2026年11月の記事


時系列の本編「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
 時系列の本編「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
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CD-ROM版『釧路炭田その軌跡』の第5章にあたる「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」は、1986年から2001年までを取り扱う。
 「1.深部採炭への挑戦」「2.炭鉱の賑わい、そして輝き」「3.炭鉱視察、そして炭鉱存続の努力」。
 国内炭鉱が相次ぎ閉山するなか、なぜ太平洋炭礦(株)釧路鉱業所は最後の稼行炭鉱として、残ることができたか。

 そこのポイントを「1.深部採炭への挑戦」で、その一端をふれておいた。
 「一人がひと月に掘る石炭の量は99トン(昭和60年)から191トン(平成11年)に増加、全国平均91.4トン(同年)を大きく越え」
 「数字に見る、機械化採炭による効率化の現れ」と承けている。

 昭和60年11月、「2084人の社員が働き、249万トンの石炭産出量(出炭量)を記録」するも、「昭和63年から210万トン台の出炭量」。
 本章の最終年、つまり閉山前年の統計では、882人で131万トンの出炭量。ピーク時の250万トンを前後する趨勢を大きく下回ることになっていた。
 市街地中心部に「太平洋炭礦存続」の懸垂幕が掲げられ、炭鉱視察者が続く中、閉山の懸念も高まっていた。

 「2.炭鉱の賑わい、そして輝き」は、社員&従業員の持ち家と「炭住文化」ともいうべき福祉・文化・レクの機縁であり、市民とも交流・参加の基盤であった。
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時系列の本編「Ⅵ。閉山そして釧路コールマインの誕生」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
 時系列の本編「Ⅵ。閉山そして釧路コールマインの誕生」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
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CD-ROM版に「収録写真の枚数/500点」「図 表/70点(内 新聞記事/10点)」は時系列で6章の本編に収録されている。
 「Ⅵ。閉山そして釧路コールマインの誕生」はその最終章。
 「万感の思いこめ太平洋炭礦閉山」「閉山を伝える報道」「閉山に寄せる思い」の3節からなる。

 最後の節、「閉山に寄せる思い」は、6図のグラフィックでまとめられた。
 「太平洋炭礦 業務就労者数」「平成11年12月 太平洋炭礦(株)と協力会社の在籍人員」「「太平洋炭礦(株) 年齢階層別従業員数」
 「太平洋炭礦(株) 従業員居住地」「「閉山離職者の就職状況」「閉山に直面した時の気持ち」

 閉山から丸一年。社員1500人、協力会社員1000人と言われた閉山離職者は、実にその大半が居住されていた。
 調査員126人、戸別の調査項目40項目、調査期間150日余、データ整理期間30日。
 相当額の経費を投入した「再話調査」の集大成。未公開は表にされていない「ナマの声」ということではある。
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