時系列の本編「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
 時系列の本編「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」 『釧路炭田その軌跡』CD-ROM版030331
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CD-ROM版『釧路炭田その軌跡』の第5章にあたる「Ⅴ.日本最後の稼行炭鉱へ」は、1986年から2001年までを取り扱う。
 「1.深部採炭への挑戦」「2.炭鉱の賑わい、そして輝き」「3.炭鉱視察、そして炭鉱存続の努力」。
 国内炭鉱が相次ぎ閉山するなか、なぜ太平洋炭礦(株)釧路鉱業所は最後の稼行炭鉱として、残ることができたか。

 そこのポイントを「1.深部採炭への挑戦」で、その一端をふれておいた。
 「一人がひと月に掘る石炭の量は99トン(昭和60年)から191トン(平成11年)に増加、全国平均91.4トン(同年)を大きく越え」
 「数字に見る、機械化採炭による効率化の現れ」と承けている。

 昭和60年11月、「2084人の社員が働き、249万トンの石炭産出量(出炭量)を記録」するも、「昭和63年から210万トン台の出炭量」。
 本章の最終年、つまり閉山前年の統計では、882人で131万トンの出炭量。ピーク時の250万トンを前後する趨勢を大きく下回ることになっていた。
 市街地中心部に「太平洋炭礦存続」の懸垂幕が掲げられ、炭鉱視察者が続く中、閉山の懸念も高まっていた。

 「2.炭鉱の賑わい、そして輝き」は、社員&従業員の持ち家と「炭住文化」ともいうべき福祉・文化・レクの機縁であり、市民とも交流・参加の基盤であった。