公園計画 人脈


公園計画 人脈
 161207 急な来訪があって、ご意見拝聴.当代の識者を招いて設計依頼.
 その経緯と計画内容について、さまざまな示唆をいただきました.

 「すぐれた港湾の背後に、自然公園が不可欠」.この論は、薩摩の領袖の見識、かと.

 硫黄経営に必要な石炭を採掘
 採掘したあと、破壊した跡地の修復に公園設計をあてはめ、公費投入で景観回復をめざした人脈があった、かとも.
 明治38年竪坑開発、大正5年かに三井資本が炭鉱を後継開発.

 阿寒・摩周一帯化の国立公園.
 異質の組合わせ.その背景にも硫黄開発者の思惑があったかも.

 設計者はドイツに留学.英国は足を伸していないのでは、と.また助手を配置していないから、仕事量にもおのずと制約.
 室蘭も春採=ハルトリも手がけるが、設計思想はほぼ一体、と.なるほど、なるほど.

 緑色円=幣舞橋、茶色印=石炭積載所、ピンク色印=春採湖、水色円=計画範囲(概略).