沖手繰‐川崎船-旭町日枝神社(1) 自然と人類の線引き‐3-
沖手繰‐川崎船-旭町日枝神社(1) 自然と人類の線引き‐3-

「手繰 てぐり」はトロール船漁業の先駆的漁法。沖合で腕力に頼り、深海から海面へ網をタグリヨセル。
、帆に風をうける帆走力で漁船を操る川崎船は1)遠距離漁場と岸辺との時間を短縮、2)沖合で腕力にかわって漁網を牽引、3)船体も大型化し乗員を増やし、漁獲輸送量を拡大する、一大変化。

 岡手繰は南部型漁船、すなわち三枚ハギの胴海船で二人乗り、帆走力もなく沖合の漁場に出ることのない漁業。
 対して沖手繰は、越後新潟から川崎船を導入した。川崎船は帆走力があり、多少遠い漁場にも出ることができる。
 明治38年、その沖手繰りが意味を持つ統計。それが鰊=54%+昆布=25.5%に続き、「第三位 底魚15.4%」という内訳け。

 越後新潟から持ち込まれた川崎船は、「帆打瀬 ほうたせ」と言って風を帆に受けた力で漁網を牽引することができ、それも水深の深いところでも網をひくことができる利点。
 船が大型化して乗組員も多くなり、帆走距離も伸び、牽引力も高まり、漁獲物の積載量も増加。
 そのうえ、川崎船をつくる造船所が新潟から釧路に進出し、地域の海洋環境に合わせた「改良型川崎船」が可能となった。

 造船所は明治40年に平岩初太郎翁が新潟県・松ヶ浜から移った、平岩家は来船の何人目かの船大工ながら、三代にわたり旭町で活躍。
 ここに本格的な川崎船が、沖手繰発展の有力な支えとなった。
 通年で同じ海域に生息する「底魚 そこさかな」を漁獲する沖手繰りこそ、釧路漁業の中心となる。
(布施正著「水産業」 『新釧路市史 第二巻』 釧路市 1973年 236~238p)

 ※関連 https://ameblo.jp/pacific0035/entry-12928884723.html
 (釧路&越後むすび目の象徴 釧路市立博物館「改良型川崎船」000422『新潟日報』 250909配信)
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霊送りの儀式―人間界に贈られた仔熊、育て霊返す<折り合いの世界> 自然と人類の線引き‐2‐
 霊送りの儀式―人間界に贈られた仔熊、育て霊返す<折り合いの世界> 自然と人類の線引き‐2‐

 1)自然と人間、別な関係ではなく両者に線引きしない。3)未来永劫に循環の続く世界。
 そして2)には、霊送りの事例を話して、「折り合いの哲学」。
 いつぞや紹介したことがある。2017年6月26日のことだが、阿寒湖畔のコタンを拠点に活動されている、音楽家の豊岡征則氏の、お話。
 https://plaza.rakuten.co.jp/pacific0035/diary/201706260000/

 その「2)折り合いの哲学」を、氏の説明にそって眺めると、掲載図のようになるのでわ。
 地球が誕生して現在は、46億年と考えられているのであろうか。
 そこに現生人類は、アフリカで約20万年前に誕生したと。地球を自然界の環境として、そこに遅れて人類が発生。
 そもそも、自然と人類は一帯と言うことに。そこに直立二足歩行の人類が、さまざまなことを行い、また、はかり知れない思考を生み出し、繰り返している。

 東洋に「生きとし生くるもの、すべてが」の思想がある。その源泉をたどり、豊岡さんの一言にたどりつく。
 1)自然と人間、別な関係ではなく。2)折り合いの哲学、3)未来永劫に持続。
アイヌ民族の源泉縄文文化で1.5万~1万年前の起源として、人類20万年の歴史のなかでは5%の歴史。

その視点で見つめるに、仏教=1.5%、キリスト教=1%、鎌倉仏教=0.4%の時間。
「万能」とされる科学は。
西洋中世の発祥とするに、宗教改革とルネサンスの時期=15~16世紀なら0.35%でわ。

「経済動物は人間に食われるため、人間が育てる」=西洋。
「人間が生きるために命を頂く」=東洋。
病気にかかった患部に、さあ手術、放射線、投薬の西洋医学
&医食同源+未病の段階で巧みにつきあい+体全体を生活習慣と漢方薬の投与の東洋医学。
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<食べる>で育てられる家畜、生きるに<命頂く>鯨 自然と人類の線引き‐1‐
<食べる>で育てられる家畜、生きるに<命頂く>鯨 自然と人類の線引き‐1‐

