2026 02/28 09:28
Category : 記録
「日韓友好の未来志向で」 肥前名護屋城の遺構学び260226
82分ほどの講演データ。特別史跡指定名称「名護屋城跡並陣跡」ということなのだ。
佐賀県立博物館学芸員が講演している。関東地区の視聴者が多いということであった。
https://www.youtube.com/watch?v=fJf8aRBPdBw
佐賀市に調査に赴いた時、陶磁器研究者の方から「(連れ合いさんは)佐賀県立名護屋博物館の専門職で」と聞かされ、松前家と秀吉謁見の一事が念頭に浮かんだ。
時代をくだって、肥前佐賀からは安政期に鍋島家家臣 島義勇の調査があり、その旅先・寿都の宿に向け伊勢国の松浦武四郎が書簡を贈っている。
「(当時の釧路が)富国繫殖之地」「(北海道で開拓先を選ぶなら)釧路」と伝え、維新後川上銀・厚岸郡・釧路郡を飛び地支配した経緯がある。
その厚岸郡に設置されていた史跡国泰寺跡の整備計画を作る段階で、「特別史跡 名護屋城並陣跡」を担当したコンサルタント会社のお方から、聞かされる事、多々あった。
「(整備の理念)日韓友好の未来志向で」。コンサルタントはそう、韓国国民との接点を語り伝えていたと、思う。
以来、移行をつぶさに。それが念願であったがこのたび、記載のURLで知ることできた。
82分ほどの講演データ。特別史跡指定名称「名護屋城跡並陣跡」ということなのだ。
佐賀県立博物館学芸員が講演している。関東地区の視聴者が多いということであった。
https://www.youtube.com/watch?v=fJf8aRBPdBw
佐賀市に調査に赴いた時、陶磁器研究者の方から「(連れ合いさんは)佐賀県立名護屋博物館の専門職で」と聞かされ、松前家と秀吉謁見の一事が念頭に浮かんだ。
時代をくだって、肥前佐賀からは安政期に鍋島家家臣 島義勇の調査があり、その旅先・寿都の宿に向け伊勢国の松浦武四郎が書簡を贈っている。
「(当時の釧路が)富国繫殖之地」「(北海道で開拓先を選ぶなら)釧路」と伝え、維新後川上銀・厚岸郡・釧路郡を飛び地支配した経緯がある。
その厚岸郡に設置されていた史跡国泰寺跡の整備計画を作る段階で、「特別史跡 名護屋城並陣跡」を担当したコンサルタント会社のお方から、聞かされる事、多々あった。
「(整備の理念)日韓友好の未来志向で」。コンサルタントはそう、韓国国民との接点を語り伝えていたと、思う。
以来、移行をつぶさに。それが念願であったがこのたび、記載のURLで知ることできた。