です)
   https://fm946.com/broadcast/category/podcast04/
 
 3)「釧路歴史探訪 on PODCAST」
  ナビゲーター:佐藤宥紹さん パーソナリティ:鈴木直哉
 
  釧路短期大学教授。釧路市の市史編纂事務局、釧路市立博物館、釧路市の地域資料室を経て釧路短期大学教授へ。また出身の厚岸町史の編纂にも関わる、釧路地域史のスペシャリスト。(放送素材保管期間は3ヶ月です)
  https://fm946.com/broadcast/category/podcast05/

 4)「片倉佳史の台湾エクスプレス on PODCAST」 【ON-AIR】火曜 17:30~
  ナビゲーター:片倉佳史氏 パーソナリティ:鈴木直哉
  
  神奈川県出身。台湾在住フリーランス・ライター。台湾の観光や歴史に関する取材活動の他に、現在はTVやラジオでも活躍中。主な著作『旅の指さし会話帳(8)台湾』『台湾に生きている「日本」』など。コーナーでは、台湾と道東の繋がりをテーマにトークを展開中。片倉佳史さんのオフィシャルホームページはこちらから。(放送素材保管期間は3ヶ月です)
  https://fm946.com/broadcast/category/podcast06/
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やる気、元気引出す ドサンコ女性、廃園予定の農園継承「小さな旅 技と魂 眠らせず ~栃木県 那須烏山市~」251207
 やる気、元気を引き出したい 北海道の女性、那須烏山で廃園予定のリンゴ園継承「小さな旅 技と魂 眠らせず ~栃木県 那須烏山市~」251207

  「那須の人の<やる気、元気>を引き出したい」。
 北海道から那須烏山に移住し、苗から育て50年=リンゴとナシの一大後継者となった中村麻衣さん(39歳)が、つぶやく。
 12月7日放送「技と魂 眠らせず ~栃木県 那須烏山市~」で、もっとも感動的な場面と視聴した。

 若者に廃園予定であった農園を後継、継承してもらった農園主の阿相善一(あそうぜんいち)さん(92歳)は述べる。
 「お客さんの『やめないで』と言われたのがツラかった」「限界のところを引き継いでもらった」。
 「これだけのリンゴができているとおもうと、
うれしい」。

 救世主となったのは北海道から移住し、宇都宮市で17年間フィットネス講師をしていた中村麻衣さん。
 2022年末、子どものころから憧れていた果樹農家への就農を決意。
 JAなす南に相談したところ、同年で引退を決めていた同果樹園の阿相さん、節子(さだこ)さん夫妻と巡り会えたのです。

 園主は「やる気が仕事に現れている。この人なら任せられる」と目を細める。
 軽症の中村さん。「果樹は初期投資が多く、成園化して収量が安定するまで時間がかかる」。
 「新規就農は難しいと感じ」「タイミング良く阿相さんの園地を引き継げたので、とてもうれしいです」、と。成功を期して、周囲は支える。
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見事に「引き出す」ワザ・センス・知恵 資源の潜在能力引き出し無駄なく活かす251224「日本の心を形に 稲わら 美の壺」
 見事に「引き出す」ワザ・センス・知恵 資源の潜在能力引き出し無駄なく活かす251224「日本の心を形に 稲わら 美の壺」

 「センスということでもないけれど」
 「“ばんどり”は見ても立派だし、鮮やか」(掲載写真)
 「“ばんどり”ができれば、8割が“たわら仕事”ができる」。

 藁工芸 斎藤營一さんのワザとセンス。庄内地方、現在の山形県で伝統技術を支える。
 「ばんどり」とは、「肩と腰の二カ所を編み込んだ稲わらで覆う雨具。梅雨の時期や冬の降雪時に昭和三十年ごろまで重宝されていた」。
 番組で紹介、手掛ける作品は鮮やかな布を織り込む「羽つくり」の仕上げ段階。

 婚礼用の華やかな“羽根ばんどり”を作る91歳の名人が手掛ける「羽つくり」。
 「羽根」は、最後に婚礼用の ばんどりの一番の特徴で、すだれのように わらで編んだ羽根=鳥の羽根のような装飾 に布を巻きつける。
 まずは鮮やかな薄紺・紅・黄色・濃紺。

 「所得が少ない」。しかし、資源をすみずみまで、活かす。
 そんなワザ・センス・知恵の持ち主が秋の収穫物の福さん品を、農閑期を通じ活かす。
 多彩な含み資産が、庶民の中に広く育てられ、地球に負荷をかけずに明確な四季を、青酸に生かした。
 それだけではあるまい。戦後復興を短期になしとげ、世界第二の経済大国を誘引した、のだ。

それが評価されずに、格差が深刻かつ拡充。その溝をうめ、含み資産を次世代に継承。それが政治・政権の意味、か。
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幼き子に希望の光 Xマスこんさーと251220ー前ー
 幼き子に希望の光 Xマスこんさーと251220ー前ー

