社会人学生の一人が疑問に、思いついたはSDGS=「人類存続のための目標群」220810
 社会人学生の一人が疑問に、思いついたはSDGS=「人類存続のための目標群」220810

 浜矩子同志社大学院教授で、経済学者の浜矩子氏が雑誌『AERA』の巻頭エッセイ「eyes」に記載している、ようで。
 「もう一人の学生さんから、これまた面白い問題提起があった」。<むすび>に近いところで、かく書き起こす。

 学生、といっても社会人向け授業でということゆえ、社会人学生の発言なのだが。
 「そもそも、『持続可能な開発目標』というネーミングは果たして適切なのか」。
 疑問点として、「問うた」というのである。

 それまで自身も疑問に思っていた師匠は、思い巡らす。
 「改めて別のネーミングを考えてみた。すると頭に浮かんだのが「人類存続のための目標群」。ということなのである。
 これなら永く抱いていた、「なぜ「開発」にこだわるのか」。「『「開発』はどうしても進め続けなければいけないのか」。そこにも、<答え>を用意できるのだ、と。

 今や、地球は深刻。
 SDGS.それは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」のことだ。
 さりげなく、「開発」「成長」「責任と義務」を押しつけているの感があるも。

 浜氏は申す。
 「地球と人類の存続のためには、開発を止める必要が出てくるかもしれない」。
 「ひょっとすると、地球存続のためには人類が絶滅しないといけないか?」。

 「成長」に対しては「成熟」、「開発」に向けては「折り合い」、「富裕」の対極に「安全・安心」。
 「お金がないと暮らしに不安」が、「案ずることなく、カネがなくとも暮らしに不安がない」。その分岐点に暮らしているのでは。

 「浜矩子 SDGS  開発」https://dot.asahi.com/aera/2022080800050.html?page=1
 「浜矩子「社章化するSDGsバッジ 『持続可能な開発目標』は本当に妥当か」 220810 20:15閲覧。