若いころ、鯖田豊之著『肉食の思想』を奨められて読んだ。当時、記憶に残っているのは一つ。
それは日本米の主食としの優秀性であった。
惣菜なくとも米だけ食べられる。それなりに栄養を確保できる。そこそこ<腹もち>が、良い。

どうやら米不足を補う外米=がいまい や、不足補完のため大豆・エンドウ・ジャガイモの米飯=混ぜ飯から解放された時期だけに、記載内容が身にしみたのだ。
しかし、タイトルが「肉食 にくじき」というのだから、主題は経済動物を屠殺 とさつ して肉を主食とする思想にある、のだ。

鯨の捕獲漁法に和式漁法と西洋式捕獲漁法がある。
イワシなどの小魚を追って陸に近付きすぎ、腹がつかえて動けなくなった生体を攻撃して獲物とする和式。
大洋を遊泳する生体に、モリ=銛などの武器で捕獲する西洋式。わが国でも近代捕鯨とされるは、後者の西洋式捕鯨。

国際団体が日本の商業捕鯨を指して残酷、漁獲を認めぬと抗議活動を繰り広げた。
本邦は「資源確保」のための「間引き」と主張するも、理解はされない。他方で「なぜビフテキを食べるため牛豚を平気で殺しながら、資源確保の捕鯨に対し、なぜに風当たりがつよい?」。首をかしげる。
「可愛い牛豚を食べる西洋人の方が、むしろ残酷」。ウラミブシもつぶやかれる。

答えはこうだ、多分。「経済動物は人間に食われるため、人間が育てる」。
返すことばで「クジラは自身の力で子を産み、育てる、日本人は自然の恵みを<タダ獲り>するだけ」。
背景に「自然と人類」、言葉をかえると「自然は、それを克服して生きる優秀な人類」とする<線引き>思想。
対極には、「自然と人類に優劣はない」「<命を頂く>ことがなければ、人類は生き延びることができない」。
そうした思い、あり。そうではないだろうか。
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大の男、長時間練習で名誉の大役 當麻寺護念院260705nhk
 暦年1021、26配役は抽選 當麻寺護念院「練供養」「おねり」「當麻れんぞ」と親しむ260705

7月5日朝「新日本風土記 奈良 菩薩が来た道」は、當麻寺護念院の「聖衆来迎練供養会式 しょうじゅらいこうねりくようえしき」。
 西暦1005年に始まり、毎年4月14日。中将姫が當麻曼陀羅を織り上げた後、29歳で生身のまま極楽浄土へ往生した、と。
 その様相を再現するのが、この練供養なのだそうだ。

 中将姫は「藤原鎌足の曾孫にあたる豊成卿の娘として生まれた」とする。
 金色の面に、きらびやかな装束をまとった菩薩たちが、境内に模した橋を練り歩く姿は圧巻。
 演ずるのは「菩薩 ぼさつ 講」と呼ばれる地元の人たち。なかから26人が選ばれ、抽選で配役が決まる。
 
 選ばれた<菩さつ役>は稽古を繰り返し重ね、表現を極めていく。
 見守る先輩たちの励まし。実態は「叱咤激励」に近くもあるが、そこは敬愛と愛情をこめて。
 そこが違う。北海道人ととして思う点は、大の男が参加、長い練習の時間をものともせずに、名誉ある大役を継承する点。

 因みに、當麻寺 たいまでら は推古天皇20年=西暦612年、聖徳太子の異母弟・麻呂子親王 まろこしんのう により河内国山田郷=現 奈良県葛城市に創建された寺院
 創建時の詳細は不詳とされ、現在は、高野山真言宗・浄土宗に属する。
 そもそも「南都六宗」ながら、平安・鎌倉を経て「北嶺仏教」に継承と、言うことか。

 1966年2月、訪問した記憶はあるも、その全体像に今回、初めて接した。
 暦年1021、26配役は抽選 當麻寺護念院「練供養」「おねり」「當麻れんぞ」と親しむ260705

7月5日朝「新日本風土記 奈良 菩薩が来た道」は、當麻寺護念院の「聖衆来迎練供養会式 しょうじゅらいこうねりくようえしき」。
 西暦1005年に始まり、毎年4月14日。中将姫が當麻曼陀羅を織り上げた後、29歳で生身のまま極楽浄土へ往生した、と。
 その様相を再現するのが、この練供養なのだそうだ。