 恒例、「0歳からの クリスマス スマイル コンサート」。12月20日に開かれた。
 若手演奏家が修練の成果を示し、スマホやCDで愉しみ、力をそそぐ世代に〝ライブ演奏”を。
 試みは見事にヒット。800人収容の大ホールが、楽しみにしている親子で埋まる。

 午前10時の開場。開演にさきだち、お楽しみのコーナーが開かれる。
 ロビーには、さすがクリスマスの季節。会場に姿を見せてくれる、お子たちのスタイルも待ちこがれるサンタさんに、ソックリ。
 人気はまず、「おやつ」のコーナーに集まるようで。
 
 ひろばには、「りんごマアチ 手芸品」「piyonntan 手芸品」「すてっぷ クッキーなど」
 「(釧路聴力障碍者協会 就労継続支援B型事業所)手と手 クッキーなど」
 「くしろパン パン」「芋屋COCO ドリンク」「サン・フラワー サブレ・昆布製品など」
 「(社会福祉法人 釧路保育会)ひかり自立支援センター クッキーなど」「フォトブース 合同会社 東北海道エンターテインメント」。
 筆者の今年は、「三・フラワー」さんで、手づくりサブレ&文庫用ブックカバーを求めた。本団体は市内入舟で、知的障害者の支援を続けている、と。

 10時30分。進行役を務める泉かおりさんが、ステージにスポットライトをうけて登場。
 まばゆい光彩にお子たちも歓声。
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18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー3ー
 18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー3ー

 1973年秋の第4次中東戦争。石油卸売価格の値上げに繋がったが、物価高騰はその年11月末には始まっていた。
 全国紙は伝えている。その変動の大きさに時の福田赳夫(ふくだ たけお、1905‐ 1995年)が命名した、と。
 トイレットペーパーが石油に依っていると伝わり、価格は約20パーセントアップしただけではない。買い求める市民が量販店に長い行列をつくり、品物の奪い合いを見せる。

 なぜ行列ができ、競って品を奪いあったか。後日のことだが、その要因を読んだことがある。
 個別の水洗トイレが普及した団地の集合住宅住まい。隣家、階上・階下の住民とは日常の接触がまったく無い。しかし水洗トイレは排水管で繋がっているのみの間柄。
 万にひとつ。パイプを詰まらせ汚水があふれることに、なっては。その驚異・恐怖が“買占めに”に走らせた、と。

 当時、わがマチの下水道普及率は・・・・。
 価格高騰は世間並ながら、「買占め・売り惜しみ」が発生したとは。しかし、
 当時、トイレットペーパーのほかに砂糖や洗剤のモノ不足は指摘されていた。

 この事態に国は「生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律(昭和48年7月6日法律第48号)」が施行された。
 別に「生活関連物資等」の項目をさだめることとした。価格高騰は公共事業にも当然、波及した。
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18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー2-
 18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー2-
 2025年12月17日の午後。刊行物の出版で集まった数人の男性たちと、ここに紹介“1974年問題”を小一時間、語り合った。
 「まだ独身で下宿の部屋、反射式ストーブを置き細々と暖房」(1974年5月は23歳)。「実家住まい、石油と石炭を半々くらい」。

 さきだち昭和41年冬。日東炭鉱(株)労働組合の委員長と書記長が話題にしていた場所に出合わせた。
 委員長「そりゃー暖房は石炭に限る、最近、書記長は灯油ストーブに代えたそうだが、今にみておれ」。
 共に近視眼メガネの書記長が応じた。「一冬使ってみろ、なんとかなる」「そりゃー、楽だぞー」。
 所は炭鉱住宅長屋の一室。石炭産地のどまん中で、しかも労組幹部の論。時代を象徴すること。黙って聞いていた。筆者そのとき22歳。

 採暖は、石炭ストーブ「ルンペン」から、石油ポット式ストーブの移行期にあった74年。
 灯油燃料の20円アップは、各家庭で年間2000リットル使用で、4万円の負担増。
 さきの会合では誰かが「一丁43円の豆腐が70円になって驚いた」と会議の始まる前に。新聞紙面に「狂乱物価」の見出し。
 その意味するところは「狂乱物価=昭和49 1974年に日本で起こった物価の異常な高騰のこと」とされる。

 事態はそこで収まらず。
 都市部では、極端な「生活必需物資不足」に「買占め・売り惜しみ」の広がる地域も。
 日本中部地方の信用金庫で「倒産かもの世間話」が発端で、取り付けの客が集中の事態も。
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18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー1-
 18リットル缶/日の灯油消費家庭 1973年10月オイルクライシスの波及251217ー1-

 1974年5月31日、道内紙の市内配布版、そのトップの見出しに「灯油価格20円を40円に 明日から」趣旨の見出しが掲載された。
 当時、筆者は市民のコミュニティ事業を支援する部局に発令されて3週間目。
 上司にあたる物価対策緊急会議事務局長(課長職)は出勤するやいなや、石油卸売商業組合長にさっそく、紹介の電話をかけ始めた。

