魅力のみでわ!+プラスして意味&意義あってこそ260405
 魅力のみでわ!+プラスして意味&意義あってこそ260405

 大分県から北海道内一周旅行中の男性が、釧路湿原の展望台から一望した、はず。
 その実感を、釧路市武佐老人クラブ連合会長に話したようだ。その話を聞いた連合会長が釧根で市内を配布される紙面にエッセイで投稿。
 受け止めて、市中は如何に向き合うと、良いのか。市民向けの「処方箋」を示す。

 エッセイの投稿は、2006年師走の6日が掲載号。釧路湿原のなかでも滞在機能の手薄な「細岡展望台」に立った。そう実感している。
 同所は<釧路湿原のもっとも湿原景観を一望できるポイント>。人口2万人弱の公共団体に「滞在型天望施設」はまだ、荷物が重い。
 
 魅力・・・仮にそのポイントが「細岡展望台からの一望がすばらしい」。
 地元民の実感、旅行ガイドブックの記載があったとして、それは「地域の魅力」。
 「魅力」は言わば、「一目惚れ」の領域。威力で選んだ配偶者。柴らしい佳人と受け止めるも、まもなく、ナレ、慣れ、にはならずや。まだ、日常なら許せるも。

 意味・・・「湿原は人間の心を受け止めてくれる、ふところの大きさがある」。
 これって、手つかずのまま3000有余年の時日を重ねて生み出された、存在感ではないか。
 それは立ち、観察するヒトの産み出した、感性に違いない。

 意義・・・重ねて旅行者は「私たちに安らぎと再生を与えてくれる貴重な価値ある場所」と受け止めた。
 それって、地元民には無用の長物と受け止めて来たフシは今もないわけではないが、旅行者に響いた付加価値、無形資産ではないのか。
 地元の一部にあるかないのか。濃密な可能性を示してくれては、いまいか。

 承けてエッセイ投稿者の大原 寛氏は処方箋を書いた。
 「釧路人は釧路を語れないことでは困る」
 「釧路をよく知ることは、釧路を愛している証拠である」。