「昔話」
「温故知新」とは申しますが、現代では昔のことを知ろうとすることよりも、新しい知識や技術の習得に忙殺されがちです。

 昔は、どこの家庭でも両親や祖父母らが、小さい子に様々な昔話を話してきかせていたように思います。
昔話は、単に話としておもしろいという他に、人への思いやりやたくましく生きる知恵といった、たくさんのメッセージが込められています。
もちろん教訓話ばかりでなく、主人公が様々な軌跡をたどりながら成長していく過程を語っているものが少なくありません。

 昔話の残酷な面をことさらに強調した解釈が流行った時期もありましたが、子供たちが夢中になっているゲームやテレビ番組のほうがよほど残酷な描写に溢れています。
本来の昔話にはたしかに残酷な話もありますが、それは自然が持つ残酷さと同じ程度の残酷さであり、それを伝えながらもその残酷さについての詳細な描写を語ることはありません。
又、前向きで元気が出る話も多く、拒絶するばかりではない世の中のことをも教えてくれます。

 本屋で、幼児向けのコーナーにふと目を向けると懐かしい昔話の本がたくさん置いてあります。
細かい点で結末や筋書きが昔と違うものもあるようですが、昔話の効用は現代のお母さんもきっちり理解しているのだろうと思います。

 昔話を単に教訓話として伝えてしまうと聞かされた子供達はお説教と捉えてしまうかもしれません。
昔話という形式をかりて「子供の成熟のために彼(彼女)に自己と人生についての健全なイメージを暗示し予感させる」というところに大切な意味があると思いますね。