 続けて元売り業の出光・日石・共同石油の主要スタンドで、価格推移の動向を収集。
 「やっぱり、一大事だ」。30歳事務屋の感想であった。
 時に私は通勤列車の車中で釧路・根室国を配布対象とする新聞を手に、同様の記事を読んでいた記憶がある。
 故に「事態の正確な把握」に加えて、その後の自身の果たす項目を思いめぐらしつつ、降車駅と仕事場で1キロほどの道を急いで記憶がある。

 今、『TOYOTA トヨタ自動車75年史七十五年史』では、「第4節 石油危機への対応」「第1項 第1次石油危機への対応」を設けている。
 石油危機の影響が「自動車の販売台数も消費マインドの冷え込み」「ガソリンの不足、価格の高騰などによって激減していった」。
 当代一の大手企業にして、営業領域への影響の大きさ。そこに目を注ぐことだ。

 当時の自宅は、間口5.5間×奥行2間(そのころ11坪、36.3平方メートル)の法人管理棟。
 1970年秋。坪 3.3×3.3平方メートルあたり、10万円を切る価格設定で建てれた住まい。
 「厳寒期の灯油消費量は日に18リットルポリタンク、ほぼ一本」。筆者は厳寒期の冬、受槽タンクへの給油量満タンにするサマを眺めて考えていた。
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CD版ながら、釧路市の公式ホームページかものアクセス可能 『釧路炭田その軌跡』(釧路市 2003年)
 CD版ながら、釧路市の公式ホームページかものアクセス可能 『釧路炭田その軌跡』(釧路市 2003年)。

 主宰者の紹介に着目しておこう。
 「約500枚の写真、9本の記録映像(動画)などをCD-ROMに収め、釧路地方の石炭産業、とりわけ太平洋炭礦(株)が作りあげてきた歴史と技術の記録」
 「釧路地方に石炭があることは、1880年ころつくられた本に書かれ」「釧路炭田の石炭埋蔵量は約20億トンと推定」
 「現在の釧路町別保で石炭が発見されたのは明治26(1893)年のこと」「春採の炭鉱が安田家によって経営されたのに対し、別保では山縣勇三郎が経営する釧勝興業という炭鉱会社」

 北海道東部で開発された釧路炭田は、概ね三資本系列の炭鉱群が知られる。
 三井=太平洋炭礦春採坑、三菱=雄別炭礦雄別坑・尺別坑・茶路坑、明治鉱業=庶路坑・本岐坑。
 炭質は粘結性の低い一般炭(動力燃料用)、粘結性の高い原料炭(製鉄・コークス用)に分かれるも、1950年ー55年に大小20程の炭礦が稼働。

 水平坑道と硫黄分、それにガス発生の少ないことに支えられ、機械採炭が発達し、本邦最後の「坑内掘り炭鉱」で存続した太平洋炭礦。
 2002年1月の閉山後、激変緩和策で進められた地域緊急雇用創出制度の対象で実施。
 その事業の成果品として納入された。

 検索サイトで「釧路炭田その軌跡」と入力。
 https://www.city.kushiro.lg.jp/area/common/003hp/home.html で読める(但し、「動画9本」は現在、アップされていない。
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基幹企業の下請け中小企業、大手利益いずこに 独&日の中小企業体質テレ朝系251213‐後‐
基幹企業の下請け中小企業、大手利益いずこに 独&日の中小企業体質テレ朝系251213‐後‐

そう言って・・・・・。
7)「直接海外へ輸出を行う中小企業の割合」と掲げ、日本21%程度、独70%近くで「立地の違いはありますが、3倍以上、というのはかなり大きな差異」展開。
8)結果、「自分たちで生産、輸出まで行い、買いたたかれることもなく、利益を大きくあげることが可能」。
9)従って「生産性も高くなる、というわけ」。

ひとまず、次のように結ぶ。
10)「高い技術のモノを安く、ではなく高品質なものを高価格で売る」「それが今うまくいっているというのがドイツ」と。

確かNHKETVの教養TEXT。京都大田区の企業経営者たちが寄りあつまり、情報交換と検討会。
「モノも、図面がなくとも部品の一部から、製品モデルを創りあげる」。
池上氏が申す「日本の中小企業も技術は大変高いですから」を、裏づける話、か。

しかし中小企業の多くは元請けの、“価格支配&納期厳守”に強く支配されつづける。
ために<独自の技術開発&利益の投資への振り替え”どころか、従業員の処遇改善もママならぬ。
そうでは、ないか。ならば「技術は大変高い」と、評価されてばかりでも当事者は当惑。ではないか。
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基幹企業の下請け中小企業、大手利益いずこに 独&日の中小企業体質テレ朝系251213‐前‐
 基幹企業の下請け中小企業、大手利益いずこに 独&日の中小企業体質テレ朝系251213‐前‐

