岡山 釧路 タンチョウ
 ●北海道東部開拓と岡山県人 2022年04月10日(日曜日) 『財界さっぽろ』社長オンライン記事
総論 1876(明治9)年から1922(大正11)年まで、合計4128戸の岡山県人が北海道に移住しており、とくに道東、道北の極寒の地で開拓に挑まれました。
以下1)十勝国幕別町、2)網走国佐呂間町、3)同小清水町に岡山県民の集団移住あり。

1)1897(明治30)年に中川郡白人原野(現:十勝管内中川郡幕別町、帯広の東隣)へ2団体が入植。「白人」は「ちろっと」と呼び、現在は幕別町に編入。
2)1906(明治39)年に常呂郡サロベツ原野(現:オホーツク地方常呂郡佐呂間町)へ。
3)さらに1915(大正4)年、斜里郡小清水町(現:オホーツク地方 斜里郡小清水町、網走市に隣接)にもそれぞれ岡山県農民が集団移住。
 結果、芝ザクラの名所として知られるに至り、隔地は林業と酪農の盛んなまちに発展。結果、芝ザクラの名所として知られるに至り、隔地は林業と酪農の盛んなまちに発展。

4)オホーツク振興局の北部、上川管内に接したところにある滝上町=たきのうえちょう。
 滝上町には1909(明治42)年=第一団10戸、その翌年に第二陣8戸、いずれも金光教信者による「金光団体」18戸が団体入植。いまやこの地は芝ザクラの名所。

●財界さっぽろ 社長略歴 1943年留萌市出身。66年小樽商科大学卒業後、日本NCR入社。取締役流通システム事業部長、同産業システム本部長などを歴任。米国本社にて延べ6年間勤務。2000年「舟本流通研究室」代表として流通システム標準化に取り組む。06年財界さっぽろ代表取締役就任。翌07年11月より「社長ブログ」の連載を開始する。小樽商科大学経営協議会学外委員、北海道日中経済友好協会副会長

●十勝国中川郡池田町
 北海道にアイヌ語に語源をもつ地名が圧倒的に多いところ、「池田町」の自治体名、JR北海道「池田駅」の名があるも、こちらは鳥取・因幡の池田家由来。
 池田町の名前の由来は? 地名の由来 北海道では珍しくアイヌ語の地名ではなく、明治29年に鳥取藩主の池田侯爵によって、本格的な開墾が始まったことに由来しています。

●タンチョウが縁で岡山市と釧路市は 「タンチョウヅル2羽 釧路市へムコ探しに」
 中国から贈られたタンチョウが雌同士であったため、釧路市に贈られ新郎を見つけることに。うち一羽は病死したが、一羽は3年4か月後にツガイを構成して岡山に帰る。以降、子孫が誕生し、「日中友好のシンボル」に。また釧路市と岡山市は、「友好親善都市」となり、2019年に27回目の相互訪問団が交流している。
 https://www.city.okayama.jp/0000002311.html

「岡山と北海道東部 そのつながり」とお尋ねがあって、しばし時間を230906