2010年02月の記事


さようなら沖縄 
昨日の朝、沖縄に地震があり夜まで余震が続いていた。
そして今日、チリ大地震による津波が日本に到着するニュース。

私は、今朝から洗濯をして綺麗になった下着やタオル等を
取り込みながら種類別に分けて順番に重ねて箱に入れている。

主人は、ゲートボール大会だと早朝から出かけてしまい、
夜暗くなるまで住まいに帰って来ない。

昨日依頼した段ボールを主人が断り、自分で買いに行くと外出したが、
すぐに戻って「雨が降って行けないから、届けて貰う。」

再び、引越し会社に段ボールを二箱頼んでいた。
午前10時に段ボール(大、中)が届くのを一階に下りて待ち、
私が受け取り部屋に持って来た。

古い段ボール(大)箱には、私の洋服、下着、上着、バック靴等で、
大体、詰め終わった。お掃除も磨き終わった。

新しい段ボールは、主人の気に入った詰め方が有るので
帰りを待っている。

彼は、沖縄を出発する寸前まで遊び、「荷持つは出発前に送る!」
言い出した。

今日、荷持つを送って明日は余裕を持って空港に向かいたかった。
私も、少し沖縄に慣れてきた感じがして静岡には帰りたくない。
そんな事を思う時もある。

さようなら、沖縄の街。そしてさようなら暖かかった如月。
沖縄のこの風を忘れない。沖縄のこの空を忘れない。
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夕暮れの河津桜
風の強い悪天候のなか、主人は6時起床し、
海釣りへ行く為に7時に住まいを出て行った。

午前8時から12時までの海釣り時間の予定だったので
午後1時45分頃帰宅した。

げっそりと痩せて「船酔いしちゃって大変だった。」と、
疲れた顔をしていたが、釣ったお魚を冷蔵庫に入れていた。

その後、バナナとパンを食して「グランドゴルフに行く。」
運動できるような身体には見えないが外出して行った。

28日に荷持つを送るので部屋の大掃除を始めながら
片付けをしている。

曇り空に時々小雨がぽつりと落ちて、
生暖かい風がふわふわ吹いている。

静岡は、河津桜も満開からちらほら散りはじめる頃、
3月上旬までは咲いていると思う。

沖縄のヒカンザクラと濃ピンクの色合いが似ている。
違う点は、河津桜の方が樹木が大きく花びらの数も多いと思う。
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春はそこまで 
この三日間、汗ばむ陽気で24度の暑さが続いていた。
那覇市滞在も僅かになり、

主人が「お寿司を食べに行こう。」と約束してくれたが、
昨日の午後8時45分に帰って来た。

ゲートボールの知り合いが最後だからと少し遅くなったと、
言い訳をしていたが、急いで夜の街をバスや
モノレールにも乗らずに歩いた。

坂道を登ったり降りたりしながら国際通りに出た。
賑やかな街中を歩くと古びた居酒屋が合ったのを見つけ、

「前からこのお店に来たかったんだ。」彼が言うので
私の好みのお店ではないが、そこでお寿司を食べたが、
私だけ水割りを飲んでいた。

彼は甘い物が好きでその後もマックシェークを他のお店で飲み、
表通りはお土産店や居酒屋さんが多く、

裏通りにはスナックがずらりと並んでいた。
星空の輝く夜道を歩きながら住まいに帰って来た。

仲が悪いので喧嘩をしながらの外食だった。
那覇市の夜は、汗ばむ陽気で上着も要らずに軽装で歩き、
坂道が多いので余計に暑さを感じた。

静岡も、もう直ぐ桜の咲く春がそこ迄きている。
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さようならヒカンザクラ 
雨上がりの快晴の今朝6時起床。
7時を過ぎて太陽が顔を出し、光りが眩し過ぎる。
ベランダに出て軽く体操をした。

