「心の要素に還元し、心の問題として考えようとする」 多川俊映著『唯識 心の深層をさぐる』日本放送協会出版
 「心の要素に還元し、心の問題として考えようとする」 多川俊映著『唯識 心の深層をさぐる』日本放送協会出版

 2022年4月発行の多川著『唯識 心の深層を探る―上―』の第一章は、「唯識仏教とその祖師たち」。
 まず「唯識の特徴」を説く。その表示は「すべて心の要素に還元し、心の問題として考えようとする仏教」と説明する。
 その興起は西暦四、五世紀。インドに遡る。
 無著(むじゃく 395~470年)、世親(せじん 400~480年)の兄弟による思索。世親には別名、天親(てんじん)の名があって、こちらは浄土教思想の継承者としても知られる。

 もちろん、中国を経由した。6世紀のことだ。
 玄奘三蔵(602~664年)が、インドから657冊もの経典を持ち帰り、75部1330巻を漢訳する業績があった。
 因みに「生きとし、生けるもの」の漢訳を、 玄奘訳以前=「旧訳 くやく」で「衆生 しゅじょう」、以後を「新訳 しんやく」では「有情 うじょう」とするようになった(24p)。

 玄奘のあとには後継で「基」もしくは「大乗基」の名を有した、慈恩大師(じおんだいし 631~682年)が出る。
 大師は『成唯識論 じょうゆいしきろん』を完成させて法相教学を集大成し、法相宗を開いた。
 中国ではさらに、慧沼(えしょう 650~714年)と智周(668~723年)と継承する。

 本邦への伝来。4説あるのだとする。
 1)道昭(どうしょう 629~700年)は玄奘に学び、元興寺(がんこうじ)に伝えた=初伝。
 2)さらに玄奘に共に学んだ智通と智達が元興寺に伝承。
 3)新羅の僧が来朝し興福寺に伝えた系譜。
 4)玄昉(げんぼう 生年不詳~746年)が745年に帰朝し、同じく興福寺に伝えた。

 法相宗。唯識思想の日本への導入は、二つの系統で校正される。
 一に「元興寺系」、二に「興福寺系」のそれである。