芳賀啓著『地図・場所・記憶―地域資料としての地図をめぐってー』。
 芳賀啓著『地図・場所・記憶―地域資料としての地図をめぐってー』。既存の地図。そこに情報をくわえて図の意味を明確にする作業を経て出版。本書はそうしたライフワークを事としている方の、図書館など資料保存機関職員を対象にした講演録と、受け止めた。

 島崎藤村『夜明け前』に登場する地名をすべてカードにして下図をつくり製図したところ、「(作品を三回も読むと)作者の地理的描写の矛盾も見えてきます」(4p)ということになるらしい。

 2007年8月に施行された「地理的空間情報活用推進基本法」の施行によって、紙製地図の役割がデジタルに切り替えられた結果、「不安定であり、固定されず、どのような変更も可能で、また一挙に消去できる」とする(19p).
それだけでも困るが、「過去は刻々消去される」(21p)とも指摘する。

 歴史学の立場で法令集が追録で利用されることになって、最新の法令に依拠するときは良いが、「あの時点に適用されていた法令内容」という経過を跡付けようとするとき、証明不能となっている。
 地名記録をつくろうとするとき地形図の役割は重要ながら、経過を記録することができなくなるという、重大な欠陥を生ずる。

 著者は言う。「あと何世紀かの後の考古学者が、二一世紀の日本列島を、江戸時代にはるかに劣る広大な無地図あるいは無記録の荒野のように解釈しないとは、誰も断言できないのです」(22p)。

 紙媒体の情報保存。「既刊図は希少化するのですから。図書館では今のうちに該当地域の一万分の一地形図を揃えておいたほうがよいと思います」(44p)とする。(多摩デポブックレット 3 2010年)