<モノ>の記憶、短時間で忘却 <伝承>は<祈りと供物>で数百年 自然災害口承伝承230312
 <モノ>の記憶、短時間で忘却 <伝承>は<祈りと供物>で数百年 自然災害口承伝承230312

 代々にわたり繋ぎ、かつ語り伝えられてきた時間の長さのみが貴重なのではない。
 根室国の出身で本市に在住された北道邦彦氏は、知里幸恵著『アイヌの叙事詩』の解説で、神謡は「特殊で優れた口承文芸」、「叙事詩は文字を使わないからこそできる芸術」(152p)と書かれている。

そのうえで神謡の伝承者を、「そっくり暗誦しているということではないのです」とし、いくつかの継承するべきキーワードとストーリーの概要を受け継ぎ、時代と場面によって「自在に語ることのできる能力」「文字に頼る民族には考えられない特殊で優れた口承文芸」とする29)。

 然れば、である。釧路国に語り伝えられてきた内容
  (A) 採録されている口承伝説は単なる偶然かも知れぬが、アイヌ民族生活圏それぞれ異なる領域の「接点」付近に存した伝説となっている(筆者註 「クシロの津波」と「津波と春採湖」は二人の伝承者による同一の津波伝説と理解するも)。
 (B)それ以上に語り伝えられた意味内容の重要さがある。そして。
  (C)その内容が、語り伝えられるべきコタン生活者の生命をまもり、被災せぬよう、かつ被災しても被害を最小限にとどめとしてきた意義機能。

 実にこの三点の意味と意義が込められていると受け止める。
 近代において文字を駆使する文化は、「自然災害伝承碑」を建立し印刷資本を通じ伝承と被災の風化をめざす。アイヌ民族社会で語り継ぎ続けられてきたエネルギーと伝統、口承伝説が果たしてきた機能・意味・意義を学術のうえからも評価し、地域のメモリアムとして受け継ぎたい。
 (佐藤宥紹著「1.アイヌ民族伝説にみる津波伝承と地名」 酒井多加志監修『釧路の自然災害と防災・減災』 2022年3月 釧路市発行所収))

 「自然災害」。
 その事実を伝えるため、釧路国には「五伝承、二地名、二災害オブジェクト」がある。
 伝承は長いもので300年、短くも150年の間、アイヌ民族社会で継承された、

 本州からの移住者子孫が、残す「災害オブジェクト」。設置の世代は記憶するも、次の代には記憶が消えていまいか。