東北関東大震災
旧聞となりましたけれども。3月11日午後、本土を巨大地震が発生しておりました。

集会を抜け出し、呼び出しをうけていた打ち合わせの会場に向かうべく、路線バスをまっていました。

そこで、一瞬グラリと揺れを感じたところで、バス停の近くの民家から夫妻が路上にあらわれ、「緊急地震速報ののち、この揺れ」と話かけてきました。

ほどなく到着したバスに乗り、目的の会場に近いバス停からあるいて橋をわたったあたり海上保安部の広報船が「津波、避難」を船舶に伝えていました。、

街を行く広報車も「津波警報発令」と伝えているので、指定された会場を目前にしたところで、先方へ電話をしました、が。携帯がつながりません。そのとき。

タクシーを拾って、元の集会場へ。橋が閉鎖せれ、交通が遮断されていなくて、幸いでした。橋をわたったのが15時20分、警察のパトカーがすでにいました。

16時には橋が閉鎖されたそうで。川の左岸に閉じ込められたらどうしよう。右岸にある、「自宅にも戻れまい」。そう思いましたが、まずは集会場へのもどること。

集会場に客はおらず、他の引率者がまだ、残っていましけれども。

その後には、職場の大先輩の通夜。川口から2番目の橋までが交通途絶。近くの道路には、あきらかに水の跡。冠水したのでしょうか。北海道の東部、港湾都市での体験です。

編集 ペン : ご無事で何よりです。こちらは計画停電で仕事もままならず・・それでも被災地の方々のご苦労に比べれべって思いながら日々頑張っています^^