八丈・三宅島
 林玲子著「八丈・三宅島に流された女性たち」。二つの島が遠島・遠流(おんる)の処刑地であったことは知られている。

 その実態。しかも女性が送られるということがあったのであろうか。記録には女性の流刑もあったと報告する。

 罪は、縁故(連座)、密通、火付け。連座は夫の所業に連座したり、罪した夫が死去した身代わりであったり。密通・火付けは申すまでもない。
 火付けに「火科」の罪があるが、「火科」は火あぶりの刑。「八百屋お七」が火付けで、「火あぶりの刑」となったことは知られている。

 流刑者の出自がまた、商家など士農工商の身分制度のもとでは、下層階級と呼ばれる身分の女性や廓の遊女など。

 犯罪は、時代の反映でもあるように思う。然らば起きた犯罪と、その処刑の論理に「時代差」があるものなのか、どうか。

 通読ではそこのところが明確に頭に記載されていない。そこのところを、もう一度、意をはらって読んでみたい。(林玲子編『女性の近世』 中央公論社 『日本の近世 15』所収 1993年)