2026 10/26 15:11
Category : 放送
家族の思い出活かし地域に貢献 第18代目当主・67歳女性の挑戦「ポツンと一軒家 熊野古道」261025

長い歴史を持ち家が失われても、家族の思い出まで消えてしまうものではない。
日曜日の夜、「ポツンと一軒家」のテレビ朝日番組を見ている。
昨夜放送「奈良県、先祖の生家跡に建てた登山客を迎え続ける“山小屋"」。
とうとう、最後まで視聴。460年、自身は第18代目の当主、五人姉妹の第4女。
生家は父の老境で麓の叔父宅を購入して住まいするも、両親が登山、熊野詣での他人を無償で泊めてもてなした記憶を、継承。
傷んだ生家を取り壊した跡に、管理人なしの山小屋を用意。道行く人に開放している。と。
変哲もない話ではあるような、しかしどうして、どうして。
山道2キロメートル、女性の足で40分という登山道は、車がとおれない道。
一人かけての4人姉妹は麓迄の二キロ、そのさき4キロの道を励まし合いながら通学。
高校通学は寮生活。その後、百貨店の食品売り場に勤め、結婚。
恵まれた一女が三歳のとき、夫は胃がんで他界。平成の初め実父の死後で実家にもどり、その三年後には、母も亡くなる。
無人の家を解体したところで、山小屋建設に、自らとりかかる。
「チェンそーはまだ、使えなかった」「分けてもらった材を鋸で引いて、家をてづくり」
「道具も資材も、二キロの道を背負って運びました」。圧巻は採暖用の鋳物のストーブ。
「頂き物で原価はタダ、二度にわけて一度に20kgの品を二度で運び終えた」。
利用者が書き残してくれたノート。そこに見事な挿画と、英文のメッセージ。
こうした記載を残してくれると、「とても嬉しい」。
ゲストの森口博子女史は、話の展開にただただ、驚きを隠そうとしなかった。
関心おありなら、次のURL[日本史好きのブログ」で「『ポツンと一軒家』熊野古道の山小屋はどこ?450年以上続く生家の歴史と67歳女性の物語」をご覧あれ。
https://history10.hatenablog.com/entry/2026/10/25/200255#google_vignette
長い歴史を持ち家が失われても、家族の思い出まで消えてしまうものではない。
日曜日の夜、「ポツンと一軒家」のテレビ朝日番組を見ている。
昨夜放送「奈良県、先祖の生家跡に建てた登山客を迎え続ける“山小屋"」。
とうとう、最後まで視聴。460年、自身は第18代目の当主、五人姉妹の第4女。
生家は父の老境で麓の叔父宅を購入して住まいするも、両親が登山、熊野詣での他人を無償で泊めてもてなした記憶を、継承。
傷んだ生家を取り壊した跡に、管理人なしの山小屋を用意。道行く人に開放している。と。
変哲もない話ではあるような、しかしどうして、どうして。
山道2キロメートル、女性の足で40分という登山道は、車がとおれない道。
一人かけての4人姉妹は麓迄の二キロ、そのさき4キロの道を励まし合いながら通学。
高校通学は寮生活。その後、百貨店の食品売り場に勤め、結婚。
恵まれた一女が三歳のとき、夫は胃がんで他界。平成の初め実父の死後で実家にもどり、その三年後には、母も亡くなる。
無人の家を解体したところで、山小屋建設に、自らとりかかる。
「チェンそーはまだ、使えなかった」「分けてもらった材を鋸で引いて、家をてづくり」
「道具も資材も、二キロの道を背負って運びました」。圧巻は採暖用の鋳物のストーブ。
「頂き物で原価はタダ、二度にわけて一度に20kgの品を二度で運び終えた」。
利用者が書き残してくれたノート。そこに見事な挿画と、英文のメッセージ。
こうした記載を残してくれると、「とても嬉しい」。
ゲストの森口博子女史は、話の展開にただただ、驚きを隠そうとしなかった。
関心おありなら、次のURL[日本史好きのブログ」で「『ポツンと一軒家』熊野古道の山小屋はどこ?450年以上続く生家の歴史と67歳女性の物語」をご覧あれ。
https://history10.hatenablog.com/entry/2026/10/25/200255#google_vignette