2026 04/18 19:20
Category : 放送
瀬戸内ブルー=『やりたい』を抑えて生きても、庵治石をガラスの原料に 「「輝く石 情熱込めて〜香川県庵治半島~」nhk
母が60歳で死去。したいこと、一つとして出来ずに逝った母。「時に私は30歳、『やりたい』を抑えて生きても・・・・」。「時に私は30歳、『やりたい』を抑えて生きても・・・・」。
学校へ入って技術を身につけ、ガラス工芸に。庵治石を混入してみて青色が出現。
発色したときには「鳥肌がたった」。「香川らしい青色」。それは瀬戸内の海に重ねたものか。
香川県出身でガラス工芸作家の杉山利恵さん。 「庵治石が産み出した工芸」。
「人生を変えてくれたガラス工芸の道」「工芸は新しい可能性」と、静かに語る。
庵治石は墓石で貴重とされていた。
「地元でしか産まれない、地場の何かを生かせるガラスを制作したい」。試行錯誤を重ねて生み出した、と。
「庵治石をガラスの原料として使えないか」。そう杉山さんが思いついたときは、蒼く発色するとは思っていなかったのだ、そうだ。
試験的に庵治石を溶かしてガラスにしてみたところ、きれいな蒼に発色。それを見たとき、「瀬戸内の色」だと思ったそうで。
母が60歳で死去。したいこと、一つとして出来ずに逝った母。「時に私は30歳、『やりたい』を抑えて生きても・・・・」。「時に私は30歳、『やりたい』を抑えて生きても・・・・」。
学校へ入って技術を身につけ、ガラス工芸に。庵治石を混入してみて青色が出現。
発色したときには「鳥肌がたった」。「香川らしい青色」。それは瀬戸内の海に重ねたものか。
香川県出身でガラス工芸作家の杉山利恵さん。 「庵治石が産み出した工芸」。
「人生を変えてくれたガラス工芸の道」「工芸は新しい可能性」と、静かに語る。
庵治石は墓石で貴重とされていた。
「地元でしか産まれない、地場の何かを生かせるガラスを制作したい」。試行錯誤を重ねて生み出した、と。
「庵治石をガラスの原料として使えないか」。そう杉山さんが思いついたときは、蒼く発色するとは思っていなかったのだ、そうだ。
試験的に庵治石を溶かしてガラスにしてみたところ、きれいな蒼に発色。それを見たとき、「瀬戸内の色」だと思ったそうで。