戦後、新憲法理解の金字塔 札幌地裁 福島重雄裁判長=1973年長沼ナイキ訴訟判決
 戦後、新憲法理解の金字塔 札幌地裁 福島重雄裁判長=1973年長沼ナイキ訴訟判決

 「自衛隊は違憲」 長沼判決50年。道内配布紙は9月7日付け朝刊5面で報道。「憲法判断 避け続ける司法」の見出し。
 評価は「日本の裁判史上で唯一、『自衛隊は憲法違反」と判断した長沼ナイキ訴訟の一審札幌地裁判決」につきる。
 早稲田大学法学学術院の水島朝穂教授(憲法学)は、「自衛隊の違憲判決は存在するが、正面からの合憲判決は存在しない」と評している。

 福島重雄裁判長。
 1930年生まれ、53年に京都大学法学部を卒業して法曹界に。判決の時は43歳。
 入学は旧制ながら、卒業時には新制大学に移管ということか。
 『あたらしい憲法のはなし』なる解説書があったが、新憲法をGHQや政権こぞって普及&定着に躍起な時代に大学教育。

 紙面に続ける。「訴訟の初期に札幌地裁の右陪席裁判官を務めた木谷明弁護士はそう証言する」と、次の見解。
 「自衛隊が違憲ということはある意味常識だった。意見判決も十分予想できた」。
 判決後、福島裁判長は東京地裁で手形処理の担当に。いわばでもなく、誰の目にも「左遷」の扱い。郷里に近く富山、福井の家裁、簡裁裁判官に遇された。

 地裁判決に先立ち、地裁所長は部下の部長判事に書簡を送ったことも事件化された。「国の判断を尊重すべきだ」。そう記載あった、と。
 三権分立が形骸化。司法の独立、裁判官は「良心にのみ従う」。教科書に書いてあり、授業で教えていたことが、通じない展開。
 今や「憲法と法律の上下関係を知らず」としか言いようのない政治家。それは「一般法と特別法の違い」を知らない総理を、「歴代最長の在位期間」に据える滑稽さ。

 1973年長沼ナイキ訴訟判決。戦後、新憲法理解の金字塔。かくして長く、記憶されるべきではないか。違うのであろうか。