2025年07月の記事
2025 07/17 10:45
Category : 放送
ポテンシャルはトコトン、心配なし工夫で 新婚旅行のメッカと危機に岩切章太郎ー下ー
島津久永・貴子夫妻についで、上皇・上皇后の旅先も宮崎=1962年であった。
「新婚旅行ブーム」に火が付いた。全国から新夫妻の入込数。
『宮崎県観光入込客統計調査結果』は「全国の新婚旅行約100万組の約37%の37万組が宮崎市」。
「 昭和37年~昭和53年にかけて新婚旅行客約300万組が宮崎市を訪れる」と記載。.
時代は永く支援を続けなかった。1964年に海外渡航自由化、そして1972年に沖縄返還。
たちまち旅行先は、海外&沖縄に<転換するトキ>で、あった。
帰郷の岩切がめざした、その二。「心配するな工夫せよ」。
時代の脅威。そこを克服する道を岩切は、「景色をどう作っていくか」の延長線上。
そこに「花の宮崎」「日南の黄金海岸」を描き出すことを考える。
岩切は3点、めざす。1)に「美しい景色」。2)に「土の香り」、3)に「本来の味がする食」。
地域の知恵。その伝統と競い合い、そして創造力。
初回放送=2025年7月8日。「知恵泉 岩切章太郎 南国宮崎・新婚旅行ブーム仕掛け人」nhkETV
島津久永・貴子夫妻についで、上皇・上皇后の旅先も宮崎=1962年であった。
「新婚旅行ブーム」に火が付いた。全国から新夫妻の入込数。
『宮崎県観光入込客統計調査結果』は「全国の新婚旅行約100万組の約37%の37万組が宮崎市」。
「 昭和37年~昭和53年にかけて新婚旅行客約300万組が宮崎市を訪れる」と記載。.
時代は永く支援を続けなかった。1964年に海外渡航自由化、そして1972年に沖縄返還。
たちまち旅行先は、海外&沖縄に<転換するトキ>で、あった。
帰郷の岩切がめざした、その二。「心配するな工夫せよ」。
時代の脅威。そこを克服する道を岩切は、「景色をどう作っていくか」の延長線上。
そこに「花の宮崎」「日南の黄金海岸」を描き出すことを考える。
岩切は3点、めざす。1)に「美しい景色」。2)に「土の香り」、3)に「本来の味がする食」。
地域の知恵。その伝統と競い合い、そして創造力。
初回放送=2025年7月8日。「知恵泉 岩切章太郎 南国宮崎・新婚旅行ブーム仕掛け人」nhkETV
2025 07/14 10:41
Category : 放送
多度郡屛風ヶ浦に「七ヶ所まいり」 西国八十八ヵ所霊場 庶民化は一気にすすまず250616
この6月16日。「新日本風土記 西国花遍路」再放送を視聴し、様々な点を学ぶ。
その一が、「七か所まいり=しちかしょまいり・ななかしょまいり」の存在。
第七十一番札所から、第七十七番札所が対象。
「歩きでも1日で結願できるお遍路」「江戸時代より盛んに行われるように」と。
解説のページ。 https://7kasyomairi.sakura.ne.jp/ 七ヶ所まいり|公式HP 250714 10:00
対象札所は、多度郡屏風ケ浦。 多度郡は「たどぐん」と読み、香川県(讃岐国)にあった郡。
71番 弥谷寺 =大黒天
72番 曼荼羅寺=福禄寿
73番 出釈迦寺=恵比寿
74番 甲山寺 =毘沙門天
75番 善通寺 =布袋尊
76番 金倉寺 =弁財天
77番 道隆寺 =寿老人
札所にそれぞれ、七福神の配置。七福神は「なでぼとけ」=「なでる」と良いのだそうで
「西国八十八ケ所巡礼」は江戸時代、「案内記・絵図類の出版」があって、全国に拡大と。
行者の修行が一気に庶民に広まったとされる。なかでも江戸中期に『偏禮道指南 へんれいどうしなん』はその中軸。
しかし、だ。そぼ前提には<地域の知恵>が、あった。
番組は伝える。歩きに始まった遍路巡礼。昨今は大半がマイカーか、公共交通で、と。
聖者は警告。「巡礼は信仰であって、観光ではありません!!」。傾聴すまい、か。
この6月16日。「新日本風土記 西国花遍路」再放送を視聴し、様々な点を学ぶ。
