2026 11/03 11:05
Category : 仕事
時系列の本編「Ⅳ.ビルド鉱としての飛躍・存続 1962―85年」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
https://www.city.kushiro.lg.jp/area/common/003hp/jidai/index4.htm
https://www.city.kushiro.lg.jp/area/common/003hp/jidai/index4.htm

釧路炭田の戦後石炭史には二つの画期があった。
1952年石油自由化の浪、65年までに小規模炭鉱が漸次、閉山。62年、第一次石炭政策が実施される。
65年から70年にかけ中規模の明治鉱業、三菱雄別三山(雄別 茶路 尺別)が閉山。
「4.釧路炭田の縮小」は、6点の図版を配置。
「釧路炭田 釧路港の石炭移出先(1965~71年)」「釧路炭田 稼行炭鉱推移(昭和20年~41年)」「釧路炭田 市町別石炭産出量(昭和33年)」
「明治鉱業(株) 庶路炭礦で閉山提案」「明治鉱業(株) 本岐炭礦で強行就労」「雄別炭礦 企業ぐるみの閉山へ」
三井系の太平洋炭礦。生き残りをかけ持ち家制度を提案し、労使一帯で離山抑止、機械採炭の効率&増産かをはかる。
「1.世界に誇る機械最短確立への道」「2.年産200万トンの処理体制」「3.福利厚生事業」
統計によると、「1977年 2,609,632トン」。1920年 操業開始。82年間に1億トン出炭の太平洋炭礦にとって、年間最多量の出炭記録となった。
https://www.city.kushiro.lg.jp/area/common/003hp/jidai/index4.htm
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釧路炭田の戦後石炭史には二つの画期があった。
1952年石油自由化の浪、65年までに小規模炭鉱が漸次、閉山。62年、第一次石炭政策が実施される。
65年から70年にかけ中規模の明治鉱業、三菱雄別三山(雄別 茶路 尺別)が閉山。
「4.釧路炭田の縮小」は、6点の図版を配置。
「釧路炭田 釧路港の石炭移出先(1965~71年)」「釧路炭田 稼行炭鉱推移(昭和20年~41年)」「釧路炭田 市町別石炭産出量(昭和33年)」
「明治鉱業(株) 庶路炭礦で閉山提案」「明治鉱業(株) 本岐炭礦で強行就労」「雄別炭礦 企業ぐるみの閉山へ」
三井系の太平洋炭礦。生き残りをかけ持ち家制度を提案し、労使一帯で離山抑止、機械採炭の効率&増産かをはかる。
「1.世界に誇る機械最短確立への道」「2.年産200万トンの処理体制」「3.福利厚生事業」
統計によると、「1977年 2,609,632トン」。1920年 操業開始。82年間に1億トン出炭の太平洋炭礦にとって、年間最多量の出炭記録となった。