<食べる>で育てられる家畜、生きるに<命頂く>鯨 自然と人類の線引き‐1‐
<食べる>で育てられる家畜、生きるに<命頂く>鯨 自然と人類の線引き‐1‐

若いころ、鯖田豊之著『肉食の思想』を奨められて読んだ。当時、記憶に残っているのは一つ。
それは日本米の主食としの優秀性であった。
惣菜なくとも米だけ食べられる。それなりに栄養を確保できる。そこそこ<腹もち>が、良い。

どうやら米不足を補う外米=がいまい や、不足補完のため大豆・エンドウ・ジャガイモの米飯=混ぜ飯から解放された時期だけに、記載内容が身にしみたのだ。
しかし、タイトルが「肉食 にくじき」というのだから、主題は経済動物を屠殺 とさつ して肉を主食とする思想にある、のだ。

鯨の捕獲漁法に和式漁法と西洋式捕獲漁法がある。
イワシなどの小魚を追って陸に近付きすぎ、腹がつかえて動けなくなった生体を攻撃して獲物とする和式。
大洋を遊泳する生体に、モリ=銛などの武器で捕獲する西洋式。わが国でも近代捕鯨とされるは、後者の西洋式捕鯨。

国際団体が日本の商業捕鯨を指して残酷、漁獲を認めぬと抗議活動を繰り広げた。
本邦は「資源確保」のための「間引き」と主張するも、理解はされない。他方で「なぜビフテキを食べるため牛豚を平気で殺しながら、資源確保の捕鯨に対し、なぜに風当たりがつよい?」。首をかしげる。
「可愛い牛豚を食べる西洋人の方が、むしろ残酷」。ウラミブシもつぶやかれる。

答えはこうだ、多分。「経済動物は人間に食われるため、人間が育てる」。
返すことばで「クジラは自身の力で子を産み、育てる、日本人は自然の恵みを<タダ獲り>するだけ」。
背景に「自然と人類」、言葉をかえると「自然は、それを克服して生きる優秀な人類」とする<線引き>思想。
対極には、「自然と人類に優劣はない」「<命を頂く>ことがなければ、人類は生き延びることができない」。
そうした思い、あり。そうではないだろうか。