洗濯器が回っている間、朝食を済ませて
陽光が強いためスカーフで顔を隠してベランダを出たり入ったり
家事をしていた。

主人は、午前、午後もゲートボールに通っている。
私は、バスに乗らずに歩いて公園のヒカンザクラを見に行った。

あれだけ雨が降ったのに未だ花びらが色濃く残っていたので、
「もうすぐ帰るのよ、咲いてくれて有難う。」心の中で
呟いた。

那覇市は、すっかり春の陽気で長袖では暑いため
袖を折って半袖で歩いて住まいに帰って来た。

この街に少し慣れてきたと思ったら、もうすぐ帰らなければならない。
大嫌いな飛行機を思い出しただけで気持ちが沈む。

夕方、住まいに戻りテレビを付けた時、皇太子殿下が50才のお誕生日の
会見を見た後、

フィギュアスケートの浅田真央ちゃんの調子が良さそうで明日、
「ショートプログラム」を頑張って欲しいと応援している。

那覇市は午後6時を過ぎても空が明るく、
ネオンが灯ってもはっきり見えない程日の暮れが遅い。
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戦闘機騒音で目覚めた 
今朝、凄い音をたてた飛行機の音で6時に眼が覚めた。
他の基地の戦闘機が、
米軍嘉手納基地で戦闘機訓練を始めたと聞いた。

青森やアラスカの基地から16機も嘉手納基地にきて
地元の住民の方は反発をしている。

普天間基地周辺に住んでいる人達も、どんなに大変かと
この前、島巡りで車の中から見て驚いた。

基地も凄く広い場所を使い、米軍住宅等も相当広い。
基地周辺に住んでいる人は、常に危険を感じて生活を
していると思う。

沖縄には、他に基地は沢山あるので沖縄に基地はいらないと
言う住民の人達の気持がよく判る。

今日の那覇市は雨が降ったり止んだりのぐずついた天候になり、
外出しようと思っていたが、あっという間に一日が
終ってしまった。

静岡に帰る前だというのに主人は、24日に海釣りに行く予約を
電話していた。

船に乗った事もない人が船で海釣りに行くと勝手に決めて
反対する私の意見等は聞く耳を持たない。

本人が海釣りの安全さを知っているのなら仕方がない。
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南国は春めいて 
昨夜は、宵っ張りをして深夜0時半に眠った。
今朝は、主人のゲートボール大会がある為お弁当を作った。

彼が出かけた後、快晴のベランダに洗濯物お布団を干し、
片付けを少しずつ始めた。

午後から近隣の街へ用足しに外出し、友達にお土産を送ろうと
見て来たが、中々友達に合った物が見つからず
買わずに強い日差しの降り注ぐなか住まいに帰って来た。

午後5時に急いで夕食の支度を済ませた後、
PCを開けた。

PCの基礎もできない私は、前に登録したgooメールの
アドレスもパスワードも数年間見ていないので
すっかり忘れてしまい

マイドキュメントの中にエクセルを入れ、その中を見ればアド、パスが
判るようにした。

普通の人なら簡単な事を昨夜、二時間もかけて四種類の
アド、パスを見れば判るようにした。

パソコンも他の勉強と同じように基礎ができなければ
進歩はしない事を痛感しても、勉強嫌いの私は全然前に進めない。

機械音痴と何時迄も言っていられない。
南国は、午後六時を過ぎても青空が残り明るい。

快晴の今日は、何となく春めいた感じがする。
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雨水になり 
昨日が、二十四節気のひとつ「雨水」とは全く気付かず、
今頃になって知った。

空から降る雪から雨に変わり、雪が溶け始める頃で、
この時期から寒さも峠を越え、衰退し始めると見る事もできる。

昔から農耕の準備を始める目安とされ、
春一番が吹き、鶯の鳴き声が聞え始める地域もある。

暦は季節を早く記載してあるが、実際は厳寒の日はもう少し
あると思う。

只、時々春めいた日はくるので何と無く嬉しい。
過ぎてみれば月日の経つのは早いもので冬至から二ヶ月も経ち、

どんどん日がのびている事がはっきり判り、
珍しく晴れた今日は、午後五時を過ぎても青空で明るい。

この十日間くらい曇りや雨の天気が続き、島巡りの時等は、
雨の中を歩いていた。

特に雨で寒かった日は、水族館の外で「イルカショー」を見に行った時、
海の傍まで降りて行き、薄着で身体を縮めて震えながら見ていた。

沖縄は、温暖と言っても暖房もなく風雨の強い日は火の気が欲しい。
そして真冬でも真夏日になり、汗ばむ日もあったり
晴れる日が少なかった。
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南の海色
数日前に沖縄の海をじっと見つめていた。
海のずっと奥は本土と同じ色の濃ブルー、

