時系列の本編「Ⅲ。優良炭鉱としての出発 1945―62年」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
 時系列の本編「Ⅲ。優良炭鉱としての出発 1945―62年」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
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 ポツダム宣言受託後、その歳の年末に太平洋炭礦は、操業を再開する。
 鉄と石炭。それは国土復興の起爆剤として、期待されたからにほかならない。
 石炭傾斜生産方式。これは、石炭・鉄鋼を重点的に増産、さらに化学肥料、電力などの重点的な産業に資材を重点配給することとした政策である。

 「Ⅲ。優良炭鉱としての出発 1945―62年」は、4本の柱を設けた。
 「1.戦後、炭鉱再開後の太平洋炭礦」「2.戦後復興期の採炭記録」「3.戦後復興期の炭鉱生活」「4.海底炭への挑戦」。
 中核は、海底炭採掘への着業。「従業員は最大で5000人余を擁する大会社」「戦後に結成された労働組合とも提携しつつ、さまざまな分野で機械化をすすめ」と、展開する。

 「海底炭の採掘」は昭和20年代後半から始まる。
 戦前型の改良機械、戦後第一世代としてメーカーにより開発された鉱山機械。
 それらを掘進、仕繰部門に導入。

 昭和29年の坑内ガス爆発事故を伴う。
 保安対策の科学化と機械化をめざした設備投資を実施。
 出炭量は昭和27年=4000人の従業員で70万トン、同35年=3000人を割る従業員で100万トンの大台を超える。