その一が、「七か所まいり=しちかしょまいり・ななかしょまいり」の存在。
第七十一番札所から、第七十七番札所が対象。
「歩きでも1日で結願できるお遍路」「江戸時代より盛んに行われるように」と。
解説のページ。 https://7kasyomairi.sakura.ne.jp/ 七ヶ所まいり|公式HP 250714 10:00
対象札所は、多度郡屏風ケ浦。 多度郡は「たどぐん」と読み、香川県(讃岐国)にあった郡。
71番 弥谷寺 =大黒天
72番 曼荼羅寺=福禄寿
73番 出釈迦寺=恵比寿
74番 甲山寺 =毘沙門天
75番 善通寺 =布袋尊
76番 金倉寺 =弁財天
77番 道隆寺 =寿老人
札所にそれぞれ、七福神の配置。七福神は「なでぼとけ」=「なでる」と良いのだそうで
「西国八十八ケ所巡礼」は江戸時代、「案内記・絵図類の出版」があって、全国に拡大と。
行者の修行が一気に庶民に広まったとされる。なかでも江戸中期に『偏禮道指南 へんれいどうしなん』はその中軸。
しかし、だ。そぼ前提には<地域の知恵>が、あった。
番組は伝える。歩きに始まった遍路巡礼。昨今は大半がマイカーか、公共交通で、と。
聖者は警告。「巡礼は信仰であって、観光ではありません!!」。傾聴すまい、か。
2025 07/11 11:21
Category : 旅紀行
福沢諭吉+段ボール原紙+3Dプリンター 着想力 開発力 投資力 付加価値創設の原点では01
一万円札の肖像であった福沢諭吉の胸像。段ボール原紙を素材に3Dプリントを駆使し制作。
掲載写真の像が、別府温泉のマチ中に。2017年5月、別府温泉のマチなかで出会う。
なにかの情報で日本銀行大分支店に寄贈と承知していたが。
古く本州製紙(株)大分工場の存在を知っていた。知人が、同社を釧路工場を皮切りに、松本、大分に転勤されていたことを聴かされていた。
言わずとも、福沢先生は豊後国中津の出身。大分県人の誇りであるうえに、「一村一品」発祥のちでもある。
「詳細は以下の・・・・。http://www3.boj.or.jp/oita/」
「にちぎんと大分県のつながり」「一万円札の顔「福沢諭吉」は大分県出身です」。
「昭和59年から約40年に亘って発行された一万円札の肖像は、言わずと知れた大分県出身の思想家・教育者である「福沢諭吉」です」。
「一万円の肖像画は、慶応塾史資料室に保管されている諭吉が56歳の頃の写真をもとに作成されました」。
「豊前中津藩士の家に生まれた諭吉は、幼少の時期を大分県の中津市で過ごしました」。
「一万円札の肖像は、2024年に渋沢栄一へと変更される予定ですが、福沢諭吉の教えは今も生き続けています」。
2016年のこと。県内の企業=アキ工作社が、発案し像を日本銀行大分支店に寄贈したようだ。
別府温泉では実にその翌年、お目にかかったことになる。
1)「県人に福沢諭吉」、2)「1987年10月 本州製紙(株)大分工場」、3)「3Dプリント普及」。
地域の知恵=着想力 開発力 投資力。1)~3)を結節するは着想力。
開発力とは、1)~3)をコンピューターで設計して、3Dプリンターに読み込ませる力量。
地域の素材を活かし、意味を形に見せる地域の知恵、結果うまれる地域の誇りたる付加価値。
着想力 開発力 投資。その広がりと奥行きを<目の当りにした>大分の力量、時代の可能性。
一万円札の肖像であった福沢諭吉の胸像。段ボール原紙を素材に3Dプリントを駆使し制作。
掲載写真の像が、別府温泉のマチ中に。2017年5月、別府温泉のマチなかで出会う。
なにかの情報で日本銀行大分支店に寄贈と承知していたが。
古く本州製紙(株)大分工場の存在を知っていた。知人が、同社を釧路工場を皮切りに、松本、大分に転勤されていたことを聴かされていた。
言わずとも、福沢先生は豊後国中津の出身。大分県人の誇りであるうえに、「一村一品」発祥のちでもある。