中間に白い大きな波が盛り上がっていた。
その白い波の下にはサンゴ礁がある。

そして砂浜に近寄れば、黄ばんだ砂がサンゴ礁の傍迄続き、
波打ち際からずっと海の色が明るい綺麗な青色だった。

海が明るい青さに見えたのは、砂の色が違っていたからと、
私なりに思った。

♪ああ 私の恋は南の風に 乗って走るわ 
ああ 青い風切って 走れ あの島へ
貴方と逢うたびに 全てを忘れてしまうの。。。。。

昔、流行った「青いさんご礁」を小さな声で口ずさんだ。
生憎の曇りや小雨続きで、晴れたら海はもっと
美しかったと残念に思う。

海は沖縄だけではなく、日本中どこでも青く澄んで
心まで洗われて一点の曇りもない純な気持ちになれる。

何時か晴れた日にもう一度、海に行ってみたい。
沖縄滞在も残り僅かになってしまい、晴れの日は少ない為、
海まで行けるか如何か判らないけれど。
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沖縄本島巡り三日目
昨日の朝も、冷たい小雨が降っていた。
傘を無くした私は、午前中に「沖縄の駅ちゃんぷるー」に
殆ど時間を使ってしまった。

平日にも関わらず沢山の観光客で賑わっていたが、
その敷地内は広く、土産店、サンゴ、沖縄料理等色々な物を、
見ながら歩いて行くと一番奥に劇場があった。

その劇場で琉球舞踊、三味線ライブ、迫力のある琉球太鼓で
お客様をもてなし、無料で芸能ショーを観覧した。

私の横、後ろの椅子には、中国の人達が喜んで観ていたが、
何を会話しているのか、全く判らない。

芸能ショーが終わった後、そこを出て「沖縄ワールド」に向かい、
遅い昼食を摂ったが「海ぶどう定職」等は食べられず、
ソーキソバを少し食べた。

沖縄の田舎道を通った時、小さな家のようなお墓が作られていたので、
良く見ればお墓の上に屋根がある事を不思議に思った。

亡き仏様が雨に濡れないように屋根があるのかしら、
亡き人を大切にしていると私は、単純にそう思った。

沖縄の大らかな雰囲気と相まって豪快な感じを受けた。
お墓参りの時は、お墓の前に集まってご馳走を食べながら
歌や踊りをすると聞いたが、本当の事は判らない。

沖縄の人達は、優しいので亡き仏様も大切にする事は、
買物に行った時、見知らぬ母娘の会話を隣で聞いても判る。

昨日迄の賑やかな余韻の残るなか、今日も小雨が降ったり
止んだりの鬱陶しい天気になる。
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沖縄本島巡り二日目 
リゾートホテルをチェクアウトした後、
パイナップルパークに立ち寄った。

亜熱帯植物園、工場見学、パイン畑等を少し見た後、
恩納村の「お菓子御殿」に寄り、紅芋タルト工場が併設されて、

次々に製造されるお菓子作りをガラス越しで見学する事が
出きると聞いたが、その見学は止めて
見晴らしの良いレストランで昼食にした。

15日、16日は、海風が強く冷たい雨の中を歩いていたので
沖縄の文化、芸能、自然を見て体感できるテーマパーク
「琉球村」を走るようにして散策した。

何処を通っても、サトウキビ畑ばかりが目に付いたが、
時々、秋桜、菜の花等を見つけると、今頃秋桜がと不思議に思う。

昨夜泊ったリゾートホテルは団体客が多く、
特に中国の人達が半数を占めていた・

本土とは違い、温泉が無いけれど大風呂は思ったよりも
熱く感じた。昨夜は、夜になっても雨が止まず、
目の前の海にざあざあと雨音が聞えていた。
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沖縄本島巡り
那覇市の高速道路に入った時、南国らしいソテツが並んでいた。
沖縄の高速道路も、今年の6月から無料で乗れる事を

