2018年03月の記事


桜よ忘れない
沖縄の夕暮れは午後6時過ぎでも太陽がぎらぎら
眩しいほど輝いて夏日の暑さになっている。

これほど晴れが続いたことが有ったのだろうか。
日差しが強くて暑い、この暑さで3月とは思えない。

主人の咳はもう一週間も止まらず、
3月上旬にも咳が止まらずクリニックに行き、
お薬を処方して頂き完治した筈だった。

お薬を飲み終われば再び激しい咳が止まらない。
クリニックに行くように勧めても聞く耳を持たない。

アパートの玄関に今春も一つの枝から
紫色と白い二色の花が咲き始め不思議な香りが漂う。

今年は故郷へ一か月早く帰郷するのだから、
咳を完治させなければならない。

3月も今日で終わり、明日から4月に入る。
沖縄を離れたくない気持ちでいっぱいだが、

そういう訳にもいかないでしょう。
事情が許せば1~2か月くらい早く
沖縄に戻っても構わないと私は考えている。

満開の桜が散り始める頃も風情があっていい。
私は、そんな満開の桜が咲き乱れる山道を
ふわふわ頬を撫でてくれた桜を忘れない。

夢にいて あの世この世の 寂しさに 輝き揺れる 桜よ桜
sakura1205
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仲春
3月6日、二十四節気の一つ啓蟄に入った事も忘れ、
21日に春分も近づいている。

啓は「ひらく」蟄(ちつ)は土中で冬ごもりしている虫の意味で、
大地が暖まり冬眠していた虫が、春の訪れを感じ穴から出てくる頃。

一雨ごとに気温も上がり春の暖かさも感じられる。
二十四節気においては2月・3月・4月を春と定義しています。 春の真ん中ということで、おおよそ3月が仲春の候 になる。

沖縄は午前6時で明るくなり日の出と共に目が覚める。
朝も夜も1時間は本州より遅れているらしい。

沖縄の床屋さんは本州の床屋さんより値段が安いのに、
「安い床屋さんに行って来た!」主人が機嫌良く帰宅した。

病み上がりだった髪もさっぱりと清潔な感じになり、
自由奔放な生活が始まった。

彼は来月中旬に帰郷する事も決定し、
暖かさに慣れてしまった身体には本州の肌寒さを
寒いと感じると思う。

私は今年は沖縄に残ろうと言ったので
彼も一人で帰る心構えでいる。

灼け付く沖縄の真夏に耐えられると思うが、
お水運び、バスからゆいレールに乗る迄の外出時の猛暑。

亜熱帯気候で高温多湿の沖縄は年間雨量も二千ミリを超える。
この頃は蒸し暑くなり、窓を開ければ汗ばむ。

気温の高い石垣島にイグアナが増えて
繁殖を続けていると信じられない話を聞いて驚いた。

ニュースで捕獲する光景を見て怖い感じがした。
今の時代にイグアナがいるなんて何故だろう。

今夜は春の雨がざあざあ降り続いている。
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桃の節句
数日前は心地よい春風が吹いて、
うわー快晴だ!嬉しい!

心は元気になっても身体が疲れていた為か、
風邪でだるくて家事をするのも大変だった。

看病疲れが残っていたのに、
二駅も歩いて益々疲れがどっと出て風邪をひいた。

あの日は確か27日、帰りにお花見をしようと
両手に荷物を持って公園まで1時間以上歩いて来た。

あれから4日も経ち今日は桃の節句になり、
何とか「散らし寿司」を作り二人で食した。

そして3月4日に亡くなった母に手を合わせ、
「お母さん、私を守って下さいね。」お願いをする。

身体が弱く糖尿と風邪が原因で60過ぎに亡くなった母、
入院費を上げても入院せずに生活費に使った母。

医者嫌いもあって入院は1度もしない母に
幾ら入院を勧めても検査が怖いと言っていた。

裕福な幼少時代に母に雛人形を買って頂き、
父が雛壇を飾ってくれたが、嬉しくて自分は幸せだと
幼いながらもふと感じた。

13才頃には父の事業の失敗で一気に極貧生活になる。
私を育てゝくれた両親だから何でもしてあげようと、
中学時代の夏休み、冬休みには一所懸命働いた。

年老いた晩婚の両親は、バイトから帰宅する私を
温かく迎えてくれた。

極貧生活でも優しい両親が居たから幸福だった。
一時は私を捨てた両親を憎んだが、今では恋しい。

出来るものなら直ぐに会いに行きたい。
会って憎んだ事をお詫びしたいと思っている。
あの時のように桃の花はまだ咲くことはない。

南国は晴れた日に清々しい春風が吹き、
ブラウスで過ごせる陽気になる。
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