「壺坂霊験記」
「夢が浮世か浮世が夢か」で始まる有名な浄瑠璃があります。遠い昔の、壷阪寺という寺の麓に住む、視力を失い苦しんでいる沢市とその妻、お里のお話です。

 心優しいお里は、苦しむ沢市を救うため、夜が明けきらぬうちに家を出、薄明かりを頼りに険しい参道を登り、毎日、壷阪寺の観音様に願を懸けに行くのですが、そうとは知らない沢市はお里の浮気を疑います。

 それを知ったお里は、あまりの情けなさに言ったのが「三つ違いの兄さんというて暮らしているうちに情けなやこなさんは、生まれもつかぬ疱瘡(ほうそう)で、眼界の見えぬそのうえに、貧困にせまれどなんのその、いったん殿御の沢市さん・・」という有名なセリフです。
(夫を)三歳年上の兄さんと言いながら暮らしているが、夫は突然の疱瘡で視力を失い、その上ますます貧乏になったけれど、いつまでも偉そうにしている沢市さん・・という意味です。

 お里の愛情を知った沢市は、病が治癒するとも思えず、お里への感謝と詫びる気持ちを胸に身を投げてしまい、気づいたお里もすぐに後を追います。
観音様はそんな二人の命を助け、沢市の目まで治してくれたそうです。

 これは明治期に大ヒットした「壺坂霊験記」という文楽で、その後、浪花節(浪曲)にも移され、「妻は夫を労わりつ、夫は妻を慕いつつ」の名調子で一世を風靡しました。

 ところで、内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」によると、「夫は仕事、妻は家庭」との家庭観に対して「反対」と答えた割合が、1979年の調査開始以来初めて5割を超えました。
外で仕事を持つ妻が増えてきた現在は「夫は妻を労わりつ、妻は夫を慕いつつ」の気持ちが多少なりとも必要なのかもしれません。