 テレビ朝日系が池上明のドイツ現地取材結果をネットに配信していた。12月13日21時の配信で「池上彰が現地取材!ドイツってどんな国?」。
 ネットの内容は「日本経済はなぜドイツに抜かれた!?池上現地取材で知る「日本の常識は世界の非常識」
 読んで見るに。「ドイツは日本に比べ『生産性が高い』というわけ」と。

 比較の観点を、いくつか。
 1)「ドイツは日本と同じくらいの面積ですが人口は1億人に満たない国」
 2)「しかしGDPでみると世界3位」。「日本より人口が少ないのに上なんです」。
 3)「つまりドイツは日本に比べ『生産性が高い』というわけです」。

 池上氏は「ドイツの生産性が高い理由」を続けて、述べる。
 4)(独の生産性が高い)理由の一つに中小企業の存在があります」。
 5)(日本もドイツも中小企業に支えられている、は)変わりありませんが、日本ではまだまだ大企業の下請けが多いというイメージ」。   
 6)「でもドイツは違います」。
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景観に治山・治水の観点で伐らず=ブナ林守る伝説&知恵 新潟 番屋山251208-1-
 景観に治山・治水の観点で伐らず=ブナ林守る伝説&知恵 新潟 番屋山251208-1-

新潟県三条市と会津盆地を中継する位置に、番屋山 標高=932.2メートル。
 「吉見平」「八十里越え」「雨生ケ池 まごいかいけ」などの名所が続く。
 この番屋山には永く、禁忌=タブーがあるの、だと。
 禁忌=タブーの内容。そこを理解するヒントは、途中の石祠の神社=「雨生 まおい 神社」。

 築造にクギ、ツガイ、カンヌキらが、用いられず。タブーは「金属類の持ち込み」である、と。
 この神社では「雨生神社の大蛇祭」が営まれる、と。大蛇、すなわち「大神」のことと。

 山頂から弥彦山、角田山が臨める、「ニッポン百低山」で紹介された。
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「深く習熟非常に熟練」も「衰退が始まる兆候」か 物語に爛熟250912
 「深く習熟非常に熟練」も「衰退が始まる兆候」か 物語に爛熟250912

 「らんじゅく 爛熟」を辞書で引くに、三点の記載。
 1)熟しすぎること: 果実などが熟しすぎて、腐敗し始める状態。
 2)物事の極限までの発達: 社会や文化などが最大限に発展し、これ以上は成長しない、   あるいは衰退が始まる兆候が見える状態。
 3)物事を深く理解し熟達すること: ある分野において、深く習熟し、非常に熟練している状態。

鎌倉仏教の範疇で創始者の一人は師釈=祖師方の論釈を<自身独自の読み>で、印度哲学を成長から爛熟に止揚した。
 仏事で読まれる回向 えこう 句=「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」文は、論釈の代表者たる中国唐代、善導「観経四帖疏‐玄義分」の一文。
 通釈は「願」の主体が自身にあると解し、「願はくはこの功徳をもつて、平等に一切に施し、同じく菩提心を発して、安楽国に往生せん」、と。

 そこを祖師は、「願」の主体は「阿弥陀仏」として、読み替える。

 「阿弥陀如来が、永い修行の結果、あらゆるものを浄土に往生させて仏とするための手段、すなわち念仏を私たちにお与えくださった」
 「みなでその教えに出逢って、阿弥陀如来のはたらきにおまかせして、浄土に往生させていただき、さとりを得させていただきましょう」。

 その意味に読み替え、立論している。
 1224年を主著執筆から800年。後継者は日本有数というより、本邦歳台の教団組織に誘導した・
 「らんじゅく 爛熟」=3)物事を深く理解し熟達すること: ある分野において、深く習熟し、非常に熟練している状態。そこに誘因。

 が、近年の聞法同行の高齢化と後継者に難点。やはり、次の点に注目するや。
 「らんじゅく 爛熟」=2)物事の極限までの発達: 社会や文化などが最大限に発展し、これ以上は成長しない、あるいは衰退が始まる兆候が見える状態。
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物語は成熟 原始仏教から専修念佛・只管打座・専唱題目250912
 物語は成熟 原始仏教から専修念佛・只管打座・専唱題目250912

釈迦(B.C563年~B.C483年説&B.C463~B.C383年説)
◎口承期

死の翌年 第一結集(教団の長老たち)
約100年後 第二結集
第三結集(アショーカ王の時代 B.C268年即位、在位36年くらい)
第四結集(クシャーナ朝:カニシカ王 A.D130年頃~170年頃 or 120年頃~162年頃)
◎記録期