「詳細は以下の・・・・。http://www3.boj.or.jp/oita/」
「にちぎんと大分県のつながり」「一万円札の顔「福沢諭吉」は大分県出身です」。
「昭和59年から約40年に亘って発行された一万円札の肖像は、言わずと知れた大分県出身の思想家・教育者である「福沢諭吉」です」。
「一万円の肖像画は、慶応塾史資料室に保管されている諭吉が56歳の頃の写真をもとに作成されました」。
「豊前中津藩士の家に生まれた諭吉は、幼少の時期を大分県の中津市で過ごしました」。
「一万円札の肖像は、2024年に渋沢栄一へと変更される予定ですが、福沢諭吉の教えは今も生き続けています」。
2016年のこと。県内の企業=アキ工作社が、発案し像を日本銀行大分支店に寄贈したようだ。
別府温泉では実にその翌年、お目にかかったことになる。
1)「県人に福沢諭吉」、2)「1987年10月 本州製紙(株)大分工場」、3)「3Dプリント普及」。
地域の知恵=着想力 開発力 投資力。1)~3)を結節するは着想力。
開発力とは、1)~3)をコンピューターで設計して、3Dプリンターに読み込ませる力量。
地域の素材を活かし、意味を形に見せる地域の知恵、結果うまれる地域の誇りたる付加価値。
着想力 開発力 投資。その広がりと奥行きを<目の当りにした>大分の力量、時代の可能性。
2025 07/09 13:33
Category : 放送
「この世の地獄と極楽」「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」 油屋熊八:経済記者の面目躍如250701
NHKETV放送「知恵泉 油屋熊八 別府温泉・おきて破りの人気アップ戦略」に登場。
「いちどは見てご覧 この世の地獄と極楽」と、女性ガイド付き地獄めくりバス+湯に料理の極楽を演出。
転じて、「地獄の底より雲の上に」のキャッチコピーも。
「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」。こう歌い上げて、富士山頂に「このフレーズを刻んだ標柱を1925年に富士山山頂付近に建てた」。https://kitamahokif.jugem.jp/?eid=4501
「旅人をねんごろにせよ」の名言も。こちらは旅館業を経営の家族に示した、いわば家訓。
そこは駆け出しが経済記者。その面目や苦情がキャッチコピーに明確。
油屋熊八(1863-1935)は宇和島の出身。油と米を扱う商家の長男。
「徐々に線路や航路が整備され交通の利便性が進みつつあった大分県別府市。
そこは、熊八が日本を経つ時に残してきた妻 ユキが身を寄せた土地」、と。
2008年、地元の信用金庫が創業70年記念で、別府駅前に胸像を建立。
別府には2000年11月と2017年5月に訪問。前者にはないはずの像。17年にも気がつかず。
大きな掌、腰には地獄の小鬼をお伴に、その功績を顕彰されている。
NHKETV放送「知恵泉 油屋熊八 別府温泉・おきて破りの人気アップ戦略」に登場。
「いちどは見てご覧 この世の地獄と極楽」と、女性ガイド付き地獄めくりバス+湯に料理の極楽を演出。
転じて、「地獄の底より雲の上に」のキャッチコピーも。
「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」。こう歌い上げて、富士山頂に「このフレーズを刻んだ標柱を1925年に富士山山頂付近に建てた」。https://kitamahokif.jugem.jp/?eid=4501
「旅人をねんごろにせよ」の名言も。こちらは旅館業を経営の家族に示した、いわば家訓。
そこは駆け出しが経済記者。その面目や苦情がキャッチコピーに明確。
油屋熊八(1863-1935)は宇和島の出身。油と米を扱う商家の長男。
「徐々に線路や航路が整備され交通の利便性が進みつつあった大分県別府市。
そこは、熊八が日本を経つ時に残してきた妻 ユキが身を寄せた土地」、と。
