短夜



あの日、私が訪れた家は下町情緒あふれる大家族の暮らす家で、
門前まで来ても中々呼び鈴を押す事をためらって居た。

家の中には曾祖父母、祖父母、兄夫婦、二男、お手伝いさん達の住む
大家族の為、23才の私は恥ずかしくて自分に自信がなかった。

その庭の後ろには社員寮が有り何十人か住んで居た。
聞いたお話では全員が独身男性との事。

私が思い切って玄関の呼び鈴を押すと祖母らしい方が出迎え、
笑顔で応接間に通してくれた。

あの資産家の家で過酷な運命が待っていようとは予想していたものの、
この時両親に捨てられた事を痛感する。 

「どんな事情が有っても何故こんな事をするの。」
私は、将来が恐くて泣く事もできずに部屋の隅で身体を縮めていた。

昨夜は、滅多に夢はみないのに珍しく独身時代の辛い夢をみていた。
それは自分が経験した事としない事が判らぬ程おかしな夢だった。

短夜になり午前4時半には辺りがしらじらと明けて、
5時過ぎには小鳥のさえずりで目が覚める。

雨あがりの朝は心地よい風が吹き、軽い体操で身体をほぐす。
毎日のように曇り時々小雨のまとまった雨はふらず、
快晴の日も滅多にない。

富士の色と空の色が同じに見える午前8時頃、
片づけを中断し主人が急に無断旅行に出た事をメールで知った。

近所の親友が「食事に行きましょう。」車で迎えに来てくれ、
料亭で昼食を摂りイオンでお財布と帽子等買物をして帰宅。

外食をするのは9か月ぶりで少し位高くついてもいい、
お財布もぼろぼろで使用できないのだから仕方ないと、

自分に言い聞かせ、少ない生活費から使ってしまった。
2~3日で帰るという主人が帰宅しても何も文句は言わない。

私は彼から心を貰っているので何が有っても耐えて行ける。