沖縄・広島・長崎被災 ポイント「(天皇)近衛が知らぬなら・・・」 「関口宏の一番新しい」260725 BSTBS
 沖縄・広島・長崎被災回避 ポイント「(天皇)近衛が知らぬなら・・・」 「関口宏の一番新しい近現代史」260725 BSTBS
260812  260725  KIMG4815  近衛上奏文 七重臣09.JPG
 「近衛公爵上奏文」の題名は「敗戰ハ遺憾ナカラ最早必至ナリト存候、以下此ノ前提ノ下ニ申述候」。
 45年2月14日 「近衛上奏文」を耳にした天皇は、近衛に下問五項目、うち三問目と四問目。。

 (御下問)「人事の問題に結局なるが、近衛はどう考へて居るか」。
 (御答)「それは陛下の御考へ……」。
 (御下問)「近衛にも判らない様では中々難しいと思う」。
 (御答)―略―

 (御下問)もう一度戦果を挙げてからでないと中々話は難しいと思ふ。
  臆する部に、時局を停戦に導くための組閣。その人事に簡易して、当時の複雑な背景を示すか。
 近衛も「戦果が挙がれば誠に結構と思はれますが、そう云う時期が御座いませうか」。「之も近き将来ならざるべからず」。「半年、一年先では役に立つまいと思ひます」。
 半年、一年先でも、勝機は来ない、

 七重臣で近衛は孤立。主従臣下、この決断の躊躇が沖縄・広島・長崎の大惨事に。
 掲示画像中「近衛上奏文は、親英米派の元外交官・吉田茂らが作成に協力」の事情。
 近衛は吉田邸に一泊して上奏文案を相談、と。しかし邸内の女中&書生はスパイだった、。

 後日、吉田は憲兵隊に拘束され取調。女中&書生はその後、近衛宅で盗聴を続けた。
 吉田の実績。のちにGHQは吉田を軸に、占領政策。と。