竜樹(2世紀中葉 クシャーナ朝時代の僧 大乗仏教理論を大成)
世親(天親と訳 300 - 400年頃)
曇鸞(476年 - 542年7月7日? 南北朝時代の僧 中国浄土教の開祖に)
道綽(唐 618年 - 907年代、中国浄土教で『大経』『観軽』解説書)
善導(613年―681年4月7日 or 4月20日 「称名念仏」中心の浄土思想確立)
源信(942―1017年 日本 985年3月、『往生要集』を脱稿)
源空(1133―1212年 善導著『観無量寿経疏』で専修念仏を 門下に親鸞)。
◎師釈=祖師方がたの論釈 期

道元=釈迦 只管打座 親鸞=阿弥陀仏 専修念佛 日蓮=法華経 専唱題目

法句経 ほっくきょう を代表的経典とする原始仏教と、大乗仏教の到達点の一たる鎌倉仏教。
そこには「個人の悟りを追求」から飛躍し「利他主義を掲げ、生きとしいくるモノすべての人が成仏」と展開。
口承期の物語は、記録期の仏典結集と師釈期たる論釈をへて、専修(せんじゅ)思想に止揚する。
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1974年6月=灯油価格20→40円/Lで、倍価格 その時あなたの身辺では251217
 1974年6月=灯油価格20→40円/Lで、倍価格 その時あなたの身辺では251217

「オイルショック以降(特に1974年5月以降の厚岸町の移り変わりや出来事」
1)1974年5月、みなさんの居住地=自治体名
2)1974年1月、当時の採暖方法、家庭に自家用車(営業用も含む)
3)住居の形態(凡その間取り&戸建て住宅、官舎など共同住宅)
4)漁業経営や農業経営が操業用燃料調達で変化した点
5)時のマチの様子、今に、記憶している状況。
6)公共事業への波及、設計価格変更の動きetc
7)営業タクシーや石油スタンドの営業時間、対応点
8)生活必需物資の価格が上昇、衣食住の対応で記憶している点。
9)モノ不足、買占め・売り惜しみが発生し、自粛と省資源、省エネルギーに漁業資源管理の時代に入る。
10)周辺の湿原など空閑地への土地買占めの動きは。

(説明) 
1973年秋の第4次中東戦争。その波及は翌73年5月になって、顕著となる。
5月31日、道内配布紙の市内版には「灯油1リットル価格を20円から40円に改定」と報じた。
こここが起点となって、地域では様々な動きがみられる。当時、20歳+αの皆さんに、往時の記憶を回想していただきたい。
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251209 物語は成長 伝承・記録・コンセプト豊富化250912
251209 物語は成長 伝承・記録・コンセプト豊富化250912

「物語は成長する」。このキーワードを耳にしたのは、学部の研究室で担当教員との面談の時であった。
 当時、刊行されたばかりの杉浦明平著『戦国乱世の文学』(1965年 岩波新書)の一話。
 その内容が、1950年頃に聴かされていた寓話の一説と、あまりに異なる解釈であったからだ。

 そのとき「物語は成長する」の概念も、発言の起源も確認することはなく、「そう言うことか」。
 そう受け止めてきた。ただ、口承の「日本神話」が「古事記」に結集され、それが「神国大日本」に美化された点は、<『物語>、負の成長』と、受け止めることにしてきた。
 こちらについて後世、上田正昭著『日本神話』 (岩波新書 1970年)が、世に出た。
 本書には「政治的目的のもとに体系化されたもの」を「徹底的に再検討することにより、日本神話の原像を追求」とする、書評もある。

 口承伝承の内容を、象徴的表現と理解する手法もある。そうした点に思い至った。
 かく顧みるに幼児から聞かされてきた「釈迦―(浄土三部経)―七高僧―専修念仏」。
 そう仏典解釈の積み重ねは、「物語は成長する」の一形態と受け止めることに。

 この思想過程を表現する一文。
 掲載の画像=『顕浄土真実教行証文類 総序』、教科書で紹介『教行信証 総序』の一に思い至る。
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楽師・楽生―育てる人材・力量、育つ環境251206「美の壺:千年の響き 雅楽」Fil637
 楽師・楽生―育てる人材・力量、育つ環境251206「美の壺:千年の響き 雅楽」Fil637

 「楽師 がくし」が「楽生 がくしょう」を、一対一で指導する「習礼 しゅらい」を紹介。
 楽生=練習生は話す。そもそも祖父が楽師の家で。
 「私も祖父にすすめられ、幼い時に感動をうけた」「その感動を多くの人に伝えたい」。
 この道に入った、契機を話す。

 ナレーションが入る。
 「明治期に養成制度が設けられ、楽生が一般開放された」。
 記載を開くと「『楽家』と呼ばれる家系で代々受け継がれ」だが。
 「明治期に養成制度が一般に開放された」と。

 話は「楽師」に展開。
 「わたしが15歳のとき、(楽生)君のお爺さんに『篳篥 ひちりき』を習いました」。
 今、楽生を教える立場にあり、不思議な思い。そういうわけだ。