国土交通省で決めた事は知っていた。
午前9時頃は、曇り空がどんどん東に流れ、

白い雲の隙間には青空が顔を出して、
予報がはずれて晴れてくれたらと願っていた。

10時半頃に水族館に到着した頃は、小雨がぱらついて、
大勢の観光客が訪れていた。

最初は、下に降りイルかショーを見ていたが、
海風は思ったよりも肌寒かった。

次に、熱帯魚やコバンザメ等を混雑した水族館の中を
歩きながら全部見終わり外に出れば、

簡単な食事ができる場所があった。
そこには大勢の人達が並んで軽食を摂っていたが、
私は、パン一個だけの昼食で済ませた。

天気が悪い為か、青いと聞いた沖縄の海も灰色に見えて
少し残念に思った。

リゾートホテルに着いたら雨足が強くなり、
チエックインした後は再び曇りになる。

ホテルの目の前は、沖縄の海が曇りの割りには
青く、何処までも広く寄せて返す白波、海はやっぱり美しい。

窓ガラスを開けて6階から冷たい海を目の前で暫く眺めていた。
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今日は何の日 
今日は、バレンタインデー、那覇桜祭りが今日で終わる。
何故か、スーパーにはお正月商品が並んでいたので
不思議に思いながら帰って来た。

最近になって又、うっとうしい曇りや雨が降っている。
今日は、沖縄のお酒で有名な「泡盛の女王コンテスト」があり、

三人のお嬢様が決定し、ゲストに三沢あけみさんがテレビを通して
歌っていた。三沢さんの言動を見て中々、頭の良い
常識を知っている方だと思った。

沖縄唯一の総合酒造メーカーで作られる泡盛は、独特の香りを持つ
お酒で知られているが、日本の蒸留酒の源流で沖縄で生まれたお酒。

私は、泡盛は飲めないが、洋酒なら少しは飲める。
我家には無いけれどブランディーの香りは好きな香りがして
チョコを食べる時は、洋酒入りチョコ以外は食べない。

バレンタインデイーのチョコは買ってあるがあげる人がいない。
ずっと食卓の上に置いてある。

夕方の悪天候の中を主人はゲートボールに行く!と
出かけて行った。
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グランドゴルフ大会 
今朝は、主人のグランドゴルフ大会があったので5時半起床。
大会は午前9時からでも、テントを張ったりする為、
早めに出て行った。

朝から雨が降りそうだったので洗濯は止めていたら
明日は雨との予報。この先もずっと天候が悪い。

留守の間、私は用事を兼ねて外出をしていた。
夕方帰って来れば主人が先に帰宅し、

「成績は、ハンディが有るので120人中110位だった。」
ラップの賞品を頂き、運動量が少ないのか、疲れた様子もない。

今日も気温が17度有り、部屋に居ても素足で歩けて
丁度すごしやすい。

夕食は彼が沖縄料理を、私は肉じゃがの和食等にして
別々の食事をした。

外を歩くため、宵っ張りの私も昨夜は午後10時に眠ってしまい、
寝坊しないで早寝早起きの習慣になればと思っている。
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南国の食文化
昨日26度の暑さで冷たい物を食べ、窓を開けていた。
バレンタインチョコを誰にもあげる人が居ないので

主人にプレゼントすれば、「まだ14日じゃないよ。」と
受け取ってくれない。少し早めにあげても良いと思っていた。

そんな事を言うならば彼に渡すのは辞めよう。
私は、甘いチョコは余り好きではないが嫌いでもない。

彼は、「島豚あぐー軟骨ソーキ」を私に買って来てくれたが、
「要らないわ。」と答えれば良い気持はしないと思う。

琉球王朝時代から宮廷料理や一般庶民の食生活の中に
深く根ざしていた沖縄の食文化に欠かせない豚肉料理。

あぐーは、在来の島豚を父豚とし、生産量が少なく
稀少価値の高い豚肉との事。

私は沖縄料理は好きではなく、本土の料理を好んで食している。
でも、沖縄の人は親切で良い人が多いと思う。

今日は、公園に人影も少なく雨に濡れたヒカンザクラも色濃く見える。
音もなく小雨が降ったり止んだりの一日になり、
気温も大きく変わり17度と丁度よい過し易さになる。
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冬の雷 
この大きな陸橋を越えれば何があるのだろう。
26度の暑さのなかを歩いたが、陸橋の先も普通の街中と
代わりはなかった。