2008年、地元の信用金庫が創業70年記念で、別府駅前に胸像を建立。
別府には2000年11月と2017年5月に訪問。前者にはないはずの像。17年にも気がつかず。
大きな掌、腰には地獄の小鬼をお伴に、その功績を顕彰されている。
2025 07/08 09:55
Category : 日記
生死の危機を乗り越えてきた 巨樹が神と崇められる「巨樹百景 神様に会う」250707
「巨樹」は神様の木?。その答えは、<永年にわたり繰り返してきた、生死の境界>。
記録に、記憶に残る<生死の境>のみならず、人びとの記憶にも、記録にもないが、<危機の痕跡うかがわせる樹木の姿>。
巨樹が神と崇敬される、か。
番組案内は由緒を「全身立ち枯れた山口・川棚の大クス。秘められた神秘の生命力」と。
ナレーションで申した。「巨樹はなぜ神と崇められるのであろうか」。
25年7月7日再放送のNHKBS4K番組「巨樹百景『神様の木』」。どうやら、下関に残る巨樹に伝わるエピソードらしい。
「川棚のクスの森を救え/NHK BSプレミアム放送決定!」。
「ご神木でもある『川棚のクスの森』は、地域の人々が守り、共に暮らしてきました」。 「クスの森を救おうと国と自治体、地域の人々が一体となっている姿が、NHKの番組「巨樹百景」で放送されます」。
◆放送予定 令和2年1月1日(水) 午後9時~10時30分
話はこうだ。公共団体が公園造成の一環で、巨樹の周囲に盛り土を施した。
識者は申す。「根がこれまでよりも、深部になってしまし、酸素が届かず呼吸困難に」。 永年にわたり親しまれてきた巨樹は、枯れ始め生気も失ってしまった。
公園造成者は盛り土に百個の穴をあけ、そこに百本の竹を差し込んで根に酸素を届けることを。
枯れた先端の枝や梢に新芽はでなくとも、幹に新芽が吹き出し、生気がよみがえった、と。
前述の「国と自治体、地域の人々が一体となっている姿」が、巨樹をよみがえらせたのだ。
識者は重ねて申す。
「なんらかの理由で伐られた」「損傷した跡が古木に残る」。
なれーたーは重ねた。「今回の盛り土同様、古木は生死の危機を乗り越えてきたのだ」、。
傾聴して置きましょうよ。
「巨樹」は神様の木?。その答えは、<永年にわたり繰り返してきた、生死の境界>。
記録に、記憶に残る<生死の境>のみならず、人びとの記憶にも、記録にもないが、<危機の痕跡うかがわせる樹木の姿>。
巨樹が神と崇敬される、か。
番組案内は由緒を「全身立ち枯れた山口・川棚の大クス。秘められた神秘の生命力」と。
ナレーションで申した。「巨樹はなぜ神と崇められるのであろうか」。
25年7月7日再放送のNHKBS4K番組「巨樹百景『神様の木』」。どうやら、下関に残る巨樹に伝わるエピソードらしい。
「川棚のクスの森を救え/NHK BSプレミアム放送決定!」。
「ご神木でもある『川棚のクスの森』は、地域の人々が守り、共に暮らしてきました」。 「クスの森を救おうと国と自治体、地域の人々が一体となっている姿が、NHKの番組「巨樹百景」で放送されます」。
◆放送予定 令和2年1月1日(水) 午後9時~10時30分
話はこうだ。公共団体が公園造成の一環で、巨樹の周囲に盛り土を施した。
識者は申す。「根がこれまでよりも、深部になってしまし、酸素が届かず呼吸困難に」。 永年にわたり親しまれてきた巨樹は、枯れ始め生気も失ってしまった。
公園造成者は盛り土に百個の穴をあけ、そこに百本の竹を差し込んで根に酸素を届けることを。
枯れた先端の枝や梢に新芽はでなくとも、幹に新芽が吹き出し、生気がよみがえった、と。
前述の「国と自治体、地域の人々が一体となっている姿」が、巨樹をよみがえらせたのだ。
識者は重ねて申す。
「なんらかの理由で伐られた」「損傷した跡が古木に残る」。
なれーたーは重ねた。「今回の盛り土同様、古木は生死の危機を乗り越えてきたのだ」、。
傾聴して置きましょうよ。