 雅楽。こどもの頃から「五常楽 ごじょうらく」「越点楽 えてんらく」がレコードから流れてくる音を聞いている。
 楽師は、国の重要無形文化財「雅楽」の伝承者となっている。

 雅楽によらず<人材を育てる>。
 育てる人材、その為の力量、育つ環境。それぞれ、どの一を<疎か>にしては・・・・・。
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農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(3)
 農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(3)

 1979年に開館した「幕別ふるさと館」。掲載写真の仮称“(開拓初期の)拝み小屋 復元”の「屋根」部分に注目してみましょう。
 「葦吹き」の屋根を支える梁 はり や支柱には、丸太材が用いられ(下図 黄色〇部分)、居住空間からも露出(上図 同)して、見える。
 実は拙宅の台所も、この構造であった。実は母屋より建物を支える「土台 どだい」の支柱が短い。
 また天井も。母屋が90センチ=3尺に対し、台所は30センチ=1尺しかなかった。

 勾配の上から下に角材の支柱があり、下から上に横板を貼ってあった。
 板の上には「柾目柾 まさめまさ」=ながさ30センチ程、幅は20,10、5センチなどのサイズがあったと記憶する。
 そんな仕上げであった。「吊り天井のない柾葺き屋根」とでも、呼称しておく。

 展示の屋根は柾使用以前に、「ヨシ 葦」を材料としている。
 これから完成させるため、途中の姿として屋根を支える小丸太支柱が見える。 その支柱にヨシの束を縄止めするのだ。

 木炭を製造し生計を立てている民家のなかには、吊り天井のない住宅も見られた。
 ヨシ束を並べ、「(確か)文化柾 ぶんかまさ」と呼ばれる、長尺で板目柾=「ウスカワ」もしくは「折敷 おしき」と呼ばれた包装資材を厚目にした柾で屋根と記憶する。
 ストーブから洩れる煙で燻され、黒々と固められていた。ただ木炭製造の転機を境に、移転を余儀なくされた。

 板目柾は、丸太を効率的に使って製材できるため、一本の丸太からより多くの板が取れて、価格が安い。そうした特性があった。
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農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(2)
 農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(2)

 当時の農業経営者家屋は、入り口を入ると広い土間があった。
 東北地域の「曲や家」や田の字型住宅とは違って、馬を保管する空閑はない。
 「三和土 たたき=敲き土(たたきつち)の略で、土を<叩き固めた>空閑」の面があり、居間や台所にあがるには、「上がり框 あがりがまち=玄関で靴を脱ぎ履きするための<たたき>と、床との間にある部分を指す」に足をのせ、入室した。

 「台所」は前述のとおりとして、以下、「家族の生活」に目配りをしてみる。
 居間の床は、もちろん<板の間>。こども達は採暖器具と台所の間に空間に置かれた「ちゃぶ台」で学ぶ。
 用意された子ども部屋も、専用の机&椅子は1965年を過ぎるあたりから、か。

 長く灯火は「ランプ」。厚岸町尾幌の集落で送電されたのは、1949年のこと。
 それも尾幌駅から南に1200メートル、尾幌駅前と道道厚岸昆布森線をむすぶ道の東西200メートル内外の範囲。
 全村に電力が供給されたのは10年後の1959年となるはずで、二段階に分かれていた。

 それでも床の間のある部屋や、大勢の客が集まって会議を開く部屋には「畳 たたみ」でおおわれ、天井も「吊り天井」が配置されていた。 
 戦中・戦時には、建具をはずすと「大広間 おおひろま」に変わり、出征者の歓送のため。
 結婚式も葬儀も、法要らの「非日常」を営まむ空閑として用意されていた。
 ちなみに結婚式とその後の祝宴が「家」で営まれるは1955年ほど。葬儀は1970年ほどまでと、記憶。

 道東の農業経営者家屋には、家畜飼育空間が間取りの中にない。
 もとより馬は飼育され、畑作農業の作業や、冬季の木材搬出で<日銭>を稼ぐ有力な財源。
 故に、この点について考察した報告があるかも。

 しかし未見につき推測するに、以下の点を示しておくことに。
 1)何より飼育頭数が多い、ために飼育小屋は別に設けている。
 2)家屋と飼育小屋の仕様を検討するに、確かに違いが。厳寒を人さまが凌ぐと、家畜への処遇では差が。
 3)家畜を飼育する面積は人間の住む面積を凌ぐうえに、そこを同一仕様で賄うにはコストがかかりすぎて負担に堪えられず、かと。

 多くの過程は北側に面し「納戸」が配置されている。照会したことも案内されたこともない。
 家族の「寝室」にあて、また、寝具や来客用什物(膳、茶碗、重箱などの彫塑品)保管の空閑。
(掲載図は
 「日本建築史 農家の平面形式」 https://note.com/ura410/n/n0c67f6758211 251205 09:15閲覧)
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農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(1)
 農業経営者家屋―間取り&生活形態 1950年代―(1)