 中将姫は「藤原鎌足の曾孫にあたる豊成卿の娘として生まれた」とする。
 金色の面に、きらびやかな装束をまとった菩薩たちが、境内に模した橋を練り歩く姿は圧巻。
 演ずるのは「菩薩 ぼさつ 講」と呼ばれる地元の人たち。なかから26人が選ばれ、抽選で配役が決まる。
 
 選ばれた<菩さつ役>は稽古を繰り返し重ね、表現を極めていく。
 見守る先輩たちの励まし。実態は「叱咤激励」に近くもあるが、そこは敬愛と愛情をこめて。
 そこが違う。北海道人ととして思う点は、大の男が参加、長い練習の時間をものともせずに、名誉ある大役を継承する点。

 因みに、當麻寺 たいまでら は推古天皇20年=西暦612年、聖徳太子の異母弟・麻呂子親王 まろこしんのう により河内国山田郷=現 奈良県葛城市に創建された寺院
 創建時の詳細は不詳とされ、現在は、高野山真言宗・浄土宗に属する。
 そもそも「南都六宗」ながら、平安・鎌倉を経て「北嶺仏教」に継承と、言うことか。

 1966年2月、訪問した記憶はあるも、その全体像に今回、初めて接した。
大の男、長時間練習で名誉の大役 當麻寺護念院260705nhk
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「人間が植えた木は、最後まで手を加えないと」 「次の百年 木と山と ~奈良県 十津川村~」260621nhkG
  造林業経営者「人間が植えた木は、最後まで手を加えないと」 「次の百年 木と山と ~奈良県 十津川村~」260621nhkG

<村面積の95パーセントが森林>とされる、紀伊半島の十津川村。
 江戸期は江戸の復興&大坂の繁栄を支えた林業の地域①。2011紀伊半島豪雨では激しい洪水に見舞われ②、各所に<山崩れ>が発生した③。
 親から造林業を引き継いだ40歳の若手経営者。ナレーターを間伐作業の現場に案内し語る。

 「一度、人間が植えた木は、最後まで手を加えないとちゃんと成長しな」。
 「造林の大切な仕事、何年もかけて手入れしていかなくてはならない」。
 
 最近、一次産業が縮小。
 自身の代に植樹して、幾代も育樹、汗をながさぬ後世代が恩恵を被る林業。生半可なことではない、点を。
 他面、投資するこtなく開発途上国から、ひたすら買い続ける船員国の経済。

 木を伐りすぎて、平均気温上昇。しかし、「我が事」=「当事者意識」は、持ちにくいようで。
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産地無策「棒たら煮」 会津若松・越後街道・棒たら煮・北前船260703
 産地無策「棒たら煮」 会津若松・越後街道・棒たら煮・北前船260703

NHKBS4Kで「只見線 もういちど、日本」を見ていて「ウ~ン、産地無策」。
 「会津若松・越後街道・棒たら煮・北前船」で検索したら、新潟・山形・福島・京都。
 掲載写真のように、あいつぎ生地がヒット。

 相当前に、京都の鯖街道に関連して、棒たら煮の記事を本欄に投稿した思い出があるも、北陸・東北にも北前船交易の恩恵が。
 おもわず、唸る。今、思い浮かぶキーワードは「産地の無策」。

 棒たらを木槌で叩いて、マヨネーズ。これを肴に焼酎をあける御仁。
 煮物に仕上げた、それも特に「海老芋と棒たら」の「炊き合わせ」煮物には、銘酒。
 大吟醸の「盃一杯」が、応えられないのでは。
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朝日を浴び深緑愉しむ 街路樹260620
 朝日を浴び深緑愉しむ 街路樹260620。
 早朝6時、ベランダに出て、朝日を愉しむ。近隣の社から時を告げる太鼓が新鮮な空気を揺する。
 毎朝の日課、暮らしのリズム、生活習慣。

 今朝は写真の深緑に、視線が集中。
 なんとも言えぬ質量観、夏至までほどなく、5月の深緑は水無月の深緑に転じ、おもわず微笑。
 その健気さに勇気、授かったワ。昨夜、ZOOMの会合も120分。20時開始の会議は気がつくと、22時過ぎ。

 用意してあった北海道産ハチミツを一サジ。朝まで就寝。寝覚めの良さが、深緑の質量感に直結かも。
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包丁・和食・日本酒で探した「世界 注目 評価 日本産品」260617
 包丁・和食・日本酒で探した「世界 注目 評価 日本産品」260617

