2026 08/19 06:56
Category : 地域
時代はやがて「明治」へ=釧路地方、江戸期の遺産 『北海道歴史探訪 釧路昔むかし』890330

江戸期の遺産 江戸期の釧路の様子をそれぞれ具体的に見ていると、江戸時代に芽を出しつつ明治にいたり花ひらいたものが少なくないことである。
なんといっても漁場の形成が第一である。
明治になって釧路は函館の経済圏の中で発展したが、このモノの流れもすでに江戸時代においてできあがったシステムであった。内陸の開拓の担い手として東北・北陸の移住者たちの役割が大きいが、これは明治になって急にはじまったものではなかった。江戸時代すでに東北の漁業者たちが自分達の仕事場としてしげくかよってきていたことである。
つとめて下北地方との結びつきの深さを取りあげておいた。
航空機や青函トンネルはもとより、青函連絡船で行き来する時代にあってさえ、すでに下北は我々にとって遠い、ゆかりのない存在であったかに見える。ところが江戸時代には、釧路-襟裳岬-恵山岬-下北半島は1本の線で結ばれた、ごく身近な地域であった。
明治の開拓を論ずるときしばしば「屯田兵(とんでんへい)制度」が話題になる。そのはしりは白糠にはいった八王子同心にすでにみられている。白糠・石炭岬の石炭採掘を囚人労働によりすすめるなど、明治にはいってからの北海道開拓の方法のいくつかはすでに江戸期において試みられていた。
石炭の採掘やコンブの中国への輸出など、鎖国から開国への日本の歴史のダイナリズムにもゆれうごく地域であった。
鎖国体制の中の黒船だってペリーばかりでなく厚岸湾や根室にきたものなどあって〃北の黒船〃として国際社会の緊張を伝えてくれる。北浜の地で学ぶ地域史は、長い時間をかけて形成された日本史の流れを、わずか数百年の間に凝縮して展開させてくれているのかの感がある。
ともかく、原住民のアイヌ民族は、自然採集経済によりつつ、千島や樺太を通じユーラシア大陸との交渉があった。
全国統一政権の成立や本州商人の蝦夷地進出は、モノの流れを松前・箱館、さらには上方、江戸へと変えてしまった。アイヌ民族にとっては生産と流通の手段も資本も全く異なり、まさに異文化との接触であった。あわせて原住民の固有の文化を否定してしまうことにもなった。かくて交易と漁業と交通の中心地の形成が進められる。明治に引き継がれる臨海部の地域形成が、実は江戸時代から進んでいた。ことさら江戸時代の人々の努力をかたわらにおいてしまうこともあるが、その胎動に気づいていただけたら幸いである。
江戸期の遺産 江戸期の釧路の様子をそれぞれ具体的に見ていると、江戸時代に芽を出しつつ明治にいたり花ひらいたものが少なくないことである。
なんといっても漁場の形成が第一である。
明治になって釧路は函館の経済圏の中で発展したが、このモノの流れもすでに江戸時代においてできあがったシステムであった。内陸の開拓の担い手として東北・北陸の移住者たちの役割が大きいが、これは明治になって急にはじまったものではなかった。江戸時代すでに東北の漁業者たちが自分達の仕事場としてしげくかよってきていたことである。
つとめて下北地方との結びつきの深さを取りあげておいた。
航空機や青函トンネルはもとより、青函連絡船で行き来する時代にあってさえ、すでに下北は我々にとって遠い、ゆかりのない存在であったかに見える。ところが江戸時代には、釧路-襟裳岬-恵山岬-下北半島は1本の線で結ばれた、ごく身近な地域であった。
明治の開拓を論ずるときしばしば「屯田兵(とんでんへい)制度」が話題になる。そのはしりは白糠にはいった八王子同心にすでにみられている。白糠・石炭岬の石炭採掘を囚人労働によりすすめるなど、明治にはいってからの北海道開拓の方法のいくつかはすでに江戸期において試みられていた。
石炭の採掘やコンブの中国への輸出など、鎖国から開国への日本の歴史のダイナリズムにもゆれうごく地域であった。
鎖国体制の中の黒船だってペリーばかりでなく厚岸湾や根室にきたものなどあって〃北の黒船〃として国際社会の緊張を伝えてくれる。北浜の地で学ぶ地域史は、長い時間をかけて形成された日本史の流れを、わずか数百年の間に凝縮して展開させてくれているのかの感がある。
ともかく、原住民のアイヌ民族は、自然採集経済によりつつ、千島や樺太を通じユーラシア大陸との交渉があった。
全国統一政権の成立や本州商人の蝦夷地進出は、モノの流れを松前・箱館、さらには上方、江戸へと変えてしまった。アイヌ民族にとっては生産と流通の手段も資本も全く異なり、まさに異文化との接触であった。あわせて原住民の固有の文化を否定してしまうことにもなった。かくて交易と漁業と交通の中心地の形成が進められる。明治に引き継がれる臨海部の地域形成が、実は江戸時代から進んでいた。ことさら江戸時代の人々の努力をかたわらにおいてしまうこともあるが、その胎動に気づいていただけたら幸いである。