時間も遅いため那覇市内を歩いて少しの食材を買い求めて
生暖かい風の中をモノレールに乗り、最寄の駅で降りて帰って来た。

昨日も帰りが遅くなり住まいに着いた途端に雷は鳴り、
ざーっと雨が降ってきた。

今夜も雷が鳴るかも知れない。
主人は、毎日午後7時前後まで何処にいるのか判らない。

玄関を開ければ必ず彼の方から××でと説明をしている。
昨日も、「公園の時計を1ヶ月前から直さない。」と

市役所に講義をして再度、壊れた時計を直すように注意をしていた。
市に注意する事は間違ってはいないと思うが、

そんな正義感があるなら彼も法律違反をしないで貰いたい。
「貴方は、普通の主人がやらない事をしているの。」と、

注意をした事があるけれど、反省する気配がない。
沖縄に来てからも毎日、彼が帰る迄食事を食べずに待っている。

午後6時半に丁度夕日が沈み、空が暗くなってきた。
那覇の街は、朝から夜まで消防車やパトカーのサイレンが
鳴って、窓を開けてあるので車の騒音が賑やかに聞える。
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那覇市桜祭り
未だ2月だというのに、那覇桜祭りを見る為に公園は賑わっていた。
私を見に来たばかりなので公園の周りを少し歩き、
バスで住まいに戻り昼食の準備をした。

ソメイヨシノよりも木が小さく、那覇市より
名護市の本部町の方が沢山のヒカンザクラが咲き
綺麗だと街の人に聞いた事がある。

午後から曇ってきたので沖縄の地図を見ながら
沖縄本州をぐるっと回って見に行こうかと予定している。

今、住んでいる場所は、東に行けば那覇空港、西に行けば首里城のある
那覇中心地で、名護市迄行くには結構遠い。

思い切って本州を一回りする勇気がでるだろうか。
毎年、一人旅をしているので大丈夫かと迷ってしまう。

夕方から足をのばして隣街まで用足しに行って来たが、
日の暮れが早くなったのか6時半でもう辺りが暗い。おかしい。

今迄は、午後7時まで明るかったのに何故、と考える。
坂道を登って少しの荷物を持ち、汗をかきながら
住まいに帰る途中の風がとても心地良かった。
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汗ばむ日中 
予報がはずれて、今朝は太陽が顔を出す天気の良い朝だった。
そそっかしい私は、紫外線が強いのでスカーフで頭、顔を隠して

ベランダを出たり入ったりしていた。
足元にグランドゴルフの金具が置いてある事も気づかずに、
室内を走り回っていた。

下が見えない事もあり、金具につまづき勢いよく転んでしまう
慌て物で自分のそそっかしさが嫌になる。

スーパーに少しの食材を買った後、昨日の公園に行ってみた。
初老の奥様が隣でスケッチをしていたが、
言葉使いが北海道の方に似ていると思っていた。

一言話かければ、やはり北海道から来てマンションを借りて7回目との事。
ご主人様と3DKに住んでいらっしゃると聞き、驚いてしまった。

私が住んでいる住まいはワンルームを借りたのが関の山。
単身用マンションの為、全ての物が小さくて家事はし難い。

今日は、晴れて暖かいので町内の路地裏に行き、
昔の瓦屋根の琉球を思わせるような家を数件見たが、
台風等で傷み誰も住む人も居ないようだった。

寒がりの私も24度の暑さでは汗をかいて歩いて
自宅に戻って来た。夕方から空はあつい雲に覆われて、
晴れたり曇ったりの変わる天気の一日になる。
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 ヒカンザクラ      
今朝は、寝坊をして目覚めた時には太陽がぎらぎら輝いていた。
住まいの洗濯器が小さいので三回洗濯器を回している間に
昼食時になってしまった。

午後から与儀公園に行き、満開のヒカンザクラを見てきた。
お花見をしている人達ものんびりと鑑賞していた感じがする。

ソメイヨシノのように下まで垂れ下がるほど咲くのではなく、
梅を見ているようだった。

濃ピンクのヒカンザクラは河津桜と色は似ていたが、
河津桜の方が花びらが大きいと思う。

今月10日~14日迄が那覇桜祭りになっているが、
滅多にない晴れの日にバスに乗り歩いて少しの夕食材料を買い、
住まいに帰って来た。

24度のぽかぽか陽気に半袖の人、
冷たい物を飲食している人達が目立った。

待ちわびた晴れの日も今日だけで明日からずっと雨や曇り予報。
午後6時を過ぎても外は明るいものの、
青空の間に黒い雲がゆっくりと広がってきた。

昔の沖縄は、琉球王国だった話をお年寄りの方に聞いた。
隣接の大国明、清の海禁や日本の鎖国の間にあって、
東シナ海の地の利を生かした中継貿易で大きな役割を果たした。