1)包丁
●日本の包丁に世界が注目!世界が認めた品質と技術力 貝印株式会社  2016/6/14
 https://www.kai-group.com/news/id/534/
●ルーツは日本刀? 日本の包丁が世界一と言われる5つの理由     2018/11/25
 https://www.lifehacker.jp/article/amazon-tojiro-factory-event/ 新潟:包丁メーカー藤次郎
 「切れ味、耐久性、使いやすさ」の特性
  ←1)工程数が多い、2)日本の包丁のルーツは日本刀、3)職人が手作業で行なう。   4)4. オーダーメイド品は10年の修行が必要、 5)複合材を使える
●“日本の和包丁、世界で注目” MUSASHI JAPAN、欧米豪7カ国   2026/2/20
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000155812.html  TAIMATSU株式会社

包丁が世界に評価され、グローバル化したのは西暦2000年頃から、か。政府広報は記載(「世界に広がる日本の包丁」)。
 https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/201611/201611_08_jp.html

 「貝印は近年、包丁のグローバル展開に力を入れている」。「海外向けの主力商品は高級包丁ブランド「旬」である」。
 「旬」は2000年以来、現在まで60か国以上で販売され、累計出荷本数は世界で500万丁以上に上る。
 一般の家庭から、世界を代表するレストランまで幅広く使われており、世界のナイフ業界で最高峰の賞といわれるアメリカの「ナイフ・オブ・ザ・イヤー」を10回受賞している。
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5月サクラ、リラ・コテマリ&フジの6月 マチなかに「花暦 はなこよみ」読む散歩道260614
  ライラック 260607開花に気がつき若松町で撮影
 =モクセイ科ハシドイ属に分類される落葉低木。学名:Syringa vulgaris 「Syringa(シリンガ)」が属名、「vulgaris(ブルガリス)」が種小名とされる。
 札幌の初夏を代表する花として親しまれている(札幌公園緑化協会)

 コデマリ 260614開花、熟すを見込み一枚
 =春に咲くバラ科シモツケ属の落葉性低木。学名:Spiraea cantoniensis。
  中国(中南部)原産で[2]、日本では帰化植物。庭や庭園に植えられる、と言うことだ。
 日本では、よく庭木として植えられている、とも。

 フジ
 =マメ科フジ属 (落葉つる性)  学名:Wisteria floribunda、別名: ノダフジ・
  日本固有種で本州、四国、九州から。
  古代に蔓から藤布や縄、籠を作ったことから、布織り作業の「経(タテイト)を打つ」、  つまり経(フ)打(ウ)ちとなり、それが「フジ」に変化したと推測される。

 5月サクラ、リラ・コテマリ&フジの6月 マチなかに「花暦 はなこよみ」読む散歩道260614
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計算された美と心くばり 「村雨さんと日本庭園たしなみ巡り」nhkBS
 東京・小石川後楽園を訪問したのは2008年10月であったか。2泊3日の缶詰になった調査が終わり、時間延長を見越して追宿した後の、ホッとした気持ちの時であった。
 最近、「村雨さんと日本庭園たしなみ巡り」は、7話、放送されたようでだが、視聴の記憶があるのは。次の4庭園。

 荏原 畠山美術館 =東京、港区の荏原畠山美術館に「壮麗な日本庭園」
 小石川後楽園  =スウェーデン出身の庭師・村雨さんと日本庭園をめぐる第1回放送。
 清澄庭園    =「名石の庭」と言われる東京・清澄庭園。三菱財閥の岩崎家。
 有楽苑 =愛知・犬山の有楽苑で茶室の庭「露地」のたしなみ巡り

 ただ、ネットによると、小石川後楽園に続き、次の六庭園も。
 妙心寺 退蔵院 =砂などだけで作られた庭園「枯山水」。「全宇宙を表現」とは、砂の模様に隠された意味?。
 三千院     =紅葉で名高く、息呑むほど美しい苔の絨毯。大原の環境がないとあの苔は見られず、苔育む条件とは。
 三溪園     =「横浜・みなとみらい」に近い広大な庭園は誰が何のために造る?
 二条城(京都) =大政奉還の間だけではない!。徳川幕府の思惑満載の庭。
 兼六園     =紅葉真っ只中。雪吊り、誰もが写真を撮る「ことじ灯籠」。
 無鄰菴     =日本有数の豪邸街たる京都・南禅寺界隈別荘群にある"近代日本庭園。明治の元勲、山縣有朋の別荘とは、良く知られる。

計算された美と心くばり 「村雨さんと日本庭園たしなみ巡り」nhkBS
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