「虞美人草(ぐびじんそう)」
 神々がアフロディーテ(英名ヴィーナス)の誕生を祝って創造した花、薔薇。
その花が各地で芳香を漂わせ、初夏を華やかにしています。

 古代ローマ人は天井に薔薇を吊るし、その下での会話は一切を秘密にするという習慣があり、「薔薇の下で」と言うと「秘密にする」という意味が現在にも残ってるようです。
欧米では宗教的、歴史的に特別な意味を持つ薔薇の花は、数多くの映画で符号あるいは象徴として登場しますね。

 関東で見頃を迎えているポピーは、和名を「ひなげし」といい、別名「虞美人草(ぐびじんそう)」とも言います。

 「虞美人草」は女性の悲劇を描いた夏目漱石の小説のタイトルにも使われていますが、古代中国で項羽が劉邦との最後の戦い(垓下の戦い)に破れ、項羽の愛姫であり絶世の美女であった虞姫が自刃し血を流した場所に咲いた花と伝えられています。

 垓下の戦いで項羽は、祖国である楚の国の歌を取り囲む漢軍が歌うのを聞いて(四面楚歌)、漢軍に取り込まれた楚人の多さに驚愕、敗北を悟ったと言われています。
逃がれ生き延びることを潔しとしなかった項羽を惜しみ、後に杜牧は、「捲土重来(けんどちょうらい)いまだ知るべからず」(苦難に耐えしのげば、再び巻き返しの好機もあったのではないか)と詠んでいます。

 さて、項羽が最後に開いた酒宴の一場面を、史記は以下のように伝えています。

「美人有り、名は虞。常に幸せられて従ふ。駿馬あり、名は騅(すい)。常に之 に騎す。
是に於いて項王乃ち悲歌こう慨し、自ら詩を為りて曰はく、

 力山を抜き 気世を蓋ふ 時利あらず 騅逝かず 騅の逝かざるを奈何すべき虞や虞や若を奈何せん」
(ちから、やまをぬき き、よをおおう とき、りあらず すい、ゆかず すいのゆかざるをいかんすべき  ぐや、ぐや、なんじをいかんせん)

 もはやどうすることもできない運命の前に、ただただ無力な一人の人間の痛いほどの思いが伝わってくる印象深い詩です。