その方の言葉が良く判らなかったが、そういう意味を話したと
私なりに感じとった。
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 花と食のフェステバル 
今日は、奥武山公園で沖縄花と食のフェステバルに行く予定だった。
ところが風速19メートルの風や雨続きの為、
中止になってしまった。

ベランダに水は溜まり、雨は窓ガラスまで吹き付けるので
窓を開ける事も出来ずに部屋で過した。

今年の那覇市は来る日も来る日も雨や曇りばかりが続き、
快晴の日は殆どなく晴れたり曇ったりの日が一週間位あった。

県内の石垣島で震度3の地震があったが、全く気付かずに
部屋で片付けをしながら過していた。

夕方に雨が止み、暖かな風がふわーっと窓から入ってくれば、
嬉しくなって「なんか晴れるみたいだわ。」
そう思っている間に又、雨が降り出してきた。

今週の天気予報を見れば明日だけ晴れ時々曇りとなっていたので、
うわーっと喜んで両手を叩いてしまった。

五日に公園を通った時、ヒカンザクラを一本ちぎって持ち帰り
一論ざしに飾って置いたが、上を向いて大きく花が開いている。
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春を信じて 
日本列島は強い気圧配置が続き、北日本と東日本山沿いに
強い雪が降った。今日が寒気のピークと聞いたが判らない。

冬は、北日本で大雪、寒気で苦労をし、
夏は、沖縄で台風通過と猛暑で大変な思いをする。

那覇市もずっと雨続きで今朝、雨が止んだのを見計らい
八階のベランダに洗濯物を干したが、
干したり取り込んだりの繰り返しをしていた。

小雨が降ろうが彼は午前はゲートボール、
午後はグランドゴルフに行っているので
ひとまずは安心をしている。しかし、

大きな金銭を溝に捨て、家庭では粗末な物を食し、
遊びと賭け事につぎ込む彼をみて呆れて言葉も出ない。

競馬でお小遣い程度で買うなら仕方ないと思うが、
大きな金銭を自分の欲の為に儲けようとしては損をする。

汗水流してお金を貯めるなら真ともな人生が送れると思う。
私は、賭け事は嫌いで一切しないと決めているので、
彼の言動、考えとは合わない。

賭け事は辞めて!と言っても聞く耳を持つ人ではない。
それを口に出せば彼の趣味を壊すので静観する以外に道はない。

この不況の世の中で何の悩みも無い人はいないと思う。
不良の子で悩む親、病苦、借金苦、家族関係(嫁姑等)色々ある。

それでも、私は、この先にくる春を信じて歩きたい。
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緋寒桜が咲きはじめ     
石垣島、宮古島は晴れているのに、沖縄本島は雨がかり続き、
時々止んだり曇ったりの天候は、ずっと続いている。

晴れの日差しがあれば17度あれば暖かい。
今日は、ひゅうひゅう風がとても強い。

ヒカンザクラも名護市から南下して那覇市の
公園にちらほら咲きはじめた。

そこを通っただけで雨降りの為、お花見はできない。
お花も寒さのためか、大きく開かずに下を向いている。

ヒカンザクラは、大きく開かず下を向いて咲く花と聞いた事がある。
それでも雨の雫が付いて光り輝きとても美しい。

北海道の網走市の方達の寒さをテレビで見て、あの厳寒の中で
水道管が破損して断水の影響が出ているとの事。

北海道や北日本海側の人達の寒さを思えば、胸が痛む。
自分が悪い事をしているようで言葉も出ない。

昔、山形の暖房もない旅館に真冬に泊まった時、
湯たんぽだけで眠ったが部屋の寒さで震えた事もあった。

祖母の親戚の関係で2回くらい行ったと思う。
今年は、昨年の冬よりも寒さが厳しいような気がする。
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立春
今日は、二十四節気のひとつ立春。
節切りにおいては立春が、年初となる。(立春、立夏、立秋、立冬)

