幕領化政策で人心安定の跡 東蝦夷地伝承の文化財―後―
 蝦夷地幕領化政策で派遣、警備&経営者の人心安定 東蝦夷地に伝承の文化財1802―後― by Hirotsugu Sato

 寛政12年3月、原兄弟は二班に分かれて江戸を出発、ユウフツとシラヌカに各50名が、ます入植します。
 享和2年に各15名が加えられ総勢65名の布陣です。
260812  御寺建立以前過去帖 国泰寺所蔵 八王子同心.jpg
 後年、史跡国泰寺跡の第二世住職の時代に持ち場所で法要を勤めた僧侶が物故者を記録し、法号を贈りました。
 史跡国泰寺跡に伝わる『御寺建立以前之過去帳』(説明図版)には、15名の物故者が記録されています注3)。

  八王寺同心の事績については幕府役人による蝦夷地経営施策、また諸役人による復命書、紀行文が遺されています。測量調査で渡島の伊能忠敬一行の来訪の記録もあります。しかし、在地記録。つまり記録が造られ所在地に伝承する記載記録は、実に『御寺建立以前之過去帳』に残る記録に限られていました。後年、白糠町内に「太陽の手」が建立され、物故者の記名が遺されています。しかし、その出典は不明とされています注4)。

従って「原胤篤奉納鰐口」の銘文は、史跡国泰寺跡所蔵『御寺建立以前之過去帳』に続く八王子同心の存在と、そのことを裏付ける在地保存記録となるのです。
 ※注3 釧路地方近世史研究会編『日鑑記―国泰寺とその周辺―』 釧路市 1971年。
 ※注4 白糠町史編集委員会編『白糠・八王子千人同心隊』 白糠町 1983年。