5.承 3年抑留、シベリヤ開発労働の1949年2506024 北海道教育大学。
5.承 3年抑留、シベリヤ開発労働の1949年2506024 北海道教育大学。

 樺太・豊原で3年強制労働の判決。警察官として戦時責任を問われたことのようでであった。
 1946年4月に始まるラーゲリー=強制州所生活。紹介の体験記は、その3年目の一年を記載する。

 派遣先は「ニューシベリア」を意味するノヴォシビルスクの地。
 板に鉛筆、ガラス破片で記載文字を抹消している役人が、紙&鉛筆を渡して心情を書かせた。
 のちに判明。記載内容によって帰還後、ソ連スパイとしての可能性をさぐることで、あった。

 遅れていたシベリア開発。投入できない自国の労働力にかえて、日本兵捕虜・戦犯をあてる。そのために・・・・。
 編集にあたった三男征志 ただし 氏は、「(ソ連は日本の)天皇制尊属と代替にシベリア労働力の捕虜抑留の密約を(連合国と)交わしたか」。
 そうした注を紹介している。