晴れの日が少ない沖縄の冬は、気温は高くても梅雨のような
気候と勘違いするほど、じめじめして鬱陶しい。

たまに晴れて喜んでいる間にすぐに曇ってしまう。
昼前から外出した時も、雨が降っていたが傘も差さずに
小走りに歩ける程度の雨だった。

午後4時半に住まいに帰って来た時、丁度主人が帰り、
夕食の支度をしていないので彼がお弁当を二人分買って来た。

その前に私は、スーパーに寄り一日分の買物はして置いたが、
彼はそれに気付かないようだった。

嘘でもいいから「お帰りなさい。」と言うつもりで居ても
アクビばかりしている彼の顔が汚らわしくて見たくはなかった。

怒りたい気持を抑えてじっと黙っていた本心は、出て行って貰いたい、
あちらのマンションに行けば!と言いたかった。

でも、そんな事を言わなくても彼は自分の事を承知している。
私が怒れば喧嘩になり疲れるだけと今迄の経験から判っている。

この人は病気なのだから、何も言わずに静観していれば良い。
今の私の心の中で彼への気持は段々薄れていく。
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あの日の節分
あの時の節分はもっと冷たい風が吹く寒い日だった。
福は~内! 鬼~外!内気な父が照れながら豆をまいていた。

「今度は、お父さんが鬼になってね。」と交代で節分の豆をまき、
大はしゃぎをした想い出がある。あの頃の私は、まだ幼かった。

母は、台所で手早に太巻きを作ってくれ、吉方位(恵方)を向いて
「お母さんの太巻きは美味しいね。」あの幼い頃は幸せだった。

その後中学時代から地獄のような生活が家族を待っていたとは、
誰も知る由も無かった。

節分どころか、春夏秋冬の季節も関係なく働くだけの日々が続き、
会社の帰りに空腹で、名も知らぬ木の上に積もった綺麗な雪を食べていた。

真っ白な綿みたいな雪がとっても美味しかった。
そして、今日は、太巻きを作る簾もないのでラップに巻いて

冷蔵庫の残り物を入れて巻いて食べる事にした。
隣の部屋の方の迷惑にならないように、福は内! 鬼は外!

小さな声で一回だけ言った。温かいご飯が食べられ、
暖かいお布団で眠れ、何て幸せなんだろう。

お父さん、お母さん、有難う。私はとても幸せよ。
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 外を歩いて 
南国に居ると気温が高いため冬、春の季節も感じなくなる。
雨が降ってもぽつぽつと小降りで纏まった雨が降らない。

その為、ダムの貯水量が真冬でも5割しかない。
心配すれば傍に居た初老の方が、
「沖縄は、2月から3月に雨がよく降りますから。」そして
「水道のお水は生のまま飲まない方がいいですよ。」との事。

硬水でお水の中に薬を入れてあると聞いたが、私は沸かして飲んでいる。
その方は、人懐こくて「貴方、大和嫁とね。」
大勢の方が居る前の会話なので、私も冗談を言って笑わせていた。

そういえば、雨が降ってもまとまった雨ではなく、
少し降ると止み、曇り空の日が多い。

本土では、もう花粉情報が出ているかも知れない。
でも、南国は、紫外線情報が出ている。

普天間基地問題で外務大臣は、このままも有りうると聞いたが、
これ以上、基地を沖縄に置くのは現地に住む人からみれば
ショックな話し、何とか良い方法をと願うばかり。
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南国の二月 
気圧の谷の影響で南国も曇り空の二月初日になる。
気温が高いので室内は暖かいが、吹く風は冬の風。

八階の玄関ドアーを開ければひゅうーっと北風が
私の身体にぶつかってくる。

この北風は、我家の方から吹いてきたのだろうか。
今頃は我家の庭のさくらんぼの木に若葉が出ている頃、

今月中旬にはさくらんぼの木も桜の花が咲き、
春の夢がそこまで来ていると何時も喜んで見ていた。

池の鮒達は元気だろうか。他のお魚達も元気でいるだろうか。
私に羽があったら大空を飛んで会いに行きたい。

今日の安里川の畔を少し歩けば小さなお魚が見え隠れし、
釣り人も見えない。

沖縄の冬は、晴れの日が少ないため余り遠くへ行けなかった。
短期間なので慣れる事から始めて街の自然、気候、地勢、
植物等の風土が少し判ればいい。

残り少ない南国滞在の日々をもっと有効に使わなければと、
思いつゝ既に二ヶ月が経過してしまった。
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