 玄関から障子や板戸を開くと、居間があり、家族が暮らしていた。
 1950年、農業経営家庭の家屋、その第一の特徴であった。
 仕切り戸に接するように暖房用排気筒。世に「煙筒 えんとう」。

 その隣には「湯沸かし ゆわかし」。つまり「薪ストーブの排気筒を通じて得られる熱量で水をあたためる」設備。
 薪ストーブの前には、主が座り、時々、ストーブの扉を開いて燃料薪を追加。火勢を落とすことなく、採暖を安定して維持することが役目であった。
 背後に燃料となる「薪 まき」を補給する箱が置かれている。

 ストーブを配置する空閑は、「土間 どま」と呼ばれ、床を掘り下げて設置された。
 熱の上昇を、最大限に身体で感ずることのできる構造。
 冷え切った足を、ストーブのヘリ=縁まで伸ばし、あたためることも出来た。

 西を背に主。北側に夫人が着座。子どもたちは南の<窓ぎわ>を背に座るが、そこは客人の座席。来客があると、夫人の席の背後に用意されている、<ちゃぶ台>を囲む。
 ちゃぶ台は、食事を摂る場所にして、食間は<勉強机>。

  南向き玄関の「つきあたり」=直進した位置に、多くは台所と呼ばれる炊事場。
 七輪の置かれた台の横に「流し ながし」と呼ばれる食材の洗い場。その隣には1斗の水が有に入る「水桶」。そこには70センチほどの柄がついた「柄杓 ひしゃく」があった。
 
 (参考)
 田の字の間取りは日本の住宅の原点とも言われています。古民家の多くは農村にある茅葺き屋根の農家住宅で、広間型の間取りから発展し田の字型へと変わっていきました。
 (掲載図含め https://kominkai.net/nouka-madori/#google_vignette  古民家探訪 251204 pm20:15)
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戦争・地球環境、各自の思い 仲代・石橋・福田康夫251203
 戦争なくす各自の思い 仲代・石橋・福田康夫251203

 11月8日亡くなった俳優の仲代達矢(92)。
 是非とも演じて置きたかったのが反戦劇。「命がある間にこれだけはやっておきたいことの一つ」と定めていた、と記事に(『東京新聞』 2025年11月20日 06時00分)。
 NHK番組かで、反戦に地球環境のためには、みんがが一人ひとりが〝自身に出来ること”と〝取り組むこと″。

 前石破首相は12月2日 ニッポンん放送の番組で、所感を述べた。
 「政府が軍部に対する統制を失ったため」「政治が軍事に優越する『文民統制』の重要性を強調」。
 「日米開戦前に総力戦研究所が『日本必敗』と予測」「斎藤隆夫元衆院議員の『反軍演説』に触れ」、「冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視」
 結果、「国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはならない」と総括、と。
 https://news.yahoo.co.jp/articles/4566055841d313bc94ceb6f4c42af2c310d41cb0

 元総理の福田康夫氏。自身の戦時疎開体験を元に。
 「国と国が対立すると、国民の間にそれが広まっていくんですよね」。
 「時間が経てば経つほど、それが大きな輪になってしまうと、なかなかこれを修正するのが難しい」。「戦争なんかさせてはいけない」。「国民にね、というような思いを」

 「その思いを政治家がしっかり受け止めて、政治家自身が戦争を起こさない方策を日々考えていなければいけない
 「(政治家には)そういう責任があるんじゃないでしょうか」。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2320249?display=1
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1)釧路のマチの魅力=“英国Scotland”似の景観&風土<日出る港マチ>の文化・知恵 by 佐藤宥紹
 1)釧路のマチの魅力=“英国Scotland”似の景観&風土<日出る港マチ>の文化・知恵・物語 釧路観光ボランティアの会240217 by 佐藤宥紹

 釧路観光ボランティアの会が主催する「釧路観光講座」。
 2日間、2コマずつの講座、3日目に貸し切りバスでツアーする日程の2日目
 「釧路のマチの魅力」で講座を担当するように、依頼があった。

 「釧路のマチの魅力」の意味を、「“英国Scotland”似の景観&風土<日出る港マチ>の文化・知恵・物語」と設定した。
 三点の柱を用意。1)「不可能を可能に<地域の知恵>集積」
 2)「<寒暖差>育てる本来の旨さ、本当の美味しさ」
 3)「目梨<menash 東方>文学・舞台・作家群」と設定。 

 当日、出席が不可能となったので、どなたが読み上げても、理解していただける。
 26項目の項目を並べて、「聞き手」&「解説者」。その台本を作ってみた。
 今回、その全容を本欄で、アップしてみることにした。

