噴火で八丈島に避難、帰島試みるもネズミ被害に漂流&行方不明 天明五年青ヶ島噴火
噴火で八丈島に避難、帰島試みるもネズミ被害に漂流&行方不明 天明五年青ヶ島噴火

 「自然環境の厳しいところが、青ヶ島の宝」「これ以上の宝はない」。
 「青ヶ島は上陸したくても、なかなか上陸できない」「神様に選ばれた者ただけが上陸を許される」
260817  要害&見取り図 青ヶ島地.jpg
 伊豆諸島。八丈島から南へさらに70キロメートル。
 「秘境」と言われる青ケ島は、島そのものが外輪山で、なおかつ噴火口をもつ。
 わずかに島の南西部に連絡船の接岸港をつくることが出来たほどの、絶壁。
 天明5 1785年に最大の爆発があり「昼でも暗い日が八日間」。島民全員が八丈島に避難した。

 6年後の寛政元年に名主&島民12人が青ヶ島に調査で赴く。
 寛政4 1792年 前述の名主ら20人が青ヶ島に渡り、うち12人が島に残るも、ノネズミの被害甚大。。名主・三九郎らは八丈島に戻る。
 翌年、青ヶ島に残った者の内5名が八丈島に帰ろうとして行方不明。
 その翌年、寛政6 1794年には食を乗せた船が青ヶ島に向かうも、房州に流される。

 寛政9 1797年 名主・三九郎ら14人が青ヶ島に向かうも、紀州二木島へ流された。名主・三九郎を含めた11人が死亡。
 結局、享和元年 1801年には全員が引揚げ、青ヶ島は再び無人島に帰する。
 (「英雄たちの選択 シリーズ 知られざる島の歴史旅 (2)帰りたい〜火山島・青ヶ島 全島避難の軌跡〜」260817 NHKBS4K.)