 講座の担当も、受講の参加市民も高齢ながら、実に、精力的。
 対象地を歩け、歩け、で踏破。講座受講者から、ガイド要請に応じた方はおられぬようながら。
 立春からわずかの季節に、例年、この講座は開かれている。ご参加を。
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2)光は東方より <日出る港マチ>の文化・知恵・物語==釧路の街の魅力ABCD26題―1-240217
2)光は東方より <日出る港マチ>の文化・知恵・物語==釧路の街の魅力ABCD26題―1-240217

●さて、今回は「釧路の街の魅力」というテーマで話してもらいます。
「釧路の街の魅力」というと、釧路市を訪れる長期滞在者の方から、次のキーワードを聴かされています。それは、
「(釧路地域は)英国のスコットランドの景観やたたずまいにそっくり」と言う言葉です。そこで私が考えた「釧路の街の魅力」。それは「“英国スコットランド”似の景観&風土」です。「景観には『雰囲気』を」、「『風土』は『たたずまい』の意味」を込めておきます。そうですね。
ここでは「風土」を「ふうど」と簡単に表現しないことにしましょう。「風」には「他の地点からやってくる人、他の地域からもたらされた情報」の意味を込めます。

●「釧路の街の魅力」、その第一は「“英国スコットランド”似の景観&風土」ですね。
そうですね。まず「風」には「他の地点からやってくる人、他の地域からもたらされた情報」の意味を込めます。次に「人」には、「そこに住まいしている人、住まいしているヒトが作り上げた情報」の意味を、注ぎ込んでおきたいのです。
道東のというか、釧路地方のというかその景観はスコットランドに似ている。くわえて地域が作りあげている人情、風情、文化、文学作品や美術作品。それらモロモロが、「たたずまい」として表現してみたいと思うのです。
厚岸ウィスキーが誕生しました。スコットランドと厚岸。ウィスキーで結ばれる。良いではないですかー、いかがでしょうか。

●一枚目のスライドに「<日出る港マチ>の文化・知恵・物語」とも記載しています。
ここまで申しあげてきた「“英国スコットランド”似の景観&風土」は、釧路を訪れる方の目に映った事柄です。つまり《視覚=目に見えるモノ、コト、ヒト》を通じた「形=カタチ」に相当する領域ではないでしょうか。
そこで次に、「“英国スコットランド”似の景観&風土」が示す《意味=地域の帯びて居る特質》ということに話を移しましょう。
《意味=地域の帯びて居る特質》。それはなにか。私は「<日出る港マチ>の文化・知恵・物語」だ。そう申しあげようと思うのです。みなさん、いかがでしょうか。
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3)光は東方より <日出る港マチ>の文化・知恵・物語=釧路の街の魅力ABCD26題―1-240217  
3)光は東方より <日出る港マチ>の文化・知恵・物語==釧路の街の魅力ABCD26題―1-240217

●元日の日の出は根室半島の納沙布岬が、一番、「初日」の時刻が早いけど、大胆でわ。
大げさのように思うでしょうが、そうではないのです。1346年に書かれた「諏訪大明神絵詞 すわだいみょうじんえことば」という本があります。それには「蝦夷が千島」は三グループに分かれて居ます。本は北海道島の二番目に「日の本 ひのもと」と申す地域があって、日高・十勝・釧路・根室にあたる地域には、「日の本」、つまり国号=日本のオリジナル地点は、のちの「日高・十勝・釧路・根室の国ですよー」。そう言っておるのです。

●今、日勝釧路根というも、釧路港は地域一番の重要港湾、早く言った方が勝ち!!。
景観・風土が英国スコットランドに似ているなら、濃霧に包まれた釧路港は英国のロンドンに相当し、市内の春採公園は「英国式公園」として設計されています。そうなのですよ。
昨年の観光講座で私が担当させていただいたのは、「港マチ文化のたたずまい=『岩保木水門』」であり、「新釧路川開削」の話でした。水門も、新釧路川の話も、共に「釧路港の発展と港湾文化」の話ということです。港町って、ヒト・モノ・情報が行き交う実に文化性を豊かに産み出す存在ではないでしょうか。永年の投資によって生み出された文化資産を、「釧路観光」に存分に活かしてみたいのです。

●「<日出る港マチ>の文化・知恵・物語」のテーマに「知恵」「物語」のKeyWordも。
お手元の印刷教材、最初の一枚に「釧路の街の魅力 ABCD26題」とも、書いておきました。今回は「釧路の街の魅力」、私の気がついた数。それを26項目と考えアルファベット文字数の26項目にまとめて、みました。
きっと、いやまだあるよ。あれも、これも、と。私は思います。市民自身が「愉快な愉」と書いて楽しめる、外から来訪のお客様にも「音楽の楽」と書いて楽しんでいただくためにも、その項目を増やして行きたいのです。アルファベットの次は、イロハ48文字、いやいや「百人一首」の数まで、確認することができたら、素晴らしいです。

●「百人一首」の数まで増やしたい」ですか、でわ、次のスライドに話を移しましょう。
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